部内の変化と俺







「今日のミーティングは無いのですか」

「ああ。たまには早く帰って休んだ方がいいと思ってな! お前ら気を付けて帰れよー」

鞄を手にした先輩たちが帰っていくのを鬼道は妙な顔をして見送っていた。
帝国学園サッカー部は練習が終了し片付けをした後、定期的にミーティングを行うことになっている。
しかし本日はそのミーティングを休養の時間に充てるということで無しになったようだ。

「これ引退した先輩たちに怒られないか……?」

一年生の誰かがそう口にしたが、みんな違和感を覚えつつも順々に部室を後にした。
いつも一人で帰宅している俺は誰とも合わせる必要が無く、準備が終わったらすぐに帰ろうとした。
しかし鬼道が未だに鞄を持っていないことに気付き足を止める。

「鬼道、帰んないのか」

「早く終わったからな、迎えの連絡をこれから入れるんだ」

「……そうか? じゃあ、俺帰るよ」

「ああ」

扉が閉まり、鬼道が見えなくなる。

真っ暗な道で空腹を覚えた。さて、家に帰ったら何を食べよう。
母さんが今日は出張があるって言っていたから、職場に戻らずそのまま直接家に帰るだろう。
そうなれば夕飯を作ってくれるが、いなければ俺が簡単に父さんと母さんの分も作っておこう。
しかし鬼道家での夕飯は豪勢だった。俺の料理とは天と地ほども差がある。
運動後の身体にはよく染み渡るだろうなあ。

「……やっぱり……なんか変だな」

足を止めた。
これから迎えを呼ぶと言ったが、声をかける前までそのような素振りは一つも見せなかった。
鞄を持たず立っているだけの様子は、全員が帰るのを待っているかのようだ。

「…………戻ろう」




・・・・




燃え上がる炎は螺旋を描き、撃ち落されたボールはキーパーを跳ね飛ばしてゴールネットを貫いた。
沸いた歓声が一人の少年へと向けられる。渾身の必殺技を決めたためか笑みを浮かべている。
……画面の中の豪炎寺修也を俺は強く睨み付けた。

「……このままでは、勝てない」

今の帝国学園サッカー部で、この豪炎寺に勝る者が何人いるだろうか。
そしてその強さを来年まで強化し続けられる者は何人だ?

絶対的な勝利は立っているだけでは手に入らない。

『帝王たる自信に満ちた態度を取れ』
『ポーカーフェイスが基本 常に冷静であれ』
『相手を徹底的に分析しろ 真意を読め 相手を支配しろ』

影山総帥の教えが浮かび上がる。
定期的なミーティングを怠る者が帝国を冠する資格があるのか、疑問でしかない。
何故ミーテイングがあるのか。何故定期的であり、引退した先輩たちがそれを守り続けてきたのか。
自らの成長の機会を逃していくことに奴らは全く気付いていない。

休養?
素質のある俺達ならば。帝国の一員ならば、十分だろう。

「一度たりとも負けるわけにはいかないんだ……!」

……春奈。
決して口にしまいと思っていた家族の名前が滑り落ちる。
そして次の瞬間、背後で物音がした。




・・・・




誰もいないはずのミーティングルームから微かに音が漏れているので入ってみると、鬼道がいた。
何故かモニターの電源ボタンを連打しており、その肩は上下している。
沈黙したモニターには何が映っていたのか俺にはさっぱりだが、……鬼道は隠したがっているようだ。
何を見たのだろう。声を発さないまま考えて、ついに合点がいってしまった。

「はあ……天野か、驚いたぞ」

「邪魔してごめん!」

「はっ?」

「その、そうだよな、興味ないわけないよな、うん、ミーティングルームなのは驚いたけど、あんな豪邸じゃ集中できるもんもできないしっ」

「は……?」

「年頃なんだからやらしいの見たくても仕方ないよ! じゃ、じゃあ俺は帰る!!」

「はあッ!!?」

顔が熱く、もう鬼道の顔なんて見れなくて、言い逃げをしてから走り出した。
直線に伸びる廊下はスピードを出すのにはうってつけだ、どんどん景色が流れていく。
ずっと同じ壁だけれど。
背後からは鬼道の叫びが聞こえてくる。

「まてまてまて誤解だ!!」

だってだって、夜に一人で男の子がテレビを見てるなんて、一つしか考えられないじゃないか!
男に生まれたので、同性間の下ネタというのはいつでもついて回った。
前の人生でも笑えるものもあれば、そんなこと知っているのかとド肝を抜かれる言葉を彼らは使う。
でも理知的でサッカーのことばかりな鬼道からは想像しづらくて混乱してしまった。
え、見るの? 鬼道もそういうの見るの!?

「止まれ! この……体力バカめッ!!」

「ぎゃあっ!?」

突然後頭部に何かが当たり派手に転んだ。床で潰れながら、視界の端でサッカーボールが転がっていくのが見える。
背後まで迫った足音に立ち上がろうとしたが、ジャージの襟元を掴まれ叶わなかった。

「はあ……はあ……この直線で……お前の足に……勝てるわけ無いだろ……」

「鬼道は頭脳派だからね、まあテストは俺のが良イタタタタ締まってる締まってる!」




・・・・




「豪炎寺修也?」

「木戸川清修中学の一年だ。見てみろ、この技が奴らを決勝戦まで押し上げてきたんだ」

再びミーティングルームに戻ると、鬼道は一人の名前を口にした。
そしてモニターに電源を入れればサッカーの試合がそこに映し出された。

「さっきは先輩かと思ったんだ。データを許可なく持ち出すのも、残っているのも知られたら敵わんからな」

「やらしいのじゃなかった……」

「断じて違うッ! ……顔を赤くするな! 苦手ならそもそも口にするんじゃない!」

「ばっ、平気だし、余裕だし! 俺の精神年齢ナメんな!」

とは言うものの顔は依然として熱いままで、話を逸らすように二人してモニターを見た。
偵察隊が撮影した、フットボールフロンティア準決勝の映像だ。
実を言うと、俺は総帥から許可が下りなかったため、まだ一度も帝国学園の試合を外で見たことが無い。来年にもなれば俺は鬼道と一緒にこの舞台に立てるのだろうか。
画面から響いてくる歓声にそんな想像をした。

カメラが一人の少年を大きく映す。恐らく彼が豪炎寺修也。
準決勝ともなれば敵の攻守が激しくなるが、それをものともせず駆け抜けていく。
瞬時に頭の中で組み立てているだろうフェイントは俺には到底思いつかないようなものだった。
ペナルティエリアまでたどり着いた豪炎寺は、幾重にもなった炎をボール纏わせると、とんでもない勢いでゴールを貫いた。
『ファイアトルネード』である。

「…………うわ」

意図せずして感嘆が漏れた。
自分にはできないことをやってのけた奴が見ているのはどんな世界なのか、想像して少し震える。
すると突然肩を押された。

「感心している場合か。このままいけば来年間違いなく当たるぞ」

「そ、それもそうだな。って、あれ、今年の決勝戦木戸川清修だったよな」

「……豪炎寺はいなかった。何故だか知らんがな」

鬼道はそう言ってから深いため息をついた。
この焦っているような、苛立っているような顔はここしばらくで何度か目撃している。
豪炎寺と何か関係があるのだろうかと考えを巡らせようとしたところで、鬼道は再び口を開いた。

「今の帝国でこの技を阻止できるかどうか……」

最後が消え入りそうな声なもので、拾おうと必死になって耳を近づけたら、不意にぶつぶつとつぶやき始めた。

「豪炎寺の実力を体感した者はうちにいないんだ。来年どれほど強化してくるか読めないのに、何故焦らない? ああ、一年だけでも呼び止めて話をすればよかった。仲がいいのは勝手だがそれで練習内容が変わったら本末転倒だ、……と、すまん。こんな話をするつもりじゃ無かったんだ」

「なんだよ、たまには愚痴ってもバチあたんないぞ」

「ゲームメイクに私情は挟みたくないんだ」

珍しく夢中で喋っていると思ったら、やはり途中で我に返って鬼道は気まずそうに謝ってきた。
まだ子どもなんだから、愚痴ぐらい言ってくれていいんだけれど。鬼道の場合ストレスすごそうだ。
三年生が引退し、二年生がリーダーとなった時から鬼道が怪訝な顔をするようになったのは分かっていた。そして以前の食事会の帰り、今の練習法に不満があるとも話していた。

以前よりも練習が生易しいものになっているのは、今の一年生が全員感じていることだった。

「とにかくだ、豪炎寺の強さを体感できなかったのはかなり惜しかった。対策をしようにも、このレベルの選手となるとな……」

結局二人だけで話したところで大きな成果は得られなかった。何度か豪炎寺の試合を見て、今の二年生の弱点を語り、お開きすることになった。
帰る道すがら俺は一つの決意をする。

――ファイアトルネード、盗んでこよう。




2017.12.15

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