豪炎寺と俺








土曜日、現在時刻は10時。
部活は常ならばお昼を跨ぐのだが、監督は以前から出張の予定があり、総帥は急な用事で代わりの先生がおらず、練習は中止となった。
……総帥は胡散臭いと勝手に思っているが、責任問題が発生しかねない状況は放置しないようだった。

しかし暇になるのは好都合。


「来たぜ木戸川清修!」


絶好の偵察日和だ。
すぐに電車に飛び乗って、乗り継いで、やっと辿り着いた正門を前に呟いた。木戸川清修は地区予選で当たることの無い相手だ、帝国学園からは離れており時間がかかってしまった。
あらかじめ着替えておいた一般的なブランドのジャージでは、誰一人として俺が帝国学園の生徒だとは気付かない。試合に出てないからなおさらだね、総帥許さん。

どこの学校もこの日は大体部活だろうという予想は当たっており、野球部のノック音や吹奏楽部の演奏がよく響いている。
しかしそれなりの人数の生徒が制服姿で下校しているので、おそらく課外授業もやっていると察した。

最終確認で恰好を見直す。よし、帝国要素はひとつも無い。……あ、鞄から生徒手帳がはみ出そうになっている。無理矢理ぐいぐい押し込んで今度こそ大丈夫。
さて、サッカーグラウンドはどこだろうか。
周囲を見回し、男の子よりも女の子の方がやはり話しかけやすいので、一番初めに目が合った子に聞くことにした。

「すみません」

「えっ!? あ、あたし?」

中学生らしく髪を二つしばりにした女の子は飛び上がりそうなほど驚いていた。
そして彼女の友達らしい数人がきゃあと声を上げ、何やらひそひそと話し合っている。

「うそ、誰この人!」

「二年かな? あたしらとタメ?」

「ヤバ、さっちゃん話しかけられてる!何!? ズルイ!」

入学したばかりの頃はこんな反応されていたなあ。
顔がいいのは分かっているが、褒められると滅茶苦茶嬉しい。つい頬が赤くなってしまうと、再びきゃあと女の子たちが身を寄せ合う。
しかしこれだと話が進まないのでさっちゃんと呼ばれた女の子に質問を投げた。

「えっと、サッカーグラウンドはどっちの方ですか? 豪炎寺くんに用があるんです」

あ、しまった。俺は顔を覆いたくなった。
下手に名前出してしまえば案内か呼び出されてしまう可能性もある。相手が親切なら尚更だ。
ファイアトルネードを『盗む』というのに本人の目の前に出られる訳が無い。

「グラウンド? え、あ、じゃ、じゃあ案内を……」

「あっ」

突然一人の子が声を上げた。それにつられてその子の目線を追ってみると、それはすぐに目に入った。
――白く逆立った髪の少年が俺の僅か一メートル隣を抜けていく。正しく豪炎寺修也だった。
彼は帝国を彷彿させるような深い緑の制服姿で歩いている。
その身形は今日部活でサッカーをやっていたようには見えない。
いや、きっと今日はそういう日なのだろう。

これではファイアトルネードを見ることはできないなと諦めた瞬間。

「豪炎寺ィ!」

三人の少年が凄まじい剣幕で走ってきた。
周囲の生徒も豪炎寺も足を止める。

「えっ三つ子」

サッカーのユニフォームを身にまとった少年らは、なんと三つ子だった。
同じ顔で同じユニフォーム、その違いが髪型だけでは分身したようにしか見えない。
息を荒げた三つ子は豪炎寺と向き合うと言葉を繋げた。

「部活に出ないで課外授業なんて、良い御身分だな、みたいなァ!」

「僕たちを馬鹿にしているんですか?」

「そうだ! ふざけやがって!」

どうやら、サッカー部の活動はあったらしい。
何故エースの豪炎寺がこうして課外授業に参加しているのだろうか。
豪炎寺はわずかに顔をしかめた。迷惑なのか、それともばつが悪いのか、どちらとも取れる表情でよく分からない。

「……退部届は出した」

「そんなの認めるわけないっしょ!!」

三つ子の一人が、周囲の視線を意に介すことなく大声を上げた。
……退部届? どういうことだ。

「もう正式に部員でないことは分かります、ですが!」

「俺たちの気持ちは収まらねえんだ!」

「それは…………俺には、関係無いことだ」

豪炎寺は歯切れが悪くそう言うと三つ子から目を反らした。
冷たい言葉と共に眉間に深い皺が刻まれている様子は、何かを堪えているようにも見える。
俺が相反する言葉と感情に気付いたと同時に三つ子は怒りの声を上げた。

「関係ないだと!? このッ……!」

「おーい遅かったな、豪炎寺!」

三つ子が豪炎寺との距離を詰めようとした瞬間、俺は間に割って入った。
両者とも驚きの声を上げるが、無視して言葉を繋ぐ。

「約束忘れてなんかないよな、つい迎えに来ちゃっただろ。早く帰ろうぜ!」

馴れ馴れしく肩に手をまわし、……逃げたきゃ話を合わせるんだ、そう囁けば豪炎寺は俺の動きに合わせる。
それに一安心し、三つ子が呆けている間に俺達はそこから姿を消した。





「本当に……戻らないつもりかよ……みたいな……」



・・・・・



途中後ろを振り向いてあの三つ子が追ってきていないこと確認する。
肩に回した腕を降ろそうとする前に豪炎寺がすぐさま腕を振り払い、俺から距離を取った。

「……」

豪炎寺も、俺も喋らない。
さて、強引に攫ってきたはいいが次に何を言うか全く考えてなかった。
俺を見てくる二つの目からは懐疑心がよく分かる。初対面で馴れ馴れしくされれば仕方のないことだ。
でもあの我慢するような顔を見たら、つい手が出てしまった。

「あー……、豪炎寺くん、今はサッカーしてないんだ」

観察するような目がついに逸らされた。
先ほどの三つ子に詰め寄られた豪炎寺が口にした『退部届』という言葉。
今年の全国大会には出場していたのだからつい最近退部したのだろう、しかも仲間とはかなり険悪な状態で。

「……やっぱり、偵察か」

豪炎寺は俺が偵察に来たと分かってしまったようだ。殆ど会話をしていないのにそう察するのは、彼が全国から注目されている天才ストライカーの自負からだろう。
強力な選手がいれば他校も偵察に必死になるはずだ。

「そうだね。その通りだ」

ここで否定しても仕方がないので認めるが、豪炎寺がサッカーをやっていないのであれば偵察の意味はほとんど無い。
鬼道が木戸川清修と当たった際の懸念事項を無くすために俺は来たのだ。

素直に肯定すれば豪炎寺はどうしてか傷ついた表情になった。
……怒るのであればわかるが、どうしてそうも痛みを我慢するような表情をするんだ?
豪炎寺が先ほどから見せている表情は不思議だった。

言いたいことを言えず、やりたいことができず。黙っていることしかできない時、人はそんな顔をするだろう。
事情は分からないけれど、どうしてか共感を覚えてしまう。

「残念だが、俺から見せられるものは何もない。……サッカーはもうやらないって、決めたんだ」

二回目の人生ともなると不思議な気持ちになることが多い。
肉体年齢は幼いけれども中身はそうじゃない、だから周囲の人間と話していると、一歩引いてみているからか、そいつが本当に思っていることがなんとなくでも伝わってくる。

豪炎寺だってそうだ。
偵察に来た俺に対して怒ったり嫌悪したりしてもいいはずなのに、『残念だが』と言う。それは俺に対する嫌味は含まれず、むしろ自嘲にも聞こえた。
できることとやりたいことは違うのだから、サッカーをやめたことも珍しくはない。

サッカーが好きじゃないなら、心からそう思って『やらない』って決めたんなら、我慢なんてしなくていいよな?
……でも。

「なんでやめたかは分からない。でも簡単な理由じゃないんだよね」

豪炎寺は否定も肯定もせず、黙ったまま顔を背けている。
それは早く俺に立ち去ってほしいと言っているようだった。

「他校の俺が言うことじゃないけど、」

どうしてもこの、まだ幼い少年を放っておけなかった。
まだ13歳ぐらいだろう、もっと素直に、ワガママになってもいいんじゃないか。

「……やりたくないならやらなくていいと思う。じゃなきゃ潰れちゃうぞ」

そしたらどっかの誰かみたいに、後ろ向きな大人になっちゃうからさ。
俺の気持ちが伝わるといいなと思いながら豪炎寺の肩をぽんぽんと叩いた。
伏せられていた顔が上げられ目がかち合う。

「豪炎寺くんのこともっと知りたかったけどいいや。じゃ、俺は帰るよ」

だから早く家に帰って宿題でもして、家族の手料理食べて、好きなことだけやって、ぐっすりと寝てしまえばいいんだ。
もの言いたげに吐き出された呼吸を拾うことなく、俺は歩き出した。







「あいつは……ん、何か落ちてる……?」


2018.1.3



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