平凡少女が円堂に恋する1







「じゃあ入学式の時から好きだったのが円堂くん?」
「うん、そう……」
「つまり名前の身体を傷物にしたのが円堂くん?」
「その言い方やめて!」

友名の過ぎた曲解に大きな声が出た。

1.席替え

円堂くんとは随分離れた席だった。私は円堂くんよりも後ろに位置し、離れたところから背中を見ることができた。しかし心臓がひどく騒いでおり、休み時間は別のクラスになってしまった友名の所へ避難した。
今まで誰に話したたことの無かった恋心だが、動いてしまった心を無視することができなくて逃れるように彼女に打ち明けた。

「うーん、アピールするの?」
「無理」
「なんで!? やっと同じクラスになったんだよ!」
「今までずっと遠くから見てきたんだよ、死んじゃう。ほら見てよ、円堂くんと同じ教室にいると思うだけで、手汗が……!」

友名の前で手のひらを広げてみせると身体をのけぞらせる。
ちょっと悲しい反応だった。

「アピールは考えてないんだ。話したいけど、付き合いたいとかは……」
「好きなら付き合いたいよね。もー意味わかんない、二年も黙ってたから化石になったの?」
「一応掘り起こされている化石だよ。話したいと思ってるもん」
「そういう返し今は求めてないから」
「ううむ、席が離れてるから、慣れるには丁度いいかも……」

チャイムの音が鳴り響いたので、あいさつもそこそこに教室へ戻ることにした。
そして次の時間、先生の言葉に動揺した。

「今は名前の順になっているが、見えづらいやつの調整もしたいからクジで席替えをする」

なんだと……席が変わったら円堂くんの姿が見えなくなってしまうかもしれない。円堂くんを眺めることだけはしていた私にとって、大きな問題だった。
しかし不満があってもくじ引きは順調に進んでいく。ついに私の番となり、意を決して四角い箱からクジを掴み取る。黒板に描かれた席順の図に名前を書いた。
しばらくすると私よりも後にクジを引いた円堂くんが黒板に駆けていったのを見つめる。

「……えっ」

声が漏れた。
円堂くんがチョークを握って力強く書き込んだのは、私の名前の左隣だった。
円堂  名字。二つの名前が並んでいる。
後ろから見えなくなるなんてとんでもない。隣の、よりによってこの左手の方に、円堂くんが座ることになった。

放心しているうちに全員回ったらしく続々と机の移動を開始していた。昨年同じクラスだった女の子が声をかけてくれたので慌てて私も立ち上がる。いけない、しっかりしなくちゃ。

椅子を机に上げて筆箱はその上に置く。持ち上げて移動すると、すでに円堂くんは椅子を机から下ろしていた。彼の右側には一人分の空間があり、私は本当にあそこに座るんだとようやく実感した。
一呼吸おいてから机を置くが力加減を誤ってしまい大きな音が出てしまう。更に椅子の上に置いていた筆箱がずるりと落ちていった。

「あっ」
「おっと」

何もできないまま筆箱を目で追っていると、床に落ちる前にだれかの手に受け止められた。

「ほい!」

そのまま目の前に差し出され、遅れて目線を上げてみると円堂くんだった。
大きな丸い目が私を見ていた。
やがて不思議そうな顔をし始めたので我に返り、慌てて筆箱を受け取った。

「えっと、ありがとう!」
「おう! 隣よろしくな」
「よ、よろしく……!」

私のか細い声は届いただろうか。円堂くんはすぐに違う方を向いてしまったのでその答えは分からない。
椅子に腰をおろし思い出す。
――目が合うのは実に二年振りだった。それもそのはず、彼と真正面から対峙するなんてあの日以来無かったんだから。
更に筆箱を拾われ、会話までしてしまった。取り留めのないクラスメイト同士のやりとりだというのに、私はずいぶんと感動していた。だってこんな日がくるとは思っていなかったんだ。

「反射神経よすぎ……」

落ちていく筆箱を掴むなんて、分かっていたから掴めたんじゃないか?
もちろんそんなことはないだろう。おそらく世界レベルのサッカーで培ってきたもので、そう考えると悶々とした、むず痒いような気持ちになる。
なんというか、そう、惚れ直した。



2017.8.31

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