性格悪い美少女→円堂1



  

その日の放課後、円堂は普段より歩幅を広げて歩いていた。
視線の先には、私立雷門高等学校の校門を通り帰途へつく生徒たちがいて、円堂もその一人だ。
まだ日も沈まない明るい時間に帰ろうとするのはひとえにテスト期間だからで、試験目前ともなれば部活動停止期間が設けられ、各々学業に専念する時間となっていた。

せかせかと歩いていたためかじっとりと汗が浮かんでくる。円堂は一度止まり、そろそろ暑苦しくなってきた学ランの上着を脱いで脇に抱えた。私立雷門中学校と同じ経営者である所以か制服のデザインは似通ったもので、トレードマークの稲妻は健在だ。
円堂が再び歩き出した時、後ろから追いかけてきた男子生徒が肩を叩いた。

「円堂、そんな急いでどこ行くんだよ」
「お、半田!」
「終わった途端帰るから慌てて追いかけたんだぞ」
「悪い悪い! 用事があったんだ」

僅かに息をあげた半田がそこに立っていた。円堂は不満そうな表情の半田に軽く謝ると、歩く速さを合わせた。

「ほかの皆は知ってるのか?」
「いけね、言ってないや」
「おい。ところで、用事ってなんだ?」
「ちょっと幼馴染に呼ばれたんだ。これから駅集合なんだよ」

円堂の言葉に半田は驚いたように、へえと呟いた。
名前を出さないということは知らない人物だろう。古い付き合いに風丸や冬花がいるのは知っていたが、他にもいたとはこの数年間知らなかった。

「途中まで帰ろうぜ」
「おう! じゃあ先に帰るって風丸たちに伝えておくか」

半田と帰ることに決めた円堂は携帯電話を取り出し友人たちにメッセージを送る。入力しながらも歩いているので前はあまり見えておらず、半田は心配で微妙な顔をしていた。
入力が終わり、送信を確認して顔を上げると校門は目の前だった。
通り抜けた瞬間、円堂は身体に衝撃を受けた。

「わっ!!!」
「おわああっ!」
「ぎゃああっ!」

先に悲鳴を上げたのが円堂で、次いでそれに驚いた半田が叫んだ。
突然円堂の目の前に女が躍り出て腕を掴んできた。視界の下の方で、さらりとしたボブカットが揺れており、それを見た途端に円堂はほっと息をついたのである。

「名前か! びっくりさせんなよ〜〜!」
「あはっ、守くんすごい声!」

捕まえた腕が解放されると、女は――女の子はぱっと顔をあげた。

(あ、かわいい。)
叫んだ以後半田がまともに考えられた一番目のことだった。
黒髪のボブカットは肩から絶妙なゆとりを持って切りそろえられ、細い首筋がよく見える。
円堂や半田よりも小さな背丈でつむじが見え隠れしていた。
顔は幼さのある丸い顔だったが、にっこりとした笑顔にはぴったりに見えた。
着ている制服は暗い灰色に襟元などの裏地が赤で、なんだかものすごく見覚えがある……と半田はぼんやり考えた。

円堂は驚かされた腹いせに彼女の頭を両手で乱暴に撫でた。力強いそれに女の子は予想通り悲鳴をあげた。

「このやろー!」
「いたいいたい!」

円堂の豆だらけの手が、子ども特有の艶のある髪を無遠慮に荒らしまくる。
半田はその距離の近さに焦りに近いものを感じ、大声で円堂に呼びかけた。

「え、円堂!! その子誰だ? ま、まさか……か、か、」
「ん? ああ! こいつな、さっき言った幼馴染の名前!」

どうやら彼女ではなさそうだとほっと息をついた。高校二年生になった今でも円堂はサッカー一色、突然彼女を連れてこられたら驚きのあまり発狂してしまうかもしれない。
円堂は撫で回す手を止めると彼女の華奢な肩を片手で引き寄せ、半田の目の前に押し出した。言外に挨拶をしろといった彼にしては珍しい粗野な仕草に、半田ははまたしても驚く。恋人よりも、兄の方が相応しいかもしれない。
押し出された女の子は少しも気にした様子もなく半田に目を向けると、目を細めてにっこりと笑いかけた。

「こんにちは。名字名前、中学二年生です!」

眩しい!!!
決して太陽光が差しているわけではないのに半田は目をつぶった。

「半田真一。円堂とは中学からの付き合いで、同じサッカー部なんだ」
「へえ、サッカー部なんですか」
「なんで校門なんかにいたんだ? さっきはかなり驚いたよ」
「あっ! そーだそーだ! まったくひどいよな、心臓止まるかと思ったぜ」

さきほどの事件を話題にすれば円堂は声をあげて会話に入ってきた。
いつも通り帰ろうとしたら物陰から大声をあげて飛び出してきたのだから、円堂の言葉は無理もない。
名字も思い出したのか、はっとした表情になる。

「だいたい集合は駅だろ。わざわざ帝国からこっち来たのか?」
「守くん驚くかなって。大成功だったね」
「おまえなあ」
「ああ!」

呆れた円堂に続き、半田が声をあげて手を打った。二人の視線が半田に向けられる。
先程からどうしても拭えなかった既視感だが、円堂の言葉により納得がいった。
半田は名字に指を向けてその答えを口にした。

「その制服、帝国学園か!!」
「はい、帝国学園中等部に通ってます」

帝国学園は雷門中学校と何かと縁のあった学校だ。名字の制服は、元チームメイトの鬼道が着ていた制服によく似ていた。進学の際に帝国へ戻っていったが、たまに練習試合をするので関わりは続いている。
帝国学園は関東屈指の名門校で、資産家や優秀な者でないと入学できないと言われている。
もしやこの名字という女の子は、そのどちらかに当てはまるというのか……?

「あっその目、わたし別にお金持ちとかじゃないですよ! ふっつーの四人家族の末っ子です」
「じゃあ超優秀ってことか……」
「家が隣で、よくおれが面倒見てるんだぜ」
「見てもらってるんじゃなくてか?」

絶対円堂より頭いいだろうなと半田は苦笑した。家が隣だというので、本当に古い幼馴染なのだろう。
突然、半田の携帯電話が震えた。間隔からしてメッセージだろう、半田がポケットから取り出し確認してみると、風丸からだった。

『2階の窓から見ているが、その中学生と一緒に帰らないことをおすすめする』

半田は思わず振り返って校舎の窓を見た。かなり遠いが、確かに青い髪の人間が見える。
中学生とはきっと名字のことだ。なぜそんなことを言うのだろう。

「半田、帰ろうぜー」

円堂に声をかけられ顔をあげると彼のそばに並んだ名字が目に入る。
駅で会うはずだったが名字がサプライズとしてこちらに来たため一緒に帰るのは当然の流れだろう。
そして半田もその一員として呼ばれているのだが、どうも風丸の言葉がひっかかり、結局断ることにしてしまった。

じゃあな、と声をかけると円堂と名字も言葉を返す。円堂はしばらくこちらを向いて手を振っていたが、名字はすぐに向こうを向いてしまったことが寂しい。はじめのあいさつの印象から考えると少しだけ驚いたが、中学生だ、こんなものだろう。

しばらく見送っていると、風丸が後ろから現れた。

「あいつ本当に来たのか……」

少し困ったような顔だ。
半田は先ほどの疑問を風丸に投げかけた。

「なんだったんださっきの」
「ああ、おれも名前と幼馴染なんだけどさ。付き合いが長い分、嫉妬するんだよ。いやだろ?」
「円堂が? そんな風に見えなかったけどなあ」
「ちがうちがう」

風丸の考えたことと外れていたようだった。
半田はますます意味がわからないと言った様子で風丸の言葉を待つ。

「名前は円堂と仲がいいやつ、特にサッカー部には態度が少しきつくなるんだよ。 可愛い年下に冷たくされたいか?」



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