妹が嫌いだし鬼道有人も嫌いな少女
「ほんとさあ、まじで、うざい!」
「おねえちゃああああああ」
「行ってきます!」
年の離れた妹を引き剥がし、やっとの思いで学校に着いた。ここが私のオアシス。『姉』から解放される唯一の場所なのだ。
教室にいけばいつもの友達がすでに盛り上がっていて、荷物を置くと早速私も混ざりに行った。同い年の友達は良い。アイドルのこととか、ファッションとか、嫌な先生のこととかクラスのイケメンのことを一緒に楽しめる。でも妹は幼すぎて私がお守りをするだけなのが嫌だ。
「ちょっと聞いてよー、またうちのがさー」
「また妹ちゃん? どんだけ嫌ってんのよ」
「いやまじで一緒に住むと分かるって! どこ行ってもついてくるし、できないこともやりたがるし、それで泣かれて怒られんの私なんだよ?」
でも妹のことだけはみんな分かってくれないのだ。怒られるのは妹でなく私。それが悲しかった。
「もーほんとやだ! 妹なんかいらない!」
両手を上げてそう喚くと、突然鼻で笑う声が聞こえた。聞こえた先へ顔を向けてみると、そこには鬼道有人が腕を組んで座っていた。
「……今の鬼道?」
「悪い、聞こえたか」
鬼道はゴーグルをつけているから目は見えない、それでも口元は笑っていて、私は頭が熱くなるのを感じた。
「どういうつもり?」
「いや、特待生だからといって、人間性が伴ってくる訳では無いんだと勉強させてもらっていただけだ」
私は一般的な家庭の出身だから勝負できるのは勉強だけだった。必死に勉強して上位を死守しているおかげでこの帝国学園に籍を置くことができている。だが鬼道はそもそも首席だ。あの鬼道財閥の一人息子で、それはそれは優秀な家庭教師がついているらしい。鬼道の言葉は嫌味でしかなかった。私はつい怒鳴ってしまう。
「妹がいないくせに入ってこないで!」
「そうだな、でもお前が心の狭い奴だということは分かる」
鬼道はいつも私にそうやって突っかかってくる。別に私は鬼道に何もしていないのに。
「私あんた嫌い!」
「奇遇だな、俺もだ」
*
世間は夏休み! ……夏休みとはいえ、私はいつも図書館で勉強している。本当は家がいいけど、妹も同じく夏休み。何とか理由をつけて私は図書館に逃げているのだ。
その帰り道のことだ。少し離れた所で歩いていた女の子が突然バランスを崩して転んでしまった。駆け寄って荷物を拾ってから、どうやら足をくじいたそうなので近くの公園のベンチへと移動することにした。
「へー、音無さん、サッカー部のマネージャーなんだ」
「春奈でいいですよ。本当にありがとうございますっ!」
音無さん、改め春奈ちゃんは笑顔の可愛い女の子だった。サッカー部のマネージャーで、今日は合宿中の買い出しに来ていたらしかった。
私が荷物を持ってあげることはできるが、それでも春奈ちゃんが歩くことになってしまうのであまり意味は無い。すると春奈ちゃんは電話をすることにしたようだ。
「あ、お兄ちゃん? ちょっと足をくじいちゃったから監督に車で迎えに来てもらいたいんだけど、そっちにいる?」
春奈ちゃんが現状を説明していくと、微かに漏れ出る声で春奈ちゃんのお兄さんは相当焦っている様子だった。
「……え? お兄ちゃんが来ても……おんぶ? や、やめてよ! ちょっと、お兄ちゃん? お兄ちゃん!」
やがて春奈ちゃんは叫ぶのをやめ、茫然とする。私は笑いを堪えながら声をかけた。
「お、おんぶで帰るの……ッ?」
「そうみたいですううう……恥ずかしいいいい……!」
春奈ちゃんは顔を赤くして顔を覆うが、私は反対に羨ましかった。彼女のお兄さんはこんなにも彼女を心配して、愛してくれているのがよく分かった。私も優先されたい、と思ってしまう。
「私も妹じゃなくて兄が欲しかったな」
「妹がいるんですか?」
「うん。でもいつも引っ付いてきて正直嫌なんだよね。低学年だから合わせてると好きなこと出来ないし。いつも私ばかり怒られるし。私の妹も春奈ちゃんみたいだったらなあー」
春奈ちゃんはお兄さんが過保護で恥ずかしいみたいだし、あの子もこうやって自立したがってくれればちょっとは楽になるのに。そう思って言ってみるが春奈ちゃんから返事はない。不審に思ってそちらに顔を向けてみると、ちょうど口を開いた。
「……実は私とお兄ちゃん、親が死んじゃって施設にいたんです」
突然の告白に私は固まって何も言えなかった。親が死んでる? 施設? 私とは縁の無い言葉に気まずさを覚えていると、彼女はそのまま話を続けた。
「私はそれがよく分かってなくて、お兄ちゃんにどうして帰ってこないのって何度も聞いちゃいました。悲しくて寂しくて、叩いちゃったこともあります」
天真爛漫な春奈ちゃんからは少し想像しがたい内容だった。まるで妹のようだとさえ思った。
両親が天候不良で帰宅が遅くなったことがあり、あの子は何度も私に縋りついてきた。天気が悪いからって説明しても分かってくれなくて、私も不安で仕方ないのに、どうしてこの子だけこんなに縋ってくるんだろうと悲しくなってしまったのだ。
「お兄ちゃんは何も言わずに抱きしめてくれて。でも、小学校に上がるぐらいの時、お兄ちゃんだけ新しい家に引き取られました」
「えっ? 春奈ちゃんは一緒じゃないの……?」
「駄目だったみたいです」
眉を下げながら笑う姿に胸が痛む。
「その内私も引き取られて音無になって、何とかお兄ちゃんと連絡を取ろうと思ったんですけど拒否されちゃいました。私のことが嫌いなんだ、私ばかりが好きなんだって悲しかったです」
「で、でも、さっきお兄さんと電話を……」
「そうなんです。仲直りしたんですよ、一か月前くらいに」
「つい最近じゃん!」
「私をお兄ちゃんの家の家族に迎え入れるために約束をしていたみたいなんです。そのために私との連絡を絶っていたみたいで。一人で頑張ってるなんてずるいですよね」
驚いたが、お兄さんはちゃんと春奈ちゃんが好きなようでほっと肩の力が抜けた。同時にそのお兄さんはすごいと私は思い始めていた。私は妹に対して面倒だとばかり思っているのに、彼はこんなにも愛情深い。少しだけ自分が恥ずかしくなってくる。
「でも私は音無が好きだから、同じ家には行きませんでした。それでも大好きだし、そこらへんの兄妹よりも仲がいいって思ったりしてるんですよっ!」
春奈ちゃんはにっこりと笑う。
「だから、ここからはお兄ちゃんにいっぱい迷惑をかけた妹からのお願いなんですが……もう少しだけ、妹さんを待ってあげてもらえませんか」
「え?」
「私はお兄ちゃんに迷惑かけたし、酷いことも言いました。でもお兄ちゃんは私のことを嫌わずにずっと待っていて、愛してくれてるって分かって嬉しかった。妹さんは、本当にあなたが大好きで、気持ちの全部をぶつけてしまってるんじゃないでしょうか。だから妹さんが大きくなって色々分かるようになった時、変わらずに家族でいられるように待ってあげてほしいんです」
まさかのお願いにばつが悪くなった。何となく分かっていたのだ。妹の幼さを考えればどうしても仕方ない部分が出てくるのだと。でもそれを受け入れることができなくて、私のことも優先してほしくて、苛立ちをぶつけてしまう。素直になれない私の短所。
どう返せばいいか言い淀んでいると、突然叫び声が聞こえた。
「春奈ーッ!」
春奈ちゃんが反応する。どうやらお兄さんが来たらしい。どんな人だろうと声の方を見て、私は固まった。
「……き、鬼道……!」
「……お前か」
いつの間にか転校していったらしい鬼道が、そこにいた。彼は私の姿を認めると嫌そうに顔をしかめてきた。妹がいないくせに。随分前に私が言い放った言葉が急に浮かんでくる。
今ようやく鬼道が私に敵意を向けてくる理由が分かった。今までずっと長い間、鬼道の傍には妹がいなかった。いるのに、一緒に暮らせなかった。その傍で私は妹がうざい嫌だと繰り返してきたのだ。
私は立ち上がって、鬼道の横を通り過ぎる。その際にそっと呟いた。
「大分前だけど、ごめん。あんたの妹すごくいい子だね」
「……当たり前だろう、俺の妹だぞ」
嫌味は無いけど尊大な態度は相変わらずのようだ。心が軽くなった気がして私は笑う。
「ありがとうございましたあー!」
「おい、今度はお前の妹の話を聞かせろよ!」
私は曖昧に手を振った。
*
帰宅した私を迎えたのは妹だった。何度も引き剥がしているのに、やっぱり輝いた目を私に向けてくるのだ。だからつい、聞いてしまった。
「ねえ、あんたさあ、私のことどう思ってんの」
「お姉ちゃんのこと? あのねえ、うふふ、だーいすき!」
少しだけなら待ってやろう、だって私の妹なんだから。
2018.09.24
8/26レベコン無配ペーパー
- 14 -
*前次#
ページ: