05.飛行訓練
午後三時を過ぎた頃、レイラは一人で玄関ホールに向かった。次の授業は飛行訓練だからドラコと一緒に校庭へ向かおうと思ったのだ。
玄関ホールの脇にある階段の前でしばらく待っていると、ざわざわと数人の話し声と共にドラコが姿を見せた。彼の後ろにはクラッブやゴイル、ノットのような見知った顔。他に見知らぬスリザリン生の顔もある。

「レイラ、こんな所に一人でどうしたんだ?」
「次の授業スリザリンと合同でしょ?一緒に行こうと思って」
「あぁ」

レイラの言葉にドラコは笑顔で頷き、手を取る。するとドラコの後ろからザビニがキラキラ輝くような笑顔で乗り出してきた。

「ミス・マルフォイ、ご機嫌麗しゅう」
「ふふ、ザビニも相変わらず元気そうね」

ドラコと繋いでいるのと反対の手を取り、ザビニはレイラの指先に口付ける真似をする。そんな彼の仕草にレイラはクスクス笑ったが、ドラコは不機嫌そうに顔を顰めた。
普段グリフィンドール生を目の敵にしているスリザリン生達だったが、彼らはグリフィンドール生≠ニいう肩書きよりもマルフォイ家のお嬢様≠「う肩書きの方を重視することにしたらしい。レイラがグリフィンドールだというのにも関わらずドラコと同じように接してくれている。

ドラコと手を繋いだまま校庭を横切って芝生に着くと、地面に二十本の箒が並べられていた。

「古い箒ばかりだわ」
「新しい箒を買えばいいのに」

レイラがボロい箒に眉を寄せると、ドラコではなく女の子の声がそれに答えた。艶のある黒髪をおかっぱに切り揃えた女の子──スリザリンのパンジー・パーキンソンがドラコの隣の箒の横に立っていた。

「やっぱりそう思うわよね?まぁ、私は古い箒だろうと新型の箒だろうと上手に飛べないんだけど」
「レイラは箒に乗るのが苦手なの?」
「そう。ドラコはあんなに上手に乗りこなしちゃうのに……」
「よかったぁ。私もあんまり箒に乗るのは好きじゃないのよ」

レイラとパンジーはお互いに仲間を見つけた安心感で頬を緩めて笑いあった。

それから十分近く経った後、授業が始まるギリギリの時間にグリフィンドール生はやって来た。どうもグリフィンドール生は時間ギリギリの行動を取る傾向にある気がする。
レイラは自分もグリフィンドール生だということを無視してそんな事を考えた。

「なにをボヤボヤしてるんですか!皆箒のそばに立って。さあ、早く!」

白髪を短く刈り上げたマダム・フーチはそう言いながら手を叩いて生徒達を急かす。
皆マダム・フーチの言葉に慌てて箒の横に立った。

「右手を箒の上に突き出して、そして『上がれ!』と言う」
「上がれ!」

生徒達は一斉に叫んだが、すんなり箒が飛び上がった生徒はほとんどいなかった。
レイラの箒も例外ではなく、ピクリとも動かない。隣のドラコは一発で成功させて箒を握りしめていたし、仲間だと思っていたパンジーも何回目かの掛け声で箒を飛び上がらせることに成功してしまった。

結局最後まで箒を上げることができなかったのは、クラッブ、ゴイル、ネビル、そしてレイラの四人だけだった。その四人は仕方なく直接手で箒を持ち上げることになり、レイラは情けないやら恥ずかしいやらで顔を赤らめた。

「最初からこうすれば良かったのに…」

レイラの小さな呟きを無視して、マダム・フーチは箒の跨がり方を指導する。

「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルくらい浮上したら少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ」

しかし笛の音が聞こえる前に誰かが勢いよく飛び上がった──ネビルだ。

「こら、戻ってきなさい!」

先生は大声で叫ぶが、ネビルはくるくる回りながらどんどん高く上昇していってしまう。隣でドラコ達が笑っているのを聞きながら、レイラはポカンと口を開けて小さくなっていくネビルを見つめていることしかできなかった。
あんなに勢いよく回りながら飛んでしまったら、きっと目を回してしまうに違いない。どんどん小さくなるネビルの姿に、ちゃんと戻ってこれるのかと不安になった。
下は柔らかい芝生だが勢いよくぶつかれば怪我をしそうだと思いながら足元の芝生に目を向ける。そこに小さな白い花が咲いているのを見つけ、その花に触れようとしゃがみこんだ。

「こんな所に咲いてたら踏まれちゃう」
「レイラあぶない…!!」

ドラコの叫び声を聞いて顔を上げようとした次の瞬間、レイラは物凄い衝撃と共に地面に叩き付けられた。
ボキッという何かが折れるような嫌な音と共に頭と左足に鋭い痛みが走る。どうやら上から降ってきたネビルが運悪くレイラに直撃したらしい。
倒れた時に地面に打ち付けた頭をおさえながら起き上がろうとして、自分の左足があり得ない方向に曲がっているのを見たレイラは意識が遠退くのを感じた。
周りで皆が騒ぐ声がするが、その全てが遥か遠くから聞こえるようでぼんやりとしている。

「またあなた達なの!?」

痛みの中でふわふわと宙を浮かんでるかのような感覚を味わっていたレイラはそんな驚いた声を最後に意識を手放した。



次に目を開けたレイラが最初に見たのはピカピカに磨かれた真っ白な天井だった。つい一週間前にも嗅いだ消毒液の匂いに、そこが医務室だとわかる。

「目が覚めましたか」
「えーっと……?」

マダム・ポンフリーはせかせかと近付き、レイラの頬を包み込むと両手の親指で下瞼を下げる。鋭い眼差しで観察するように目を細めるマダムの目を見つめ返しながら、レイラは戸惑った声を出した。

「覚えていませんか?飛行訓練の最中に怪我をして、そこの生徒と一緒に運ばれてきたんですよ」

そう言ったマダムの視線を追って隣のベッドを見ると、ネビルがすやすやと寝息を立てて眠っていた。

「この子は手首を骨折してるだけだから大丈夫です。今は薬を飲んで眠っていますが、目が覚めたら退院できますよ」

「私は?」

あまり覚えていないが、そんなに大怪我をした記憶はない。
不思議に思って掛け布団を捲って自分の体を見てみるが、特に包帯を巻かれたりしている訳でもない。

「貴方は左足の骨折と脳震盪でした。骨折はもうすっかり治りましたよ」
「ありがとうございます。じゃあ、私はもう退院していいんですか?」
「いいえ、もう少し様子を見ます。頭を強くぶつけたんですよ──どこか痛むところはありませんか?吐き気は?目眩は?」

レイラはマダムの問いに首を振って答える。寝不足のせいで多少ふらふらするがそれは今は関係ないだろう。
マダムは探る様な目付きでレイラの顔を凝視していたが、しばらくするとうーんと唸りながら薬棚に向かいゴブレットと錠剤を手に戻ってきた。

「これを飲んでもうしばらく眠っていなさい」

促されるままにゴブレットに入った琥珀色の液体で錠剤を流し込む。最後まで飲み干したのを確認すると、マダムはレイラの手から空のゴブレットを取り上げてベッドへ押し戻した。

「一週間前に二人で怪我をしてきたばかりだというのに、また一緒に怪我をしてくるなんて……」

ぶつぶつと恐ろしい顔で憤慨している様子のマダムを見て、レイラは掛け布団を引っ張って顔を隠した。
薬の効果なのだろうか。すぐに眠気が訪れ、レイラは再び眠りについた。



次に目を覚ますと、真っ白な医務室は夕日で赤く染まっていた。レイラが体を起こすとマダム・ポンフリーが大きな箱を抱えながらベッドに向かって歩いてくる。隣のベッドではまだネビルがスヤスヤと寝息を立てている。

「調子はどうです?」
「足も痛くないし、他も特に問題ないです」
「問題ないかどうかは私が決めることです。さあ、これを飲んで」

マダム・ポンフリーはそう言って紫色の液体がなみなみと注がれたゴブレットを渡した。

「お薬はさっき飲みました」
「さっきの物とは別の薬です。早くお飲みなさい」

レイラは渋々ゴブレットの中身を飲み干した。
喉から食道を熱い物が通る感覚の後、胃がカッと熱くなる。しかしその熱さもすぐに穏やかなものになって消えていった。マダムはゴブレットを受け取りながら、さっきしたのと同じようにレイラの下瞼を見る。

「だいぶ良くなりましたね。……寮に戻っても大丈夫でしょう」
「よかったぁ。マダム、ありがとうございます」

ベッドから出て身支度を整え終えたレイラはマダム・ポンフリーにぺこりと頭を下げた。マダムには二週連続でお世話になってしまった。
「今後は巻き込まれないようにもう少し気を付けるんですよ」というマダムの言葉を背にレイラが医務室のドアを開けると、廊下の向こうからこちらに向かって歩いてくるドラコの姿が見えた。怪我をしたレイラの様子を見に来てくれたらしい。

「レイラ!怪我はもう大丈夫なのか?」
「大丈夫、もう治ったわ」
「本当に?どこも痛んだりはしないか?」
「ほんとに大丈夫」

心配性な兄が愛しくて、クスクスと笑いながら答えた。ドラコはレイラの頬を両手で挟みじっとその顔を見つめていたが、しばらくするとようやく安心したように息を吐いた。

「よかった……あのドジでのろまのロングボトムめ!二回もレイラを巻き込んで怪我させやがって!」

吐き捨てるように言うドラコになんと言ったらいいかわからず、レイラは困ったように笑った。ネビルのドジに巻き込まれて二週連続で医務室のお世話になってしまったのは事実だ。
けれどそれを悪く言う気にはなれなかった。どちらも自分の不注意のせいでもあるし、なによりネビルは一緒にいると楽しい。

ドラコはしばらくネビルへの暴言を吐き続け、多少すっきりしたらしい。ネビルはレイラが出てきた時はまだ医務室の中で眠っていたがいつ目を覚ますかわからないし、出てきたネビルと鉢合わせたらせっかく落ち着いたドラコの怒りが復活してしまうかもしれない。
レイラは早々にドラコとの会話を切り上げて寮に戻ることにした。まだ心配しているらしいドラコは寮まで送っていこうか?と提案してくれたが、それこそグリフィンドール生と鉢合わせたドラコがどうなるかわかったものではない。
ありがたい申し出を断り、レイラは一人でグリフィンドール塔へ向かって歩き出した。

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