07.ハロウィーン
荒れ果てたトイレに飛び込んできたのはマクゴナガル、セブルス、クィレルの三人だった。クィレルはトロールを見てヒーヒーと弱々しく悲鳴を上げ、セブルスは倒れているトロールを覗きこむ。マクゴナガルは生徒達の姿を見て唇をわなわな震わせながら口を開いた。

「一体全体あなた方はどういうつもりなんですか。寮にいるべきあなた方がどうしてこんな所にいるんですか!?」

レイラは自分達がここにいることよりも、どうしてこんな所にトロールがいるのかを知りたかった。
今は平和で楽しいハロウィンパーティーの最中ではないのだろうか。余興に使うトロールが脱走でもしたのかもしれない。トロールが必要な余興なんて勘弁してもらいたい。がんがん痛む頭でそんなことを考えながらレイラはずるりと壁にもたれ掛かった。

「マクゴナガル先生、聞いてください。ハリーとロンは私を探しに来たんです」

ハーマイオニーがレイラの前で立ち上がった。
熱のせいか視界が歪んでハーマイオニーの後ろ姿がゆらゆら揺れて見える。

「私がトロールを探しに来たんです。私……私一人でやっつけられると思いました──あの、本で読んでトロールについてはいろんなことを知っていたので」

レイラは状況が理解できず、眉根を寄せた。
ハーマイオニーはレイラが来るより前からこのトイレにいたはずだ。それなのにここにはトロールを探しに来た……?
……だめだ、考えようとしても頭の中がぐるぐる回って思考がまとまらない。少しでも気を抜いたらそのまま気を失ってしまいそうなくらい、もう限界だった。
頭が痛い。足が痛い。心臓が痛い。
呼吸をする度に全身を針で刺されるような痛みを感じる。

「私がトロールを追ってここに入ったらレイラがいて、彼女朝から熱があって、その時もすごく体調が悪そうでした。何とかしようとしたんですが無理で……ハリーとロンが見つけてくれなかったら、私達今頃死んでいました」

ハーマイオニーの言葉を聞き二、三歩前に進み出たセブルスは壁に背を預けてぐったり座り込むレイラを見つけて土気色の顔を真っ白に変えた。どうやら今までハーマイオニーに隠れて先生達からはレイラの姿が見えていなかったようだ。
セブルスはレイラの傍らに膝をついて顔を覗き込んだ。少女にしか聞こえないくらいの小さな声で呼びかける。

「レイラ」
「……セブ…」

顔を上げ、安心したように笑顔を見せるレイラの瞳を見たセブルスは息を呑んだ。少女の甘い蜂蜜色の瞳が、燃えるような赤に染まっている。光の加減や見間違いなどではない。
セブルスは動揺に震えそうになる腕を無理矢理動かし、杖を振って彼女の肌に刺さる硝子の破片を取り除き始めた。

「ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。どうしてたった一人で野生のトロールを捕まえようなんて考えたのですか?」

マクゴナガルの声に混ざって、不快なキーンという音が響いて頭がガンガンする。
もう目も耳も正常に機能することを放棄したのかもしれない。
あのセブルスが泣いているように見える。

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました」

マクゴナガルはうなだれるハーマイオニーからハリー達に視線を移した。

「大人の野生トロールと対決できる一年生はそういないでしょう。あなた達は運がよかった。……一人五点ずつあげましょう」

最後にマクゴナガルはセブルスに治療を施されているレイラを見る。突き刺さっていたガラスやタイルの破片は綺麗に取り除かれているが、痛々しい傷はまだ残ったままだ。

「ミス・マルフォイ、あなたは運が悪かったですね。この件に関してあなたは巻き込まれただけのようなので、減点も加点もありません」
「でもあの時レイラが魔法を使ってくれなかったら、僕達トロールを倒せませんでした!」

ロンの言葉に全員が驚いてロンを見る。いっせいに注目された彼は少し困ったような表情を浮かべながら続けた。

「あの、レイラがなんか言って……小さくてなんて言ったのかはわかんなかったけど。それでトロールがいきなり叫んで、ボーッとなったから、僕あいつをノックアウトできたんです」
「あれレイラがやったの?」
「うん、ちょうどレイラが呪文唱えるところが見えたから。だろ?」

ロンがレイラに向かってそう言うが、レイラには呪文を唱えた記憶はない。自分は何も出来ず、三人に守られていただけだ。ただの役立たずの足手まといだった。

「……ミス・マルフォイ、大丈夫ですか?」
「私が医務室まで連れていこう」
「グレンジャー、あなたも一緒に行って怪我を治してもらいなさい」

セブルスが杖を一振りすると担架が現れ、レイラの体を乗せてふわふわと宙に浮かんだ。レイラの青白い体を隠すように、その体の上にセブルスは自分のローブをかぶせる。
三人がトイレを出ると後ろからマクゴナガルの声が追いかけてきた。

「ミス・マルフォイ、グリフィンドールに五点追加です!」




三人が医務室に入ると、意識を失い真っ白な顔で担架に乗せられたレイラを見てマダム・ポンフリーが悲鳴を上げた。

「何があったんです!?」
「トロールに襲われて……でもその前から体調が悪かったみたいでした。朝から熱があって…」

ハーマイオニーは腕の治療を受けながら説明する。

「熱があったのならすぐに医務室まで連れてきてください!!」
「薬を飲んだから大丈夫だって言っていたので…」
「大丈夫かどうか判断するのは私です!それにトロールなんて…──トロール!?トロールですって!?生徒がトロールに襲われるなんて!」

ハーマイオニーはプリプリと怒るマダムの愚痴を聞きながら、レイラをベッドの上に寝かせた後も立ち去ろうとしないセブルスを不審そうに横目で見た。セブルスは何も言わず、夜の闇のように真っ暗な瞳でレイラを見下ろしている。

「はい、あなたはもう大丈夫。寮に戻っていいですよ」
「レイラは…?」
「彼女は今晩は入院です」

マダム・ポンフリーは眠ったままのレイラの口にゴブレットを押し当て、薬を流し込みながら答えた。

「あの、彼女が起きるまでここにいたらダメでしょうか?」
「ダメです。明日の放課後には目が覚めているでしょうから、心配ならまた明日来なさい。さあ、早く寮に戻って」

ハーマイオニーは半ば追い出されるようにして医務室を後にした。しばらくの間医務室のドアの前で立ち止まっていたが、やがてグリフィンドール搭に向かって歩き出した。


ハーマイオニーが医務室から出ていくと、セブルスはベッド脇に置かれた丸椅子に腰を下ろした。
ベッドに横たわるレイラはまるで命のない人形のようで、本当に生きているのか不安にかられてセブルスは思わず彼女の手に触れた。その手は予想したものより遥かに温かく、安堵の息を吐いた。

「スネイプ先生、後は任せてくださって大丈夫ですよ」
「……いや、彼女が目覚めるまでここに居させてもらっても?」

マダム・ポンフリーはしばらく思案した後、渋々といった様子で頷いた。

「わかりました。私は奥の部屋にいますから、何かあったらすぐに呼んでくださいね」

レイラが横たわるベッドの傍でただ彼女が目覚めるのを待つセブルスの後ろ姿を見て、マダム・ポンフリーは悲しげに目を細めた。

何度同じ光景を見ただろう。
体が弱くて、それなのに悪戯な生徒達と校内を走り回ってはしょっちゅう倒れて医務室に運ばれてきた少女。正確には少女と呼べる年齢ではなかったが、その容姿とあどけない笑顔を見て少女と呼ばずにはいられなかった。

ベッドに横たわる少女が目覚めるまで、何をするでもなくただじっと傍で座り続けていた黒髪の少年。少女が目覚めてから大勢の生徒が見舞いに訪れるまでのほんの僅かな時間、その時間を少年がどれだけ大切に思っていたか。
大勢の中の一人、それでも彼は少女を大切に想い続けていたのだろう。マダムは彼が卒業するまでの七年間、そんな二人を見守り続けていた。

あれから何年もの時が経ちまだ新任だったマダム・ポンフリーは立派なベテランの校医となり、あの幼かった少年は生徒を指導する側としてこの場所に戻ってきた。そしてあの少女は──…


マダムはしばらく感傷に浸っていたが、頭を振ってそれを振り払った。いくら思い出してももう二度とあの時間が戻ることはない。
少年だった彼が見守る少女は彼女≠ニは違うのだから。
それでも願ってしまう。二人が、少女が幸せに生きられる未来を。




真っ暗な医務室の中、セブルスはレイラの顔をじっと見つめていた。時折苦しそうに呻き声を上げる以外、スヤスヤと眠り続けている。

「う…、ん……」

レイラが苦しそうに眉を寄せる度にセブルスがそっと頭を撫でてやると、彼女は安心したように穏やかな顔を見せる。いつもより熱いレイラの頬にそっと左手をそえて、目を閉じた。
彼女がホグワーツに入る前のことを思い出す。
数年振りにルシウスの屋敷に招かれ、そこでレイラと再会した。あの日赤ん坊だった少女は健やかに成長し、ルシウスと同じプラチナブロンドの髪を肩の上で短く切り揃え、金色の瞳をキラキラと輝かせてセブルスを見上げていた。

「こんにちは。あなたがセブルスね!わたし、レイラ」

年相応の舌足らずな喋り方をする幼い少女。そんな少女に言葉を返すこともできずただ立ち尽くすセブルスの反応に隣に立つルシウスは満足そうに笑った。

「すっかり大きくなっただろう?」

少女は返事をしてくれないセブルスを見上げたまま首を傾げたが、隣の部屋から同じプラチナブロンドの髪をした少年、マルフォイ家の長男であるドラコに呼ばれるとあっさり離れていく。
あいかわらず笑みを浮かべたままのルシウスに、セブルスは何も言えずにただ立ち尽くした。


あの時自身の胸に生まれた感情がなんだったのか、とっくに理解している。それは途方も無く傲慢で、切実な願い。
セブルスは薄く苦笑いを浮かべて目を開けた。あいかわらずレイラは穏やかな顔で眠っている。
セブルスは少女の柔らかな唇を指でなぞり、熱を帯びた頬に唇を寄せた。彼の黒い瞳から流れた雫は誰に見られることもなく少女に降りそそいだ。

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