08.黒と金
四肢をめちゃくちゃにねじられているような不快感に助けてと声を上げようとしても声が出ない。
心臓が炎に包まれ、やがてその炎は全身を燃やしていく。
熱い、熱い、苦しいともがくレイラの両頬を冷たいものが包み込む。すると次第に燃えるような熱さも苦しさも、すぅっと引いていった。

「………あ、れ…セブ……?」
「目が覚めたか」

ぱちぱちと何度か瞬きをすると、ぼやけていた視界がクリアになっていく。そこにはいつもと同じ、不機嫌そうに眉を寄せたセブルスの姿があった。

「気分はどうだ」
「……頭、くらくらする」

横になったまま答えると、セブルスはケースから赤黒い錠剤を取り出してレイラの口に押し当てた。言われた通りに口を開けて錠剤を舌に乗せると、次いで水が入ったグラスが唇に添えられる。
セブルスはレイラがその水で錠剤を飲み込んだのを確認して、汗で貼りついたレイラの前髪をそっとかきあげた。

「もうじき熱も下がって楽になる」

セブルスの手のひらがレイラの目を覆うと、不思議なくらいあっという間に眠りに落ちてしまった。


次に目を覚ました時にはセブルスの姿はなく、窓から見える景色は明るくなり始めていた。早朝の医務室にはレイラ一人だけだった。マダム・ポンフリーもまだ寝ているらしい。
上半身を起こしても昨日感じたようなだるさや頭痛はない。トロールと遭遇した時の怪我も、跡形もなく消えている。
そこで初めて自分が昨日の服装のままだということに気付いた。
生地はあちこち無残に破れてしまっているし、半分くらい赤黒くそまっている。

お気に入りだったのに。
レイラは口をへの字に曲げて溜め息を吐いたが、ベッド脇の椅子に置かれた袋と小さな紙切れを見つけて途端に顔を綻ばせた。

「『起きたらこれに着替えろ』…ふふ、セブルスね」

慣れ親しんだ文字と簡潔すぎる文面に笑いながら袋を開けると、黒いロングワンピースのシンプルなナイティだった。いつこんな物を買ったのだろう。いつもの不機嫌そうな顔でこれを買う彼の姿を思い浮かべてレイラは一人でくすくす笑った。



毎年この時期に熱を出しても翌日にはすっかり良くなっていたのに、今年は例年通りとはいかなかった。レイラの熱はなかなか下がらず、しかも毎晩悪夢に魘されて飛び起きるせいでマダム・ポンフリーから渡される薬は日に日に増えていく一方だ。

ベッドから動くことを禁止されてしまったせいで退屈するかと思った入院生活は、ドラコやハーマイオニー達が頻繁に会いにきてくれるおかげで楽しく過ごすことができた。
ハリー、ロンの二人と揉めていたはずのハーマイオニーだっだが、どうやらトロールとの一件で仲直りしたらしい。共通の経験をすることでお互いのことを好きになると聞いたことがあるが、ハロウィンの経験はまさにそれに当てはまったようだ。

ドラコは授業の合間ごとに顔を見せてくれ、レイラの好きなお菓子や本を沢山持ってきてくれた。
ドラコだけじゃなくパンジーやザビニ、ノットといったスリザリンの一年生もお見舞いに来てくれて、和やかな時間を過ごせた。途中から「グリフィンドールの連中なんかとつるんでるから倒れるんだ!」と話が変な方向にいってしまい、彼等との交流について説教されてしまったことだけが残念だったが。




ある日の午後、ハリー、ハーマイオニー、ロンがお見舞いに来た。けれど三人はどこか不機嫌そうで、不思議に思って問いかけたレイラにハリーは少し前の出来事を話してくれた。
三人が中庭で過ごしているとセブルスがやってきて、ハリーが図書館で借りた『クィディッチ今昔』は校外に持ち出すのは禁止だと言って減点したらしい。

「しかも本まで持っていっちゃったんだ」
「酷いわ!それ絶対規則をでっち上げたのよ!」

せっかく他の授業で点を稼いでも、セブルスの嫌がらせでバンバン減点されては意味がない。頬を膨らませてセブルスへの文句を言うレイラにハリーとロンは激しく頷いたが、ハーマイオニーには「先生の悪口を言うのは良くないわ」と注意されてしまった。

「そういえば退院の日は決まった?」
「ううん、まだだめなんだって……もう熱も下がったのに」

ハリーは残念そうに眉を下げて溜め息をついた。
明日はハリーの初試合だ。クィディッチに興味のないレイラだが、友達の初試合は観にいきたいと思う。
けれど相変わらずマダム・ポンフリーはレイラを医務室のベッドに縫い付け、退院の許可を出してくれなかった。医務室を一歩でも出たらレイラが大怪我をしたり倒れると思っているんじゃないだろうか。

「ハリーの試合、観れなくて残念だわ。でも応援してるからね」
「……うん、ありがとう!」

頑張ってね、とハリーの手を両手で握りしめて言うと、ハリーは頬を桃色に染めて嬉しそうにはにかみ、しっかりと頷いた。





翌朝、レイラはマダムに渡されたゴブレットに入った水薬を飲んでいた。すっかり習慣になってしまったが、熱が下がった後も薬を飲む必要はあるのだろうか。けれど異議を唱えても冷たくあしらわれるというのはわかっているので、大人しくゴブレットの中身を飲み干す。

「…………今日はクィディッチの試合ですね」
「そうですね?」
「…………グリフィンドールとスリザリンの試合ですね」
「そう、ですね?」

マダムは何かと葛藤しているような、複雑な表情を浮かべている。突然何を言い出すのだろう。彼女の言いたいことがわからず、レイラは首を傾げた。
もしかしてマダムはクィディッチの観戦に行きたいのだろうか?

「あなたの友人のポッターの初試合でしょう。……観にいきたいんじゃないですか?」
「いいんですか!?」
「……………………大人しく、決して身体に負担をかけないように、何か少しでも異変を感じたら医務室に来ること。約束できますか?」
「はい!はい…!!勿論です!!」

金色の瞳を輝かせ、勢い良く首を縦に振るレイラをマダムは険しい顔で見つめる。数秒見つめ合った後、マダムは深く息を吐き出してポケットから半透明のケースを取り出した。

「退院の許可を出しましょう。ただし、これを毎日飲むのを忘れないようにしてください。こっちが朝起きた時、それからこっちが夜寝る前に飲む物です」
「これは?」
「先ほど貴方が飲んだ水薬と同じ効能の物です。一ヶ月分ありますので、なくなる前に取りに来て下さい」

ケースは仕切りで分けられ、それぞれに赤黒い錠剤と飴色の錠剤が入っていた。

「この薬ってなんなんですか?」
「栄養剤のようなものです。……のんびりしていると試合が始まってしまいますよ」

マダム・ポンフリーは嘘をついている。
なんとなく直感がそう告げる。けれど校医である彼女が害のある薬を処方するなんてあるわけがない。
何だか腑に落ちないままレイラは受け取ったケースを鞄にしまった。

時計を見ると、試合開始まであまり時間が残されていない。慌てて服を着替え始めたレイラはマダムが苦しげに顔を歪めたことに気付かなかった。

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