06.みぞの鏡
十月に入り、最近は肌寒く感じる日が多くなっていたが今日は暖かくていい天気だ。レイラはポカポカの日差しを浴びながら湖の近くの木陰で天文学の参考書を手に微睡んでいた。さっきからもう何十分もページを捲る手は止まったままで、惑星の軌道を計算する数式はレイラの頭には入ってこない。

大きな欠伸をしたレイラは鼻の頭にくっ付いた薄紅色の花弁を指で摘み上げた。レイラの頭上辺りからどこからともなく現れ、地面に触れると雪のように消えていくその花弁は尽きることなくひらひらと舞い続けている。

この花弁はフレッドとジョージが仕掛けた悪戯によるものだ。廊下の角から飛び出した二人がクラッカーを鳴らすと、レイラはキラキラ輝く光と共に薄紅色の花弁に包まれた。光が消えた後も舞い続ける花弁に驚きながらも「すっごく綺麗だわ!」と大喜びしたのだが、ひとつ困った問題が発生した。

レイラは授業中起きていられないせいで空白だらけのノートを埋めるために図書館に向かっていたのだ。しかし司書のマダム・ピンスはとても厳しい人で、ひらひら花弁を舞わせながら図書館に入ったレイラはあっという間に追い返されてしまった。

フレッド達は魔法の効果は二、三時間くらいで消えると言っていた。なら寮に戻るよりも効果が消えるまで日向ぼっこでもしながら時間を潰そうと思ったのだ。
日向ぼっこをしながらハーマイオニーから借りた天文学の参考書を読んでいたのだが、これはレイラには難し過ぎる。やっぱりこの本を理解する為にもう少しわかりやすい参考書が必要だ。

「ふわぁぁ……んん、こんないいお天気だとねむくなっちゃう…」

この陽気と難解な説明文のダブルパンチでレイラの眠気は最高潮に達しようとしている。体を動かしたら眠気も飛んでいくかもしれない。レイラは本を閉じて立ち上がり、その場でくるくると回ってみた。
すると周囲の花弁もひらひら舞い上がる。くるくる。ひらひら。
どんどん楽しくなってきて、レイラは踊るように回りながら歌を口ずさんだ。それに合わせるように、木の枝にとまっていた小鳥がさえずるからもっと楽しくなる。

「Are you going ふんふふ〜ん……Parsley, sage, rosemary & thyme.Remember me to one who ………んん〜…He once was a true love of mine…Are you ……〜」

歌詞が曖昧な所は適当に誤魔化して、ふんふん上機嫌に歌い続ける。ルースが時折口ずさむこの歌はレイラのお気に入りのひとつだ。
吹き抜ける風が肌を撫でる心地良さに目を閉じてくるくる回り続ける。

「───っ危ない!!」
「え?……きゃあ!?」

くるくる回っていたレイラは突然腕を引かれて悲鳴を上げた。バランスを崩した体はぼすり、とたいした衝撃もなく温かな体温に受け止められる。

「ごめん、湖に落ちそうだったから…」

頭上から降ってきた申し訳なさそうな声に目を開けると、確かにレイラの足は湖の縁ぎりぎりの場所にあった。どうやらくるくる回っている間に移動してしまっていたらしい。
いくら天気がいいと言っても、さすがに湖に落ちたら風邪をひいてしまいそうだ。

「ありがとう。あのままだったら湖に落ちちゃってたわ」
「どういたしまして」

お礼を言いながら体を離すと青年は穏やかな笑顔で首を振った。青年の動きに合わせて柔らかな黒髪がふわりと揺れる。整った顔立ちや纏う雰囲気が、童話の世界の王子様を連想させる人だと思った。

「……王子様みたい」
「え?」

ぽろりと口からこぼれた言葉を聞かれてしまい、レイラは恥ずかしさで頬を染めた。初対面の相手に向かって王子様みたい、だなんて、子供っぽいと思われたかもしれない。

「あなたすごくハンサムなんだもの。それに私のこと助けてくれたし……物語に出てくる王子様みたい」
「そんなこと言われたの初めてだよ。──それに、それを言うなら君こそお姫様みたいだ」
「どうして?」

青年はきょとんとするレイラの周りを舞い続ける花弁を一枚掴んで「綺麗な花だね」と笑う。

「鳥と一緒に歌いながら楽しそうに踊ってる姿はお姫様みたいだったよ」
「あの、寝ちゃいそうだったから体動かそうと思って……そしたらついつい楽しくなっちゃって…えへへ」

ドラコやルシウスからお姫様と言われるのは慣れているが、家族以外の人物からお姫様みたいだと言われたのは初めてでなんだか無性に照れくさい。その気恥しさを誤魔化すようにレイラは先程まで読んでいた眠気の原因を手に取った。

「これなんだけど、内容が難しくて眠くなっちゃったの」
「天文学?」
「そう。星を眺めるのは好きだけどそれを計算するのは苦手だわ」
「僕も最初の頃は苦労したなぁ。だけど一度コツをつかむと随分楽になるよ」

青年はレイラにとっては難解すぎる天文学の参考書を懐かしそうに眺める。彼はレイラより上級生だろうし、一年生の最初に習う部分なんて基礎中の基礎だろう。

「あのね、こことかどうしてこの計算式になるのかわかる?」
「ん?──あぁ、ここは水星の……ほら、ここ。この式を持ってくるんだ。公転周期じゃなくて自転周期を使うんだよ」
「なんで自転周期なの?」
「それはね、」

レイラは木陰に腰を下ろした青年の隣に座り、ページを捲り該当箇所を示す指を追った。レイラがどうして?なんで?と首を捻る度に青年は丁寧に解説してくれる。

「やっと理解出来たわ、ありがとう!」
「どういたしまして」

自分一人じゃどれだけ参考書を読んでもわからなかったのに、疑問はあっという間に解消された。さすが上級生だ。
いや、彼が特別教え方が上手いのかもしれない。

「他のところも教えてくれる?あ、嫌じゃなかったら、なんだけど……」

上目使いで見上げたレイラに男の子はちょっと驚いたように眉を上げたがすぐに笑顔に戻った。濃いグレーの瞳が優しく細められる。

「僕なんかでいいなら喜んで」
「本当?いいの?」
「クィディッチの練習が中止になって時間を余してたから。上手に教えられるかわからないけど」

そう言って笑った後、彼は自己紹介をしてくれた。

「僕はセドリック・ディゴリー、ハッフルパフの三年生だよ」
「レイラです、レイラ・マルフォイ」
「うん、知ってる」
「え?
「グリフィンドールの一年生、だよね?」
「……どうして知っているんですか?」

思わず眉を顰めたレイラにセドリックは少し悪戯っぽい笑顔を見せ、「まずはこの章を理解すると後がわかりやすいよ」と本を捲った。
ハリーのように特別目立っていたり、有名人なわけではないのに何故自分のことを知っているのだろう。不思議に思って考えてみたが、すぐに思考はセドリックが示したページへと移っていってしまった。


その日レイラは日が沈み始めるまでセドリックから天文学を教えてもらった。教えてもらったといっても、本を読んでわからないところを解説してもらっただけなのだが、一人では理解できない部分がたくさんあったからとても助かった。

「今日は本当にありがとうございました」
「ううん。僕も勉強になったし気にしないで」

彼の笑顔を見て、とても穏やかな人だなぁと思う。ハッフルパフには劣等生が多い、なんてよく耳にするがセドリックの教え方はとてもわかりやすくて上手だった。劣等生とは思えない。

「君さえ良ければ、また一緒に勉強しない?」
「え?」
「人に教えるといい復習になって、僕も助かるんだ」
「そうなの?」
「うん、だから」

ね?と小首を傾ける仕草につられるように頷くと、セドリックは嬉しそうに笑った。
話し合った結果、二人は週に一回、図書館で勉強会を開くことになった。あらかじめ曜日を固定するのではなく、毎週勉強会の最後に来週の約束を決めようという彼の提案に、何の異論もなかったので素直に頷いた。

来週は金曜日の放課後にと約束をしてセドリックと別れた後、不思議な気持ちでグリフィンドールへの帰り道を歩いていた。
会ったばかりの、自寮ではない他寮の下級生にこんなに良くしてくれるなんて。すごく親切な人だ……いや、親切というよりお人好しのレベルだ。ハッフルパフ生は皆あんなに優しいのだろうか。そんなことを考えながらレイラは優しい上級生の姿を思い浮かべた。



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