
08.黒と金
森を出たレイラは城には戻らず、まっすぐにハグリッドの小屋へ向かった。ユニコーンは怪我の跡が殆どわからないくらいになっていたが、念のためハグリッドに知らせておいた方がいいと思ったからだ。コンコン、とノックするとすぐに「誰だ?」と中から返事が返ってくる。
「私よ、レイラ」
「おぉ!お前さん入院しちょるって聞いとったんだがもう平気なのか?」
「レイラ!!」
ドアが開かれるとハグリッドがもじゃもじゃの向こうに笑顔を浮かべて迎えてくれる。その後ろにはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人の姿があった。三人はレイラの姿を見ると驚いたような、嬉しそうな声を上げた。
「レイラ、退院できたの?」
「うん──あ、でもごめんなさい。ハリーの試合は見れなかったの」
「そっかぁ……いや、ううん。でもレイラが元気になってよかったよ」
ハリーは少し残念そうに眉を下げたが、すぐにぶんぶんと顔を振って笑う。
「初めての試合はどうだった?楽しかった?」
「試合の結果より先にそれ?」
「だってあんまり勝ち負けは気にならないもの」
「レイラらしいや」と笑うハリーの後ろからロンがグリフィンドールが勝ったことを教えてくれた。
「ふふ、おめでとう!」
「ありがとう」
輝くような笑顔で頷くハリーにレイラもにっこり微笑み返し、ハグリッドからお茶が入った大きなマグカップを受け取りながら椅子に座った。そこで「あ!」と小屋を訪ねた理由を思い出した。
「そうだハグリッド、さっき森に行ったんだけどね」
「森に!?森は立ち入り禁止なのよ!」
「それは知ってるけど、不可抗力っていうか…私も入りたくて入ったわけじゃないのよ?」
レイラは医務室を出た後のことを掻い摘んで説明した。セストラルに呼ばれて森に入ったこと、その先で怪我をしたユニコーンを見つけたこと。
「折れた枝で怪我しちゃったみたい。もう傷口はふさがったみたいなんだけど、ハグリッド後で診てあげて?」
「多分今年生まれたやつらだな。わかった」
「ありがとう──でも不思議ね。ユニコーンってあんなに回復能力が高いの?」
「あぁ……まあな。とにかく、怪我しとるやつを見つけてくれて助かった」
落ち着きなくそわそわするハグリッドに首を傾げながらもレイラはハリー達から試合の話を聞かせてもらうことにした。
試合は百七十対六十でグリフィンドールの圧勝だったらしい。スリザリンの反則行為や、ハリーの箒が不可思議な動きで乗り手を振り落とそうとした話の行を聞いた時は、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。そんな中でスニッチを掴むなんてさすが百年ぶりの最年少シーカーだ。
「ハリーすごいわ!でもなんで箒がそんなふうになっちゃったんだろう?」
「スネイプだよ。ハーマイオニーも僕も見たんだ。あいつがハリーの箒に呪いをかけていたんだよ!」
「ばかな」
ハグリッドは信じられないと首を振る。レイラもそれに同調したが三人は呪いをかけたのはセブルスに違いないと信じて疑っていないらしい。
「たくさん本を読んだから、呪いをかけてるかどうか、一目でわかるわ。じーっと目をそらさずに見続けるの。スネイプは瞬き一つしなかったわ」
「僕たちハリーのことを見つめてぶつぶつ呟くスネイプのこと、双眼鏡ではっきり見たんだ」
「それにね、私スネイプのローブに火をつけて注意をそらしてみたの。そうしたらハリーの箒は元通りになったのよ」
賢いハーマイオニーが言うのだ。
セブルスが何らかの呪いをかけていたのは間違いないのだろう。実際彼はいつもハリーに対して殺気のこもった嫌がらせをしているし、疑われても仕方ない。
でも、いくら嫌っているからといって先生が生徒を殺そうとするだろうか?そもそも何故彼はあんなにハリーのことを嫌っているのだろう。
「あいつはハリーの箒に呪いをかけてハリーのことを殺そうとしたんだ!」
「そんな…!!セブルスはそんなことしないわ!」
「セブルス!?いま、君、あいつのことセブルスって言った!?」
「え?──あ、」
やってしまった。他の生徒の前ではセブルス≠ナはなくスネイプ先生≠ニ呼ぶようにと気を付けていたのに。でもそこまで隠すようなことでもないだろうとレイラは肩を竦めた。
「セブルスはお父様の古い友人なんですって。だから私もちっちゃい頃から仲良しなの」
「うわぁ…」
「だからね、私セブルスのことは皆より知ってるはずだよ。たしかに意地悪なこともするけど……さすがに嫌がらせで人を呪ったりはしない、と思う…」
語尾が弱々しくなってしまったのは仕方がない。セブルスは目的の為なら手段を選ばない狡猾なスリザリン出身だし、絶対にしないかと聞かれると……どうだろう。
ハグリッドは同意してくれたが、三人はレイラの父親と古い友人だと聞いてさらに疑いを深めた。
「レイラの言う通りだ。そもそもなんでスネイプがそんなことをする必要がある?」
ハグリッドのその疑問に三人は顔を見合わせ、深刻な表情で頷きあうと、昨日レイラのお見舞いに行った後からの出来事を教えてくれた。
ハリーが取り上げられた本を返してもらおうと職員室に行くとそこにはセブルスとフィルチの姿しかなく、セブルスは傷だらけの脚をフィルチに手当てしてもらいながら「三つの頭に同時に注意するなんてできるか?」と言っていたという。
「レイラはこれがどういう意味かわかるだろう?ハロウィンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだ。僕とロンはあいつが四階に行くのを見たんだよ──あの犬が守っているものを盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ」
「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」
ハグリッドの手からティーポットが滑り落ちた。あやうくこぼれたお茶の被害にあいそうになったファングが甘えるようにレイラの体に擦り寄ってくる。ファングはハグリッドが飼ってる黒い大きなボアハウンド犬だ。
レイラは甘えん坊な黒犬の首元を撫でてやりながら首を傾げた。
「フラッフィー?」
「そう、あいつの名前だ。去年パブで会ったギリシャ人から買ったんだがな、俺がダンブルドアに貸したんだ」
「どうして?」
「それはだな、守るため……」
「守る?守るってなにを?」
「もうこれ以上聞かんでくれ。重大秘密なんだ、これは」
うっかり口を滑らせてしまったハグリッドはぶっきらぼうに言ったが、ハリーは諦める様子はない。レイラも三頭犬──フラッフィーが守っているものがなんなのか気になり、じっとハグリッドを見上げた。
「だけどその守ってるものをスネイプが盗もうとしたんだよ」
「ばかな。スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけなかろうが」
「ならどうしてハリーを殺そうとしたの?」
ハリーとロンだけでなく、ハーマイオニーもハリーの箒に呪いをかけたのはセブルスだと思っているらしい。ハグリッドがそれは絶対にないと否定する言葉を聞きながらレイラは難しい顔で黙り込んだ。
ハリーの箒が不可思議な動きをしたという場面を見ていないから何とも言えないが、三人の話を聞く限りでは怪しいのはセブルスだ。彼が何かをしていたのは間違いないのだろう。
だけどやっぱり信じられない。嫌がらせで人に呪いをかけて殺そうとしたり、人の物を盗もうとしたりするだろうか。いくらなんでもそこまで卑劣な人間ではない……はずだ。そもそもハリーを殺そうとすることと三頭犬が守っているものを盗むことがどう繋がるのかわからない。
「四人ともよく聞け。お前さん達は関わっちゃいかんことに首を突っ込んどる。危険だ。あの犬のことも、犬が守ってる物のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……」
「えっ!!ニコラス・フラメルっていう人が関係してるんだね?」
再び口を滑らせたハグリッドの言葉をハリーは聞き逃さなかった。ハグリッドは自分の失態に腹を立て、これ以上何かを洩らしてしまう前にと四人を小屋から追い出した。
「私その名前を絶対にどこかで見たことがあるのに、思い出せないのよ!」
城へ戻る道でハーマイオニーは悔しそうに地団駄を踏んだ。
ニコラス・フラメル。レイラもどこかで見たことがあるような気がするのだが思い出せない。幽霊退治に挑むおじさん達が活躍する物語にそんな名前の登場人物がいた気がする……いや、伝説の錬金術師を目指す少年の物語だったかもしれない。カエルの学校の校長先生だったかもしれない。
でもそれらは全てフィクション、作り物のお話だ。ここでは関係ないだろう。こんなことならもう少しノンフィクションや伝記も読んでおけばよかった。
しばらくの間四人は三頭犬が守っているものが何なのか頭をひねったが、結局答えは出ないままだった。
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