09.クリスマス休暇
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目を覚ますと不思議な空間にいた。深い霧がかかったように辺り一面真っ白で、周囲に何があるのかわからない。
眠る時に着ていた薄手のキャミソールワンピースしか身に付けていないのに寒くないし、どこからかぱちぱちと暖炉の火がはぜる音が聞こえる。とりあえず外ではなく室内なのだろうと予想をつける。けれどそれ以上の情報は得られそうにない。少し周囲を探索してみようかと歩き出したレイラは直後ゴンッと鈍い音を立てて壁にぶつかった。

「いたた……もうっ!視界が悪いから歩きにくいわ」

涙目になりながら、今度は慎重に歩き出し──けれどまたすぐに壁に突き当たった。どうやら随分と狭い場所らしい。
どうしたものかと考えながら冷たい真っ白な壁をぺたぺた叩いていると、背後から足音が聞こえてきてレイラは飛び上がった。

霧の向こうから現れたのは、レイラより背の高い男の人だった。シンプルな黒いシャツとズボンを着ていることはわかるが、顔は霧に隠れて見えない。それなのにレイラの心に浮かんだのは恐怖ではなく安心感だった。

「だぁれ?」
「───────」

レイラの問いに答えるように男の口が動く。
けれど声は聞こえない。

「聞こえないわ……あなた、だれ?ここはどこなの?」
「───────」

やっぱり声は聞こえない。
眉を下げるレイラに男が近付いてくる。そしてレイラの左手を取り、指先に口付けた。そんな距離まで近付いても男の顔は見えなくて、レイラは首を傾げた。

「────」

男が何か言って、ふわりと笑ったのがわかった。
どうしてだかレイラも嬉しくなってにこりと笑い返す。男がもう一度レイラの指先に唇を寄せると、そこには美しい指輪がはめられていた。
左手の薬指。永遠の愛を誓う指にはめられたそれを不思議な気持ちで見つめる。蝶と小さな花のデザインのシンプルで美しい指輪。どこかで見たことがあるような気がして考えていると、優しく抱きしめられてレイラの思考は中断された。

息を吸い込むと甘いバニラの香りがして、その後からミントのスッとした香りが追いかけてくる。
いい匂いだ。この男の人の匂いだろうか?
レイラは危機感も抱かず、ぼんやりと考える。

「───」

また何か言われた。相変わらず声は聞こえない。
この人は何を言っているんだろう。何を伝えたいんだろう。
声を聞いてみたいと思った。

「──────レイラ」

優しい声に名前を呼ばれて顔を上げた直後、その空間は霧散した。


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クリスマスの朝、ドラコはいつものようにレイラより少し早く目を覚ました。穏やかな寝息を立て、甘えるようにドラコの胸に顔を埋める妹の頭を撫でながら彼は甘い笑みを浮かべた。
窓から射し込む光を反射してキラキラ輝くレイラの髪を掬い上げ、指の間をさらさらとこぼれ落ちるそれに口付ける。

「レイラ、メリークリスマス」

ドラコは彼女の頬や瞼にキスを降らせながら優しく微笑んだ。髪を撫で、おはようと言いながら頬や鼻の頭に口付けると、思ったより早く少女は目を覚ました。

「……メリークリスマス…おはよ、ドラコ」

レイラもくすぐったそうに笑いながらドラコの額にキスを落とした。寝転がったまま自分の両手を見てみるが、もちろん指輪なんてはまっていない。夢なのだから当然だ。

「レイラ?どうしたの?」
「……ううん、なんでもない」

妹の行動を不思議そうに見るドラコに首を振り、レイラは大きく伸びをしながらゆっくり体を起こした。
冷え込む朝でも震えるような寒さを感じないのはぱちぱちと小さな音を立てる暖炉のおかげだ。その暖炉の近くに置かれた巨大なクリスマスツリーの下には色とりどりのプレゼントの山が出来上がっている。

毎年マルフォイ家の子供達の元へはクリスマスに沢山のプレゼントが届く。名のあるマルフォイ家へ取り入るため、ご機嫌取りのためだけに贈られる心のこもっていないプレゼントは気分のいいものではない。だが、物に罪はない。レイラは毎年顔も名前も知らない人達から届く貴重な本や品物を楽しみにしていた。

しかし今年は大人からのプレゼントだけではなく、友達からのプレゼントが沢山ある。マルフォイ家へ宛てたものではなく、レイラへの贈り物だ。レイラはドラコと一緒にわいわい騒ぎながら一つずつ包みを開けていった。

「わぁ…!可愛い!ドラコ、ありがとう!」

ドラコからのプレゼント、真っ白なリボンを結んだ深緑色のテディベアを抱き締めてレイラは満面の笑みを浮かべた。ドラコは毎年ぬいぐるみをプレゼントしてくれていて、子供部屋にはそのぬいぐるみ達が飾られている。

「レイラもありがとう。後で食べさせてもらうよ」

ドラコはにっこり笑ってレイラがプレゼントした包みを持ち上げてみせた。レイラは毎年ドラコ、ルシウス、ナルシッサには手作りのお菓子をプレゼントしている。今年のプレゼントは昨日の夜に焼いたミンスパイだ。クランベリーとポートのミンスミートで作ったもので、過去最高の出来だと思う。

セブルスは以前レイラが欲しいと言っていた『うっかりさんの魔法薬シリーズ』を全巻プレゼントしてくれた。
勿論本そのものも嬉しいが、何気なく言った欲しいという発言を覚えていてくれたことが何よりも嬉しい。しばらく目を輝かせてページを捲っていたが、後でゆっくり読むことにしてプレゼントの開封を再開した。

驚いたことに、セドリックからもプレゼントが届いていた。
綺麗な星空が映し出されるフレームの写真立てだ。時々流れ星が流れたり、星が瞬いている。「メリークリスマス、よい休日を」と綺麗な字で綴られたクリスマスカードが添えられていた。
そういえばホグワーツに入ってから一度も写真を撮っていない。レイラはホグワーツに戻る時にカメラを持っていこうと考えながら次のプレゼントへ手を伸ばした。

ハリー、ロン、ハーマイオニー。他にも仲良くなったグリフィンドール生からのプレゼントをレイラが嬉しそうに見ていると、ドラコがハリーとロンからのクリスマスカードをつまみ上げた。カードの中でカラフルな絵が動いている。

「あいつらプレゼントを買う金もないのか」
「ハリーとロンは学校に残ってるから、プレゼントを買いにいけないのよ」
「──なぁ、レイラ。あんまりあいつらと関わるな。マルフォイ家の家名を汚すことになるんだぞ」

レイラが三人とつるむようになってから何十回と聞かされた言葉だ。けれどそう言われても、彼らといると楽しくて気付けば一緒に過ごす時間が長くなってしまうだけなのだから仕方ない。
それにドラコに言わせるとグリフィンドールにはマルフォイ家にふさわしい人間はいないらしいから、彼の言うことを聞いていたらレイラは寮で一人で過ごすことになってしまう。
ドラコの言葉を適当に聞き流し、まだ沢山残っているプレゼントの開封作業に戻った。


全てのプレゼントを開け終え、レイラは小さな包みを手に乗せて困惑した表情を浮かべていた。
シンプルに「Merry Christmas with lots of love.」と書かれただけのカードには贈り主の名前はない。その筆跡も見覚えがないものだ。深緑と銀色の包装紙を使っているという事はスリザリンの生徒だろうか?
万が一にも呪い等の類がかけられた物がレイラ達の手に渡らないように、子供達宛のプレゼントはルシウス達が検分してくれている。だから贈り主は不明だが問題ないだろうと開封したレイラの顔はさらに困惑の色を濃くすることになった。

包装紙を剥がして小箱を開くと、その中には綺麗な指輪が納められている。蝶と小さな花のシンプルなデザインの指輪をレイラは見たことがあった。今日見た夢の中で渡された指輪がまさにこれとまったく同じデザインの物だったのだ。
どういうことだろう?何故夢で貰った物が現実の世界で贈られてくるのか、いくら考えてもわからない。レイラが小箱の中を見つめたまま動かずにいると、不審に思ったのかドラコが手元を覗き込んできた。

「どうかしたか?……指輪?」
「これ、宛名が書いてないの」

眉をひそめてメッセージカードと指輪を交互に見ていたドラコは「あれ?」と何かに気付いたように首をひねった。

「この指輪、レイラのピアスと同じデザインじゃないか?」
「…………ほんとだ」

言われてようやくレイラも気付く。幼い頃からつけている、両親から「絶対に外さないように」と言われているピアス。
それも蝶と小さな花のデザインだ。レイラは鏡の前に行くと指輪を耳に寄せ、その二つを比べてみた。こうして並べてみると二つが揃いのデザインのものだということがはっきりとわかる。
蝶のデザインも、花の形も完全に同じものだ。

「じゃあこの指輪のこと、お父様達なら知ってるかな?」
「そうじゃないかな。一応父上に確認するまでつけちゃだめだぞ。何かあったら大変だ」
「わかったわ」

レイラはしっかりと頷いて指輪を小箱にしまった。

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