11.ニコラス・フラメル
禁じられた森での和やかな時間は、突然降り始めたどしゃ降りの雨によって中断させられてしまった。
レイラは森の端にあるハグリッドの小屋に駆け込んだ。赤い炎が踊る暖炉の前に座り、びしょ濡れになったローブや制服を乾かせてもらう。初めて訪れた時は物置きかと思ったくらい小さく古い小屋だが、室内はとても居心地がよい。
ハグリッドの持つおおらかな雰囲気そのものの空間は、ついつい長居し過ぎてしまう。天然湯たんぽのような大型犬のファングが膝の上に居座るから余計にだ。
レイラは大きなマグカップに入ったミルクティーを飲み干し、すっかり暗くなった校庭を横切って城へと戻った。


グリフィンドール棟へ向かう途中、前方に肩を落として歩く後ろ姿を見つけたレイラは少し足を早めて彼に並んだ。

「ウッド、なんか元気ないね?」
「あぁレイラか……」

クィディッチでグリフィンドールのキャプテンを務める五年生、オリバー・ウッドだ。顔を上げたウッドの顔はいつもの元気はどこへやら、沈んでいる。そんな彼の姿にレイラは首を傾げた。

「なにかあったの?」
「実は次の試合でスネイプが審判をすることになったんだ……絶対にフェアな試合にならないだろ…」
「セ、…スネイプ先生が審判!?」

レイラが驚愕して声を上げると、ウッドは力なく頷いた。

「次の試合で僕らが勝てば、七年ぶりに寮対抗杯をスリザリンから取り戻せる。きっとスネイプはそれを阻止する為に審判を申し出たんだ……」
「うわぁ…スネイプ先生らしい……」

ウッドの言葉にレイラは苦笑いを浮かべた。
セブルスがそこまでして寮杯を勝ち取りたいと思っていることは驚きだったが、ホグワーツでの彼の態度を考えれば納得だ。グリフィンドールが寮杯を勝ち取ることを阻止する為なら、どんな手段も使うだろう。

「あ、私行く所があるから」

レイラの言葉を聞いているのかいないのか、ウッドは覇気のない声で「あぁ」と呟き、トボトボと歩いていく。そんな後ろ姿を心配な気持ちで見送り、レイラはセブルスに一言言っておこうと今来た道を戻りだした。

不公平な審判のせいで負けてしまうなんて、毎日一生懸命に練習をしているグリフィンドールの選手達が可哀想だ。別にどの寮が寮杯を勝ち取ろうがあまり興味はないが、友達の努力が踏みにじられるのは許せない。

レイラは通い慣れた地下の道を進み、セブルスの部屋のドアを叩く。返事が聞こえる前にドアを開けると、大きな溜め息に出迎えられた。

「返事を聞く前に勝手に開けるな」
「別にいいじゃない、私とセブルスの仲でしょ?あ、今日はダージリンがいいな」

レイラは当然のようにソファーに腰掛ける。そんな少女の姿にセブルスは再び大きな溜め息を吐き、杖を振ってティーセットを出した。
もう彼女の我儘には慣れきってしまった。マルフォイ家のお嬢様なのだから仕方がないと思いながら、目の前で微笑む少女を見つめた。

「ねぇ、セブルスがクィディッチの審判をやるって本当なの?」
「…あぁ」

無表情のまま頷いたセブルスにレイラは頬を膨らませる。

「グリフィンドールが勝たないようにするために?」
「レイラには関係のないことだろう」
「あら、私だってグリフィンドール生なのよ?」
「君は寮対抗杯などに興味はないと思ったのだが?」

たしかにその通りだ。
返す言葉もないレイラがむぅーと口を尖らせると、突然セブルスが真剣な表情になった。

「そんなことより、──最近何か変なことに巻き込まれてはいないか?」
「……いきなりなぁに?」
「いいからさっさと答えたまえ」

そんなことを言われても、最近はフラメル探しの為に図書館に篭りきりだし、週に一度のセドリックとの勉強会でも特に変わったことはない。ウィーズリー家の双子の悪戯に巻き込まれることはあるが、それだって微笑ましいものばかりだし、至って普通の学校生活だ。

唯一思い浮かぶのは禁じられた森でセストラルやユニコーン達と親睦を深めていることだが、生徒が森に立ち入ることは校則で禁止されている。いくらセブルスがレイラに甘いとわかっていても厳しいことで有名な目の前の先生に話すわけにはいかない。
セブルスは黙って首を振るレイラの目を探るようにじっと見つめ、やがて小さく息を吐いた。

「どうして?」
「……いや、何もないなら構わない」
「私が構うわ。気になるじゃない」

セブルスは黙ったまま答えようとしない。
何か彼が心配になるような事が起こっているのだろうか──そこでレイラはハッとなった。
フラメルが誰なのか探すことばかりに集中していたが、そもそも彼について探すことになった発端は三頭犬が守っている『何か』の正体を知るためだ。巨大な三頭犬が守る物について調べるのは、何かに巻き込まれているというのではないだろうか。

そこまで考えて、セブルスならニコラス・フラメルが誰か知っているかもしれないと思いつき、レイラは口を開いた。

「フラメ…」

けれど言いかけたところで慌てて自分の手で口をふさいだ。
ハリー達からセブルスにフラメルについて探っていることを知られないようにと言われていたのだ。すっかり忘れていた。
だからルシウス達にも聞けずにいたというのに……数秒前の考えなしの自分の口をスペロテープでぐるぐるにふさいでしまいたい。そんな思いにかられ、レイラは口をへの字に歪めた。

「フラメ……なんだね?」

セブルスの声に凄味がかかり、刻まれた眉間の皺も深くなる。レイラは口をふさいだままふるふると首を振るが、目の前の黒い瞳は迫力は増すばかりだ。

「ミス・マルフォイ……真実薬という物を知っているかね?」

レイラは困り顔で、恐ろしい笑みを浮かべるセブルスを見上げた。カーテンのような黒い髪が顔にかかるほど二人の顔が近付く。

「幸運なことに私はそれを所持していましてね」

これは脅しだ。
レイラはむっとしたが、考えなしに洩らしてしまった自分が悪いのだ。諦めて溜め息を吐いた。

「……わかったわよ」

セブルスには三頭犬の存在を知ってしまったこと、その下の隠し扉に気付いたこと、隠し扉の先に隠されている物がグリンゴッツから移された物ではないかと考えていること。その隠されているものにニコラス・フラメルという人が関わっていると知ったことを話した。もちろんレイラ達がセブルスを犯人だと思っていることは黙っておく。

「だから今はフラメルを探してるんだけど、全然見つからないの。これがセブルスの言う変なことに巻き込まれてるってことなの?」
「……もうフラメルを探すのはやめなさい」

セブルスの言葉は言外に肯定しているようなものだ。

「どうして?一体フラメルって何者なの?」
「私が教えると思うか?」
「……思わないけど」

レイラは不満げに頬を膨らませて紅茶を口に含んだ。フラメルのことは気になるが、教えてもらえないなら自分達で見つけ出せばいいだけのことだ。

「そろそろ寮に戻りなさい」
「もうそんな時間?」

時計を確認し、レイラは立ち上がった。
気が向くとここに来てお茶を飲ませてもらっているのだが、セブルスに帰るように言われたらおとなしく従うことにしている。以前帰りたくないと駄々をこねてたら、次に来た時に酷い味の紅茶を飲まされたのだ。いや、あれは紅茶などではない。劇薬だ。

レイラが鞄を肩にかけて部屋を出ようとすると、セブルスの低い声がそれを呼び止めた。低く小さな声は聞き取りにくいが、静まり返った地下室ではよく響く。

「なぁに?」
「……クィレルには近付くな」
「クィレル先生?防衛術の?」

その言葉に込められた意味がわからず、レイラは訝しげに眉根を寄せた。
クィレルはいつもオドオドしている吃りのひどい気弱な先生だ。防衛術の授業中は教室内の異臭に耐えられなくて机に突っ伏していることが多いし、授業以外で関わることもない。入学してから約四ヶ月、ほとんど会話した記憶もなかった。

「どうしてクィレル先生に近付いちゃいけないの?」
「理由を知る必要はない。とにかく、奴には近付くな」

頷かないといつまでも恐ろしい顔で睨まれたまま解放されない気がして、レイラは渋々頷いた。ニンニクの臭いを振りまくだけの彼に何があるというのだろう。レイラは寮に戻るまでの間、紫色のターバンをぐるぐるに巻き付けた気弱な先生のことを考えていた。


談話室に戻ったレイラは物凄い勢いで隅に置かれたソファーに引っ張られた。犯人はハリー、ロン、ハーマイオニーだ。
目を白黒させているレイラに、三人が興奮した様子で口々にまくし立てる。

「どこに行ってたんだい!?」
「大変なんだ!次の試合でスネイプが審判をやることになったんだよ!」
「フラメルが誰なのかわかったの!」
「ちょ、待って待って。一気に言われてもわからないよ。なんなの?」

レイラは顔をしかめて首を振った。一度に複数の話を聞き取ることなどできない。三人は反省したように肩をすくめ、互いに顔を見合せてからハリーが口を開いた。

「今度のクィディッチの試合でスネイプが審判をやるって言い出したんだ」
「知ってるわ。さっきウッドに聞いたの」
「それからね、ニコラス・フラメルが誰なのかわかったんだよ」
「本当!?」
「静かに!──僕、どこかでフラメルの名前を見たことがあるって言ってただろ?蛙チョコのカードで見たんだ……ダンブルドアのカードで」
「これを見て」

ハーマイオニーは古く巨大な本を開き、レイラに手渡した。

「『ニコラス・フラメルは我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者である』……賢者の石?」

そこに書かれた文を読み上げたレイラが首を傾げると、ハーマイオニーは呆れたようにぐるりと目を回してみせた。
するとロンが得意気な顔で説明を始める。

「賢者の石っていうのは金属を黄金に変えたり、飲んだら不老不死になれる石なんだ。君、知らないの?」
「あなたも知らなかったでしょ」

ハーマイオニーにピシャリと言われ、ロンが肩をすくめるのを見ながらレイラは本に目を通した。
現存する唯一の石はニコラス・フラメルが所有しているという。

「フラメルとダンブルドアは錬金術の共同研究をするくらい仲が良いんだ。だからフラメルは誰かが石を狙ってるって知って、ダンブルドアに石を隠してもらうように頼んだんだよ」
「じゃあセブルスが狙っているのは賢者の石ってこと?」

頷く三人を見て、レイラは考え込んだ。
魔法薬の研究には莫大なお金と長い年月が必要だ。賢者の石を手に入れることができれば、そのどちらも解決する。そう考えるとセブルスが賢者の石を欲しがる気持ちも理解できなくはない──けれど盗みは良くない。
フラメル探しをしないようにと言ったのはレイラに賢者の石を狙っていることを知られたくないからだったのだろうか。それならクィレルに近付くなと言ったのも賢者の石に関係があるのかもしれない。

「あのね、実はさっきセブルスのところに行っていたの」
「なんで!?」
「セブルスが審判するって聞いたから公平な審判をするようにって言いにね」

なんて無駄なことをと言いたげなロンをじろりと睨み、今してきたばかりのセブルスとの会話を伝える。ニコラス・フラメルを探していると口を滑らせたというと三人にひどく叱られてしまった。

「理由は教えてもらえなかったけど、とにかくクィレル先生には近付くなって言われたの」
「つまり石にはクィレルも関わっているってこと?クィレルも共犯なのかしら」
「もしくは石を守っているのかもしれない」

四人はしばらく考えを巡らせたが結論は出なかった。
情報が少なすぎるのだ。とりあえずこれからはセブルスとクィレル、二人の先生の動向に気を配ろうということで落ち着いた。

次の日から四人で決めた通りクィレルを見張ろうとしたのだが、レイラは防衛術の授業の時くらいしかクィレルの姿を見ることができなかった。クィレルよりもセブルスと出くわすことの方がよっぽど多い気がする。レイラが言いつけを守っているか監視しているのではないだろうか。

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