12.イースター休暇
禁じられた森の中で倒れたレイラを発見したセブルスは、急いで彼女を医務室まで運んだ。
少女の死人のような顔色と首に残った指の痕を見たマダムは悲鳴を上げ、医務室の清潔な床に崩れ落ちる。けれどすぐに校医として為すべきことをなそうと、キッとした顔で立ち上がった。

マダム・ポンフリーの処置によってレイラはすぐに目を覚ましたが、夢を見ているような、どこかぼんやりとした様子だった。けれど何故森の中にいたのか、何があったのかを聞いた途端激しく取り乱し、泣きじゃくってしまった。
マダム・ポンフリーは鎮静剤で眠ったレイラに毛布をかける。

「スネイプ先生、彼女を発見した時のことをもう一度詳しく教えてくれますか」

セブルスはクィレルのことには触れず、レイラを見つけた時のことを話す。マダム・ポンフリーは話を聞き終えると深く息を吐き出し、少女の首をそっと撫でた。そこにはまるで誰かの手で絞められたような痣があった。

「……この子の錯乱ぶりや首の痣からも、何者かに襲われたと考えるのが妥当だと思います」
「私も同じ意見ですな」
「問題は誰に襲われたか、ということですが…」
「人間の仕業と決めつけるのは些か早急でしょう。森には危険な魔法生物も多い」

淡々とした口調で答えるセブルスをしばし見つめ、マダムは何かを決意したようにレイラのブラウスのボタンに手を伸ばした。セブルスはその行動を訝しげに見ていたが、ボタンが四つ外されたところでその顔に驚きの色を浮かべた。
ブラウスの下に着けられた淡い色の下着。少女の膨らみかけの胸を隠すその薄い布から僅かに覗く、焼印のような模様。

「……これ、は」
「ハロウィンに運ばれてきた日の夜、かろうじて視認できる程度に浮かび上がっていましたが翌日には消えていました。ですが……」

マダムは下着の縁に指をかけて『それ』が全て見えるようにする。
幼い胸元の中央から少し左、心臓の真上に刻まれたのは七芒星を囲むように互いの尾を咬む二匹の蛇。白い肌に浮かび上がる赤黒い模様を見たセブルスは、呼吸をするのも忘れてそれを見つめた。
拳半分程の決して大きいとは言えない小さな、けれどくっきりと濃く刻まれた印。

マダム・ポンフリーは彼女について多くは知らされていない。ただ、彼女が入学してくる前にダンブルドアからいくつかのことを伝えられていた。そのひとつがこの印についてだ。
レイラの胸に印が現れた時は彼女に危険が迫っているか、もしくは──

「『例のあの人』が彼女に接触したと?」

セブルスの深く沈んだ声に、マダムは頷くことができない。
それを認めるのはあまりにも恐ろしいことだった。

「……もしそうだとすれば、彼女がこうして無事に戻ってくることはなかったでしょうな」
「では『あの人』ではないと?」
「『あの人』に従属する者、と考えるのが妥当でしょう」

マダム・ポンフリーはぶるりと震える自身の腕を抑え、薬品棚から塗り薬の入った小瓶を取り出した。印が現れた時に使うようにとダンブルドアから渡された物だ。
少女の白い肌に刻まれた赤黒い印に薬を丁寧に塗り込み、ガーゼを貼る。その作業の間、マダムもセブルスも口を開かなかった。

「……いずれにしろ、何者かが森に潜んでいる可能性は高い。校長には私から伝えておきましょう」
「わかりました」
「それから──彼女に処方している薬を増やす必要がある。あとで私が調合したものを持ってきましょう。……数日でこの印も薄くなるはずだ…」

レイラの容態が落ち着くまではセブルスの指示に従い、退院の許可についても彼に任せることを了承したマダム・ポンフリーは、医務室から去っていく黒い後ろ姿を見送った。少女については自分やダンブルドアより、彼に任せるのが一番だとわかっている。
マダムはあいかわらず血色のない顔で眠る少女を隣の部屋に移し、彼女の首元の痣を消すための薬の準備に取り掛かった。


自室に戻り、薬を煎じるセブルスの心臓は激しく脈打っていた。
少女の胸から印は消えていたはずだ。彼女達がそうなるように手を打ったのだから。

あの日、眠る赤ん坊を囲んで話した言葉を思い返す。


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「そうだ、あいつは死んでいない。いつか再び戻ってくるのか……それとも戻る力を得ることもできずに、永久にこの世を漂うだけの存在になるのか、それは誰にもわからない」

アブラクサスは悲しげな顔でそう言って、すやすやと眠る赤ん坊を抱き上げた。柔らかな毛布で包まれた肌には、彼女が誇っていた印が刻まれている。

「帝王が戻ってこなければレイラは何も知らずに──ただの一人の女の子として生きることができると?」
「確証は持てないが、おそらくな」

帝王に関わる全てと切り離された世界で普通の女の子として、平凡な人生を生きる。それはどんなに幸せなことだろう。

けれどどんなに幸せなことだとしても、きっと彼女はそれを望まない。わかっていた。でも、彼女がそれに気付くことがないのなら。それなら……

大人達がどんなに葛藤しているのかも知らず、赤ん坊はアブラクサスの腕に抱かれて眠り続けている。

「そして、もし彼が戻ってきたら……肉体も力も完全に取り戻したあの人はレイラの全てを手に入れようとするはずよ」
「何故帝王はそこまで彼女に執着するのです?」
「この子は……あの人の贄だから」

ルースは涙をためた瞳でぽつりと呟き、アブラクサスの腕からレイラを抱き受ける。悲しみに耐えられずに幼い命を強く抱きしめると、眠っていた赤ん坊は女性の腕の中で目を覚ました。
その大きな金色の瞳で女性を見上げて「うぁぅ、うぁ〜ぁ?」なんて不明瞭な言葉を紡ぎながら、女性を見上げて嬉しそうにきゃっきゃと笑う。

帝王が執着する理由も贄≠フ意味もわからないまま、ルシウスとセブルスは無邪気に笑う赤ん坊を見つめた。核心に迫った内容は教えてもらえないまま、重大な秘密に巻き込まれようとしている。

「──しかし、今の話は全て仮説の域を出ないでしょう」
「そうだ、あいつがしていた事について我々は詳細を把握していない。何が起こるのか、誰も予想することができないんだ」

これから彼女が歩いていく道は綱渡りのロープよりも細い糸だ。
そこから足を踏み外さないように見守る為に呼ばれたのだと理解する。

「何が起こるか分からない。だからこそ何が起きても大丈夫なように、少しでも危険を排除する為に。私達で手を尽くすんだ」

自分に何ができるか、何をするべきか。
全員が自分の果たすべき役割を胸に刻み付けた。
この幼い少女を守るために、必要なことを。
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あれから十年の時が過ぎた。
彼らが恐れていた事態が起ころうとしている。

帝王はまだ復活していない。
それなのに『何か』がレイラを刺激している。
レイラの記憶を、刺激している。

「印が浮かび上がるのは最終警告だ」
アブラクサスの言葉が頭に響く。

印と記憶は繋がっている。
印を薄めなくては。記憶に蓋をしなくては。

暗い地下牢で大鍋を掻き混ぜながら、セブルスは最悪の事態を避けるためにどう行動するべきなのか考えていた。

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