
12.イースター休暇
次の日もレイラは図書館で過ごしていた。
今日一緒にノートを囲んでいるのはセドリックではなく、ドラコ達スリザリン生だ。入学したばかりの頃はスリザリンの集団の中にグリフィンドールの女生徒が混じっているのを好奇の目で見る者も多かった。けれど今ではすっかりお馴染みの光景になってしまったようで、誰も気にしていない。
「まだ試験までたっぷり時間はあるわ。何も今からやらせなくてもいいのに……ザビニ、これありがとう」
「どういたしまして。俺も魔法薬のノート見せてもらえて助かったよ──えーっと…試験は十週先か。ほんと、まだまだ先じゃないか」
レイラ達はお互いに貸していたノートを返しながら口を尖らせた。隣で薬草学の教科書を捲っていたパンジーはその会話を聞いて目を剥いた。
「まだ十週間もあるの!?それなら何も今からこんなに宿題出すことないわよ」
「今から詰め込んでもテストまでに抜け落ちる気がするわ。ねぇレイラ、ドラゴンの血の利用法って十種類じゃないよね?」
「十二種類じゃなかった?ちょっと見せて……ほら、ここが抜けてる」
指摘されたミリセントは、書き忘れていた項目を慌てて書き足していく。女の子達は羽根ペンを動かしながらも、お喋りする口を閉じようとはしない。
向かいの席に座るザビニは時々女の子の話に加わるが、ノットは少し離れた席に座って黙々と教科書を捲っているし、クラッブとゴイルは頭を抱えながら参考書を睨みつけて、小さく唸り声を上げている。グリフィンドール生の勉強会と何も変わらない雰囲気に、レイラは誰にも気付かれないように小さく笑った。
レイラの隣に座るドラコは時々顔を上げて微笑みながら、手元の問題集を片付けていく。それを見つめるパンジーの瞳は夢見心地だ。
「ドラコ君って、頭もいいのよね」
「まぁ、マルフォイ家の長男としては当然のことさ」
努力している姿を見られることを嫌うドラコは絶対にそんな姿を人には見せないが、彼が人の何倍も努力していることをレイラは知っている。ルシウスの期待に応えるため、マルフォイ家の跡継ぎとしてふさわしい人間になるため。
そんな努力家なドラコのことが大好きだ。自慢の双子の兄の足を引っ張る訳にはいかない。レイラは寝不足のせいで痛む頭を振り、気合いを入れ直そうと顔を上げて頬を叩いた。
その時、図書館の向こうの方にひょろりと高い赤毛を見つけた。
燃えるようなロンの赤毛は遠くからでもよくわかる──もしかしたらロンではなく、他のウィーズリーの兄弟かもしれないが。ウィーズリー家の人間は皆燃えるような赤毛で、さらに同じようにひょろりと背が高いから、遠目では見分けるのが難しい。
「レイラ?どうしたんだ?」
「あ、ううん。いい天気だなぁって」
レイラがそう言ってロンの姿が見えた場所から離れた窓を指すと、ドラコは眩しそうに目を細めて外を見た。
「あぁ、たしかにこんないい天気は久しぶりだな」
「最近天気悪かったものね」
スリザリン生とグリフィンドール生は顔を合わせると必ず喧嘩を始める。ロンが近くにいると知られないにこしたことはないだろう。
レイラは皆に気付かれないように注意しながらロンらしき赤毛を目で追った。けれど棚から分厚い本を何冊も抜き取り、すぐに見えない所へ消えてしまった。
数分後、クラッブとゴイルが限界に達したのをきっかけに勉強会はお開きとなった。全員朝から図書館に篭って身体がガチガチになっていたのでそれに反対する者はいなかった。
ドラコ達と別れたレイラはハグリッドの小屋に向かって歩いていた。大きなカップに入った甘いミルクティーを飲みながらファングのゴワゴワした黒い毛を撫でている間は、胸の中から嫌なもやもやが姿を消すような気がする。アニマルセラピーというものだろうか。動物と触れ合っていると癒される。……本当はユニコーン達に会いに行きたい。
でもまだ森に入る気にはなれなくて、森の近くにあって動物がいるハグリッドの小屋はとても居心地がよかった。
近付いた小屋のいつもと違う様子に、思わず訝しげに眉を顰めた。カーテンも窓も隙間なくぴっちりと閉められている。
留守にしてるのだろうか?不思議に思いながらノックすると、ファングの鳴き声とハグリッドの声が返ってきた。
「……誰だ?」
「私。レイラよ」
「おぉ、レイラか。入れ、入れ」
扉が開かれたと同時に、むわっとした熱い空気が小屋の中から流れ出てきた。ハグリッドは髭モジャの顔を真っ赤にしていたが、いつもの優しい顔でにっこりと笑ってレイラを中に入れてくれた。
小屋の中はまるで真夏のような暑さだった。
「ハグリッド、なんで暖炉なんかつけてるの?今日お外暖かいよ?」
「あ、あぁ…ちょっとな…」
歯切れの悪いハグリッドの言葉に首を傾げながらも、レイラはファングの隣にしゃがみ込んだ。
「こんにちは、ファング」
ファングは床に突っ伏していた。この部屋の暑さでバテているのかもしれない。けれどレイラの顔を見上げると、いつものように嬉しそうに尻尾を振った。
ファングの横にはハグリッドがクッションを集めて作ってくれた、レイラ専用の小さなソファーが置かれている。それに座ってファングの喉元を掻いてやっていると、ハグリッドが紅茶の入った大きなカップを置いてくれた。
蒸し暑い室内にいると頭がぼーっとするせいか、頭の中が空っぽになる。ハグリッドが何かしている物音を聞きながら無心でファングの背中を撫でていると、部屋にノックの音が響いた。
「ハグリッド」
ノックの音に続いたのはハリーの声だ。
それを聞いたハグリッドは小さく溜め息を吐きながら立ち上がり、扉を開いた。ハグリッドとハリー達はとても仲良しのはずだ。何故あんなに嫌そうな顔をするんだろう?
レイラはその場に座ったまま、不思議に思いながらハグリッドの後ろ姿を見ていた。
「レイラ、こんなところにいたの?」
「さっき来たところよ」
ファングの隣に座るレイラを見たハーマイオニーに手を振り返しながら答えたが、時計を見るとレイラがここに来てから一時間近くが経っていた。
「それでおまえさん、何か聞きたいって言ってたな?」
「うん。フラッフィー以外に賢者の石を守っているものがなんなのか、ハグリッドに教えてもらえたらなと思って」
ハリー達が訪ねてきた時、ハグリッドがあんなに嫌そうな顔をした理由がわかった。どうやらハリー達は少し前に図書館でハグリッドに会い、今と同じ質問をしたらしい。周りに生徒がいるような場所でそんな話はできないから後で小屋に来るようにと言われ、三人はここを訪れたのだ。
ハグリッドはしかめっ面で「俺は知らん!だからその質問にも答えられん!」とハリーの質問を突っぱねたが、ハーマイオニーの巧みな話術によってあっという間に陥落して口を開いてしまった。レイラはハグリッドのその口の緩さに親近感を覚えてしまう。
ハグリッドは指折り数えながら、石を守るのに協力している先生達の名前を上げ始めた。校長のダンブルドアに始まり、ハグリッドのフラッフィー、薬草学のスプラウト先生、呪文学のフリットウィック先生、変身術のマクゴナガル先生、防衛術のクィレル先生。
「うーん、待てよ……誰か忘れておるな。そうそう、スネイプ先生」
その名前を聞き、ハリーがぎょっとして大声を出した。
「スネイプだって!?」
「あぁ、そうだ。……お前さん達、まだあのことにこだわっとるのか?スネイプは石を守る手助けをしたんだ。盗もうとするはずがなかろう」
レイラはハリー達が何を考えているのかよくわかった。石を守る側にいれば他の先生達がどんな魔法をかけたのか知ることも、その突破法を探ることも簡単だろう。セブルスもクィレルも石を守る側にいる……レイラの中で、二人に対する不信感がさらに大きくなる。
だが、とりあえずフラッフィーを大人しくする方法を知っているのはハグリッドとダンブルドアだけだと聞いて四人は安心して肩の力を抜いた。
「ハグリッド、窓を開けてもいい?茹だっちゃうよ」
「悪いな、それはできん」
「でもハグリッド、レイラの顔を見てよ。まるで茹でダコだ」
失礼なことを言うロンをじろりと睨みつけるレイラを見てから、ハグリッドは暖炉に視線をやった。
その視線を追ったハリーが目を丸くする。
「ハグリッド──あれはなに?」
囁くようなハリーの言葉にレイラも同じ方に視線を向け、暖炉に置かれた大きな黒い卵を目にした。それを見た瞬間、レイラは大きく飛び上がって暖炉に近付いた。
「うわぁ!!私、本物見たの初めてよ……!!」
「僕もだよ……ハグリッド、一体どこで手に入れたんだい?すっごく高かったろ?」
ロンもレイラの隣にしゃがみ込んで暖炉の中を覗き込む。そんな二人の背中を見ながら、ハグリッドは少し困ったような、けれどワクワクした気持ちを抑えきれないようにもじゃもじゃの髭を撫でた。
「昨日の晩、村まで行ってな。酒を飲みながら知らんやつとトランプで賭けをしたんだ」
「その賞金ってこと?相手の人、随分太っ腹なのね……」
「はっきり言えば、奴さんは厄介払いができて喜んどったな。こいつを持て余しとったんだろ」
その言葉を聞いて納得する。ドラゴンを飼育することは勿論、卵を持ち歩くことも法律で禁止されているはずだ。
厄介払いをしたかったなら、たとえハグリッドが賭けで負けたとしても「付き合ってくれたお礼だ」とでも言って卵をくれたかもしれない。
ハグリッドは枕の下から大きな本を出し、四人にそれを見せてくれた。図書館で借りてきたという『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』には卵の孵し方だけでなく、無事に卵が孵った時の飼育方法まで詳しく書かれていた。
この本はいつ書かれたものなのだろう。少なくともワーロック法が制定される前のものだから、二百年は前のはずだ。
ハーマイオニーの「この家は木の家なのよ!」という悲鳴まじりの訴えはハグリッドの耳には届くことはなかった。
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