
13.さよなら
ハグリッドの小屋を後にしたハリー達は重い足取りで談話室への道を歩いていた。
「ハグリッドがドラゴンの卵を孵そうとしてるって他の人に知られたら、どうなると思う?」
「少なくとも何かしらの罪には問われるでしょうね。ハグリッドは見つかる可能性なんて考えてないみたいだけど」
ロンが小声で問いかけ、ハーマイオニーが溜め息混じりに答える。本物のドラゴンの卵を見ることができたと興奮していたレイラだったが、三人の会話を聞いているうちにどんどん冷静になり、心配になってきた。
「たしかドラゴンってあっという間に大きくなるの。生まれてから一ヶ月もすれば、ハグリッドの小屋より大きくなるはずだわ」
「そんなことになったら隠しきれないよ」
「……それまでになんとかしてハグリッドを説得しなくちゃ」
ハリーの言葉に頷いて、再び四人は大きく溜め息を吐いた。
「あーあ、平穏な生活ってどんなものかなぁ…」
弱々しいロンの言葉が静かな廊下にこだました。
石を盗もうとしている誰かの存在、クィレルとセブルスに対する不信感、ドラゴンの卵。抱えきれないくらいの悩み事に加え、先生達が次々に出してくる宿題を片付けなくてはいけない。
しかもハーマイオニーはレイラやハリー達の試験対策が充分ではないと思ったようで、ハリーとロンにも学習計画表を渡していた。
「レイラには何日か前に渡してあるわよね?ちゃんとあの通りに進めてる?」
「えーっと……」
「もしかして計画表をなくしたなんて言わないでしょうね?」
ハーマイオニーの目がつり上がり、レイラは慌てて首を振った。今しがた渡された計画表にうんざりした顔をしていたハリーとロンは「ご愁傷様」とこちらを見ている。
「なくしてなんかいないわ」
「じゃあ見せてご覧なさいな」
「えっと……どこか…何かの本に挟まってるはずよ」
「それ、なくしたのと変わらないんじゃない?」というロンの一言により、ハーマイオニーの雷が落ちることとなった。
大量の宿題と格闘しながらハーマイオニーの厳しい監視の元で勉強漬けの日々を送っていたある日の朝。大広間でハーマイオニーと朝食を食べていると、ハリーとロンがひどく慌てた様子でやってきた。
「おはよう。朝から元気ね」
「呑気に欠伸してる場合じゃないよ!これ見て」
欠伸で滲んた涙を拭いながらハリーが差し出した手紙を見た瞬間、レイラの眠気は吹っ飛んだ。ハーマイオニーも目の前に立て掛けていた教科書を倒し、大きな音を立ててしまう。
「しー!!静かに…!!」
「ごめんなさい…!とにかく、ここを離れましょう」
ハーマイオニーが立てた大きな音に、周囲の注意がこちらに向けられているのに気付いた四人は慌ててその場を離れた。
「『いよいよ孵るぞ』……これって、つまりそういうことよね?」
ここ数日、四人の頭を悩ませていた問題がついに現実のものとなるのだ。レイラとロンはこのままハグリッドの小屋に行こうと主張したが、ハーマイオニーは即座にその意見を却下した。
「ドラゴンの卵が孵るところなんて、そうそう見れるものじゃないよ!」
「この機会を逃したらもう一生見られないかもしれないわ」
「授業があるでしょ」
「授業なんかより、何倍も貴重な経験だわ!」
その言葉にハーマイオニーの鼻の穴が大きく膨らんだ。ハーマイオニーからすれば、授業より大切なことなんてそうそうないのだろう。
「ねえ、ハリーもそう思うでしょ?ドラゴンよ?見に行きたいわよね?」
「そうだね……ああでも、僕たちがサボったせいで先生達に何か気付かれるかもしれない」
レイラに腕を引かれて頷きかけたハリーは、ハーマイオニーの鋭い視線に慌てて言葉を続けた。それを聞いてハーマイオニーは「やっと話のわかる人がいた」と安心したように頷いた。
「ドラゴンが孵るところを見たいって気持ちはわかるのよ。でも、もしハグリッドがしていることが明るみに出たら、あの人ひどく困ることになるわ……」
「黙って!」
ハリーが小声で言った。ハリーの視線の先には、数メートル離れた場所からこちらを見ているドラコの姿があった。
ドラゴンの話を聞かれてしまっただろうか?
レイラは背中に冷や汗が伝うのを感じながら、笑顔でドラコに手を振った。手を振り返すドラコの顔がいつもより上機嫌な気がして、口元が引きつりそうになる。
「……聞かれちゃったと思う?」
「わからない…」
ドラコが去っていった後、四人は頭を突き合わせてより一層声を小さくした。不安そうに互いの顔を見交わす。
「私、ハグリッドのところに行く」
「でも授業をサボったら…」
「体調が悪くて部屋で休んでるって言えばいいわ。それに、もしドラコが何かをしに来ても、私がいれば酷いことはしないと思うの」
悲しいかなレイラの虚弱体質については先生達にも生徒達にもすっかり知れ渡っている。きっと誰も不審に思わないだろう。
なんとかハーマイオニーを説得し、薬草学の授業へ向かうハリー達と別れてハグリッドの小屋へ向かった。
小屋の中は以前よりもさらに暑く感じた。扉を開けたハグリッドは、暑さと興奮と嬉しさで顔を真っ赤にしている。
「レイラ、よく来たな!…ハリー達はどうした?」
「三人は授業に行ったわ。全員でサボったら変に思われちゃうから」
「それもそうか」
ハグリッドは少し残念そうに眉を下げ、けれどすぐに元の笑顔に戻ってレイラを小屋の中へ入れてくれた。
卵はあいかわらず暖炉の火の上に置かれている。
「もう少ししたらあそこから出してやらなくちゃならん。その時はファングと一緒に少し離れとってくれな」
「わかったわ」
レイラは暖炉の前にしゃがみ込み、時々カタカタと揺れ動く卵を見守った。しばらくしてハグリッドは大きなトングを手に取る。
「そろそろ卵を炎から出すぞ」
先ほど言われていた通り、卵からなるべく距離を取ろうとレイラはファングと一緒に壁にぴたりと体をくっ付けた。
ハグリッドはトングで卵を挟み、暖炉からテーブルの上へ移す。
テーブルに置かれた卵をよく見ようとレイラとファングは恐る恐る近付いた。少し近付くだけですごい熱気だ。額から汗が滴り落ちる。
「動いてる……本当にもうすぐ孵るのね…」
「あぁ、こんな素晴らしいもの滅多に見れるもんじゃねぇ。ハリー達にも見せてやりたかったなぁ」
「きっと休み時間になったら来るんじゃないかしら? ……っ!!ハグリッド!!!」
「あぁ…!!ああ……!!」
ピシッという音と共に、卵に亀裂が入った。
レイラが興奮してしてハグリッドの袖を引っ張ると、ハグリッドも同じように興奮してぶんぶん頷いた。
いよいよドラゴンが姿を見せる──二人は膨らむ期待に鼻息を荒くしてじっと卵を見つめた。
けれど五分が経ち、更に三十分が経過しても卵が割れることはなかった。少しずつ亀裂は増えているが、まだ孵る気配はない。ドラゴンの孵化には思ったよりも時間がかかるみたいだ。次第にレイラは待つことに飽きてしまい、ファングと戯れだした。
とうとう待ちくたびれたレイラがうつらうつらと船を漕ぎ始めた頃、ハリー達が小屋を訪れた。
「もうすぐ出てくるぞ!」
その言葉通り、小屋にキーッと引っ掻くような音が響いた。
レイラは慌てて立ち上がり、テーブルに駆け寄る。テーブルの上に置かれた卵はぱっくり割れ、小さな赤ちゃんドラゴンが卵の中から這い出てきた。真っ黒な胴体は皮膚が張り付いたようで、巨大な蝙蝠のような翼がついている。
なんだかちょっとセストラルに似てる。
そんなことを考えてレイラが笑うと、赤ちゃんドラゴンがくしゃみをして鼻から火花が散った。
「素晴らしく美しかろう?」
「本当に……ずっとこのサイズならいいんだけど」
レイラはドラゴンがハグリッドの指に噛み付こうとしたのを見て顔を顰めながら言った。このサイズならなんとかなるかもしれないが、成長して大きくなったらきっと手に負えないだろう。
そう思っていると突然ハグリッドが立ち上がり、窓に駆け寄った。
「どうしたの?」
「カーテンの隙間から誰かが見ておった……」
真っ青な顔をしたハグリッドの言葉に、四人も慌てて窓に駆け寄り外を見た。
「…………ドラコ…」
見間違えるはずがない。
あの輝くようなプラチナブロンドの後ろ姿は、レイラの大好きな双子の兄、ドラコ・マルフォイだった。
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