
13.さよなら
談話室に戻ると、いつものソファーにはハリーとハーマイオニーの姿しかなかった。おそらくロンはハグリッドの手伝いに行っているのだろう。
「レイラ遅かったじゃない、どこに行ってたの?」
「ちょっとね……ねぇ、皆に聞いてもらいたい話があるんだけど、ロンはまだ?」
「さっき出ていったばっかりだから、戻ってくるのはまだまだ先じゃないかな」
ハリーの言葉に、レイラは口をへの字に曲げた。
ハグリッドの手伝いをしに行く時は誰かに見つからないようにハリーの透明マントを使うから、帰りが何時になっても問題ない。つまり何時に帰ってくるのかわからない。
「本当は全員揃ってる時に話したかったんだけど…私ロンが戻ってくるまで起きてられないと思うから、今話しちゃうね。ロンには後で教えておいてくれる?」
「わかったわ。……ちょっと!あなた本当にどこに居たの?すごく冷えてるじゃない!」
レイラの手に触れたハーマイオニーが驚きの声を上げ、背凭れにかかっていた薄手のブランケットをレイラの体に巻き付ける。それに包まれながら、レイラは森で起こった出来事を二人に話した。
どこまで話すべきか考え、全てを話してしまうことに決める──勿論、キスをされた話は除いてだ。
断じてさっきの青年に言われたことを気にしているわけではないが、たしかにレイラは頭がいい方ではない。世間知らずだし、知識が豊富なわけでもない。このまま一人でぐるぐる考えても正しい結論にたどり着ける気がしなかった。
それなら友人達の手を借りて一緒に考える方が建設的だと思う。三人寄れば文殊の知恵とも言うし。
レイラは「絶対怒らないでね」と前置きしてから話し始めた。
以前からユニコーン達と交流する為に時々禁じられた森に入っていたこと。前回入院することになった時、本当は風邪を引いたのではなく誰かに森で襲われたからだということ。その時の記憶が曖昧で、誰に襲われたのかはわからないこと。
今日森でユニコーンが何者かに殺されていたこと。スリザリンの上級生との会話。
全てを話し終えた時にはハーマイオニーの顔が般若のようになっていた。
「……っ!……っ!!!…………とにかく、そのスリザリン生の話を鵜呑みにしてもいいのか、考える必要があるわね」
けれどあらかじめ「怒らない」と約束した手前怒ることもできず、彼女は何度か言葉を飲み込み、冷静さを装った声で言った。そんなハーマイオニーの姿にハリーとレイラは顔を見合わせてこっそり笑ってしまった。
「どうして生徒がそんな話を知っているのか、それも気になるし……僕はあんまり信用出来ないな」
「じゃあハリーは嘘だと思うの?」
「うーん…石を狙ってる奴がユニコーンを殺したっていうのは信じられるような気はするけど…」
「スネイプが犯人じゃないっていうのは、信憑性に欠けるわね」
「どうして?」
「だって、その人スリザリンだったんでしょ?」
ハーマイオニーの言葉に思わず納得してしまう。
セブルスは厳しくて嫌味満載な態度のせいで、生徒達からはあまり好ましい感情を向けられていない。自寮の生徒達を除いて。
どうも彼は自寮の生徒達を甘やかし、贔屓する傾向がある。そのせいで余計に他寮の生徒達から嫌われるのだが、贔屓されるスリザリン生達はセブルスを好いていた。彼らがセブルスを庇うのは当然かもしれない。
「うーん…じゃあ、あの人の話が本当かわからない以上、私の報告は何の意味もなかったってこと?」
「いいえ、とっても大事なことがわかったわ。あなたもハリーと同じように……ううん、ハリー以上に危険な状態だってことよ。いい?これからは絶対に一人で行動してはだめよ」
厳しい口調で言い放たれ、あまりの迫力にレイラは大人しく頷くしかなかった。
あの後すぐに眠気に襲われたレイラはロンの帰りを待たずに部屋に引っ込んだ。夜中に魘されて何度も起きてしまうのに、それでも夜になると眠くなるのだから不思議だ。いや、何度も起きてしまうせいで寝不足になっているからこそ眠くなるのか。
翌朝談話室でハリー達と合流し、ロンの手を見たレイラは思わず悲鳴を上げそうになり、ハーマイオニーに口を塞がれてしまった。
ロンの手は二倍ほどの大きさに腫れ上がり、少しでもその痛々しい姿を隠そうとハンカチが巻かれている。昨日ハグリッドの手伝いに行った際、ノーバートに噛まれたらしい。
「ロン…!すぐに医務室に行かなくちゃ!!」
「そんなことしたらマダム・ポンフリーにバレちゃうよ!大丈夫、ちぎれるくらい痛いけど、大丈夫さ…」
「普通の噛み傷とは違うの。ドラゴンに噛まれたのよ?放っておいたらどうなるかわからないわ」
囁くような声で必死に訴えるが、ロンが頷くことはなかった。
代わりに、昨日レイラが部屋に引っ込んだ後に届いたという手紙を見せてくれた。チャーリーからの手紙で、そこには喜んでドラゴンを引き取ると書かれていた。
待ち合わせは土曜の真夜中、一番高い天文台の塔だ。
「僕の透明マントを使えば、きっと上手くいくはずだよ。僕ともう一人、それからノーバートくらいなら隠せると思う」
「レイラかハーマイオニーかな……僕の手が土曜までに治れば一番いいんだけど…」
「なら私の方がいいわね。レイラはあまり力持ちじゃないもの」
ハーマイオニーの言葉にレイラは悲しげに眉を下げた。たしかに、教科書を目一杯詰め込んだ鞄を持つだけでヒーヒー言っているレイラにはドラゴンを運ぶ大仕事は荷が重いかもしれない。
友人の助けになれない自分が情けなかった。
その日、レイラは今までのようにスリザリン生達と行動せずにハリー達と行動した。昨日の話を聞いたハーマイオニーがレイラの側を離れようとしなかったからだ。久しぶりに四人でゆっくり過ごせると喜んだレイラだったが、昼過ぎにはそんな悠長なことを言っていられない状態になった。
ロンの化膿した傷口が緑色に変色してしまったのだ。その日の授業が全て終わり、三人は急いで医務室へ向かった。ロンは手を包帯でぐるぐるに巻かれ、ベッドに横になっている。
「ロン…大丈夫?」
「大丈夫じゃないんだ……そりゃ、手も痛くて大丈夫じゃないけど、そうじゃない。マルフォイが来たんだ」
真っ青な顔で声を潜めるロンの言葉に、三人の顔もサッと青くなる。
「なんでドラコが…?まさかお見舞い?」
「そんなわけないだろ、マダム・ポンフリーに僕の本を借りたいって言って入ってきたんだよ。何に噛まれたか、本当のことをマダム・ポンフリーに言い付けるって脅してきたんだ」
ロンはマダムに「犬に噛まれた」と説明したらしいが、聡い彼女のことだ。おそらく信じていないだろう。それでも余計な詮索はせずに適切な処置をしてくれるなんて、やっぱりマダム・ポンフリーは最高の校医だ。
「大丈夫、土曜日の真夜中で全て終わるわよ」
「土曜零時……!!!」
ハーマイオニーが宥めようと優しく告げた言葉に、ロンは飛び上がった。さっきよりも顔色が悪くなり、ダラダラと大量の汗をかいている。
「あぁ、どうしよう…!!大変だ……今思い出した、あの本にチャーリーの手紙を挟んだままだ……僕達がノーバートを処分しようとしてることが、マルフォイに知られてしまう…!!」
レイラ達が何か答える前に、マダム・ポンフリーに医務室から追い出されてしまった。
三人は近くの空き教室に入り頭を突き合わせた。
「どうしましょう!計画を変えた方がいいかしら?」
「今更計画は変えられないよ。またチャーリーにふくろう便を送る暇はないし、ノーバートをなんとかする最後のチャンスなんだ。危険でもやってみなくちゃ」
「そうね…ドラコは透明マントのことは知らないし、きっと平気よ」
レイラはそう言って弱々しく微笑んだ。
ハグリッドにチャーリーから届いた手紙の内容を伝え、あとは土曜日を待つだけとなった。手紙のことを伝えに行った時のハグリッドの小屋の惨状を思い出し、レイラは一刻も早く土曜が来てくれますようにと祈らずにはいられなかった。まるで小屋自体がモンスターになったのではと思うくらい、凶暴な鳴き声とハグリッドの悲鳴が響き、ガタガタと揺れていたのだから。
土曜の夜、談話室からほとんどの人がいなくなるまでレイラ達は部屋の隅で黙々と課題を片付けていた。けれど誰も課題が手に付かず──あのハーマイオニーですら課題に集中することができず、時間が過ぎるのを待った。
二十一時になり、二十二時になり……なんとか眠気と格闘していたレイラが教科書に頬をくっ付け始めた頃、ハーマイオニーに肩を揺すられた。談話室にはレイラ達以外の姿はなくなっていた。
「それじゃあ、私達は行ってくるわね」
結局、ノーバートを連れていく役目はハリーとハーマイオニーが引き受けることになった。レイラは最初から戦力外だし、ロンは無事に退院できたとはいえまだ手には包帯が巻かれている。
「頑張れよ」
「幸運を祈るわ」
口々に励ましの言葉を送る二人に見送られながら、透明マントを被ったハリーとハーマイオニーが談話室を出て行った。
「……大丈夫かな」
「……きっと、なんとかなるさ」
残されたレイラとロンは互いを元気付けながらも不安な気持ちを拭いきれず、重苦しい空気の中で過ごした。レイラの意識が薄れ、ソファーからずり落ちそうになる度にロンが呆れたような顔で引っ張ってくれる。
「こんな時でも寝れるなんて、すごい神経してるよ」
「……眠いのは眠いんだもの。心配してないわけじゃないわ」
そう言って反論したが、欠伸混じりの言葉では信じてもらえないのも無理はないのかもしれない。
もう何度目かわからないが、再びレイラが意識を手放しそうになった時、談話室の入り口が開いた。ハッとして立ち上がったレイラとロンは、そこから入ってきた三人の姿を見て全てを悟った。
ハリーは悲しみに打ちひしがれ、ハーマイオニーは鼻をすすって、ネビルはしゃくり上げて泣いている──ネビル?なんでネビルが一緒にいるのだろう? 不思議に思ってロンの方を見ると、ロンの顔にも全く同じ疑問が書かれていた。
ネビルはレイラ達に目もくれずに男子寮へ上がっていってしまい、談話室には四人だけが残された。ハリーがゆっくりと肘掛け椅子に座り、沈んだ声を出した。
「……計画は、半分成功、半分失敗だった」
「どういうこと?」
ロンの問いにハリーとハーマイオニーが事の顛末を説明してくれた。
ハグリッドの小屋からノーバートを連れ出して天文台の塔へ向かう途中、ドラコがマクゴナガルに見つかり罰則と減点を言い渡されているところに遭遇した。ドラコはハリー達を捕まえようと待ち構えていたらしい。「自業自得だ」と鼻で笑ったロンの言葉を聞きながら、レイラはきゅっと眉を寄せた。
無事に塔に到着し、チャーリーの仲間達にノーバートを引き渡した。全てが上手くいって浮かれていたハリー達は、なんと透明マントを塔の上に置き忘れてしまったらしい。
そして待ち構えていたフィルチに捕まり、マクゴナガルの部屋へ連れていかれた。そこにはネビルがいた。ドラコがハリー達を捕まえると言っていたのを聞き、気を付けてと教えてあげようと思ったらしい。
その時のネビルの気持ちを思い、レイラの心臓がちぎれそうな痛みを覚えた。ネビルは怖がりで、暗いところだって苦手だ。それなのに、ハリー達を助けようとして真夜中の校内をたった一人で歩き回ってくれていた…。
マクゴナガルはドラゴンの話はハリー達がドラコをはめる為についた嘘だと思ったらしい。結局、三人はそれぞれ五十点──合計百五十点の減点と処罰を言い渡されてしまったという。
説明を終えたハーマイオニーはもう耐えられないと、赤く滲んだ目から涙を流してレイラに抱き着いた。自分の腕の中で泣きじゃくるハーマイオニーの背中を撫でながら、それでもレイラの心は穏やかだった。
ノーバートはいなくなった。ハグリッドが逮捕されてしまうかもしれない、もしくはノーバートに食べられてしまうかもしれない。そんな心配をする日々から解放されるのだ。
たしかに一晩で百五十点の減点は大きい。
それでも、それだけの価値があることをしたはずだ。
レイラが自分のこの考えが甘かったと思い知らされるのは、翌朝になってからだった。
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