14.学年末試験
周囲から冷たい視線を向けられ、ドラコとも顔を合わせないという苦しい日々を過ごしていると、あっという間に試験が一週間後に迫ってきていた。
その日、レイラ達は図書館で最後の追い込みに励んでいた。レイラが小鬼の反乱の年号を覚えようとしている横で、ハーマイオニーがロンに天文学のテストを出している。

「じゃあ次の問題いくわね。火星の半径は?」
「えーっと……四千…違うな、五千……?」
「三三九六キロでしょ。……あぁ!!小鬼の反乱本部が移ったのは三三九六年じゃないわ!もうっ間違えちゃったじゃない」
「勝手に答えて勝手に怒るなよ…」

ぷりぷり怒りながら杖を振り、間違えて記入してしまったインクを消しているレイラにロンが呆れた顔をした。覚えることが多すぎて、いろんな数字や用語が頭の中でしっちゃかめっちゃかになってしまう。レイラは羽根ペンを放り投げて机に突っ伏した。

「私もう無理……」
「大変だ!!レイラ、起きて!大変なんだよ!!」

羊皮紙に頬を貼り付けて目を閉じていると、慌てた様子のハリーが声を潜めて急き立てた。彼はついさっき寮まで忘れ物を取りに戻ったはずなのに、随分早いお帰りだ。

「ハリー早かったね──どうしたの?」

羊皮紙の上に顔を乗せたまま視線を上げ、ハリーの尋常ではない様子にギョッとして体を起こした。ハーマイオニーとロンも天文学の問題集を閉じてハリーを見た。
ハリーは周囲を見回し、誰にも聞かれていないか確認する。この一年で何度も見たその姿に、きっとこれから聞くのは碌でもない話だと嫌な予感に襲われる。

「寮に向かう途中、教室からクィレルの声が聞こえてきたんだ。クィレルは泣いてて『だめです、もうどうぞお許しを…わかりましたよ…』みたいなことを言ってた」
「それじゃ、スネイプはとうとうやったんだ!クィレルが自分のかけた術を破る方法を教えたとすれば…」
「でもまだフラッフィーがいるわ」
「ハグリッドに聞かなくてもフラッフィーを突破する方法を見つけたのかもしれないな」

そう言ってロンは周りにある何千冊という本を見上げた。
たしかにこれだけの本があれば、三頭犬について書かれた本の一冊や二冊見つけられるかもしれない。

「クィレルが降参して、セブルスはなんて言ってたの?今後の計画とか、いつ実行するかとか…」
「ううん、あいつの声は聞こえなかったんだ。クィレルが出て行ってから教室を覗いたけど、スネイプは反対側のドアから出て行った後だったし」
「声も聞いてないし、姿も見てないの?……じゃあなんで話していた相手がセブルスだってわかったの?」
「クィレルが降参してたんだぞ?スネイプ以外にいないだろ」

首を傾げるレイラに、ロンの非難がましい言葉が飛んでくる。
ハリーとハーマイオニーもそれに同意するような顔をしていた。

「レイラ、あなたがスネイプを疑いたくない気持ちはわかるわ」
「違うの、私もセブルスなら石を狙ってもおかしくないなって思うのよ。でも、なんていうか…」

石を狙っている犯人と、レイラを襲った犯人。
それが同一だというなら、犯人はセブルスではない。だって彼がレイラを傷つけるなんて考えられないのだ。
……考えたくないだけかもしれないけれど。

けれど話を聞けば聞くほど、全てはセブルスが犯人だと示している。レイラもそれを否定できない。
言葉も考えも迷子になってしまい口ごもったレイラの肩を優しく叩き、ハリー達は話を続けた。

ダンブルドアに話しに行こうというハーマイオニーの意見はすぐに却下された。生徒と教師。どちらの話を信じてもらえるかなんて、試してみなくても分かりきっている。それにハリー達は石のこともフラッフィーのことも知らないはずなのだ。
結局、これ以上余計なことに首を突っ込まない方がいい。何もしない方がいいという結論になった。余計なことに首を突っ込むとどうなるか、この数週間で嫌になるくらい思い知らされたレイラもその結論に大人しく従うことにした。



翌朝、ハリー、ハーマイオニー、ネビルの元に同じふくろう便が届いた。処罰の集合場所と時間を伝える手紙だ。その手紙を見た三人はまるで死刑宣告を受けたような顔で沈んでしまい、その日は一日中ほとんど全員が口を開かずに過ごした。

処罰は二十三時から。
レイラは眠気を追いやろうと何度も自分の頬を叩き、集合場所へ向かうハリー達を見送る頃には頬は叩きすぎて真っ赤になっていた。人のいなくなった談話室でレイラとロンはソファーに座り、黙り込んだ。
処罰というのは何をするんだろう。わざわざこんな遅い時間を指定するからには、書き取りやトイレ掃除でないことはわかる。でも、生徒に危険なことはさせないはずだ。


いつの間にか、二人して眠ってしまったらしい。
レイラとロンは戻ってきたハリーとハーマイオニーに起こされ、二人のあまりの顔色の悪さに眉を寄せた。

「処罰は禁じられた森で傷ついたユニコーンを探すって内容だったんだ」

青白い顔のハリーが、額に汗を浮かべて話し始めた。
レイラが森でユニコーンを看取った日以降も、ユニコーンの死骸は何体も発見されたらしい。

「二組に分かれることになって、僕はハーマイオニーとハグリッドと一緒に組んだ。ネビルはファングとマルフォイと組んだんだけど……」

その言葉にレイラはハッと口をおさえた。ドラコも夜中に出歩いていたのを見つかり、減点と処罰を言い渡されていたのだ。すっかり忘れていた。
普段は強がっているが、ドラコはネビルに負けず劣らずの怖がりだし、暗い所を苦手にしている。そんな彼がこんな真夜中の禁じられた森に行かされたなんて……
ハリーがレイラの顔をちらりと見て続ける。

「しばらくハグリッドと歩いて、ロナンって名前のケンタウロスに会った。ロナンは『火星がいつもと違う明るさだ』って言ってた」

火星が明るい? どういう意味だろうと不思議に思ったが、あまりにもハリーが深刻な顔をしているのを見て口を挟まずに彼の話を最後まで聞くことにした。
その後ベインという名の別のケンタウロスも現れたが、やっぱりベインも「火星が明るい」と言うだけで「森で何が起きているのか」というハグリッドの問いには答えてくれなかったらしい。

「その後マルフォイがネビルに悪ふざけをして、組分けを変えることになったんだ」
「マルフォイの奴、最低だな」

ロンが吐き捨てるように言った。恐怖を紛らわすためのかわいい悪戯のつもりだったかもしれないが、時と場合、それから相手を考えるべきだ。

「今度は私とネビルがハグリッドと一緒に組むことになって、ハリーとファングがマルフォイと組んだの」
「きっとハグリッドはハリーならドラコが悪戯をしても対処できるって考えたのね?」

ハリーはあいかわらず酷い顔色のまま頷き、続けた。

「ずっと奥まで歩き続けて、それで──死んでるユニコーンを見つけた」

レイラの脳裏に、あの悲しい光景が浮かび上がってきた。
救えなかった命。
ハリーは立ち上がり、暖炉の前をうろうろと歩き回りながら言葉を紡いでいく。

「ズルズル地面を滑るような音が聞こえたんだ……ハグリッドと一緒にいた時にも聞いた、気味の悪い音だ。それで、それで──フードを被った誰かが、ユニコーンの傷口から血を啜り始めたんだ…」

レイラとロンは小さく息を呑んだ。ハーマイオニーも真っ青な顔で歩き回るハリーを見上げている。
ユニコーンの血を飲むことがどんな意味を持つのか。レイラがスリザリンの上級生から教えられた話を聞いていた四人は、その意味を理解していた。

「マルフォイとファングは叫びながら逃げていった。僕も逃げ出したかったけど、動けなかったんだ。傷が、この傷痕がすごく痛くなって、立っていられなかった…」

ハリーは額の傷を擦りながら言った。
十年前ハリーが『例のあの人』を倒した時についた、稲妻型の傷。

ハリーの話を聞いているうちにそのあまりの恐ろしさに、指先が氷のように冷たくなってきていた。話を聞いているだけでこうなのだから、その場にいたハリーの恐怖はどれほどのものだろう。

「それで…傷が痛くて目眩も酷くて、僕は目をつぶってしゃがみ込んだんだ。もうだめだと思った。フードを被った誰かに殺されるって──でも顔を上げたらフードの奴はいなくなっていて、代わりにケンタウロスが立ってたんだ」
「さっきの?」
「ううん、さっきの二人とは違う、フィレンツェって言ってた。ここは危険だからってフィレンツェが僕を背中に乗せてくれたら、ロナンとベインが現れたんだ。二人はすっごく怒ってた……人を乗せるなんて馬みたいだ、とか。惑星の秘密を教える気か、とか」

その後、怒ったロナンとベインと別れてからフィレンツェがハリーに様々なことを教えてくれた。その内容は先日レイラがスリザリンの上級生から聞いたのとほとんど同じ内容だったが、フィレンツェはあの青年のように意地悪ではなかったし、ハリーもレイラより賢かった。

ハリーは石を狙う犯人がヴォルデモートであるという答えにたどり着いたのだ。

「スネイプはヴォルデモートのためにあの石が欲しかったんだよ。お金や、自分のための永遠の命じゃなくて、ヴォルデモートが復活するために石が必要なんだ」
「その名前を言うのはやめてくれ!」

ロンが怯えた表情で懇願しても、それはハリーの耳には届いていないようだった。
レイラもヴォルデモートの名前を聞く度に背筋に震えが走った。魔法界で育った子供達は、その名前を簡単に口にしてはいけないと教えこまれている。

「惑星はヴォルデモートが復活して僕を殺すって予言しているんだよ……予言を変えることがいけないっていうなら、僕はスネイプが石を盗むのをただ待っていればいいんだ。そしたらヴォルデモートがやってきて僕の息の根を止める……そう、それでベインは満足するんだ…」
「そんなはずないわ!セブルスは『あの人』に加担するような人間じゃないもの!」

熱に浮かされたように喋り続けていたハリーだったが、レイラが立ち上がりながら叫ぶと口を閉じた。こちらを見るハリーの顔は白く、額の傷痕だけが青く浮かび上がっている。

「でも、そうなんだ。スネイプは石を狙ってる。石を狙っている奴は、ヴォルデモートの復活の為に石を狙ってる。そうだろ?」
「……でも、違うわ…セブルスは『あの人』に味方するような、闇の魔法使いじゃないもの…」

レイラの声はどんどん弱々しいものになり、最後の方は声になることはなかった。力なく項垂れるレイラの肩を優しく抱きながらハーマイオニーはハリーを見上げる。

「ハリー、ダンブルドアは『あの人』が唯一恐れている人よ。ダンブルドアが側にいる限り、『あの人』はあなたに指一本触れることはできないわ。それにケンタウロスが言う予言って、占いみたいに不確かなものに思えるわ」

セブルスがヴォルデモートの復活の手助けをする。
本当にそんなことがあるのだろうか。
ハリーやレイラの命を狙い、石を手に入れ──そもそもどうして自分は狙われたのだろう。犯人がヴォルデモートだとして、レイラにはハリーのように狙われる理由はない。
やっぱりあの日、森の中で何か見てはいけないものを見てしまった…?

あの日のことを思い出せば、きっと何かがわかる。
そうすれば、セブルスを疑う気持ちも捨て去ることができる。
どうしたらあの日のことを思い出せるだろう。
見つからない答えを探しながら、レイラは白み始めた空気の中で眠りについた。

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