
16.What are xxx made of ?
ダイアゴン横丁の一角にある『リッジウェル古書店』は様々なジャンルの古書を取り扱う店だ。子供向けの絵本から難解な専門書、それは魔法界のものだけでなくマグル界のものまで手広く扱っている。
そしてこの店には裏口が存在している。裏口が繋がる先は夜の闇横丁の裏路地。裏口からのみ出入りすることの出来る地下には、表の世界ではお目にかかれないような闇の魔術に関する本が所狭しと並べられている。
この店の主人であるルース・リッジウェルは店の地下から引っ張り出してきた数冊の本を手に、居住スペースである二階に向かった。時計の針はとっくに深夜を回ったというのに、ルースは眠ることができずにいた。
何故か胸騒ぎがする。少しでもそれから意識を逸らそうと持ってきた本だったが、開いたページの文章は頭に入ってこない。
二月の末にレイラが何者かに襲われ、封印が不安定になっているとセブルスから連絡があった。だがそれはセブルスが対応してすぐに落ち着いたと聞いているし、それ以降問題は起こっていないはずだ。
おそらく今は学年末試験の期間中で、それが終わればあっという間に夏季休暇に入る。元気な姿で帰ってきてくれる。何も心配することはない──なのにどうしてこんなに嫌な感じがするのだろう。
ルースは考えを整理するように、指先で机を叩きながら目を閉じた。ホグワーツに入学するまでは何の問題もなかった。クリスマス休暇に会った時は、少し揺らいでいる感覚はあったが特段問題になる程ではなかったはずだ。それでもあの指輪を渡したのは、ホグワーツに帝王の影があるかもしれないと報告を受けたからだった。
目を閉じたまま、クリスマスの夜にしたアブラクサスとの会話を思い出す。
xxxxxxx
ルシウスが部屋を後にしたのを見届けて、ルースはソファーに腰を下ろした。まだ湯気の立つティーカップに手を伸ばすルースを見ながらアブラクサスが難しい顔で口を開く。
「あの指輪は……本当に大丈夫なんだろうな」
「当然でしょ。十年もかけてありとあらゆる術式を編み込んできたんだから。レイラに与える負担は最小限に抑えられているわ」
むしろ現在レイラが消費している魔力の量を抑えるためのものだから、今よりずっと彼女の負担は軽くなるはずだ。本当はもう数年かけて負担をゼロにすることを目標としていたのだが、帝王の影があると聞けばそんな悠長な事は言っていられない。
それを聞いても納得しないのか、アブラクサスの表情はあいかわらず曇ったままだ。
「お前がレイラを害する可能性のあるものを渡すとは考えていない。ただ……」
「もしかしてリドル≠フこと?」
言い淀んだ言葉を言い当てられ、アブラクサスは眉間に皺を寄せて頷いた。彼が心配していることが何か分かり、ルースはそんなことかというように肩を竦めてみせた。
「そちらも心配する必要はないわ」
「何故そう言い切れる?リドルはあいつと違うとはいえ、あいつから生み出されたものだ。また再び同じ道を歩んだら?あいつと同じ望みを抱き、それにレイラを利用しようとしたら?」
「──あなたって私のこと過保護だとか愛が重すぎるだとか言うくせに、実は私と同じくらいレイラのことを大事に思っているわよね」
胡乱な目をするルースに「何を馬鹿なことを」と顔を顰める。大事に思っているか思っていないかと問われれば、大事に思っている。だがそれは特出したものではなく、家族や友人を想うのと同じ程度のものだ。ルースのように過度のものではない。
「まあいいわ。あの子の敵にさえならなければ、あなたがあの子をどう思っていようとさして興味はないもの」
「……それで?リドルがレイラの敵に回る可能性はないのか」
「その可能性はゼロだと断言出来る。彼がレイラに向ける気持ちは、私と同じくらい……いいえ、私以上に大きくて重たいわよ」
はっきりと言い切る友人の言葉を聞き、アブラクサスは余計に理解できないと眉間の皺を深くした。過去にルースがレイラの為なら喜んで命を差し出すと宣言したことは忘れていない。その彼女以上の想いを、何故彼が持っているのか。
「リドルの生み出された経緯を考えれば当然よ」そう言って微笑むとルースは軽やかに口ずさんだ。
「What are little girls made of?
What are little girls made of?
Sugar and spice
And all that's nice,
That's what little girls are made of.──これ、知ってる?」
「マザーグースか」
マグルの間で古くから伝わる童謡の一節だ。元々純血主義だったアブラクサスにここまでマグルの知識がついたのは、ひとえに友人達のせいだ。今ではすっかり魔法族もマグルも大差はないと考えるようになってしまったのだから、だいぶ毒されている。
「ご名答。女の子は砂糖とスパイス、それと素敵な何かでできているの。なら、リドルは?」
「リドルは……あいつの魔力とレイラの魔力、それからレイラの命だろう」
「ブッブッー、ハズレ。一番大切なものが足りないわ」
アブラクサスの答えを聞いたルースは指でバッテンを作り、首を振る。そして青色の瞳を細めてうっそりと笑った。
「リドルは帝王の魔力とレイラの魔力にレイラの命。それから、二人の愛でできているの」
「……愛?」
「そう、愛。……確かに存在していた想い合う気持ちに蓋をして、無意識に押し付けたのね。だからリドルは二人分の愛を内包しているの。ついでに私が術式を編み込む過程で私の想いも入っただろうから、三人分くらいにはなっているかもね」
「…いや、それは…………だが、」
「それに元々あの指輪を作った理由は、レイラを守るためだったはずよ。最初からリドルはそのための存在なの」
初めて教えられた事実に動揺を隠せない。リドルがレイラを守る理由は、その成り立ちに彼女の命が加わっているからだと思っていた。だが、実際は二人の愛が加わっているからだという。
そんな馬鹿なと一笑にできないのは、あの時の二人を知っているからだ。しかしそう考えればルースがここまでリドルを信用していることにも納得がいく。
「私もリドルとはそんなに話をしたわけじゃないから、彼がどこまで求めているのかはわからないけれど。ただレイラの傍にいてあの子を守っていられれば満足なのか、それとも──…」
「──レイラと共に生きたいと、願うのか」
言葉を拾い上げたアブラクサスにルースは頷く。
「どこまで望んでいるにしろ、レイラが生きてこそ成立するものだわ。だからリドルがレイラを害する可能性はゼロなの」
「成程な。それならあの指輪について懸念する必要はないということか……ならば私達が注意するべきなのは、帝王の影だけか」
「それもどこまでのものか…セブルスも色々探ってくれているみたいだけど、なかなか相手の尻尾を掴めないみたい」
単なる死喰い人の残党なら構わないが、セブルスから受けた報告を聞く限り、それがレイラに与えている影響は大きい。明らかに帝王自身と深く繋がった者の仕業だろう。
「私が掴んだ情報のままなら、あいつはまだ体を持たない霞のような存在のはずだ。しばらくはレイラに手を出すことは考えられないが、万が一ということがある」
「そのために指輪を渡したのよ」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し、ルースは立ち上がった。アブラクサスも立ち上がり、帰り支度を始めるルースにコートを手渡す。
「その万が一が起きた時にレイラを守れるように。実体化するのはレイラに大きな負担をかけてしまうけど、最悪の事態が起こった時でもあの子の命を守ることはできるはずよ」
「そうか……ではこちらはお前とセブルスに任せよう。私は予定通り、しばらくイギリスを離れる」
「今度こそ成果が得られるといいんだけど」
「努力はする、が……まあ、あまり期待はしないで待っていてくれ」
アブラクサスが苦笑いを浮かべる。ルースはコートを羽織り、ストールを巻き付けながら「はいはい」とおざなりな返事を返す。
彼が取り組んでいる任務はあまりにも難しいものだ。そう簡単にいい結果が得られるとは思っていない。
二人はアブラクサスの部屋を出て玄関ホールへ向かう。
「それじゃあ国外へ行くまでの間、くれぐれも大切な大切な孫娘≠フこと可愛がってあげて頂戴ね」
ルースはアブラクサスが反論する前にバシッと音を立てて姿くらましをしてしまった。一人残されたアブラクサスは「可愛がってなど…」と呟き、不満げにルースが消えた場所を見つめた。
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ルースはふう、と深く溜息を吐いて閉じていた目を開けた。
そう、あの子にはリドルがついている。何も心配することはない。それにホグワーツにはダンブルドアがいる。リドルは彼の事を信用していないようだが、ルースは彼もレイラを守ってくれる人間だろうと考えている。
ダンブルドアは帝王が全盛期の時でさえ直接交戦することを避けた唯一の存在だ。そんなダンブルドアの元にいる上にリドルもいる。大丈夫。不安に思う必要はない。
まるで自分自身に言い聞かせるようにそう考えていた時、ルースの目の前にパッと赤い花弁が舞った。それを目にした瞬間にルースは顔を青ざめさせ、花弁の中から現れた羊皮紙を手に取った。この連絡手段はよっぽどの緊急事態にしか使わないことになっている。
『レイラが帝王に連れ去られたが、無事に戻ってきた。命に別状はない。外傷なども見当たらない。今は医務室で眠っているが、目が覚める前に封印がどうなっているのか確認をして頂きたい。校門前まで迎えに向かう。 S 』
癖のある文字で綴られた言葉に、心臓に冷水を浴びせられたような心地になる。帝王に連れ去られた?絶対安全だと信じていたホグワーツで何故そんな事態に陥るのか。
……やはり今のままでは駄目なのだ。まだあの子を守るには、足りない。レイラが歩くのは細く不安定な糸の上だ。このままではいずれその糸は切れてしまう。そうなったらもう二度と戻ってくることはないだろう。
今のままでは駄目だ。もっと、守るための力を……まだ何かできることがあるはずだ……
ルースは酷い焦燥感に苛まされながら、呼び出し主であるセブルスの元へ向かうために姿くらましをした。
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