
16.What are xxx made of ?
長い夢を見ていた。幸せな結末なんて用意されていない、悲劇の物語。なのにどうしてだか愛しくて、恋しくて。
その夢から醒めたくなかった。
目を開くと視界がぼやけていて、自分が泣いていたことに気付いた。重たい腕を持ち上げて涙を拭いながらぐるりと視線を動かし、見覚えのある風景にレイラは目をぱちくりさせた。
ここは医務室の隣にある隔離患者用の別室だ。前回入院した時にお世話になった場所だからすぐにわかった。そしてその室内に穏やかな顔で微笑む老人の姿を見つけ、レイラは驚いて声を上げた。
「ダンブルドア先生…?」
「目覚めたようじゃのう」
キラキラとした淡いブルーの瞳で見つめられ、ハッとする。
クィレルによって賢者の石があるという部屋に連れ去られ、そこでクィレルの後頭部に寄生したヴォルデモートと対峙した。思い出したくもない恐ろしい記憶が一瞬にして蘇ってくる。
「ハリーは!?ハリーは大丈夫ですか?あの、あの部屋に『あの人』がいて!クィレル先生が犯人で!!」
「落ち着きなさい、ハリーは無事じゃよ。しばらく眠っておったが、数時間前に目を覚ましたところじゃ」
「……よかったぁ…本当に、よかった……」
鼻の奥がツンと痛み、視界が歪む。
指先で溢れそうな涙を拭うレイラを見つめるダンブルドアの眼差しはとても温かい。
「あの、石は?クィレル先生は…『あの人』はどうなりましたか?」
「『あの人』ではなく『ヴォルデモート』じゃよ」
「……でも、」
「レイラ、名前は正しく呼ばねばならぬ。名前を恐れることは、そのものに対する恐れをも増長させることになる」
「……っヴ、ヴォルデモート、は、……」
窘められるように言われて渋々その名を口にしたが、やはり恐怖で背筋がぞくりとする。
「クィレル先生の頭にヴォルデモートがいたんです。後頭部に頭がくっ付いていて……」
「大方のことはハリーから聞いて把握しておるよ。わしは君の知りたいことに答えるとしよう」
「じゃあ、えっと……ヴォルデモートはどうなりましたか?クィレル先生や石は?」
「二度と今回のようなことが起きぬよう、石は砕いてしもうた」
ダンブルドアはレイラの質問に丁寧に答えてくれた。
石が無くなったことでフラメル夫妻は死んでしまうが、死は恐れるものではないこと。クィレルは死んでしまったこと。そして、ヴォルデモートは再び霞のような姿になり、この地を去ったこと。
「ハリーに同じ話をしたばかりじゃから、我ながら随分とわかりやすく説明できたと思うよ」
「…はい、とってもわかりやすかったです」
朗らかな笑顔を見せたダンブルドアの言葉に頷くレイラの表情は晴れない。石に関する疑問はなくなった。
レイラの心を覆うのは、石への疑問ではない。目を覚ました時から胸につっかえている質問を口にしていいのか、決心がつかない。
「あの、先生?どうして私は連れていかれたんでしょうか。クィレル先生はヴォルデモートが私を必要としているからって言っていたんですが…」
「ふむ、申し訳ないのじゃが、わしはそれに答えることは出来ぬ……今はまだその時ではないのじゃ」
半月型の向こうから覗く淡いブルーが困ったように揺れる。今はまだ、ということはいつか教えてもらえる時がくるのだろうか。
「他に聞きたいことはないかね?」
「……えっと…」
レイラは考えるように口を噤んだ。聞きたいことはまだある。
ヴォルデモートの言葉が頭の中で反響する──憐れな我が贄姫──あの言葉の意味。それから、レイラを助けてくれたあの青年のこと。二人の会話。
けれどそれを口にすることはできなかった。何故か、ダンブルドアにそれを言ってはいけないと思ったのだ。
考え込むレイラを見て、ダンブルドアが口を開く。
「もし良ければあの部屋で君に起きたことを教えてもらって良いかの?」
「……はい」
こくりと頷き、地下の廊下で声をかけられた事から話し始めた。気絶させられてあの部屋に連れて行かれたこと、クィレルの頭に寄生したヴォルデモートから私の元へ来いと言われ、それを断ったら攻撃されたこと。
「それで……よく分からないんですが、何故か呪文が消えた…?というか、弾けたみたいになって…」
「弾けた?」
「はい。私の周りに膜があるような…不思議な光に包まれていて、そこに当たって弾けたみたいな……すみません、上手く説明できないです」
レイラの言葉を聞き、ダンブルドアは深い皺を刻みながら思案するように押し黙る。しばらくの沈黙の後に顔を上げたダンブルドアの瞳は不思議な色を浮かべていた。
淡いブルーがきらきらと光っている。
「君は多くのものに守られておる。君が幸せに生きる為に尽力している者達のことを知っているが……それらが君を悪の手から守ったのじゃろう」
「私を、守る人…?」
「君は深く愛されているんじゃな」
自分を守ってくれる人。そう言われて浮かんだのは家族やセブルスの姿だ。
「絶対に君を守るから」あの青年の言葉が谺響する。あの青年もレイラを守ってくれている──愛してくれているのだろうか。
「さて、そろそろ君を休ませてやらんとポピーに怒られてしまうかのう」
そう言いながらダンブルドアが立ち上がった時だった。物凄い音を立てて部屋の扉が開かれる。普段は足音なんてほとんど立てずに歩く二人が、ドタドタと賑やかな音を立てながら現れたことにレイラは幻でも見ているのかと目を丸くした。
「レイラ……!!さっき目を覚ましたと連絡が入ったんだ…どこも痛くはないか?気分は悪くないか?」
「レイラ!レイラ…!!あぁ、あなたがこんな危険な目に遭うなんて……もう!セブルスから連絡があってから、ずっと生きた心地がしなかったのよ…!」
優しく、けれど力強く二人に抱きしめられ、レイラは目を白黒させる。
「お父様、お母様……どうしてここに?」
「君がここに運ばれた後、セブルスが連絡をしたんじゃよ。──後は家族水入らずがいいじゃろう。わしはここで失礼するかのう」
ダンブルドアはにこやかにそう告げ、三人が口を開くより先に部屋から出ていってしまった。ルシウスは少しの間ダンブルドアが消えていったドアを睨みつけていたが、すぐにレイラへと視線を戻す。その瞳はいつもより水っぽく、目の下には僅かにクマも見て取れた。
「セブルスが連絡をくれたんだ。レイラが帝王に連れ去られ、無事に戻ったが意識不明だと……お前はいつまでも目を覚まさないし……本当に、本当に、無事で良かった…っ」
「お父様……もしかして、ずっとここにいてくれたの?」
ルシウスはレイラを抱き締め、肩に顔を埋めたまま答えない。代わりに目を真っ赤にしたナルシッサが微笑みながら頷き、レイラの髪を優しく梳かす。
「貴方は私達の大切な娘なんですもの」
「お前は──お前も、ドラコも、私達の大切な家族だ。大切な娘だ。お願いだから、私達の前からいなくならないでくれ……」
絞り出すようなルシウスの声は震えていた。レイラはナルシッサとしっかり手を繋いだまま、反対の腕をルシウスの背中に回して抱き締め返す。あの時ヴォルデモートについていく道を選ばなくてよかったのだと、涙が出る。
「いなくなんてならないよ……私もお父様とお母様、ドラコが大好きなの。ずっと一緒にいたいわ」
「レイラっ」
ナルシッサがルシウスごとレイラを抱き締め、再びレイラは二人にぎゅうぎゅうと抱き締められる。
力強く包まれる、高くない体温が愛しい。抱き締められながらレイラは沢山の涙を流し、ナルシッサもぐりぐりとレイラの額と自分の額を合わせ、笑いながら涙を流した。ルシウスは声も顔も上げなかったが、ずっとレイラの肩に顔を埋めたまま、抱き締めた手を緩めなかった。
しばらくそうして三人で抱き締め合って、ようやく落ち着いたレイラは二人の腕から解放された。三人とも目の周りが赤く染まっていた。
「そういえば、私ってどれくらい眠っていたの?」
「三日だな」
「そんなに!?……本当に、心配をかけてしまってごめんなさい」
「レイラが無事だったんだ、それだけで十分だ」
ルシウスの唇が頬に押し当てられ、幸せなその温もりにレイラはふにゃりと笑う。
「ここにいる間、セブルスが部屋を貸してくれたのよ。お世辞にも過ごしやすい部屋とは言えなかったけれど、少しだけ学生の頃に戻ったみたいで楽しかったわ」
ふふふと悪戯っ子の笑みで笑うナルシッサにルシウスは少しだけ呆れたような目を向け、けれどすぐにつられたように笑う。そんな二人を見ているとレイラも幸せで、頬が緩んでしまう。
「ドラコもここにいたらいいのになぁ」
「ドラコはまだ寮で眠っている時間だ。きっと起きたらすぐにここに来るだろう」
そう言われて、今がまだ早朝と呼ぶにも早すぎる時間だと気付く。ドラコはレイラが眠り続けている間、授業以外の時間ずっとこの部屋の前でレイラが目を覚ますのを待っていてくれたらしい。それを聞いてドラコに会いたい気持ちが余計に強くなる。その後、朝日が昇るのと同時に部屋を訪れたドラコに抱き締められるまで、三人はゆっくりとティータイムを楽しんで過ごした。
41/45