17.一年の終わり
勢い良くドアが開かれ、けれどそのドアを開けた張本人はまるで全身金縛り魔法をかけられたように固まっている。早過ぎる時間のせいなのか、開けられたドアから見える廊下には通り過ぎる生徒達の姿はない。

「ドラコ、そんな所に立っていないでこっちへ来なさい」
「──ドラコ?」

ルシウスが声をかけてもドラコは立ち尽くしたままだ。続いてレイラがその名を呼ぶと、彼はじわじわと顔を歪めていった。泣き虫なレイラと一緒に育ったドラコも同じように泣き虫だ。それでも必死に泣くのを耐えようとする兄の姿に、胸が愛しさでいっぱいになる。
レイラは両手を広げもう一度ドラコの名を呼んだ。するとすぐに視界が清潔なシャツで埋まり、頭上から震えるようなドラコの声が降ってきた。

「……っ、もう、このまま目を覚まさないかと思った」
「んん、ドラコ、苦しいわ」

頭を強く抱き込められたレイラが抗議するように背中をぽんぽん叩くと、少しだけ力が緩められて呼吸ができるようになる。けれど離してはくれないようで、レイラはドラコの低い体温と甘いジャスミンの香りに包まれたままだ。

「だからあんな奴らといると危険に…………、違う、今のは、忘れてくれ」

いつものようにお説教が続くのかと思ったら、不自然に言葉が途切れてレイラを抱き締める腕の力も弱くなる。不思議に思って顔を上げると、目に涙を溜めて眉間に深い皺を刻んだドラコがいた。

「……レイラが誰といても、もう文句は言わない。レイラが好きな奴らと一緒に行動すればいい。だから、だから、もうこんなふうに心配させないでくれ…お願いだから……」
「ドラコ……」
「レイラと喧嘩したまま、もう二度と話せなくなるのかと思ったんだ……」

ドラコの薄いグレーの瞳から、涙が零れた。それでも彼は泣くのを堪えるようとした顔のまま、いつもより少しだけ強い力でレイラの両頬を包む。
そんな子供達の姿を見て、ルシウスとナルシッサが楽しそうに笑った。

「すぐに泣くのは相変わらずだな」
「レイラがグリフィンドールの子とばかり仲良くしているのが嫌だったんですって。うるさく言い過ぎちゃったって、ずっと泣いていたのよ」
「父上!母上!!」

声を荒らげるドラコの耳は真っ赤に染まっている。
そこでようやく、そういえばドラコと喧嘩をしていたのだと思い出した。友達のことを悪く言われるのは嫌だ。でも、ドラコと喋れなくなるのはもっと嫌だ。レイラは笑みを浮かべてドラコの体へ腕を回し、そのまま強く抱き寄せた。医務室のあまり柔らかくないベッドが、二人分の体重に耐えきれずにぎしりと鈍い音を立てる。

「うわぁっ!?」
「ふふ、ドラコ大好きよ」

突然傾いた体に驚き、声を上げながら倒れるドラコをぎゅうっと抱き締める。華奢なレイラの体の上にのしかかるドラコの体も、小柄な体格のままに軽い。

「ハーマイオニー達も好きよ?でも、ドラコはもっと好きなの。だから、ドラコと喧嘩してお喋りできなくなるのは嫌」
「あぁ、僕もまたあんなふうにレイラと喋れなくなるのは嫌だ。レイラがあいつらと話しててもうるさく言わない、だから……許してくれる?」
「もちろんよ!……私も、酷いこと言ってごめんね?」

ドラコが小さく首を振ると、綺麗に整えられたプラチナブロンドの髪が少しだけ崩れる。それを撫で付けるように直してあげ、ドラコの手で体を起こされた。



昼前にルシウスとナルシッサは帰っていった。
二人は迎えに来たセブルスに最終日までホグワーツに残りたいと訴えたが、三日間の滞在が許されたのもレイラが危険かもしれないからという温情措置だったようで、その訴えはあっさり却下された。二人を見送る為にドラコも部屋を出ていき、一人になったレイラはそっとベッドから抜け出した。

廊下へ続くドアではなく、隣の医務室へと続くドアを開ける。ドアが開く音に顔を上げたマダム・ポンフリーは腕に抱えたリネンを机に置き、慌てて駆け寄ってくる。

「どうしました?何かありましたか?」

どうやらレイラが体調に異変をきたして呼びに来たと思ったらしい。レイラは慌てて首を振った。

「あ、違うんです、えっとえっと!ハリーってもう退院しちゃいました?」

ダンブルドアがハリーは数時間前に目を覚ましたと言っていたから、もしかしたらまだここにいるかもしれないと思ったのだ。案の定ハリーはまだ退院していなかったらしく、一つだけ盛り上がったベッドは彼が寝ているものだった。

ハリーはスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていて、起こしてしまうのもしのびないと思い、レイラはしばらくの間椅子に座ってその寝顔を見つめていた。それから程なくして閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。ぼんやりしていた綺麗なグリーンの瞳はレイラの姿を認識するとぱちりと開き、ハリーは飛び起きた。

「レイラ!!」
「しーっ!静かにしないとマダムに怒られちゃう」

少し離れた場所からマダム・ポンフリーの鋭い視線が飛んできて、ハリーも慌てて口をおさえる。

「レイラはまだ目が覚めないって……いつ起きたの?」
「ちょっと前よ。ハリーはもう大丈夫なの?」
「うん、僕はもうすっかり元気!」

ハリーがにっこり笑って頷いたのを見て、レイラも笑い返した。本当によかった。

「そうだ、あの日ハリー達に何があったのか知りたいの。なんであの部屋に来たの?」

魔法史の試験が終わった後、レイラはハリー達と合流することなくセブルスに会いに行ってクィレルに連れ去られた。ハリー達の行動についてはまったく把握できていない。そんなレイラに、ハリーはあの日の出来事を教えてくれた。

ハグリッドにドラゴンの卵を譲った人間が石を狙っている犯人ではないかと気付いて話を聞きに行き、ハグリッドはその相手にフラッフィーの手懐け方を教えてしまっていたことがわかった。フラッフィーの突破法が知られてしまったと気付いたハリー達は、ダンブルドアに全てを話そうと姿を探したが、彼は魔法省からの緊急便でロンドンへと発った後だったらしい。

ダンブルドアがホグワーツからいなくなった今、セブルスが石を盗む計画を実行に移すはずだと考えたハリー達は、それを阻止する為に透明マントを使って夜中に寮を抜け出した。

フラッフィーをくぐり抜け、悪魔の罠を突破し、空飛ぶ鍵を捕まえて鍵を開け、巨大な魔法界のチェスを勝ち抜いた。ロンはそのチェスを勝つ為に犠牲になり、次の部屋へはハリーとハーマイオニーの二人で進むことになったらしい。
チェスの次はトロールだったが、トロールは既に倒された後でそのまま通り過ぎることができた。

次の部屋には薬の入った小瓶が七つ並び、そのうちの一つは次の部屋へ進めるように、一つは前の部屋へ戻れるような薬が入っていて、論理問題を解くとそれがわかるというものだった。それを見事にハーマイオニーが解き、ハーマイオニーが前の部屋へ戻ってロンと合流してダンブルドアへの手紙を送ることに、そしてハリーが次の部屋へ進んだ。

ハリーが次に進んだその部屋というのが最後の部屋だったらしく、椅子に縛られたレイラとクィレルの所へ現れたというわけだ。
自分が気絶して連れ去られている間、ハリー達がどんなに危険な試練を乗り越えていたのかを知り、レイラは心配と安堵が入り混じったような表情を浮かべた。

レイラが気を失った後、ハリーは無事にクィレルより先に賢者の石を手に入れることに成功したという。あの鏡には「石を使いたい者ではなく、石を見つけたい者だけがそれを手に入れることができる」という仕掛けが施されていたらしい。

石を手に入れたハリーはクィレルの後頭部に寄生したヴォルデモートと会話をし、自分の側に来いと誘われたがキッパリと断った。

「その後クィレルが僕を押さえようとしたんだけど、僕に触ったらクィレルの手がボロボロに崩れたんだ」
「崩れるって…なんで?」
「えっと、なんだったかな……ダンブルドアが言うには、僕の母さんが僕を守る為に死んだから、母さんの守る力が僕に残っているんだって。だからヴォルデモートと魂を分け合うような奴には触ることができないみたい」

その言葉を聞き、ダンブルドアに言われた言葉を思い出す。レイラを守っているものも、それと同じなのだろうか。

クィレルの体が崩れ落ち、ハリーもそのまま気を失ってしまい、昨日目を覚ましてからダンブルドアと話をした。ダンブルドアからの説明はレイラが聞いたのとほとんど同じだった。
その後ロンとハーマイオニーがお見舞いに来て、分かれた後のお互いの話を教え合い、もう一度眠って今に至るというわけだ。

ハリーの凄まじい冒険譚が終わると、今度はレイラがハリーに話を聞かせる番だった。と言ってもレイラの方はあまり話せることがない。

セブルスが犯人じゃないと信じたくて全てを打ち明けに行き、その帰り道で気絶させられた。目を覚ますとあの部屋にいて、よくわからない話をしているうちにハリーが現れ、そのまま気絶したのだ。あの時の会話と不思議な青年のことは、やっぱり言うことはできなかった。

「どうしてレイラは連れ去られたの?」
「うーん…私もよく分からないの。ダンブルドアも教えてくれなかったし。ただ、『あの人』が私を必要としているから、みたいなことをクィレルが言っていたの」
「レイラを必要としている?…どういうことだろう」
「わからないわ」

ハリーとレイラはしばらく考えてみたが、答えは見つかりそうになかった。
二人のお喋りはマダム・ポンフリーの「いい加減ベッドに戻りなさい!」と言う言葉によって切り上げられた。ハリーは「どうしてレイラは別室なの?」と不思議がっていたが、それに答える前にマダムに部屋へと押し戻されてしまった。

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