17.一年の終わり
あっという間に残りの日々は過ぎ、家へ帰る日がやってきた。レイラは荷物を纏める為に寮の自室へ戻り、散らばっていた荷物をトランクに押し込んでいく。ハーマイオニーはもうとっくに荷造りを済ませていたようで「まだ終わらせてないのはレイラだけよ」と笑われてしまった。

レイラは「私も医務室にいなければ昨日できたのに!」と口を尖らせながらワンピースの上に本を放り投げた。一人部屋だからといって荷物を広げ過ぎたと後悔するが、後悔先に立たずだ。
適当に詰め込んだら後が大変だとはわかっているが、そんなことを言っている余裕はない。ベッドの上に散らばる本やアクセサリーの山を見て、やっぱり意地を張らずにハーマイオニーに手伝ってもらえばよかったと眉を下げた。
一年経ってもあいかわらず荷物の整理は苦手なままだった。

なんとか無事に荷物を詰め終わり、トランクを手に玄関ホールへ向かう。こんな時、グリフィンドール寮が一階にあればいいのにと思わずにはいられない。むしろホグワーツ内でも姿現しが出来ればいいのだ。まだレイラは姿現しを許される年齢ではないけれど。

「重たいだろう?荷物持つよ」
「セドリック、どうしてここに?」
「先生に借りてた本を返しにいってたんだ。ほら、貸して」

セドリックはそう言いながらレイラの手からトランクを取り上げた。魔法がかけられているおかげで重くはないが、大きなトランクを持って階段を下りるのに苦労していたレイラは素直にセドリックの好意に甘えることにした。
ところがレイラの手から荷物を受け取ったセドリックは何故か歩き出そうとしない。不思議に思い見上げると、セドリックは沈んだ面持ちで俯いていた。

「セドリック?」
「……ごめん、」

突然の謝罪の言葉に首を傾げる。謝られる意味がわからない。

「レイラが危険な目にあったって聞いて……僕が無責任なことを言ったせいだ。本当に、ごめん」

イースター休暇の時の会話のことを言っているのだと気付き、レイラは慌てて首を振った。セドリックが謝るようなことは何も無いのだ。

「違うわ!あの時私が疑っていた人は、犯人じゃなかったの。悪いことなんて企んでなかったのよ」
「……そう、なの?」
「むしろ私を守ってくれていたの。私が大好きな人なんだから悪い人じゃないって……セドリックが言ってくれた通りだったの」

セドリックの手からトランクを取って床に置き、その大きな手を両手でぎゅっと包んだ。ありがとうの気持ちを伝えたい。

「それにね、セドリックのおかげでごめんなさいって言えたの。疑ってごめんねって、ちゃんと言えたの……褒めてくれる?」

ぎゅっと握ったまま窺うように上目遣いにセドリックを見上げると、セドリックはその優しい灰色の瞳を細めて笑ってくれた。

「うん、ちゃんと謝れてレイラは偉いよ」
「えへへ……セドリックのおかげなのよ」
「僕の?」
「そう、セドリックが勇気をわけてくれたから」

「僕は何もしていないよ?」と不思議そうにするセドリックを見上げてくすくす笑う。その顔があまりにも可愛く見えたから、しばらく勇気をくれた飴玉のことは内緒にしていようと思った。別に隠す必要はないが、もう少しその不思議そうな顔を見ていたかった。


上機嫌で歩き出したレイラをあいかわらず不思議そうに見ていたが、そのままセドリックも並んで歩き出す。二人は他愛もないことを話しながら校内を歩いた。

「試験はどうだった?」
「思ったよりすごくいい成績だったの!きっと勉強会のおかげよ。セドリックは?」
「僕もそれなり、かな。レイラに教えることで基礎の復習ができたからだと思うんだ」

きっとそんなことは関係ないだろうに、どこまでも優しいセドリックにレイラはにっこりと微笑み返した。
二階まで下りると、玄関ホールの賑やかな声が聞こえてくるようになった。おそらく玄関ホールは生徒でごった返している。ちゃんとハリー達を見つけられるだろうかと考えていると、突然セドリックが立ち止まった。

「セドリック?どうした──…っ」

レイラの言葉は、温かな腕に抱き締められたことで途切れた。セドリックの胸元に顔を埋めたままきょとりとするレイラを抱き締める腕の強さが増す。
トクトクと聞こえてくる心臓の音はセドリックのものだろうか。高い体温も少し早い心臓の音も、やっぱりドラコやセブルスとは違って、なんだか不思議になる。

「……レイラが無事で、よかった…」

抱き締められたまま告げられた言葉に目を見開く。まさかこんなに心配してくれていたとは思わなかった。ただの先輩後輩じゃなくて、大切な友達だと思ってくれているのだろうかと嬉しくなる。

「心配してくれてありがとう。私、セドリックのこと大好きよ」
「……っ、」

私も同じように思っているよと伝えたくて素直に好意を口にすると、抱き締める腕の力が弱まった。ゆるく抱き締めたまま、セドリックの顔が近付く。瞬きの音すら聞こえそうな距離でレイラはにっこり笑った。

「セドリックと友達になれてよかった」
「……レイラ、」
「なぁに?」

セドリックの灰色の瞳の中にぱちくりと瞬きする自分の姿が写っているのが見える。すると、まるで壊れやすい物に触れるような手付きでセドリックの手がレイラの頬に添えられた。慰めてもらったあの時以来の手のひらは、やっぱり温かくて心地良い。

「……僕もレイラのことが大好きだよ。僕は──」
「きゃっ!!」
「何?……っ!あわわ!!ご、ごめんなさい…!!」
「お邪魔してごめんなさい!あの、私達のことは気にしないで、どうぞ続けて…!!」

セドリックの言葉は可愛らしい悲鳴で遮られた。レイラが顔を上げると、レイブンクローのネクタイを締めた三人の女子生徒が真っ赤な顔で立っていた。彼女達は早口で捲し立て、きゃーきゃー悲鳴を上げながらあっという間にその場を立ち去ってしまった。

取り残されたレイラは呆気にとられて彼女達が消えた方を見つめていた。いったいなんだったのだろう。

「ごめん、あの……ああ、もう……っ本当に、ごめん」
「セドリック?」
「ごめん、気にしないで」

セドリックの顔は彼女達の赤面が伝染ったように真っ赤に染まっている。訳がわからず頭にクエスチョンマークを飛ばすレイラに「夏休み、楽しんでね!」とだけ告げて、セドリックはそのまま廊下を曲がっていなくなってしまった。そっちは玄関ホールとは逆方向だ。

「セドリックもおかしくなっちゃった…?」

レイラはしばらくその場に立ち尽くしていたが、いつまでもこうしているわけにもいかない。床に置かれたままのトランクを持ち上げ、一人で玄関ホールへと向かった。


クリスマス休暇の時とは違い、駅までは入学の時と同じようにボートで向かった。ホグワーツ特急ではハリー、ハーマイオニー、ロンと同じコンパートメントで過ごしたが、車内販売が来てしばらく経った頃、レイラは立ち上がりながらポシェットを肩にかけ直した。今回の帰り道は、半分はハリー達と過ごし、残りの半分はドラコ達と過ごすと決めている。

「それじゃあ、私はそろそろドラコ達の方に行くわね」
「やっぱり行っちゃうの?最後までここにいればいいのに」

そんなことを言われると、残ってしまいたくなる。
けれど約束を破るわけにはいかない。

「また九月に会えるの楽しみにしてるわ」
「その前に夏休みに遊びましょう?新しい教科書を買いに行く時、一緒に行かない?」
「行く!」

即答したレイラにハーマイオニーが笑う。
それを見て、ロンも蛙チョコレートの箱を開けながら口を開いた。

「ハリーもハーマイオニーも、それからレイラも。夏休み、家に泊まりにおいでよ」
「いいの?お邪魔じゃないかしら?」
「んー、僕の家はあんまり広くないんだけど、それでも良ければ問題ないと思うよ」
「行く!絶対行くわ!私お泊まりって初めて!!」

レイラが興奮してぴょんぴょん飛び跳ねた拍子に、座席から百味ビーンズの箱が落ちてしまった。それを拾い、三人にふくろう便を送る約束をしてからレイラはコンパートメントを後にした。

友達との買い物もお泊まりも初めてだ。興奮に心踊らせながら歩いていたレイラだったが、落ち着きを取り戻すにつれて段々不安になってきた。クリスマス休暇の時に買い物に行くことは許されなかった。もしかしたら今回もだめかもしれない。
……いや、弱気になってはだめだ。心からお願いすれば、ルシウス達も許してくれるかもしれない。

ドラコ達は先頭車両に近いコンパートメントにいた。
隣においでよと腕を広げるザビニにわざとらしく眉を顰めてみせ、ドラコの隣に腰を下ろす。コンパートメントにいるメンバーはドラコ、ザビニ、ノット、パンジーだ。
前回レイラが「女の子と一緒がいい」と不貞腐れたことを覚えていてくれたようで、パンジーを誘ってくれたらしい。ドラコがクラッブとゴイルは隣のコンパートメントでお菓子に夢中だと笑った。

パンジーが持ってきた雑誌を広げてザビニと三人でオシャレ話に花を咲かせていると、列車はあっという間にキングス・クロス駅に到着した。
一度に大量のホグワーツ生が飛び出してマグルを驚かさないようにと、ホームへは順番に出ていくことになっている。
レイラ達は運良く早い順番で出ることができたが、最後の方だといつ帰れるのかわかったものではない。ゲートを抜け、マグルで溢れるホームへ降り立つ。

マグルの中にちらほら魔法使いらしい服装の大人が混ざっている。ドラコと手を繋ぎながら歩いていたレイラは「あっ!」と声を上げて立ち止まった。

「どうした?」
「さっきハーマイオニーに借りた手鏡、持ってきちゃったわ!今ならまだ間に合うかもしれない……ちょっと待ってて!」
「え!?ちょっとレイラ!!」
「すぐ戻るからー!!」

ドラコの制止の声を振り切り、人混みの中をゲートの方へ戻るように進む。ゲートを潜る順番は先頭のコンパートメントから後ろへ続いている。ハーマイオニー達のコンパートメントは後方車両にあったから、まだ九と四分の三番線ホームにいるかもしれない。

だが、人の流れに逆らって進むのはなかなか骨が折れることだった。いくら歩いても歩いても全然ゲートへ近付けない。くたくたになってしまったレイラがもう諦めて戻ろうかと振り返ると、思い切り誰かにぶつかってしまった。

「きゃっ」
「おっと──すまないね、大丈夫かい?」
「大丈夫です。ぶつかってしまってごめんなさい」

ぶつかった拍子にふらついて転びそうになったレイラの手を引いて立たせてくれたのは、細身の中年男性だった。独特のちぐはぐな服装からこの人が魔法使いだろうと見当をつける。おそらくホグワーツの生徒を迎えにきた保護者だろう。

ぶつかった謝罪と助けてくれたお礼を口にするレイラを見下ろした男性の青い瞳が見開かれている。まるで信じられないものを見たとでもいうようなその表情に、レイラは眉を寄せた。

「あの?どうかされました?」
「…君は……」
「レイラ!」

突然腕を後ろに引かれ、レイラはそのままひっくり返るかと思った。だがそんなことはなくて、レイラの体は華やかな香りの体に抱き寄せられていた。その体勢のままレイラは喜びの声を上げた。

「お父様!迎えにきてくれたの?」
「一人ではぐれるんじゃない。ドラコが心配していたぞ」
「ルシウス?どういうことだ、君が……彼女は?」

男性は困惑した表情でルシウスの名を呼んだ。
「お父様のお知り合い?」と尋ねるレイラを隠すように、ルシウスが男性との間に立ちはだかる。レイラからはルシウスの大きな背中しか見えなくなってしまった。

「君には関係のないことだ」
「だが彼女は」
「黙れ、ウィーズリー。──さあ、レイラ。向こうでナルシッサとドラコが待っている。早く行こう」
「ルシウス…!」

レイラの体を隠すようにしたまま、ルシウスは男性に背を向けて歩き出した。後ろから男性が呼ぶ声が聞こえてくるが、ルシウスは振り返ることすらしない。
そんな父親の態度にレイラは首を傾げながら歩く。

「あの人、ウィーズリーって言うの?私のお友達にもウィーズリーがいるのよ」
「…………」

ルシウスは答えない。険しい表情で足早に進んでいく。いつもはレイラの歩く速度に合わせてくれるのに……いつもと様子の違うルシウスのことが気になったが、人混みから離れた場所に立つドラコとナルシッサの姿を見つけると、レイラはルシウスの手を引くように駆け出した。

「ただいまっ!」

レイラにとって新しいことだらけの一年が終わり、大好きな家族と過ごす夏が始まる。


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