04.授業開始
組分け儀式の翌日、レイラはハーマイオニーの声で目を覚ました。
きっちりと新品の制服に身を包んだ彼女は、まるで身体中からみなぎるエネルギーを発してるみたいに活き活きしている。何度もかけられる声から逃げるように毛布に潜り込んでいたレイラだったが「初日から遅刻したら大変でしょ!」という声には逆らえず、渋々と体を起こした。

なにか、胸が苦しくなるようなひどく悲しい夢を見た気がする。
夢の内容を思い出そうとするが、靄が晴れていくように記憶が散り散りになってしまい、結局何も思い出す事ができなかった。

「ほら、いつまでもぼーっとしてないで早く着替えなきゃ」
「……そういえばなんでハーマイオニーここにいるの?」

促されるままに着替え始めたレイラはふと疑問に思ってハーマイオニーを見上げた。部屋にはベッドは一つしかない。つまり一人部屋なのだろう。
きょとんと首を傾げるレイラにハーマイオニーは呆れたようにぐるりと目を回してみせた。

「あなたもしかして昨日のこと覚えてないの?」
「昨日?」

そう言われて考えてみるが、組分けの儀式が終わって食事を楽しみ始めて……途中から記憶が曖昧だ。

「あなた食事の途中で寝ちゃったのよ。寮まで運んでくれたウィーズリーの双子にはちゃんとお礼言っておきなさいよ」

なるほど。どうりで寮まで向かった記憶がないわけだ。

「女子寮には男の子が入れないようになってるから、ここまでは私が連れてきたんだけど……あなた一人部屋なのよね」
「……?」
「基本的に女子寮は二人部屋か三人部屋みたいなの。レイラもそうなら同室の子に任せられるんだけど、あなた何故か一人部屋でしょう?起きられなかったら大変だと思って」
「心配してくれたの?ふふ、ありがとう!」
「どういたしまして。明日からはちゃんと一人で起きられる?」
「うーん……朝はいつもドラコに起こしてもらってたから一人で起きたことがないんだけど……でもきっと大丈夫よ」

レイラはネクタイと格闘しながらまったく安心できないことを言って笑う。どうしてこんな手のかかる子を一人部屋にしたのか、ハーマイオニーは部屋割りを考えた人間に物申したい気持ちになった。

「貸して。ネクタイはこうやって結ぶと簡単にできるわ」
「わぁ…!ハーマイオニー器用ね!」
「覚えちゃえば簡単よ。レイラも自分で結べるようになってね」
「うん、がんばる」

綺麗な結び目に感心している間にハーマイオニーはレイラの荷物から櫛を取り出し、髪を整えてくれる。明日からはこれを全部自分一人でやらなくてはいけないのだ。
レイラの準備が終わると鞄の中に今日の授業で使う教科書がちゃんと入っているか確認して、二人は大広間へ向かった。



大広間へ続く大理石の階段を下りると、レイラの名前を呼ぶ声が響いた。
振り向かなくてもそれが誰なのかわかる。生まれてからずっと聞き続けていた、大好きな片割れの声なのだから。

「レイラ!」
「……ドラコ」

思わず顔がこわばる。昨日組分けの後、ドラコと顔を合わせる機会がなくてそのままだった。
レイラは「ドラコと話したいから先にご飯食べてて」とハーマイオニーを大広間に送り出し、大好きな兄と向き合った。
スリザリンに入れないような人間なんて妹じゃないと縁を切られるかもしれない。最悪のパターンを想定するとお腹がきりきりと痛んだ。ドラコは形の良い眉を下げ、心配そうにレイラの瞳を見つめる。

「、ドラコ……あのね、ごめんね、一緒にスリザリンに入ろうって、話してたのに……」

お腹が悲しくて苦しくて吐きそうだ。
ドラコは言葉を詰まらせながら謝るレイラの透き通るように白い手に触れた。普段から体温の低い指先がいつもより冷たく感じて、たまらなくなる。

「レイラが謝る必要なんてないよ!きっとあのオンボロ帽子がイカれてたんだ。そうだ、父上に手紙を書いて学校に抗議してもらおう!」
「……ドラコ、私のこと嫌いになってないの?スリザリンに選ばれなくても嫌いにならないの?」
「僕がレイラを嫌いになるなんてあるわけないだろう!!どこの寮に入ったってレイラは僕の大切な妹だ。立派なマルフォイ家の、レイラ・マルフォイだ」
「、ドラコ……っ」

堪えきれずに溢れた涙を拭うこともせずドラコの体にぎゅっと手を回すと、ドラコは優しく抱き締め返した。
いつも私のことを守ってくれる、優しくて大好きなドラコ。ドラコがそう言ってくれるなら、もしもマルフォイ家の家系図から存在を抹消されたとしても耐えられるような気がする。
けれど翌日レイラのこの悲愴な決意は必要ないものだと言うことがわかった。


──────────────

愛する我が娘レイラへ

お前の組分けについて学校に抗議したが、一度決まった組分けを覆すことはできないらしい。レイラがスリザリンへ入れなかったことは残念だが、どこの寮だろうとお前は私の大切な娘だ。

何か困ったことがあったらすぐにドラコか私に知らせること。セブルスも力になってくれるだろう。
それから、レイラが落ち込んでいるんじゃないかとひどく心配しているから、ナルシッサに手紙を書いてやってくれ。
私もお前が毎日泣いていないか心配だ。


ルシウス・マルフォイ
───────

手紙のどこを見てもスリザリンへ入れなかった娘を罵倒するような言葉は書かれていない。どこまでも愛情深く優しい両親に今すぐ抱きつきたい衝動を抑えつけ、その代わりに大好きな気持ちをたっぷり込めた手紙を送った。



グリフィンドールに組分けされたことで憂いていた気持ちが取り除かれても、すぐに心安らかな生活を送れるというわけにはいかなかった。ホグワーツでの生活はもちろん、授業が想像以上に大変なものだったからだ。

城の裏にある温室で行われる薬草学はすぐにレイラのお気に入りになった。
不思議な植物を取り扱う薬草学は、魔法薬学と密接に関係している。セブルスが読んでいる本で見たことがある植物について詳しく学ぶのは楽しかった。

けれど魔法史と天文学は得意になれる気がしなかった。
この二教科は授業の内容以前の問題だ。授業中、起きていられないのだ。
魔法史のビンズ先生はゴーストで、何故かレイラは先生の姿を見ることができなかった。最初は教科書だけが宙に浮いて見えるのを面白がっていたが、教科書を読み上げる先生の一本調子な喋り方はどんな子守唄よりも強力に眠りを誘う。最初の授業の日レイラは数分で深く眠り込んでしまった。

天文学は授業が行われる時間が悪い。
真夜中にホグワーツの一番高い塔に登り、星の動きを計算したり惑星の名前を覚えたりしなくてはならないのだ。
夕食後しばらくすると談話室の肘掛け椅子で眠ってしまうレイラにとって、日付けが変わるような時間に行われる天文学の授業は嫌がらせでしかない。

呪文学のフリットウィック先生はとても小さな魔法使いで、何冊も本を積み上げた上に立って授業を行う。呪文の基礎をある程度学んだら実際に杖を振りますという先生の言葉に生徒達は喜びの声を上げた。


変身術はマクゴナガルの厳しい言葉から始まった。

「変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度とクラスには入れません。はじめから警告しておきます」

先生が杖を振って机を豚に変えるのをレイラは目を輝かせて見つめた。いつか自分にもあんなことができるようになるのかもしれない、そんなことを考えるだけで胸が高鳴る。
複雑なノートを取り終わった後、その第一歩としてマッチ棒を針に変える練習が始まった。

レイラは最初の一振りでマッチ棒の先端を鋭く尖らせることに成功した。そのままうまくいくと思ったのだが、どういうわけか杖を振るたびにマッチ棒は銀色に色付きながら細くなっていき、ぐちゃぐちゃに捻れて絡まっていく。
最終的にマッチ棒だったものは針金をぐちゃぐちゃに丸めた物体になってしまった。
マクゴナガルのような高度な変身術を使えるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

「惜しいところまでいってると思うんだけど……」

ハーマイオニーは途方に暮れた様子で自分の手元を睨み付けている。見ると、ついさっきまでマッチ棒だったものはお尻の部分が赤く丸いが、ほぼ針といえるものに変わっていた。

「すごーい!後少しじゃない!」

レイラは興奮して言ったが、ハーマイオニーは頬を膨らませたままだ。

「こんなの針じゃないわ」
「少なくとも私のものよりはるかに針らしいと思うけど」

口をへの字に曲げるレイラの視線の先を見て、ハーマイオニーはなんとも言えない顔で肩を竦めた。
マッチ棒のままではないが、針とは言えない。
二人がそんなやり取りをしていると、マクゴナガルがレイラ達の机の前で立ち止まりハーマイオニーの針もどきに目を止めた。

「おやまぁ、後少しじゃありませんか。もう一度やってご覧なさい」
「は、はい」

先生に言われてハーマイオニーは慌てて杖を振り上げた。
しかし針もどきは先端部を更に鋭く尖らせただけで、針にはならない。

「手首をもう少し曲げて。こうです」

先生の手の動きを見てもう一度杖を振る。
すると針もどきは完璧な針に変わった。

「よくやりましたね。皆さん、ミス・グレンジャーが見事な針に変えてみせました」

先生がそう言うとクラス中の視線が集まり、ハーマイオニー頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。
マクゴナガルはハーマイオニーの変えた針がいかに鋭く、いかに銀色で素晴らしいものになったかと褒めそやし、最後に微笑みながらグリフィンドールに五点くれた。
「やったね!」とハーマイオニーに笑いかけるレイラの手元を見たマクゴナガルの顔が固まる。

「…………ミス・マルフォイ、これは……。いえ、確かにどう見ても針ではありませんが、むしろここまで変化させることができるのは素晴らしいことです」

てっきり厳しい事を言われるのかと思ったのに、思いがけず優しい言葉をかけられてレイラは目を瞬かせた。
マクゴナガルは新しいマッチ棒を持ってきてもう一度やってみるように指示する。先ほどハーマイオニーが指導されていた時の手の動きを思い出しながら杖を振ると、マッチ棒はまるで鉄アレイのように太く大きくなってしまった。
その後もマクゴナガルのアドバイスを受けながら何度も挑戦したが、結局授業が終わるまでにマッチ棒を針に変えることはできなかった。

闇の魔術に対する防衛術の授業の教室に入った瞬間、レイラは室内に充満するにんにくの匂いに思わずうめき声を上げた。呼吸をすることさえ苦痛なほどの悪臭に耐えられず、鼻をつまみながら顔を顰める。
そんな状態でまともに授業を受けられる訳もなくて、防衛術の授業中は机に伏せて過ごすことにした。

慣れない環境で授業をこなし、迷路のような校舎と格闘しているうちにあっという間に一週間が過ぎた。
金曜日の朝、レイラがハーマイオニーの隣でキャロットジュースの入ったゴブレットを握りしめたままぼーっとしていると、ハリーとロンが声を弾ませて向かいの席に座った。

「おはよう!──君、起きてる?」
「んー、おきてるわ……二人とも嬉しそう、何かあったの?」
「聞いてよレイラ!なんと今日は一度も迷わずに大広間まで来れたんだ!初めてだよ!」
「すごーい!」

ハリーは嬉しそうに笑ってベイクドビーンズを大皿から取り分ける。レイラは入学してからの一週間、毎朝起こしにきてくれるハーマイオニーに連れられてここまで来ているから、きっと一人じゃ迷わず辿り着くことはできないだろう。

「レイラは今日も野菜ジュースだけ?」
「だって朝はあんまり食べる気分じゃないんだもの」

首を振るレイラを見てハリーは笑いながらトーストに手を伸ばした。昔から朝食はほとんど食べない。マルフォイ家では毎朝家族で食卓を囲むが、レイラは紅茶を飲んだり時々ヨーグルトを口にするくらいだ。

「でもちゃんと食べないと倒れてしまうわ」
「食べてるよ?ほら、今日は人参のジュースなの」
「それは食べてるんじゃなくて飲んでるって言うの!」

眉を吊り上げるハーマイオニーに肩をすくめた時、ふくろう便の時間がやってきた。何百羽ものふくろうが大広間の中を飛び回り、運んできた手紙や小包を届けていく。
レイラのところにも見知らぬふくろうが小包を運んできた。皿の上のベーコンを摘んであげるとふくろうは嬉しそうにレイラの指を甘噛みして帰っていった。
飾りっけのないシンプルな小包には差出人の名前は書かれていない。誰からだろう?

首を傾げながら包みを開くと、中身は小瓶に詰められた金平糖と羊皮紙の切れ端だった。そこにはたった一言だけ。
『食べなさい』
見覚えのある小さめの細やかな文字で書かれた素っ気ない言葉にレイラは顔をほころばせた。差出人の名前が書いていなくても、少し癖のある文字で贈り主が誰なのかすぐにわかる。

先生達が座る上座のテーブルで朝食をとるセブルスを見つめていると、ふいにその黒い瞳がこちらを向いた。声を出さず「ありがとう」と口を動かしたレイラに眉を上げて見せるとまたすぐに食事に戻ってしまう。
口に含んだ金平糖はそんな彼の不器用な優しさを伝えるような幸せな甘さだった。

レイラが金平糖を舌の上で転がしていると、ハリーから「今日の午後、ハグリッドの所に行かない?」と誘われた。

「ハグリッドってだぁれ?」
「ホグワーツの森の番人だよ。ほら、駅から学校まで引率してくれた人がいたでしょ?」

ハリーの言葉を聞き、駅で見た巨人のような大男の姿を思い出す。

「あの大きい人がハグリッド?ハリーのお友達なの?」
「うん、ホグワーツからの手紙を届けてくれたり、一緒にダイアゴン横丁で学用品買うの手伝ってくれたんだ」

ハリーは友達≠ニいう言葉に嬉しそうにはにかんだ。もじゃもじゃの髭でおおわれた恐ろしい風貌からイメージするような凶暴な人物ではなさそうだ。

「今日は午後の授業がないから、ハグリッドがお茶でもしませんかって誘ってくれたんだ」
「私も行ってもいいの?」
「もちろんだよ。ね、ロン」
「あー……んんん、うーん」

ロンは唸りながら眉間に皺を寄せる。この一週間で感じたことだが、どうやらロンからはあまり好かれていないようだ。ハリーは色々話しかけてきたり授業で隣に座ったりしてくれるが、その隣にいる彼の表情はいつも不満そうだ。

「私なにかしちゃったのかな?」と眉を下げるレイラにフレッドとジョージは「ロニー坊やはちょっと頭が固いんだ」「放っておけばそのうち何ともなくなるさ」と笑っていた。
ロンの兄の言葉を信じて気にしないようにしているが、それでもこうしてあからさまに歓迎していない態度を取られると気分が悪い。レイラは口を尖らせ、ロンを無視することにした。

「ありがとう。それじゃあ一緒にお邪魔させてもらうわ」

にっこり笑ったレイラにハリーは嬉しそうに笑い、ロンはさらに眉間の皺を深くさせた。

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