05.穢れた血
ハグリッドの小屋まで後少しという所まで来た時、小屋のドアが開いた。「ハグリッド!」と声をかけようとしたレイラは中から出てきた薄い藤色のローブを見て口を噤んだ。

「早く、こっちに隠れて!」

ハリーは横の茂みにロンを引っ張り込みながら囁いた。レイラも素直にそれに従い、ハグリッドの小屋から出てきたロックハートから隠れた。一番最初の授業以降、レイラの中でロックハートに対する好感度は下がり続けている。

ロックハートは相変わらず優雅な仕草でハグリッドに何か言っているが、それを聞くハグリッドの表情は不機嫌そうだ。ロックハートがいなくなったのを確認してから四人は小屋のドアを叩いた。
すぐに出てきたハグリッドはむっつりした顔だったが、客がハリー達だと分かると途端に笑顔になった。

「いつくるんか、いつくるんかと待っとったぞ。さあ、入った、入った」

そう言えばハリー達三人は今日ハグリッドの小屋に行く約束をしていると言っていた。レイラはスリザリンの練習が何時までやるのかわからなかったから断っていたが。
小屋に入り、ハリーがロンを椅子に座らせながら手短に事情を説明するのを聞きながら、レイラは飛びついてきたファングを撫で回して床に座り込んだ。

「出てこんよりは出た方がええ。ロン、みんな吐いっちまえ」

ハグリッドは大きな銅の洗面器をロンの前に置いて朗らかに言った。どうやら自然に止まるのを待つしかないようだ。ファングが今度はハリーに飛びかかったので、レイラはハグリッドがお茶の用意をするのを見ながら椅子に腰を下ろした。

「ねぇハグリッド、ロックハートは何の用だったの?」
「井戸の中から水魔を追っ払う方法を俺に教えようとしてな」

ハリーの問いに答えるハグリッドの声は低い。ハグリッドはロックハートの事が嫌いらしい。しばらくロックハートへの批判を並べていたが、話題を変えるように頭を振り、洗面器を抱え込むロンを指した。

「ところで、やっこさんは誰に呪いをかけるつもりだったんか?」
「マルフォイだよ。あいつ、ハーマイオニーのことをなんとかって呼んだんだ。よく分からないけど、物凄く酷い悪口なんだと思う。だってみんなカンカンだったもの」

ハリーがレイラを気遣うようにちらちら見ながら答えた。マグルの世界で育ったハリーとハーマイオニーは穢れた血という言葉を聞いたことがないらしかった。

「ほんとに酷い悪口さ。マルフォイのやつ、ハーマイオニーのこと『穢れた血』って言ったんだよ」

テーブルの下でナメクジを吐いていたロンが青い顔で言うと、ハグリッドは憤慨して唸った。その反応にレイラはまたしても戸惑った。さっきのグリフィンドールチームの反応といい、そこまで怒り狂うようなことなのかレイラにはわからなかった。

「そんなこと、本当に言うたのか!」
「言ったわよ。物凄く失礼な言葉を言われたのはわかったけど、でも、どういう意味だか私は知らないわ」
「あいつの思い付く限り、最悪の侮辱の言葉だ。『穢れた血』っていうのは両親とも魔法使いじゃない者を指す、最低の汚らわしい呼び方なんだ。魔法使いの中には、例えばマルフォイ一族みたいに皆が『純血』って呼ぶから自分達が誰よりも偉いって思っている連中がいるんだ」
「私のお家は純血だから偉いわけじゃないわ!」

思わずレイラが叫ぶと、ロンが顔を歪めた。

「それに、たしかにドラコは酷いことを言ったけど、先に酷いことを言ったのはハーマイオニーよ」
「なんだって?」
「だってまるでドラコがお金を出して選手になったみたいなことを言ったじゃない」
「それは本当のことだろう!?」
「違うもん!ドラコが一生懸命頑張ったから選ばれたの!!」
「もしそうだとしても、あいつが言った言葉は許されるようなものじゃない!」
「どっちもどっちよ!」
「レイラ、ロン、二人とも落ち着け。ほら、これでも食って、な?」

ロンとレイラが言い合いを始め、ハグリッドが慌てて仲裁に入った。ロンが再びナメクジの波に襲われてテーブルの下に潜り込んだから、その必要はなかったかもしれないが。

「いいか、レイラ。他人を侮辱する言葉の中でも、絶対に口にしちゃいかんような酷い言葉っちゅうんがあるんだ」

ハグリッドは優しく言い聞かせるように言ったが、レイラは涙目で頬を膨らませたまま黙り込んだ。悪口は悪口だ。どう説明されてもレイラには違いが理解できそうになかった。

「…………私、帰る」

レイラはむっつりとした顔のまま立ち上がった。ファングが恋しがるようにじゃれついてきたが、軽く宥めて小屋を後にした。


小屋を出たレイラは城には向かわず、迷わずに禁じられた森へと入っていった。禁じられた森はその名の通り生徒が立ち入ることを禁じられている場所なのだが、レイラは去年からちょくちょくこの森に入っている。皆が言うような恐ろしい生き物に遭遇したことはないし、森の生き物達はレイラに優しくしてくれる。唯一この森で怖い思いをしたのは、ヴォルデモートに寄生されたクィレルに襲われた時だけだ。

昼間でも少し薄暗い森の中を歩いていると、すぐに木の向こうから見知った姿が現れた。

「こんにちは!お迎えに来てくれたの?」

ホグズミード駅からホグワーツまでの馬車を引いてくれた個体より小さな体、まだ子供のセストラルだ。その隣にいる銀色のユニコーンを見たレイラは「わぁ!」と目を輝かせた。

「あなた毛が銀色になったのね。ふふ、かっこいいわ」

銀色に輝く毛を撫でてやると、ユニコーンは気持ち良さそうに目を細めた。ユニコーンは生まれた時は毛が金色で、成長に合わせて銀色になり、最終的には純白になる。
きっと来年か再来年には立派な角が生え始めるのだろう。その成長を見守るのが楽しみだ。

レイラはユニコーンの背に横乗りになり、いつもの泉まで連れて行ってもらう。森の奥にあるこの場所は他の場所に比べて明るく、ユニコーン達と過ごすのは大抵この場所だ。
時々動物の鳴き声や木々のざわめきが聞こえるだけの静かな森の中で、泉に足だけを浸して寝転がった。泉の水が冷たくて思考がすーっと冷めていく。

ドラコがグリフィンドール生を悪く言うことにも、ハリー達がスリザリン生を悪く言うことにも、どちらにも慣れたつもりだった。それでもやっぱり大好きな人の悪口を聞くのはいい気分ではない。どうして寮が違うというだけでこんなにもいがみ合うのだろう。

ドラコの初めての練習を楽しみにしていたのに、とてもじゃないが見学に行くような気分ではない。かといってハリー達ともいたくない。グリフィンドールの談話室にも戻りたくない。

「みんな仲良くしてほしいな…」

レイラの目尻から涙が流れた。それを見てセストラルとユニコーンが慰めるように寄り添ってくるから、余計に涙が止まらなくなる。

「私ここに住み着こうかしら」

動物達は優しい。ずっとここにいれば、嫌な気分にもならずにいられるような気がした。

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