
05.穢れた血
レイラは何度か浅い眠りに落ちながら、特に何をするでもなくボーッと空を見上げて過ごした。日が落ちてくるとさすがに寒くなり、泉から足を引き上げはしたが泉のそばから動こうとは思わなかった。
セストラルとユニコーンがレイラを挟み込むように寄り添ってくれているおかげであまり寒さは感じないが、月明かりだけでは暗すぎて視界が悪い。杖を取り出して「ルーモス」と唱えると周囲はすこしだけ明るくなった。
去年出会ったスリザリンの上級生のように、複数の杖明かりを同時に出すのはどうやるのだろう。そもそもあのスリザリン生は誰だったんだろう。レイラはユニコーンの体に頬を寄せたままぼんやり考えた。
森で出会い、散々失礼な事を言いながらも石を狙っている犯人のヒントをくれた青年。ただの失礼な上級生かと思ったが、学年末の事件でヴォルデモートに捕えられた時に助けてくれたのはおそらくあの青年だ。
突然部屋に現れて突然消えた青年。レイラを守ってくれたということは、守護霊のようなものなのだろうか。守護霊呪文の守護霊ではなく。何故守護霊がホグワーツの制服を着ているのかはよくわからないが。
ぼんやり考えていると、ぎゅるるるとレイラのお腹から情けない音が響いた。
「……お腹空いたなぁ」
今日は朝起きてからまだ何も口にしていない。ハグリッドの所で出された紅茶を少し飲んだだけだ。今が何時なのかわからないが、空に月が浮かんでいるということはそれなりに遅い時間なのだろう。
いつも何かしらお菓子を持ち歩いているが今は鞄を持っていないし、ローブのポケットには飴玉を入れているが、今日は休日だから制服ではなく私服を着ている。淡いブルーのワンピースにポケットはついていない。
「あなた達はお腹空いてないの?」
一日中寄り添ってくれている二頭に尋ねるが、優しい瞳で見つめ返されるだけだ。レイラは眉を下げて微笑み、うーんと唸りながら空を睨み上げて両手をパンッパンッと叩いた。
「温かいご飯を持ってきて!──なんて言ってご飯が出てきたらいいの……に…」
「お嬢様、お呼びでございますでしょうか?」
冗談のつもりで言った言葉は、パチンっという音と共に現れた存在によって中断させられた。仰向けに横たわったレイラの足元に現れたのは、しわしわの顔に蝙蝠のような耳の生き物だった。ホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルをトーガ風に巻き付けたその生き物は、大きな水色の瞳をぱちくりさせながらレイラを見上げている。
「……あなた、屋敷しもべ妖精?」
「はいでございます!テトラはホグワーツ魔法魔術学校にお仕えしている屋敷しもべ妖精にございます!」
テトラと名乗った屋敷しもべ妖精は幼い頃に家で見たものより小綺麗な印象を受ける。ホグワーツにも屋敷しもべ妖精がいるとは知らなかったが、考えてみればこんなに広い城の掃除や大人数の食事の用意をする存在は必要だ。
「私ね、お腹が空いちゃったんだけど、ここにご飯を持ってきてもらうことはできる?」
「勿論でございます!」
「じゃあ暖かいスープと軽く食べれるものをお願い。あと、この子達にあげる用に果物と生肉をいくつか持ってきてちょうだい」
「かしこまりましたです!」
テトラはパチンっと音を立てて消えたかと思うと、あっという間にバスケットを持って戻ってきた。もう一度それを繰り返してユニコーンとセストラル用の食料も持ってくると「これで足りるでしょうか?」とおずおずとレイラを見上げた。
「ええ、十分よ。ありがとう」
一口サイズのビスケットにメイプルシロップをかけながらレイラがはにかむと、テトラはたちまちその大きな水色の瞳を潤ませた。
「そんな!お礼だなんて…!!テトラは屋敷しもべとして当然の事をしただけでございます…!!」
どうやらお礼を言われるのが苦手なのは全ての屋敷しもべ妖精共通のようだ。家にいるもののようにお仕置き≠ニ称して自分を痛め付け始めたらどうしようかと思ったが、目の前の屋敷しもべはそんなことはしないらしい。
温かい食事でお腹が膨らみ、レイラは満ち足りた気持ちで息を吐いた。ユニコーンとセストラルもそれぞれ果物と生肉を思う存分食べ、満足したように横たわる。
レイラは持ってきて貰ったブランケットに包まれながら、温かいミルクティーの入ったカップに口を付けた。
「またこうやってお願いしたら、食べ物を持ってきてくれるの?」
「はいでございます!お嬢様にお呼び頂きましたら、テトラはすぐに駆け付けるのです!お嬢様のお役に立てることは、屋敷しもべ妖精にとって大変名誉な事なのでございます!」
「ふふ、じゃあまたお願いしちゃおうかな」
レイラが微笑むと、テトラは感激に目を潤ませた。屋敷しもべ妖精はうるさいし汚いしであまり好きではなかったのだが、その認識を改める必要があるかもしれない。
校則を破って夜遅くに禁じられた森にいるレイラのことを教師に告げ口することなく、食事やブランケットを用意してくれたのはとても有難いことだ。それを言うとまたテトラが泣きだしそうだから口にしないが。
「いつでも用事をお申し付けくださいませ!」と頭を下げながら姿を消した屋敷しもべ妖精のことを考えながら、レイラはセストラルとユニコーン、そしてブランケットの温もりに包まれながら眠りについた。
翌朝、木々の隙間から射し込む太陽の光で目を覚ましたレイラは泉の水で顔を洗い、気合いを入れようと頬をぺちぺち叩いた。一日中静かな場所で過ごしたおかげか、随分気持ちは落ち着いた気がする。
「……寮に戻らなきゃ」
今日は日曜日だから授業はないが、いつまでもここにいるわけにはいかない。寮に戻っていないのが先生達にバレたら減点されてしまうかもしれない。
「また遊びに来るからね」
レイラは森の入口まで送ってくれたユニコーンとセストラルの頭を撫でて別れを告げ、今度こそ城へと向かって歩き出した。
とっくに朝食の時間は終わっているらしい。廊下を歩く生徒達は休日らしいのんびりした雰囲気で、レイラものんびりとグリフィンドール塔に向かって足を進める。もう少しで太った婦人の肖像画が見えるという所で、前方から物凄い勢いでぶつかってきた誰かにレイラは思いっきり押し倒された。
「レイラ……!!」
「きゃあ!?──…え? なに、ハーマイオニー?」
「あなたこんな時間までどこに行っていたの!!」
ぶつかってきた誰かはふわふわの栗毛を振り乱したハーマイオニーだった。廊下に押し倒されたまま、凄まじい迫力で怒鳴られたレイラはびくりと肩を跳ねさせる。
「ハーマイオニー、そんな怖い顔したらレイラ泣いちゃうよ」
「とりあえず、ここから移動しよう」
ハーマイオニーの後ろから現れたハリーとロンがハーマイオニーを宥めながら周囲を見回す。近くを歩いていた生徒達がなんだなんだと注目しているのがわかったのか、ハーマイオニーは大人しく頷いた。
「レイラ、立てる?」
「え?あ、あぁ……ありがとう?」
廊下に転がったままクエスチョンマークを飛ばすレイラに、ハリーが手を差し伸べて起き上がらせてくれる。あいかわらず何が何だかわからないまま三人に連れられて近くの空き教室へと入ると、再びハーマイオニーが目を吊り上げてレイラを睨み付けた。
「昨日の夜、いくら待ってもあなた部屋に帰ってこないし!今日の朝部屋を覗いてもやっぱり帰ってきた様子はないし!私達がどれだけ心配したと思ってるの!?」
「レイラに何かあったのかもって、大変だったんだぜ」
「今からマクゴナガルに探してもらいに行くところだったんだ」
三人の言葉にレイラは目を丸くした。昨日あんなことがあったばかりだし、自分のことなんて気にしていないだろうと思っていたのだ。
「ご、ごめんなさい……そんな心配させてたとは思わなくて…」
「一体どこをほっつき歩いていたの!?」
「えーっと……危険な所にいたわけじゃないから、大丈夫だよ?」
正直に「禁じられた森にいました」なんて言えば雷が落ちるのがわかっていたので、レイラは曖昧に笑いながら首を傾げた。しかし、それを聞いたハーマイオニーが鬼の様な形相になったのを見て答えを間違えたと気付く。
「あのね、本当に大丈夫なの!もうこんなことしないわ。だからそんなに怒らないで?」
ハーマイオニーの両手を握り上目遣いに見上げるが、彼女の怒りはおさまりそうにない。レイラはしゅんとして唇を尖らせた。
「ちょっとだけ一人になりたかったのよ…ごめんなさい…」
「…………本当にもうしない?」
「うん!しない!」
「約束できる?」
「するわ!」
レイラがぶんぶんと力強く頷くと、ハーマイオニーは大きな溜息を吐いて「しょうがないわね」と笑ってくれた。
「ありがとうハーマイオニー!大好きよ!」
「まったく、あなたって本当に……」
ハーマイオニーは満面の笑みで抱き着いたレイラの背中を叩き、もう一度溜息を吐いた。女の子二人のその様子を見ていたハリーとロンも、やれやれと肩を竦める。
「もうこれからはあんまり心配かけるなよ」
「そうじゃないとハーマイオニーの胃に穴が空いちゃうよ」
「ふふ、そうね。──あ、あの……昨日のことなんだけど、」
「僕は謝らないからな!」
レイラの言葉を遮るように、ロンが大きな声で言い切った。
「昨日のこと、僕は謝らない。だから、レイラも謝るなよ」
目を丸くして見つめるレイラから視線を逸らし、拗ねたように口を曲げるロンの姿に自然と頬がゆるむ。去年一緒に過ごして知った、ロンが照れ隠しをする時の仕草だ。
「……うん!私、謝らないわ。でも、仲直り、ね?」
「仲直り?最初から喧嘩なんてしてないし」
「ふふ、うん。そうだったね」
レイラは嬉しい気持ちを抑えきれず、ハーマイオニーだけでなく、ハリーとロンにも抱き着いて「みんな大好きよ!」と笑った。
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