06.ゴースト
十月半ばのある日、酷い寒気と体の怠さで目を覚ましたレイラは布団を被ったまま小さく呻いた。現在ホグワーツでは生徒先生問わず風邪が大流行している。お世辞にも体が丈夫とはいえないレイラも見事に流行に乗ってしまったようだ。

昨日マダム・ポンフリーお手製の元気爆発薬を飲んだジョージとジニーの姿を見て笑い転げたばかりだ。マダムお手製の元気爆発薬は効果抜群なのだが、飲んでから数時間は耳から煙を出し続けることになるというとんでもない副作用が付いてくる。

燃えるような赤毛の下からもくもく煙を立ち上らせる頭が二つ並んだのを見て思わず笑ってしまいそうになるのを我慢したのに、ハリーが「二人とも頭が火事になったみたい」と呟いたので耐えきれずに吹き出してしまったのだ。

ジニーは真っ赤な顔で「覚えてなさいよ」とレイラを睨み、ジョージは「レイラがこの薬飲んだ時は記念写真撮ってやるよ」と笑いながらヘッドロックを仕掛けてきた。「絶対風邪引かないように気を付けるもん!」と言った翌日にこれだ。
間違いなく二人には笑われるだろうし、便乗したフレッドやリーもからかいにくるかもしれない。セブルスに頼めば耳から煙を出さずにすむ薬を調合してくれるだろうか。

レイラはガンガン痛む頭を押さえながら体を起こそうとして、部屋の中に見えた姿に目を丸くして固まった。勉強机の椅子に座る青年はレイラと目が合うとにっこりと笑って立ち上がった。

「おはよう、レイラ」
「…………」

立ち上がり、ベッド脇まで近付いた青年は驚いて目をぱちくりさせるレイラを見下ろしておかしそうに笑う。

「熱があるんだから大人しく寝ていないと。もう暫くすれば友人が起こしにきてくれるだろう?彼女に医務室まで連れていってもらうといい」

艶やかな黒髪と甘い金色の瞳。恐ろしいくらい整った顔の青年は、間違いなく去年レイラを助けてくれたあの青年だ。けれど去年会った時と違い、今目の前にいる青年の姿は透けている。

「………………ゴースト?」
「ゴースト? 僕が?」

精一杯絞り出したレイラの言葉に青年は楽しそうに目を細める。その体はぼんやりと透けていて、青年の向こうにある本棚が見える。

「違うの?」
「さあ、どうかな?」

ホグワーツには何十人ものゴーストがいるらしいが、レイラは何故かその姿を見ることができない。けれど周囲から聞いたゴーストの特徴は「半透明」「ふわふわ浮いている」「通り抜けると氷水を浴びせられたように冷たい」というものだ。通り抜けた時にどうなるかはわからないが、少なくとも青年は「半透明」「ふわふわ浮いている」の二つの条件は満たしている。

どうしてゴーストが部屋にいるんだろう。他のゴーストもこうやって生徒の私室に入り込んでくるんだろうかと散らばった頭で考えていると、部屋のドアが開いた。

「おはよう、レイラ。あら、珍しいわね。もう起きて…」
「ハーマイオニー……」

部屋に入ってきたハーマイオニーは真っ赤な頬のレイラを見ると慌てて駆け寄り、額に手を当てて熱を測ると「やっぱり!」と目を剥いた。

「あなた熱があるわ。医務室に行かなくちゃ」
「寝てれば治るよ…」
「ダメです!去年そう言って拗らせたの、忘れたの?」

去年のハロウィンのことを言われてしまうと反論できない。ハーマイオニーは「談話室まで歩ける?医務室までは誰かに運んでもらいましょう」と言いながらレイラの体を支えるように起き上がらせた。

「ねえ、そこにゴーストがいるの」
「ゴースト?──どこ?」
「どこって……目の前にいるわ」

渡されたガウンを羽織りながら指差すが、ハーマイオニーは不思議そうに首を傾げて眉を寄せた。手を伸ばせば届く距離にいるのに、ハーマイオニーはまるで青年の姿など見えていないかのように明後日の方向を見ている。

「見えないの?ほら、そこ」
「……熱が高過ぎるのかしら。ちょっと待ってて、手を貸してくれる人を呼んでくるわ」

高熱による幻覚を見ていると思ったらしい。ハーマイオニーは深刻な顔で部屋から出ていき、すぐにアリシアとアンジェリーナを連れて戻ってきた。

「うわ、本当に真っ赤だ。安心してね、私が医務室まで運んであげる」
「アンジェリーナが疲れたら私が交代するからね」
「レイラは軽いもの。交代なんて必要ないよ」

二学年上の二人は「任せて」と微笑み、アンジェリーナはレイラをベッドの中から抱き起こして背中におぶった。

「アンジェリーナ、大丈夫よ…私、自分で歩けるわ…」
「病人は大人しく甘えてなさい」

レイラは少し恥ずかしくなって体を捩ったが「暴れたら落としちゃうよ」と言われ、大人しく首に腕を回してしがみついた。アンジェリーナに背負われながら閉まるドアの隙間から見た部屋には、あの青年の姿はなかった。



医務室に運び込まれたレイラを見るなりマダム・ポンフリーは「まあまあまあ、きっと貴方は来るだろうと思っていましたよ」と言いながらレイラをベッドへ押し込み、薬の入ったゴブレットを手渡した。熱い液体が喉を通り抜け、途端に身体中がポカポカと温かくなる。きっと耳から湯気が出ているのだろうと思いながら布団の中に潜り込んだ。

数時間後、レイラが風邪を引いて医務室にいると聞きつけた双子がカメラを携えてお見舞いにきてくれた。けれどプラチナブロンドの髪では煙を立ち上らせていても面白くなかったらしく、二人の顔にはおおきく「期待はずれ」と書かれている。

「この機会にレイラも髪を赤くしたらどうだ?」
「そうすりゃおもしろくなるし、レイラもウィーズリー家の一員だ」
「遠慮しておきます」

レイラはぷいっとそっぽを向いてみせたが、すぐに「髪の毛が赤くなったらウィーズリー家になれるの?」とくすくす笑った。

「誰でもっていうわけじゃない」
「我らが認めた選ばれし者のみがその栄光を手にすることができるのだ!」
「レイラなら大歓迎だぜ」
「赤い髪も似合いそうだしな」
「ふふ、ありがたいお誘いだけどやめておく 」
「なんだよー、つれないなぁ」
「ミス・マルフォイ、元気になったのならさっさと寮に戻りなさい」

三人で楽しく笑っていると、マダム・ポンフリーがカーテンから顔を覗かせた。

「もう少し……せめて煙が出なくなるまでここにいちゃだめですか?」
「駄目です。医務室には元気な生徒を寝かせておく余裕なんてありませんよ。さあ、あなた達も。お見舞いは済んだでしょう」

きっぱりと断られ、レイラ達は追い立てられるように医務室から外に出た。確かに風邪が大流行しているせいで医務室の稼働率はいつも以上で、いくつもあるベッドはほとんど埋まっている。それでもやっぱりあと数時間くらい寝かせてくれてもいいのに、とレイラは口を尖らせた。

「耳から煙を出したまま歩き回るなんて、歳頃の女の子には酷だわ」
「歳頃の女の子だって?」
「そんなのどこにいるって?」
「もうっ!」

双子がわざとらしく周囲をきょろきょろ見回す仕草をするので、レイラは頬を膨らませて二人を睨み上げた。この二人は入学初日からレイラのことを赤ちゃんみたいだと言って、ことある毎にからかってくる。ジョークで言ってるとわかっているからレイラも本気で怒るわけではないが。

「これ、あとどれくらいで治まるかな?」
「俺はせいぜい五、六時間くらいだったな」
「んー、じゃあまだもうしばらくはこのままかぁ…」

憂鬱な気持ちで肩を落としたレイラだったが、廊下の向こうからやってきた姿に気付いてぱあっと顔を輝かせた。

「セドリック!」
「ん?──ああ、レイラ」

笑顔で呼びかけると、セドリックは顔を綻ばせて手を振った。レイラの耳から出る煙を見て、眉を下げながら「風邪?」と首を傾げる。

「そう。マダムお手製の元気爆発薬を飲んできたところなの」
「流行ってるからね。僕も先週飲まされたよ」
「レイラ、寮に戻ろうぜ」
「その姿で歩き回りたくないんだろ」

会話に割って入ってきた双子の声のトーンがあまりにも低くて、レイラは驚いて二人を見上げた。さっきまで普通にしていたはずなのに、何故かすごく不機嫌な顔になっている。

「先に戻ってていいよ? 私もう少しセドリックとお喋りしていくから」
「……そうかよ」

レイラは不機嫌な顔のまま背を向けて行ってしまった二人の後ろ姿を見送り、困ったように笑うセドリックを見上げた。

「なぁに、あれ。もしかしてあなた達って仲が悪いの?」
「うーん、そういう訳じゃないんだけど。ほら、僕達お互いにクィディッチの選手だから…」

言われた言葉になるほどと納得する。グリフィンドールとスリザリン程ではないとはいえ、クィディッチのことになると途端にギスギスする生徒が出てくる。お手手繋いで仲良しこよし、なんて無茶は言わないから、せめてもう少し仲良くできないのだろうか。

「レイラはあの二人と仲がいいよね」
「そうかな?」
「うん、よく一緒にいるところを見かける。二人ともレイラのことが可愛いんだろうね」
「可愛いっていうか……あの二人は私のこと、赤ちゃんだと思ってるから」
「赤ちゃん?」

セドリックのグレーの瞳が丸くなる。それを見上げながらレイラは肩を竦めてみせた。

「そう、赤ちゃん。二人は私より年上でしょ?だから私が幼く見えるんだと思う」

そう言ってからセドリックも双子と同じ年齢だと思い当たる。もしかしてセドリックもレイラのことを赤ちゃんだと思っている、なんてことはないだろうかと訝りながら見上げると、セドリックは柔らかく微笑みながらレイラの頬に手を添えた。

「そんなことない。レイラは素敵な女の子だよ」
「ほんとう?」
「うん、ほんとう」

優しく頷いてくれるのが嬉しくて、レイラは「えへへ」と頬を染めて笑った。

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