07.壁に書かれた文字
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「ブラック!───!!どこにいるんですか!?これはあなた達の仕業でしょう!」
「うわぁ…どうしよう、ミネルバすごい怒ってる」
「おい何やってんだよ!」
「仕掛ける席間違えちゃったみたい。フィルチ狙いだったのに」
「はぁ!?」
「とにかく逃げましょう。グリフィンドールから五十点も減点されたら嫌でしょ?」
「減点されるの俺だけかよ!お前なぁ…!」
「いいから、早く!」

足が速くない少女を見捨てたって構わないのに、青年は律儀に手を引いて走る。息もたえだえに談話室に転がり込んだ二人を見て、三人の呆れたような笑い声が降ってきた。

「今度は何をやらかしたんだい?」
「もう、───、女の子がそんな格好で床に転がっちゃだめだよ」
「リーマス……私もう疲れて動けないの…」
「はいはい。ほら、せめてソファーに移動して」

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呼ばれた名前に大広間がざわめきだした。
大きすぎる帽子が頭に乗せられ、目障りな視線が遮られる。

「ふーむ、君は……そうだな───スリザリン!!」

高らかに叫んだ帽子の声に、周囲が目を剥いたのがわかった。

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「そうやってずっと騙してたのか!」

激昂して言葉を吐き捨てる男は、自分の死が目の前に迫っていることに気付かない。

「裏切っていたのか!校長も!ジェームズ達も!──シリウスの気持ちを知ってい、」

不自然に途切れた言葉。生を終えた男を見下ろし、少女が小さく呟いた言葉は誰にも聞こえない。

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「あんた目障りなのよね。ちょっと美人で優秀だからってお高くとまってるんじゃないわよ」

睨み付けてくる瞳に浮かぶのは、嫌悪、羨望、憎悪、嫉妬。
黙ったままそれを見つめ返す。

「黙ってないで何か言いなさいよ」
「なんであんたって授業以外で喋らないの?」
「…………」
「ちょっと!何か言ったらどうなのよ!」
「私たちとは喋る価値がないっていうの!?」

ドンッと強く押され、体が傾く。後ろは階段だ。そのまま落ちたら痛いだろうかとぼんやり考えていると、強い力で腕を掴まれてその場に踏みとどまった。

「どうしたの?喧嘩?」
「ト、トム!いえ、あの、違うの。少しお喋りしていただけよ」
「そう、ちょっとお喋りしていただけ。ね?」
「そうなの?」
「ええ、そうなの。あっ!大変!早く行かなきゃ次の授業に遅れちゃうわ」
「本当だわ!それじゃあ、トム、またね」

慌ただしく去っていく背中を見送り、少年は面倒くさそうに溜息をついた。

「もう少し愛想良くしたらどうだい?」
「……うるさい」

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ぐらりぐらりと朧気に揺れる、大好きなはずの知らない人たち。
その姿はまた遠くなり、忘れてしまう。

記憶はまだ、封をしたまま。










目を覚ましたレイラは医務室のベッドで寝返りをうち、忙しそうに動き回るマダム・ポンフリーの姿を眺めた。備品の補充作業をしているのだろうか。作業台に置かれた箱の山から包帯がこぼれ落ちた。

今日は十月三十一日、ハロウィンだ。例年通り体調を崩したレイラはハーマイオニーによって有無を言わさず医務室へ担ぎ込まれていた。去年はトロールに襲われるというアクシデントが重なったせいで拗らせてしまったが、今年はそこまで酷くならずにすんでいる。夕方頃から熱も下がってきたし、明日には元通りのはずだ。

それでもやっぱり、今日という日に体調を崩してしまったことは残念でならない。今年ハリーはグリフィンドールの寮付きゴースト、ほとんど首なしニックの絶命日パーティーに招待されたらしい。ニックはハリーだけでなくロンとハーマイオニー、レイラも参加していいと言ってくれた。

死んだ記念日を祝うそのパーティーは当然招待客もゴーストばかりで、ホグワーツ外のゴーストも多数招待しているらしい。もしかしたらリドルのようなレイラにも見える種類のゴーストに会えるのかもしれないと思っていたのに。

今頃ハーマイオニー達は絶命日パーティーを満喫している真っ最中だろうか。参加してみたかったなぁと溜息をつくと、マダム・ポンフリーが作業の手を止めて近付いてきた。手には薬入りのゴブレットを持っている。

「随分顔色が良くなりましたね。此の分なら明日の朝には退院出来るでしょう。さあ、これを飲んで」
「マダム、大広間に来てください!エリックが悪戯して、レベッカ達の頭にハマったかぼちゃが取れなくなっちゃったんです!」
「そのせいで喧嘩が始まっちゃって…」

レイラがゴブレットの中身を飲んでいると、数人の生徒が勢いよくドアを開けて飛び込んできた。生徒達の訴えを聞き、マダムはみるみる眉間の皺を深くしていく。どうやらパーティーではしゃぎすぎた生徒が問題を起こしたらしい。

「わかりました。──ミス・マルフォイ、すぐに戻ってきますから、大人しくしているんですよ」
「マダム早く!」
「はいはい、わかりましたから」

マダム・ポンフリーと生徒達がいなくなると途端に医務室は静かになった。風邪の流行も落ち着き始めた今、医務室にいるのはレイラだけだ。
薬を飲み干してベッドに体を沈めると、薬のせいなのかすぐに眠気が襲ってくる。ウトウトと微睡み始めたその時だった。

『引き裂いてやる……殺してやる……』
「っなに…!?」

突然聞こえた冷たく残忍な声に驚き、レイラは勢いよく体を起こした。飛び起きたせいで頭がズキズキと痛む。

「リドル?」
『……長い…時間…………減った…』

神出鬼没で容姿端麗なゴーストはあちこちで突然話しかけてきて、レイラを驚かせている。今回もそれだろうかと呼びかけるが、リドルが応えるより早く再びしゃがれた恐ろしい声が響いた。
途切れ途切れの声は室内ではなくどこか別の場所から聞こえているようだった。骨の髄まで凍えてしまいそうな、冷たくて恐ろしい声。なのに何故かそれを恋しく感じてレイラはベッドから抜け出した。靴を履くことも、ガウンを羽織ることすらせずに冷たい床を歩く。

「レイラ、寝ていないとだめだよ」

リドルの呼び止める声を無視して、まるで何かに操られたように足を進めて医務室のドアを開けた。

『……血の匂いがする…血の匂いがするぞ……!!』

再び声が聞こえた。けれど廊下には誰もいない。
声はもっと別の場所から聞こえた気がする。どこだろう。ぴとりと冷たい石壁に耳を押し当てると、今までよりはっきり声が聞こえた。

「レイラ」
「行かなくちゃ…呼ばれている気がするの」

難しい顔で押し黙ったリドルを気にすることもせず、レイラは声を追いかけるように夢中で足を進める。声は上へと移動しているようだ。階段を駆け上がり廊下の角を曲がった所で、向こうから走ってきた誰かにぶつかってしまった。

「うわっ!ごめん…ってレイラ?」
「ハリー?どうしたの?」

ぶつかった相手がハリーだとわかりレイラはきょとんと首を傾げたが、ハリーも同じように目をぱちくりさせている。

「君こそどうしたの?今日は医務室にいるはずだろう?」
「そうなんだけど、」
「ハリー!……レイラ!?」

ハリーの後ろから息を切らせて駆け寄ってきたのはロンとハーマイオニーだった。ハーマイオニーは医務室にいるはずのレイラの姿にギョッとした後、目を吊り上げる。

「あなたこんな所で何をしているの!?」
『……もっと……もっとだ…血を……』

慌てて言い訳をしようと口を開いたレイラだったが、再び聞こえた声に飛び上がって後ろの壁を振り返った。ハリーも同じように壁を見つめたので、二人は顔を見合わせた。

「レイラ、今の聞こえた?」
「もちろん。それを追ってきたの」
「どういうこと?レイラもその声が聞こえるの?」
「だってあんなにはっきり聞こえたじゃない。そりゃ、大声ではなかったけど」

怪訝な顔をするロンに答えると、ロンとハーマイオニーは戸惑ったように顔を合わせる。二人の反応にレイラも眉をひそめた。

「……なに?」
「僕には、僕とハーマイオニーにはなんにも聞こえなかった…」
「見て!」

レイラがロンの言葉に目を丸くした直後、ハーマイオニーがハッと息を呑んで廊下の隅を指した。薄暗い廊下の奥、窓と窓の間の壁に何かが光って見える。四人は恐る恐るそこに近付き、松明に照らされたものを見た。壁に書かれていたのは赤い文字だった。

秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ

まるで血で書かれたような不気味な文字に、レイラは縋るようにハーマイオニーの腕を掴んだ。

「なんだろう。下に何かぶら下がってる…」

ロンが声を震わせながら文字が書かれた壁の辺りを指した。松明の腕木に何かがぶら下がっている。レイラはハーマイオニーの腕にしがみつきながらゆっくりと近付いた。

「うわっ、床がびしょびしょ…」
「滑らないように──うわっ」
「ハリー、気を付けて」

何故か床に水溜まりができていて、滑らないように注意しようとしたハリーが滑りそうになった。ロンとハーマイオニーに受け止められたハリーは少し恥じ入ったように笑って慎重に進み、ぶら下がった何かに近付いた。

それは猫だった。管理人アーガス・フィルチの飼い猫、ミセス・ノリスだ。猫は目をカッと見開いたまま硬直し、動かない。四人はしばらく固まって動けずにいたが、突然ロンが口を開いた。

「ここを離れよう」
「助けてあげるべきじゃないかな…」
「そうだよ。こんな所にぶら下がってるの、かわいそう」
「いいから!二人とも言う通りにして。ここにいるところを見られない方がいい」

戸惑いがちに猫を見上げるハリーとレイラに、ロンは焦れたように小さく声を張り上げた。けれど遅かったようだ。ハロウィンパーティーを終えて階段を上がってくる生徒達の足音や楽しげな話し声が聞こえてくる。

どうすることもできずに立ち尽くしていたレイラ達の前に、何も知らない生徒達がわっと現れた。生徒達はぶら下がった猫を見つけた途端口を噤み、沈黙が広がっていく。

「継承者の敵よ、気をつけよ!次はお前達の番だぞ、『穢れた血』め!」

沈黙を破って叫び声を上げたのは、ドラコだった。

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