07.壁に書かれた文字
言い付けを破って医務室から抜け出したレイラはマダム・ポンフリーにこってり絞られたが、入院が長引くこともなく予定通り翌朝には退院する事ができた。
合流した四人がまず確認しあったのは昨日レイラとハリーが聞いたあの声についてだった。驚いたことに、ハリーがあの声を聞いたのは昨日が初めてではなかった。最初に聞いたのは先月の頭、罰則でロックハートのファンレターの宛名書きの手伝いをしている時のことだ。けれどロックハートには聞こえていなかったようで、ハーマイオニーとロンも昨日ハリーが声を聞いた時には何も聞こえなかったらしい。

「僕にしか聞こえないなんて頭が変になったのかと思ったけど……でもレイラにも聞こえたんだよね?」
「うん。私にははっきり聞こえた」

不安そうだったハリーはレイラが頷くと安心したように表情を崩した。不気味な声が聞こえたのが自分だけなら幻聴かと思うが、少なくとももう一人自分と同じものを聞いた人がいるのだ。

「でもどうしてあなた達にしか聞こえないのかしら?」
「わからない……やっぱり先生達に言った方がいいのかな?」
「馬鹿言うなよ。昨日ハリーにも言ったけど、誰にも聞こえない声が聞こえるようになるのは狂気の始まりだって思われてる。二人にしか聞こえない声なんて、……言わない方がいいよ」

やっぱり頭がおかしくなったと思われてしまうのだろうか。レイラがしょんぼりと眉を下げると、ハーマイオニーが話題を変えようと口を開いた。

「ねえ、レイラ。あなた『秘密の部屋』について何か知らない?」
「秘密の部屋って……壁に書かれていた文字の?」
「マルフォイが言った言葉を聞いただろ?あいつは秘密の部屋について何かを知ってるんだ」

たしかにあの時ドラコが叫んだ言葉は、秘密の部屋について何か知っているとしか思えないものだった。レイラは首を振った。

「私は聞いたことないと思う。もしかしたら家の本棚にそういう事が書かれた物があるのか……それかお父様がドラコにお話ししたのかもしれないわ」

ルシウスはレイラにしか教えてくれない話をするように、ドラコにもレイラには教えない話をしているのかもしれない。記憶にある限りでは秘密の部屋という言葉を聞いたことはなかった。

「ドラコに聞いてみる?知ってるならきっと教えてくれると思うわ」
「うーん、あいつに頼るのは少し癪だけど……お願いするよ」
「わかった」


レイラ達の予想通りドラコは秘密の部屋について知っていた。幼い頃にルシウスから神話や伝説のような話として聞いたことがあるらしい。どうやらレイラが聞き逃していただけのようだ。

「ホグワーツを作った四人の創設者については知ってるだろ?」
「うん。サラザール・スリザリン、ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクローでしょう?」

千年前にホグワーツを創った偉大な魔法使いだ。彼らの名前がそのまま四寮の名前になっている。

「その四人の中でサラザール・スリザリンだけが『ホグワーツに入学する資格があるのは純粋な魔法族の家系に生まれた人間だけだ』って主張したんだ」

ドラコは魔法で作り出した炎を見つめて言った。この時期の中庭は冷えるが、学校中が『秘密の部屋』とはなんだと噂している今、あまり人の多い所でする話ではないだろうと二人は中庭で炎を囲んで座っていた。

「だけど他の三人はそれを受け入れなかった。スリザリンは愚かな三人を見限り、ホグワーツを去ったんだ。学校を去る時にスリザリンが城のどこかに残したのが『秘密の部屋』だ」
「どうしてそんな部屋を残したの? 記念?」
「いや、その部屋にはスリザリンの意志を継ぐ者だけが操れる怪物が封じられているらしい。スリザリンの継承者が現れた時に部屋の封印が解かれて、怪物によって血の粛清が行われると信じられてる」

血の粛清という不穏な言葉に思わずレイラは眉を寄せた。

「壁には秘密の部屋は開かれたって書いてあったわ。つまり継承者が現れて、怪物が部屋の外に出ちゃったってこと?」
「あくまでも伝説だ。父上も取るに足らない作り話だろうって仰っていた。それにもし本当の話だとしても、僕もレイラも純血だから、排除される対象にはならないよ」

レイラが怪物に怯えたと思ったのだろう。ドラコは安心させるように微笑んで頭を撫でてくれた。
たしかに本当に存在しているのなら怪物は恐ろしい。けれどレイラが不安に思ったのは自分のことではなかった。伝説通りなら、怪物が襲う対象は純粋な魔法族の家系以外──つまりマグル生まれの人間だ。今回襲われたのが猫ということは、もしかしたら純血の魔法使い以外は全て粛清の対象なのかもしれない。レイラはこの話を自分の口からハリーとハーマイオニー、混血とマグル生まれの大切な友人に話すことはできないと思った。



レイラがドラコから秘密の部屋について教えてもらえなかったと報告すると、三人はあからさまにがっかりした。ロンは「きっとレイラ伝いに僕らに知られると思って教えなかったんだ」とむくれた。
けれどハーマイオニーはそれしきのことで諦めるつもりはないらしい。図書館に足繁く通い、秘密の部屋について書かれた本を探している。数日図書館の本を読み漁り、それでも秘密の部屋に関する記述を見つけられなかったハーマイオニーはある日の魔法史の授業で手を挙げた。

「先生、『秘密の部屋』について何か教えていただけませんか」
「わたしがお教えしとるのは魔法史です。事実を教えとるのであって神話や伝説ではないのであります」

レイラは入学してから一度も魔法史の授業中に生徒が質問をするのを見た事がなかった。どうやらビンズ先生の長い教師人生の中でも滅多に起こらない出来事らしく、その声からも戸惑いの色が伺えた。おそらく表情もそれに近しいものになっているのだろう。

荒唐無稽な話を教える気はないと授業に戻ろうとしたビンズ先生だったが、クラス全員の熱のこもった視線に負けて『秘密の部屋』の伝説について話し始めた。それはレイラがドラコから聞いた事とほとんど同じ内容だった。


「サラザール・スリザリンって狂った変人だってことは知ってたさ。でも知らなかったなぁ。例の純血主義のなんのってスリザリンが言い出したなんて」

授業が終わり、人でごった返す廊下を歩きながらロンが言った。

「僕ならお金を貰ったってそんな奴の寮に入るもんか。組分け帽子がもし僕をスリザリンに入れてたら、すぐ汽車に飛び乗ってまっすぐ家に帰ってたな」
「ロン!」

頬をふくらませてロンを睨むレイラに気付き、ハーマイオニーがロンを小突く。ロンも失言に気付いて「いや、まぁ……どこに入りたいかは人それぞれだしな」ともごもご言った。レイラの周囲にはスリザリン出身の人間ばかりだし、レイラ自身も入学初日にスリザリンに入れなかったと大泣きした過去がある。そんな人間の前でスリザリンを貶す発言をするのは賢明ではない。

「やあ、ハリー!」
「やあ、コリン」

人混みの中から薄茶の髪の男の子が輝くような笑顔を向けた。ハリーの大ファンだというカメラ小僧、コリン・クリービーだ。レイラはまだ会話をした事はないが、コリンがハリーの周りに頻繁に現れるせいですっかり彼の顔と声を覚えてしまった。

「ハリー、ハリー、僕のクラスの子が言ってたんだけど、君って……うわわ、──またあとでね、ハリー!」

何か言おうとしたコリンだったが、その小さな体はあっという間に人波に流されて見えなくなった。レイラはコリンのように流されて三人とはぐれないようにとハリーのローブを握りながら首を傾げた。

「クラスの子がなんて言ったんだろう?」
「僕がスリザリンの継承者だとか言ってたんだろ」

答えたハリーの声は暗く沈んでいた。昼食の後、ハッフルパフのジャスティン・フィンチ-フレッチリーから逃げられたと教えてくれた時と同じような顔をしている。

「皆フィルチのあんな言いがかりを信じてるの?」
「ここの連中ときたら、なんでも信じ込むんだから」

ロンが吐き捨てるように言った言葉にレイラとハーマイオニーが大きく頷くと、ハリーは少し嬉しそうに笑った。

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