
08.狂ったブラッジャー
ロックハートは初回のピクシー小妖精事件で懲りたのか、それ以降の授業に魔法生物を持ち込むことをやめ、代わりに自分の著書を拾い読みして山場のシーンを自ら演じて再現するようになった。
レイラのロックハート先生≠ヨの信頼と好感度は下がり続けているが、物語の主人公ロックハート≠ェ好きな気持ちは変わらない。今まで本を読みながら頭に描いていたシーンを本物が実演してくれることに最初は感動したが、こう何回も何回も繰り返されるとさすがに飽きてくる。
おかげでレイラの中で防衛術の授業は他の教科の予習や復習に充てる時間へと化していた。今日も『狼男との大いなる山歩き』を読み上げるロックハートの声を聞き流しながら、魔法薬の問題集に取り掛かっている。セドリックが二年生の時に重宝していたというこの問題集はそれなりに難しい。けれど丁寧な解説が付いていて、理解を深めるのには最適だ。
「そこはヤマアラシの針じゃなくてミノカサゴの棘だ」
「うひゃっ!?」
突然耳元に吹き込まれた声に驚き、おかしな奇声を上げながら椅子の上で飛び上がってしまった。教室中の視線が集まり、レイラは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めた。
「そうでしょう、ミス・レイラ・マルフォイ。百人中百人が怯えて竦み上がるような恐ろしい事態に陥ってしまったのです!しかし私は悲鳴を上げることはなく、こうして──狼男の背後へと回り──」
ロックハートはレイラが再現劇を見て悲鳴を上げたと解釈してくれたらしい。ロックハートの頭がお花畑なおかげで助かった。生徒達はレイラが居眠りをしていたと思ったのか、斜め前の席からシェーマス達がからかう様な視線を寄越している。レイラはその視線から逃げるように体を丸め、極力口を動かさないようにしながら元凶に文句をつけた。
「もう、リドル!いきなり話しかけないでって言ってるじゃない!びっくりするの!」
「答えを間違える君が悪い」
聞き取れないくらい小さな声で囁くレイラと違い、リドルは普段通りのボリュームで答える。けれどそれを聞き咎める人はいない。姿と同様にリドルの声もレイラにしか聞こえないらしい。だからリドルと喋ると、まるでレイラが何も無い空間に向かって一人で話しているように見えてしまう。どう見ても頭がおかしい人だ。そんな風に思われるのは嫌なので人目があるところでは話しかけないでと言っているのだが、このゴーストはレイラの頼みなんてききやしない。
レイラはむくれながらもインク消しゴムで指摘された箇所を直す。リドルの知識は豊富で、彼のおかげで最近課題や予習復習が捗っているのは事実だ。きっと生きていた時はハーマイオニーのような優等生だったに違いない。
その後も度々リドルからの指摘を受けながら(リドルの半透明の体は半分ロンの体に重なっていて、レイラは笑いそうになるのを必死で堪えなくてはいけなかった)問題集を進めていき、終業の鐘が鳴るとすぐに荷物を片付け始めた。
「今回の宿題は、ワガワガの狼男が私に敗北したことについての詩を書くことです。一番良く書けた生徒にはサイン入りの『私はマジックだ』を進呈しますよ!」
これは防衛術の授業ではなく作文の授業だっただろうかと錯覚しそうな宿題内容を聞きながら立ち上がったレイラは、何故か動こうとしないハーマイオニー達を見て首を傾げた。
「皆どうしたの? もう授業終わったよ?」
「えっ?──あ、あぁ……えっと、そうね。私たち、ロックハート先生に質問したいことがあるからもう少し残るわ」
ソワソワと落ち着きのないハーマイオニーに思わず眉をひそめた。彼女が今でもロックハートのファンだというのはレイラの中での七不思議の一つだ。そろそろ目が覚めてもいい頃だと思うが。
「ハリーとロンも残るの?」
「あー、うん。そう。ハーマイオニーが一人じゃ緊張して話しかけられないって言うから」
「ふーん…? ごめんだけど私は先に寮に戻るね」
何か少し様子が変な三人に首を傾げるが、レイラとしてはロックハートとの接触は最低限に減らしたい。これ以上好感度が下がったら大好きな物語すら嫌いになってしまいそうだ。
レイラは笑顔で手を振る三人に何度も首を傾げながら、一人でグリフィンドールの談話室へと向かった。
翌日、ついにドラコの初試合の日がやってきた。
今日の試合はスリザリン対グリフィンドール。グリフィンドール生に囲まれた中でスリザリンを応援するのは気が引けるし、逆もまた然り。レイラはどちらを応援するべきか散々悩んだ結果、今回はスリザリンを応援することにした。なんといっても記念すべきドラコのデビュー戦なのだ。今日ばかりは自分がグリフィンドール生であることを忘れて全力で応援したい。
パンジーが貸してくれたスリザリンのローブに身を包んでスリザリンの観客席に座っていると、本当に自分がスリザリン生になったように錯覚しそうになる。
「どうしよう、緊張し過ぎて泣きそう…!」
「レイラが泣いたってしょうがないでしょ。私だって緊張してるんだから…!!」
心臓がドキドキし過ぎて口から飛び出しそうだ。自分が緊張することは何もないとわかっていても、緊張してしまうのはどうしようもない。隣に座るパンジーの手を縋るように握ると「しょうがないわね」と笑いながら手を繋いでくれた。
「ほら、お二人さん。緊張してないで声援のひとつでも送ってやれよ。もうすぐ選手入場だ」
ザビ二がそう言ったすぐ後、観客席が沸いた。箒に乗った両チームの選手がピッチへと入場したのだ。深緑のローブの中に大好きなプラチナブロンドを見つけ、レイラは力一杯叫んだ。
「ドラコー!!ドラコがんばれー!!」
「ドラコ頑張ってー!!」
二人の声はドラコの所までは届かないようで、ドラコは青白い顔のまま他の選手に倣ってピッチへ降り立つ。ピッチを囲む観客席の至る所で声援や野次が上がっているから仕方ないのだろう。
「笛が鳴ったら開始。いち──に──さん!」
笛の音と同時に十四人の選手が飛び上がる。試合の解説は双子の友人、リー・ジョーダンが担当しているらしい。レイラはリーの解説を聞きながらビュンビュン飛び回る赤と緑の影を目で追いかけた。クィディッチのルールをぼんやりとしか把握していない上に初めての試合観戦で、レイラは試合状況を理解するのに必死だ。その上、途中から大粒の雨が降り出したせいで視界は最悪になってしまった。
「雨のせいで向こうの方が全然見えないわ!」
「マルフォイはどこにいるんだ?」
「上空にいると思うわ。シーカーはスニッチを見つけるまでそうしてるのがいいってドラコ言ってた」
パンジーの言葉になるほどと感心して空高くを見上げる。たしかにぼんやりと緑色の影が見えたが、空を見上げると大粒の雨が目に直撃するので見にくくてしかたない。屋根を設置するか雨天中止にしてくれればいいのに。
途中グリフィンドール側がタイムを取り、試合が再開されると周囲からどよめきと嘲笑が聞こえてきた。そこでようやくレイラも異変に気付いた。ハリーの様子がおかしい。高く上昇したかと思えば急降下し、ジグザグに曲がり、急旋回して再び舞い上がる。そんなおかしい動きをするハリーの後ろには、彼を付け狙うように真っ黒い影が猛スピードで迫っていた。
「ハリーの後ろのあれ、なぁに?」
「ブラッジャーじゃないか? それにしても変だ。ブラッジャーが一人だけを付け狙うなんて…」
ザビ二は不可解そうに眉をひそめている。ブラッジャーは多くの選手の妨害をする為にピッチを飛び回るボールのはずだ。
「でもおかげでスリザリンがリードしてる」
「あはは!今のポッターの動き、最高!」
ハリーが箒にぶら下がるような体勢になり、周囲のスリザリン生が指さして笑う。レイラはその中で一人、胸の前で祈るように手を組んで大切な友人を見つめた。
いつだったか、フレッドとジョージがブラッジャーにぶつかって足の骨を折ったことがあると話してくれた。骨折はすぐに治る怪我だが、それでも痛いものは痛い。打ちどころが悪ければ最悪の事態だって起こりえる。
「なんでこんな状況で試合中止にしないの!?」
今、ブラッジャーがハリーの右腕にぶつかったように見えた。レイラは悲鳴を上げたが、それは周囲の声にかき消されてしまう。スリザリンからすればこの状況は何の問題もないのかもしれない。不安で胸が押しつぶされそうになりながら、目に入ってくる雨粒を拭って上空を見上げる。
突然、ハリーが地面に向かって急降下した。箒から転落したのかと思って悲鳴を上げて目をつぶったレイラだったが、直後聞こえてきたのは悲鳴ではなく口笛や歓声だった。恐る恐る目を開けると、芝生の上に横たわったハリーが左手を突き上げている。その手に握られていたのは金色のスニッチだった。
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