08.狂ったブラッジャー
落胆して歩くスリザリン生の中を抜け、レイラはピッチへ向かった。先生やグリフィンドール生が囲んでいる中心にはハリーがいるのだろう。芝生に横たわっていたハリーの右腕は不自然な方向に曲がっていた。きっとブラッジャーが当たった時に骨折したのだ。骨折ならマダム・ポンフリーがあっという間に治してくれる。ハリーは心配いらない。それよりも心配なのは、ドラコだった。

雨による視界不良、さらに後半はほとんどハリーを心配していたせいで試合状況はさっぱり分からなかったが、スリザリンは負けてしまった。
ドラコは失敗することや負けること、周囲の期待に応えられないこと──そのせいで周囲から失望されることを酷く嫌っている。そんな彼が初めての試合で周囲の望む結果を出せずに終わってしまったのだ。きっと今頃落ち込んでいる。上手な慰めの言葉なんて知らないけれど、初めての試合をやり遂げたドラコのことを抱き締めてあげたかった。

「自分がどんな無様な試合をしたかわかっているのか!」

耳をつんざくような大声が聞こえ、レイラは更衣室のドアをノックしようと手を上げた姿勢のままビクリと肩を竦めた。

「スニッチはお前の頭の上にあったんだ!すぐ真上だ!手を伸ばせば届くような場所にあったにも関わらず、お前は気付くことすらできなかった!」
「……すみません」
「どうしてだかわかるか!?お前は油断していたからだ!気を抜いて呑気にポッターを嘲笑っていたからだ!!試合中に!!」

蚊の鳴くような小さな声に胸が締め付けられ、レイラはノックもせずに更衣室のドアを開けた。中にはびしょ濡れのユニフォームを着た選手達が項垂れてベンチに腰掛けている。その中心でフリントと向き合って立つドラコは、いつもより一層小さく見えた。

「そんなに怒らないでよ!」
「レイラ嬢、どうしてここに…!?いや、いくら君でも今は口を出さないでくれ」
「でも…!!」
「これは我々スリザリンチームの話だ!!」

突然現れたレイラに一瞬驚いたフリントだったが、すぐに元の厳しい顔へと戻る。レイラはそのあまりの迫力に何も言えず、黙ったままドラコの隣に立って手を繋いだ。大雨の中で飛び回っていたドラコの手はいつもより冷たくて氷のようだ。
フリントは更衣室から出ていこうとしないレイラに困ったように眉を下げた。

「私がここにいたらだめなの?」
「うーん…………まあ、いい。ごほん、いいか。試合開始のホイッスルが鳴ったら、どちらかがスニッチを掴むまで一瞬でも気を抜いたら駄目だ。少しの油断が負けに繋がる。そんな事も分からないほど愚かではないはずだ!」

繋いだままのドラコの手が震えている。それが寒さからくるものなのか、それ以外からくるものなのかレイラには分からない。

「……僕、チームを抜けます」
「なんだって!?」
「ドラコ!?」

小さく呟いたドラコの声に、更衣室中の視線が集まる。皆が自分を驚愕の表情で見つめていることに、俯いたままのドラコは気付かない。

「…僕はスニッチを取れなかった…フリントが言う通り、舐めていたんだ。ポッターに負けて、あんな大勢の前で醜態を晒して……きっと次の試合でもまた負ける。僕はチームに貢献できない…こんな僕は、チームを抜けた方が、」
「馬鹿を言うな!!」

フリントの怒鳴り声が響いた。けれどその声に感じたのは恐ろしさではなく温かさだった。レイラが目の前の上級生を見上げると、隣のドラコも同じようにフリントを見上げていた。

「お前がチームを抜けるなんて冗談じゃない!それがどんな損失かわかるか!?選抜試験を受けにきた奴らの中でお前が一番優秀で、うちのチームに相応しいと判断したから採ったんだ!お前がチームを抜けたら、落選した奴らの中から選ばなくちゃならないんだぞ!?」
「………」
「いいか、マルフォイ。誰だって初めから完璧な試合が出来るわけじゃない。誰だって失敗するし、油断する。一回の失敗がなんだ。一回の負けがなんだ。何回負けたって、執念深く狡猾に勝ちを取りにいくんだ!!」
「そうそう。フリントのデビュー戦なんてそれはもう惨憺たるもんだったぜ」
「そういうお前だって──」

モンタギューの茶々を皮切りに、選手達が互いの過去の失敗談をぶちまける。緊張し過ぎたデビュー戦の話や、逆に気を抜き過ぎた時の話。どれもひどい失敗談ばかりだが、それを話す顔は明るい。
スリザリンの生徒達は普段自分達の汚点を晒そうとしない。そんな彼らが敢えてこんな話を聞かせているのは、きっとドラコを思ってのことだ。皆の気持ちを汲み取って、レイラの胸が温かくて幸せなもので満たされていく。

「とにかく、一番大事なのはお前の気持ちだ。俺らと一緒に優勝杯を掴むために飛びたくないっていうなら、チームを抜けるのを引き止めることはできない」
「…………」

ドラコはフリントの真剣な瞳から逃げるように俯き、唇を噛み締める。レイラは何も言わずにその横顔を見つめた。選ぶのはドラコだ。
少しの沈黙の後、躊躇いがちにフリントを見上げた薄いグレーの瞳には確かな決意の光が灯っていた。

「次の試合では、絶対にスニッチを取ってやる」
「おう、その意気だ!」

笑顔で頷いたフリントに続くように選手達がドラコを囲んだ。レイラも大好きなドラコの体を力一杯抱き締める。レイラやメンバー達に頭をぐしゃぐしゃかき回されるドラコは少し迷惑そうに、けれどとびきり嬉しそうに笑っていた。





グリフィンドールの談話室ではクィディッチ初戦の勝利を祝うパーティーが開かれていた。賑やかな生徒達の中に浮かない顔をしているハーマイオニーとロンを見つけて、レイラは彼女の隣に腰を下ろした。

「レイラ、あなたどこにいたの?」
「スリザリンの更衣室。──ところでハリーはどこ?」

騒ぎの中心に固まっているグリフィンドールチームの中にくしゃくしゃの黒髪は見当たらない。レイラがテーブルの上に置かれた蛙チョコを取りながら尋ねるとロンは顔を顰めた。

「医務室だよ。今晩は入院だってさ」
「入院? 骨折だけじゃなかったの?」

もしかして自分が気付かなかっただけで、入院するような大怪我をしていたのかもしれない。

「骨折だけだった。試合で負ったのはね」
「どういうこと?」
「ロックハートさ」

ロンは嫌悪感丸出しの顔で試合後に起こった惨劇について教えてくれた。試合終了後、ロックハートは「医務室に行きたい」というハリーの訴えを無視して治療しようとした結果、骨折を治すどころかハリーの腕の骨を抜き取ってしまったという。

「おかげでハリーは一晩かけて骨を三十三本生やさなくちゃいけない。あのマヌケのせいで」
「ロックハート先生は少しミスをしてしまっただけよ。どんなに素晴らしい人も失敗することはあるわ」

ロックハートを庇うハーマイオニーの言葉にロンは呆れたように溜め息を吐いた。レイラもロンと似たり寄ったりの顔でハーマイオニーを見つめる。どうしてロックハートのことになると、優秀な頭がこんなにもお花畑になってしまうのだろう。

「とにかく、明日には元通りよ。皆でハリーを迎えにいってあげましょう」

二人の視線を誤魔化すように、ハーマイオニーは不自然なくらい明るい声で言った。



翌朝、ハリーを迎えに行く前に大広間で朝食をとっていた時のことだ。レイラは隣に座ったジニーの顔色を見てぎょっとした。ジニーは元々健康的な白い肌だったが、今は不健康な程に青白い。

「ジニー、大丈夫? 顔色が悪いわ……」
「……レイラ…ううん、大丈夫」

何でもないというように首を振るが、その笑顔にも入学当初見せていたような輝きは見えない。大の猫好きだというジニーがミセス・ノリスの一件で落ち込んでいるという話は聞いていたが、予想していた以上の落ち込みぶりに見ている方が辛くなる。

「ねぇ、ジニーは猫以外の動物は好き?」
「うん?…えぇ、好きよ?」

レイラは突然何を言い出すのだろうと不思議そうなジニーの耳に手を当てて、周囲には聞こえないようにそっと囁いた。

「あのね、禁じられた森にユニコーンとセストラルのお友達がいるの。ジニーに紹介してあげるわ」
「森って……禁じられた森!?」
「しーっ!!静かに!まだ行ってるってハーマイオニーにバレたら怒られちゃう!」
「あ、ごめんなさい」

思わず大声を上げたジニーの口を慌ててふさぎながらハーマイオニーの様子を窺ったが、彼女はロンと頭を突き合わせて何やら真剣に話し込んでいる。どうやら聞かれていないようだと安心してジニーの口から手を離し、「誰にも内緒のお話なのよ」と囁いた。

「このことはハーマイオニー達以外には教えてないの」
「なら、どうして私に教えてくれるの?」
「気持ちがしょんぼりした時は動物と触れ合うのが一番なの。そうしたらちょっとだけ、元気になれるのよ」

ジニーのまん丸く見開かれた鳶色の瞳が、じわじわうるんでいく。

「え!?ど、どうしたの? 私、余計なこと言っちゃった?」
「……ううん、違うの…」
「えっと、えっと、じゃあどこか痛いの?」
「違うの…そうじゃなくて…………っ、あのね、私──」
「レイラ、僕ら急用ができちゃったからハリーの迎えは──ジニー?どうしたんだ?」

ハーマイオニーとの話し合いが終わったらしいロンがこちらを振り返り、今にも泣き出しそうな妹の姿に眉をひそめた。途端にジニーは椅子から飛び上がった。

「な、なんでもないの!!レイラ、お誘いありがとう!また今度ね!!」

レイラの呼び止める声も聞かず、ジニーはあっという間に大広間から飛び出していってしまった。ロンはぽかんと口を開けてそれを見送った。

「ジニーはどうしたんだ?」
「わかんない……私、でしゃばりすぎちゃったのかも…」

他の動物を代わりのように愛でることを勧めたのは、猫好きの彼女には失礼なことだったのかもしれない。しょんぼりするレイラを気遣うようにしながらも、ハーマイオニー達はどこか慌てた様子でレイラを置いて行ってしまった。

21/47

back



ALICE+