
09.決闘クラブ
「コリン・クリービーが襲われ、今は医務室に死んだように横たわっている」そんなニュースがホグワーツを駆け巡った。前回の猫とは違い、自分達と同じホグワーツの一生徒が襲われたという事実に生徒達の恐怖は大きく膨れ上がった。
しかしレイラはそれよりも悲劇的なニュースで頭がいっぱいだった。十二月に入って数日経ったある日の朝、いつも通りナルシッサからのお菓子と一緒にワシミミズクが運んできたのはルシウスからの手紙だった。その手紙を読んだレイラは目に涙を浮かべてドラコの元へと駆け出した。ドラコも同じ手紙を読んでいたところだったらしく、手には封筒と便箋が握られている。
「ドラコ、お父様からのお手紙読んだ?」
「ああ。だけどここじゃ駄目だ……人の来ない所に行こう」
玄関ホール脇の小部屋に入り、レイラはもう一度文面に目を向けた。何度読んでも内容が変わることはなくて、悲しくて涙が零れる。
ルシウスからの手紙には仕事が立て込んでいて近々屋敷に人を招く可能性があること、その準備で忙しくしているから今年のクリスマス休暇はホグワーツに残りなさいということが書かれていた。
「本当にクリスマスにお父様とお母様に会えないの…?」
「寂しいけど仕方ないよ。父上も大変なんだ」
「でも、だって……私、お父様達の邪魔にならないように大人しくしてるわ。もう大人だからお部屋の中でいい子に待てるわ…」
「レイラ、大人ならわがままを言って父上達を困らせたらだめだよ」
「だってクリスマスは家族で過ごすものよ…」
ぐすぐすと鼻をすするレイラの頭を撫で、ドラコは困ったように眉を下げて笑った。ドラコ宛の手紙にはレイラ宛のものよりも詳細な事情が書かれていた。
近いうちにマルフォイ邸に魔法省の立ち入り検査が入る可能性があり、その際に家に隠し持っている闇の魔術具を発見されては困る。それを乗り切る為にルシウスは信頼出来る筋にそれらの品を預けたり、屋敷内の秘密の部屋に移動させたりと大変らしい。
しかしレイラにそれを説明するわけにはいかない。両親は未だにレイラにそういった家の裏事情について聞かせたがらないのだ。
「ホグワーツのクリスマスはそれなりに楽しめるって聞いてる。クリスマスの夜はレイラもスリザリンのテーブルに座って、一緒に食事をしよう?」
「……」
「それから──そうだ、休暇中はレイラもスリザリン寮で過ごせないかスネイプ先生に聞いてみようか。そうすれば一緒にいられるよ」
「…………セブルス許してくれるかな?」
涙で濡れた瞳で見上げると、ドラコは「スネイプ先生はレイラに甘いから」と頷いた。クリスマス休暇を大好きなルシウスとナルシッサと過ごせないのは悲しいが、それでもひとりぼっちではない。ドラコがいてくれるならそれだけで十分だと思わなくては。
「ほら、いつまでも泣かないで、僕のお姫様」
「……うん。もう泣かない」
ドラコにハンカチで涙を拭われ、ようやく涙が落ち着いたレイラは照れたように唇を尖らせてドラコに抱きついた。
「わがまま言ったの、お父様達には内緒にしてね? 聞き分けがない子だって思われちゃう…」
由緒正しい魔法族の名家であるマルフォイ家。その当主というのはきっとレイラには想像もつかないような様々な用事で忙しいのだ。そんな素晴らしい父の邪魔をしてはいけない。もっと大人にならなくちゃ。レイラは泣いてしまった自分を恥ずかしく思った。
十二月の第二週目に入り、マクゴナガルがクリスマス休暇に学校に残る生徒はこれに名前を書くようにとリストを持ってきた。去年と同じように名前を書いたハリーとロン、そして今年はホグワーツに残るらしいハーマイオニーに続いてレイラが名前を書くと、三人は驚いて目を丸くした。
「あなた今年はホグワーツに残るの?」
「そうなの。お父様は色々と忙しいんですって。だからお父様達の邪魔をしないようにホグワーツに残るの」
「レイラが残るってことは、マルフォイも残るの?」
「もちろんよ!」
レイラだけ学校に残ってドラコは家に帰るなんてことになったら耐えられない。きっと何としてでもドラコにくっ付いて家に帰るだろう。「休暇中に残る生徒ってこんなに少ないのね」とリストを眺めている後ろで、三人が意味ありげに顔を見合わせていたことにレイラが気付くことはなかった。
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レイラは真っ暗な道を歩いていた。複雑に曲がりくねった道を照らすのは僅かな杖灯りだけだが、その足取りに迷いや恐れはない。水音を立てながら歩き続けた先に現れたのは彫刻の施された壁だった。目に大粒のエメラルドがはめ込まれた二匹の蛇は、壁を封じるように互いの体を絡ませ合っている。
レイラにはこの壁が扉だと分かっていた。その開け方も。この場所にはもう何度も通っているのだから。
口を開き、そして──…
「レイラ、授業終わったよ」
「んん………あぁ、ハリーおはよ」
体を揺すられて目を開けると、ハリーが魔法史の教科書を鞄にしまいながら笑っていた。レイラが目を擦りながら上体を起こしたのを確認して、今度は反対側で同じように机に突っ伏して眠るロンを揺り起こし始める。
「ふわぁぁ……んーっ、よく寝た」
「まったくあなた達は揃いも揃って。試験前になってから慌てても、ノートは写させてあげませんからね」
授業開始直後に眠ってしまったせいで今日も使わずに終わった羽根ペンや羊皮紙を片付けていると、ハーマイオニーが厳しい顔でそんなことを言うのでレイラは「そんなぁ」と眉を下げた。
「ビンズ先生の声には催眠効果があるのよ。だから寝ちゃうのは不可抗力だわ」
「そんなことあるはずないでしょう。現に私は起きていられるわ」
「それはハーマイオニーが特別優秀で努力家だからよ」
「おだてたってノートは見せてあげないわよ」と言いながらもハーマイオニーは嬉しそうに頬を染めた。魔法史の授業で居眠りをしない生徒の方が少ない。グリフィンドールの二年生の中ではハーマイオニーだけだ。他の生徒はどんなに頑張っても数分で眠ってしまう。
レイラもその他の生徒同様に魔法史の授業はほぼ睡眠時間に宛てているのだが、今日は変な体勢で寝ていたのか、それとも居眠り中に見た夢のせいなのか、変に体が疲れていた。
数週間前から時々見るようになったあの夢。暗くて湿った道を歩き、その先にある壁の前で立ち止まる。その壁の先に進もうとしたところでいつも目が覚めてしまう。向こう側には何があるのだろう。それを知りたいような、知るのが怖いような不思議な気持ちだった。
レイラはぼんやりとあの夢で歩く真っ暗な道のことを考えながら三人と共に昼食へ向かった。
午後の魔法薬学で調合するのは「膨れ薬」だ。レイラはいつも通りドラコの隣に座り、順調に材料を大鍋に投げ込んでいく。去年は煮込む時間をオーバーしたり材料の切り方が甘かったりとなかなか思うようにいかずに苦労していたが、作業に慣れてきたおかげなのか二年生になってからは失敗する事も少なくなっていた。
大鍋にコウモリの脾臓を入れ、黒板に記された手順通りに丁寧に鍋を掻き混ぜる。三十秒きっかり待ってから最後の仕上げに杖を振れば完成だ。
「できた!」
「うん、完璧だよ。さすがレイラだ」
「えへへ、ありがとう」
ドラコに笑顔で褒められ、レイラは嬉しくて頬を染めてはにかんだ。ひと足早く完成させていたドラコから提出用の試験管を受け取り、膨れ薬を流し込む。ドラコはハリーやグリフィンドール生達にちょっかいをかけながらも完璧に調合してしまうのだからすごいと思う。
自分達の後片付けを終えて手持ち無沙汰になった二人は最後の仕上げに取り掛かる他生徒の鍋の様子を覗きにいった。普通のグリフィンドール生がこんなことをすれば即座に減点を言い渡されるが、セブルスはチラリとドラコとレイラに目を向けただけで何も言わない。
ドラコは何やら怪しい色の湯気を立ち上らせているゴイルの鍋を見て、慌てて指導に向かった。何だかんだ面倒見がいいドラコはいつもこうしてクラッブとゴイルの調合を手伝っている。
「レイラ、これってちょっと色が濃すぎるかしら?」
「うーん……そうね。もう少しお水を足してみたら?」
不安そうに眉を下げるダフネの大鍋を覗くと、確かにレイラやドラコが調合したものより濃い気がした。
「私のは水っぽ過ぎる気がするわ。ダフネのと混ぜたら丁度いい感じになりそう」
レイラとダフネがパンジーの言葉に笑った時だった。突然爆発音が響き、レイラは勢いよく腕を引かれてバランスを崩した。誰かのローブに顔を押し付けているせいで視界は真っ暗だが、雨のような水音と次々上がる悲鳴で何かが起こっているのが分かる。
「……っ、」
「な、なに?誰?───ノット?どうしたの?何が…」
ようやく水音が止み、覆い被さるようにレイラを抱き込んでいた腕の力が緩んだ。胸を押して顔を上げ、それがノットだということに驚き、さらに彼の右肩がどんどん膨れ上がっていくのに気付いて目を見開いた。
ノットの腕の中から見回した教室は大惨事だ。クラスの半分程の生徒はノットのように体の一部が大きく膨れ上がっている。どうやら誰かの鍋が爆発したらしい。
「もしかして庇ってくれたの?」
「……別に」
「静まれ!静まらんか!薬を浴びた者は『ぺしゃんこ薬』をやるからここへ来い」
セブルスの怒鳴り声が響き、ノットはすぐにレイラから離れてセブルスの元へと向かった。右肩が岩のように膨らみ、体を傾けながら歩く後ろ姿に胸が痛む。ドラコも薬を浴びたらしく、小さなメロンほどに膨らんだ鼻を下に向けて俯いたまま薬の列に並んでいた。
被害のほとんどはスリザリン生だった。スリザリン側に座っていた中で薬を浴びなかったのはレイラとミリセントの二人だけで、他のスリザリン生はどこかしら体を膨らませている。
「爆発したのが誰の鍋か分からないけど、きちんと調合できてるものでよかったわよね」
「どうして?」
「だって酷い失敗をして中身が別物になっていたら、スネイプ先生の用意して下さったぺしゃんこ薬では効果がなかったかもしれないわ」
ミリセントの言葉を聞き、確かにそうだとレイラも頷いた。最悪の場合皆で医務室に駆け込むか、もしかしたら聖マンゴに運ばれるような事態になっていたかもしれない。
しばらくしてようやく全員の膨れが治まると、セブルスはゴイルの大鍋の底から黒焦げの縮れた何かを掬いあげた。爆発したのはゴイルの鍋だったらしい。今日使った材料のどれとも違う形状のそれが何なのか、レイラには見当もつかなかった。
「これを投げ入れた者が誰か分かった暁には──私が間違いなくそやつを退学にしてやる」
低い声で告げるセブルスは真っ直ぐにハリーの事を睨み付けていた。ハリーの事を嫌っているらしいセブルスが彼に難癖をつけるのはいつものことだが、その態度はやっぱり理不尽だ。ハリーはこんなことをするような人間ではないし、今だって「誰がこんなことをやったんだろう」という顔で教室を見回している。
それから十分後に終業ベルが鳴り、レイラはすぐに教室から出て行こうと立ち上がったノットのローブを掴んで呼び止めた。
「ノット、さっきはありがとう」
「何かあったのか?」
ドラコが首を傾げると、ミリセントがにやーっと意味ありげに笑った。
「ノットは身を挺してレイラの事を守ったのよ」
「なになに? なんか面白い話?」
目を輝かせたザビ二が身を乗り出し、ノットはめんどくさいのに見つかったと顔を顰めたが、ミリセントはそんなノットを無視して続けた。
「さっきね、爆発音がした瞬間にノットはレイラのことを抱きしめたの!降り注ぐ膨れ薬は全て自分が浴びて、おかげでレイラには一滴もかからなかったわ!」
「まあ!」
「おいおい、セオってばやるじゃん」
「別に……咄嗟に体が動いただけだ」
「咄嗟に守っちゃうほどレイラを守りたいってことね!」
「違う!」
ノットが何を言ってもキャーキャー騒ぐパンジーやニヤつくザビ二は聞こうとしない。ドラコはレイラを守ってくれたことにお礼を言うべきか、レイラを抱き締めたことに文句を言うべきか分からずに一人で百面相をしている。
賑やかなスリザリン生を眺め、レイラはにっこり笑った。
「熱ーいハグで守ってくれてありがとう、セオドール」
ノットはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「セオのことファーストネームで呼ぶなら俺も『ブレーズ』って呼んでくれよ」
「えー、どうしようかなー?」
「ザビ二!調子に乗るな!」
「セオはいいのか?ハグまでしたんだぜ?」
「ノットもだめだ!」
怒れるドラコの声が響く地下牢でレイラはパンジー達と「あいかわらずドラコはシスコンね」と笑い合った。
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