
09.決闘クラブ
玄関ホールの掲示板前にちょっとした人だかりができていた。ホグズミード休暇のお知らせでも出たのかと思ったが、人だかりの中にはレイラ達と同じ二年生や一年生も混ざっている。なんだろうと見ていると、四人に気付いたシェーマスとディーンが興奮した顔で手招きした。
「『決闘クラブ』を始めるんだって!」
「今夜が第一回目だ。決闘の練習なら悪くないな。近々役に立つかも……」
「え? 君、スリザリンの怪物が決闘なんかできると思ってるの?」
そう言いながらも、掲示板を見上げるロンの横顔からは興味津々なのが伝わってくる。ハリーとハーマイオニーも乗り気で「役に立つかもね」と頷いている。その中でレイラだけが小さく首を振った。
「私はやめておく」
「なんで?」
「だって私、呪文得意じゃないし……決闘って怖そうだもの」
物語に出てくる魔法戦士や決闘チャンピオンは全身傷だらけで、腕や足、目や鼻などあらゆる場所を決闘で失っていた。しかも大抵それを誇らしいことだと自慢しているのだ。そんな野蛮なものに参加したくない。
ハリー達はレイラのその言葉を聞いておかしそうに笑った。
「大丈夫だよ。これは本物の決闘じゃなくて学校のクラブなんだから、危険なことはないと思うよ」
「うーん…」
「今の状況で開催するってことは、きっと護身術みたいなものを教えてくれるんだと思うわ。参加してみない?」
結局最後まで乗り気になれないまま、レイラは三人と共に決闘クラブが行われる大広間へと向かった。普段使っている食事用のテーブルは取り払われ、一方の壁に沿うように金色の舞台が置かれている。
「誰が教えるのかな?」
「誰かが言ってたけど、フリットウィック先生は若い時、決闘チャンピオンだったんですって。多分彼だわ」
「誰だっていいよ。あいつでなければ……」
ハリーの言葉は呻き声へと変わった。周囲からも同じような呻き声と、正反対の黄色い悲鳴が上がっている。深紫のローブを纏ったロックハートは輝くような笑顔で観衆に向かって手を振りながら舞台の上を歩き、その後ろにはおそろしく不機嫌な表情のセブルスを引き連れている。
「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな決闘クラブを始めるお許しをいただきました──」
後ろのセブルスが気になりすぎて、ロックハートの前説がまったく耳に入ってこない。どうやらセブルスはロックハートの助手らしいが、本当に彼が納得してあの場に立っているのか疑問だ。レイラの見間違いでなければ、セブルスは今にもロックハートを絞め殺しそうな顔をしている。
セブルスとロックハートは向かい合って一礼をし、杖を剣のように前に突き出して構えた。
「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています。三つ数えて最初の術をかけます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありませんよ!」
「僕にはそうは思えないけど」
ハリーが小さく呟いた声にレイラも頷いた。セブルスの全身から、敵意を通り越して殺意を感じる。
「一、二、三──」
「エクスペリアームス!」
先に叫んだのはセブルスだった。紅の閃光に貫かれ、ロックハートの体が大きく吹き飛んだ。壁に激突して床に大の字に滑り落ちたロックハートを見て、ハーマイオニーが心配そうな声を上げている。
スリザリン生が固まった一角からはセブルスへの拍手や歓声が聞こえるが、当の本人はニコリともしない。けれどどこかすっきりした顔で起き上がるロックハートを見下ろしている。もしかしてセブルスは公式にロックハートへ攻撃できるからという理由で助手を引き受けたんじゃないだろうか。
「さあ、皆分かったでしょうね!あれが『武装解除の術』です。ご覧の通り、私は杖を失ったわけです」
いつも完璧な角度で頭に乗った帽子が吹き飛び、カールした髪は逆立っている。それでもキラキラした笑顔と演説はいつも通りなのだから、逆に感心してしまう。
「模範演技はこれで十分!これから皆さんのところへ降りていって、二人ずつ組にします。スネイプ先生お手伝い願えますか」
「レイラ、一緒に組みましょう?」
ハーマイオニーに手を引かれ、レイラは遠慮がちに頷いた。できれば見学していたかったが、よく知らない相手と組まされるよりはハーマイオニーと組んだ方がいいだろう。
「じゃあ僕はロンと組もうかな」
「どうやら名コンビもお別れの時がきたようだな」
ハリーとロンの間に割って入るように、薄笑いを浮かべたセブルスが現れた。
「ウィーズリー、君はフィネガンと組みたまえ。ポッターは──ミスター・マルフォイ、来たまえ。それからミス・グレンジャー、君はミス・ブルストロードと組みたまえ」
「あの……私は?」
「ミス・マルフォイ、君には私の手伝いをしてもらう」
三人から憐れむような視線を向けられたが、レイラは大喜びでセブルスの隣に移動した。決闘をしなくていいなら荷物持ちだろうが雑用だろうが喜んでやろう。
しかしセブルスは特に何か言い付けるでもなく、大広間を歩き回って生徒達を組ませていく。仲が悪いスリザリンとグリフィンドールのペアが多いのはきっとわざとだ。
「ねえ? お手伝いって何をすればいいの?」
「何かしたいのか?」
全ての生徒を組ませ終わり、傍観する姿勢で壁に凭れたセブルスに問いかけると、逆に聞き返されてしまった。レイラもセブルスの隣の壁に凭れながら首を振る。何もしなくていいならそれが一番だ。
「君は参加しないだろうと思っていた」
「どうして?」
「昔、本を読んで大泣きしただろう」
「あー……えへへ」
仕掛け絵本の決闘シーンで主人公の腕が吹っ飛んだのがショックで、たまたまマルフォイ邸を訪ねてきていたセブルスに泣きながら突撃した時のことを言っているのだろう。元々魔法使いの決闘は怖いなぁと苦手意識があったのに、あの絵本で完全に「決闘は恐ろしいもの」という認識が植え付けられた。
「まあ、今回のクラブではレイラが大泣きするような事態は起こるまい。学生同士ならせいぜい──…」
セブルスの言葉は中途半端に途切れた。ロックハートの開始の合図と同時に、いやそれより早くから大広間中で呪文の応酬が始まったからだ。たしかロックハートは武装解除をするように指示したはずだが、その言葉通りにした生徒はほとんどいなかったらしい。至る所で笑い転げたりひっくり返ったり、杖を放り投げて肉弾戦を繰り広げている者までいる。
「武器を取り上げるだけだと言ったのに!」
ロックハートの悲痛な嘆き声が聞こえるが、生徒達はそれを無視して決闘──果たして決闘と呼んでいいのか疑問な状態ばかりだが、それを続けている。
特に酷いのがスリザリンとグリフィンドールのペアで、ドラコは息も継げないほどに笑い転げているし、ハリーは何故か軽快なステップを踏んでいる。ミリセントは足をロープで締め上げられた状態でハーマイオニーにヘッドロックをかけているし、ディーンとゴイルは互いに顔に青あざを作って鼻血を流していた。
「……私、参加しなくてよかった」
「フィニート・インカンターテム!」
レイラがぽつりと呟いた横でセブルスが杖を振り、大広間の惨状を強制終了させた。
ロックハートは倒れた生徒を助け起こしたり、傷への応急処置方などを教えながら大広間の中を歩き回る。こういうところを見ればちゃんとしたいい先生だ。
「これはむしろ、非友好的な術の防ぎ方をお教えする方がいいようですね。さて、誰か進んでモデルになる者はいませんか?──ロングボトムとフィンチ-フレッチリー、どうですか?」
「ロックハート先生、それはまずい。ロングボトムは簡単極まりない呪文でさえ惨事を引き起こす。フィンチ-フレッチリーの残骸をマッチ箱に入れて医務室に運び込むのが落ちでしょうな」
ネビルが泣きそうな表情で俯いたのが見え、レイラはムッとしてセブルスを睨み上げた。もちろんセブルスはそんなレイラの視線など無視して大広間を見回す。
「ザビ二とポッターはどうかね?」
「それは名案!」
ロックハートはにこやかに笑い、ザビ二とハリーに大広間の真ん中へ来るように手招きした。
23/47