10.クリスマス休暇
「ノットとマルフォイはどこかに行ってしまいましたか?」
「図書館に本を借りに行ったところよ。二人に何か用だった?」

声をかけてきたザック・エドモンドはドラコ達以外で残っている唯一のスリザリン生だ。

「いや、珍しい物を手に入れたから分けてあげようと思って」

手招きされてついていくと、エドモンドは暖炉前のソファーに腰掛けて鞄から小ぶりな箱を取り出した。淡く光る包装紙が綺麗だ。レイラはエドモンドの隣に座りながら興味津々でそれを覗き込んだ。箱に入っていたのは丸い形のチョコレートだ。

「チョコレート?」
「普通のチョコじゃないんですよ。ほら、口を開けて」

言われるままに口を開けるとチョコレートをひとつ口に放り込まれた。口に広がる甘さに頬をゆるめながらひと噛みした瞬間、チョコレートが割れて中からトロリと蜂蜜のような液体が溢れてくる。

「──っ!!おいしい!」
「気に入りましたか?」

ぱあぁっと瞳を輝かせるレイラに、エドモンドはにっこりと笑った。花のような匂いは中の液体から香っているのだろうか。上品な甘さと華やかな香りでとても美味しい。

「すっごくおいしい……これってどこで買えるの?」
「普通のルートでは手に入らない物なんです」
「そっかぁ」

ナルシッサが気に入りそうなお菓子だと思ったのだが、レイラには買えなさそうだ。

「エドモンドはどうやって手に入れたの?」
「それは言えません。──もう一ついかがですか?」
「いいの?」
「レイラは可愛いから。特別ですよ」
「わぁ!ありがとうっ」

レイラは喜んで二つ目のチョコレートに手を伸ばした。七年生のエドモンドとはこの休暇で初めて話したが、優しくて親切ないい先輩だ。

「もうひとつ素敵なものを見せてあげましょうか」
「なぁに?」
「クリスマスプレゼントに最新型の星空投影機を貰ったんです。ベッドの天井に使うと、寝転んだまま本物の星空鑑賞が出来るんですよ」

星空を眺めるのは好きだが、今の季節は寒くてのんびり鑑賞する余裕なんてない。それが暖かい室内でベッドに寝転んでできるなんて夢のようだ。レイラが笑顔で「見たい!」と頷くと、エドモンドは笑みを深めて立ち上がった。

「それじゃあ俺の部屋に行きましょう」
「今から? でも何も言わないで行ったらドラコ達が心配するわ」
「大丈夫ですよ。ほら」

エドモンドは「でも…」と眉を下げるレイラの肩を抱き、男子寮への階段へ歩き出す。レイラが何も言わずにいなくなったら、心配性で過保護なドラコはきっと心配する。せめてメモだけでも残した方がいいんじゃないだろうかと思って立ち止まると、談話室の入口が開いてクラッブとゴイルを引き連れたドラコが戻ってきた。レイラとエドモンドの姿を見ると、途端に眉をつり上げて駆け寄ってくる。

「おい!何してるんだ!」
「星空投影機見せてくれるんですって。ドラコも一緒に行く?」
「わざわざ男子寮で?」
「……仕方ないですね。レイラ、また今度厳しいお兄さんがいない時にお誘いしますよ」
「だめだ!」

普段ここまでドラコが怒って誰かに噛み付いている時は、クラッブとゴイルが威嚇するように後ろで手の骨を鳴らしているのだが、今日の二人は物珍しそうに談話室内をきょろきょろ見回している。その様子に不思議に思って首を傾げると、ゴイルと目が合った。途端に目を泳がせるゴイルと挙動不審になるクラッブに余計に不思議になるが、特に気にしないことにした。きっとまだ食べ足りなくておやつを探しているのかもしれない。

ドラコと一緒に戻ってきたのはクラッブとゴイルだけでノットの姿はない。エドモンドが男子寮へ姿を消してもドラコはまだ不機嫌そうに顔を顰めたままだ。

「セオドールはどうしたの?」
「もう少し図書館に残るらしい。そんなことより──いいか、レイラ。あんまり簡単に誰かの部屋について行ったらだめだ」
「どうして?」
「どうしてって……とにかく、どうしてもだ」

やっぱり過保護過ぎる。レイラはぷくっと頬を膨らませながらふかふかのソファーに座り、あいかわらず立ち尽くしたままのクラッブとゴイルを見て首を傾げた。

「二人ともどうしたの? 座らないの?」
「えっ、あ、あぁ…」

二人は戸惑ったような表情でレイラの向かいの椅子に腰を下ろした。もしかして教科書や勉強用具が広げられた机の前に座ることすら嫌なんだろうか。クリスマスの夜に勉強用具を目に入れたくないという彼らの気持ちはよく分かる。レイラは「セオドールが戻ってくるまで休憩にしましょう」と言いながら机の上を片付けた。

「そうだ、さっきノットから面白い話を聞いたんだ。何日か前の日刊予言者新聞の記事に……ちょっと待ってろ。部屋から新聞を取ってくる」

ドラコはクラッブとゴイルにそう声をかけて男子寮へ引っ込むと、すぐに新聞を手にして戻ってきた。

「見せて見せて」
「ほら、これだよ」

何が書かれているのか気になって新聞を見せてもらうと、アーサー・ウィーズリー氏がマグルの車に魔法をかけた廉で五十ガリオンの罰金を言い渡されたという記事が載っていた。だがそれより気になったのはウィーズリー氏の奥さん──つまりロンのお母さんの「とっとと消えないと家のグールをけしかけるわよ」というコメントだった。

「ロンのお家にはグールお化けがいるのね!いいなぁ、私も本物のグールお化けって見てみたいわ」
「グールなんてものが本当に住み着いてるなら、ウィーズリーの家はよっぽどおんぼろなんだろうよ」

レイラが呑気なコメントをしていると、記事を読んだクラッブとゴイルはいつものように低い声で笑った。ドラコはそれを見て上機嫌で頷く。

「最高に笑えるだろう? アーサー・ウィーズリーはあれほどマグル贔屓なんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいいのさ。ウィーズリーの連中を見てみろよ。本当に純血かどうか怪しいもんだ」
「もう、ドラコ。そういうこと言っちゃだめだってば。ほら、クラッブも不満そうだよ」

顔を歪めているクラッブを指さすと、ドラコはそれを見て不審そうに眉をひそめた。クラッブがこんな発言を不快に思うなんておかしい。

「クラッブ、どうした?」
「腹が痛い」
「だから食べ過ぎるなって言っただろう」

唸りながら言われた言葉にレイラは驚いてクラッブを見つめた。クラッブでも食べ過ぎてお腹が痛くなることがあるのか。

「ウィーズリーといいポッターといい、後先考えずに車を飛ばしたりするからこんなことになるんだ。親に恥をかかせるなんて、考えただけで死にそうだ」

クラッブとゴイルの笑い声に混ざってレイラも困り顔で苦笑いを浮かべた。こればかりはドラコに同意だ。

「皆があの底抜けに間抜けなポッターをスリザリンの継承者だと思ってるなんて、本当に信じられないよ。ちょっと考えればあいつが継承者じゃないってことくらいわかりそうなものなのに。いったい誰が継承者なのか僕が知ってたらなぁ。手伝ってやれるのに──いや、もちろん冗談だよ」

レイラがじろりと睨んだのに気付き、ドラコは慌てて首を振った。そんな二人をクラッブとゴイルがぽかんとした表情で見つめている。

「……君は誰が陰で糸を引いているか、見当はついてるんだろう?」
「いや、知らない。ゴイル、何度も同じことを言わせるな」

やっぱりどの寮でもスリザリンの継承者が誰なのかという話題は出るものらしい。

「誰が継承者かわかれば、ハリーが疑われて悲しい思いをしなくてよくなるのに。前にも開かれたことがあるんでしょう? 先生達は何も知らないのかしら」
「どうだろう。前回『部屋』が開かれたのは五十年前だから、その時からいる人くらいしか実際のことは知らないんじゃないか?」

前に部屋が開かれたのが五十年前だというのは初めて聞いた。どうやらドラコはルシウスに手紙を出して追加で秘密の部屋について聞いたらしい。

「五十年前だから父上の前の時代だ。当時の事は全てが沈黙させられているから、全てを知る人は少ない」
「五十年前っておじい様とルースが学生だった頃くらいかしら…ちょっとズレてる?」

あの二人は今何歳だっただろうか。もうすぐ七十になるくらいなら、部屋が開かれた時に在学中だったか卒業して数年経ったかくらいだ。

「どうだろう……でも仮に在学中だったとしても、話して下さらないと思う。ほとんど情報が出回っていない中で多くを知り過ぎていると危険だからって、父上も殆ど教えてくれなかったんだ」

確かにそうだ。周りが知らないことを知っているのがバレたら継承者だと疑われるかもしれない。最悪の場合、本当の継承者から口封じに殺されかねない。

「ひとつだけ教えてもらったのは、前回『穢れた血』が一人死んだってことだけだ」
「……っ」

死亡者が出ていたという事実に、喉がひゅっと音を立てた。このまま事件が続けば悲劇が繰り返されるかもしれない。

「前の時の犯人は捕まったの? その人がまた事件を起こしているって可能性はないのかしら」
「父上は以前部屋を開けた人間は追放されたとしか言ってなかったけど、多分まだアズカバンにいるんじゃないかな」
「アズカバン?」

まるで初めてその言葉を聞いたというようにゴイルが繰り返すので、ドラコは呆れて溜息をついた。

「アズカバン。魔法使いの牢獄だ。知らないわけないだろ?」
「あ、あぁ……牢獄。うん、知ってる」
「まったく。そのうちお前が後ろに歩き始めないか本気で心配だ」
「ふふ、それはそれでおもしろそ……っ、」
「レイラ? どうした?」

くすくす笑っていると、突然目の前がぐらりと揺れてレイラは言葉を詰まらせた。なんだか全身が重たい。

「ううん、なんでもない…」
「本当に?」
「……っん、」

心配そうに覗き込んでくるドラコに「ドラコは心配性ね」と笑おうとしたが、体が震えて言葉にならなかった。レイラが耐えるように眉を寄せたままぐったりと背もたれに倒れ込むと、ドラコは焦ったように体を支えようと手を伸ばした。

「レイラ、熱があるんじゃないか」
「うん……なんか、…っ」

熱を測ろうと額に手を当てた瞬間、レイラは大袈裟なくらい体をはねさせた。頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませる姿にドキリとする。大きな音を立てて立ち上がったクラッブとゴイルが「腹が痛い」「医務室に行かないと」と言いながら談話室から出ていくのを気にする余裕もなく、ドラコはレイラの様子にどうしたらいいのかと戸惑っていた。

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