11.捨てられた日記帳
目を覚ましたレイラは見慣れない石造りの天井を見上げて「あれ?」と首を傾げた。グリフィンドールの真紅の天蓋でもなければマルフォイ邸の子供部屋の天井でもない。不本意ながら慣れ親しんだ医務室の真っ白な天井とも違う。

「起きたか」
「……セブルス?」

ぼんやりしたまま横たわっていると深いバリトンボイスが響いた。あくびをしながら声のした方を見ると、セブルスが少し離れた場所に置かれた肘掛け椅子からこちらを見ていた。普段の黒づくめのローブ姿ではなく、ダークグレーの寝巻き姿だ。

「体の調子はどうだ」
「なんともない、と思うけど……ここはどこ?」
「私の部屋だ」

「なんでセブルスの部屋で寝てるの?」と言いながら起き上がり、自分も彼が着ている物と同じダークグレーの寝巻きを着ているのに気付く。

「覚えていないのか?」
「何を?」

ベッド脇に立ち、レイラの顔を覗き込むセブルスの顔はどこか疲れているように見える。いまいち状況を飲み込めず、レイラは困ったように眉を下げた。

「昨日一日の行動を言えるか」
「昨日? 昨日ってクリスマスよね? えっと、朝起きてプレゼントを開けて、ドラコとセオドールのチェスを見て……クリスマスディナーを食べてから皆でお勉強して…」

記憶を辿りながら昨日一日の行動を上げていく。

「お勉強して…えっと…あれ? その後どうしたんだっけ」

クリスマスの夜にまでお勉強するなんて!と言いながらドラコとノットと課題に取りかかったのは覚えている。だが、その後の記憶が朧気だ。

「ミスター・エドモンドから何か渡されなかったか?」
「エドモンドから?──あ、チョコレート貰ったわ。すっごく美味しかったの!」

レイラが笑顔で答えると、セブルスの眉間の皺が濃くなった。その反応にきょとんとするレイラに溜息をつき、昨夜何が起こったのか教えてくれた。エドモンドから貰ったチョコレートには体調不良を引き起こす薬が混入されていて、それを食べたレイラは熱を出して倒れたらしい。セブルスが調合した解毒剤を飲んですぐに落ち着いたが、念の為にこの部屋に泊まることになったようだ。

「記憶がないのは薬の影響だろう。他に違和感を感じることはないか?」
「うん。体もだるくないし、お熱もなさそう。それにしてもチョコレートにそんな危ないお薬が入ってるなんて……ちゃんと買ったところに『不良品でしたよ』って報告しなくちゃだめね」
「いや、おそらく本人が意図的にそういった品を入手したのだろう」
「意図的にって…じゃあ、エドモンドは私にいじわるするためにそんな物食べさせたの?」

エドモンドとはほとんど関わったことがないが、休暇中に喋ってみて穏やかで優しい普通の先輩だと思った。体に害のある物を食べさせるような人間には思えない。もしかして気付かないうちに何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。しょんぼりと肩を落とすレイラの頭をセブルスが不器用に撫でる。

「詳しい事情はこれから聞くことになっているが……ミスター・エドモンドは成績は優秀だが少々人間性に問題がある生徒だ」
「人間性に問題?」
「とにかく、今後は彼との接触は避けるように。再び危害を加えられる可能性がないとは言えん」
「でもスリザリン寮にいるのに近付かないなんて無理よ」
「残りの休暇はグリフィンドール寮で過ごしたまえ。スリザリン寮への滞在許可は取り消しだ」
「えぇーっ!?」

今日一番のショックだ。まだ休暇は始まったばかりなのに。セブルスはレイラの不満げな声を無視して続ける。

「まだ『部屋』の事件も収まっていない。当分一人での行動は控え……いや、単独行動は禁止する」
「そんなぁ!」
「危険な目にあいたくなければ言う通りにすることだな」
「セブルスも過保護だわ!そんなに心配しなくても大丈夫よ、だって襲われるのは純血以外の人間なんでしょう?」
「先日の事件を忘れたか? ゴーストまで被害者になったのだ。純血だからといって必ずしも安全だとは言いきれない」

たしかにほとんど首なしニックが襲われたことは衝撃的だった。今まで自分は安全だろうと気楽に構えていた者も恐怖に陥り、おかげで休暇中に自宅へ帰る生徒の数が増えたのだ。レイラだって自分もいつ襲われても不思議ではないと思っているが、それでも単独行動を禁止されるのは納得できない。

「……わかったわよ」

どうせ常に行動を監視されているわけではないのだからなんとかなるだろう。そんなことを考えながらレイラは頷いた。



セブルスの部屋でシャワーを借りて身支度を整え、レイラはセブルスに連れられてグリフィンドール寮へ向かった。その途中で玄関ホールの壁に凭れるプラチナブロンドを見つけて「ドラコ!」と笑顔で声をかけると、ドラコはハッとして顔を上げた。

「レイラ…!!もう大丈夫なのか?」
「うん、元気いっぱいよ」
「後遺症等はない。だが昨夜熱が出ている間の記憶が抜けている」

セブルスの言葉を聞き、ドラコは不安そうな、安心したような複雑な表情を浮かべる。その反応に首を傾げるレイラと目が合うと、さっと目を逸らされてしまった。

「ドラコ?」
「……いや、えっと…残りの休暇中のことは聞いた?」
「聞いたわ。グリフィンドール寮で過ごしなさいってやつでしょ?」

ぷっくり頬を膨らませるレイラを見て、ドラコは目を伏せたまま眉を下げて笑う。やっぱり何か変だ。

「彼女を寮へ送り届けた後、エドモンドから話を聞く予定だ。奴は何処にいる?」
「さっきはスリザリンの談話室にいました。多分まだ談話室だと思います」
「そうか──レイラ、行くぞ」

セブルスが歩き出してしまったのでレイラは慌てて後を追いかけた。

「ドラコどうしたのかな? なんだかちょっぴり元気がなかったよね……あ!もしかしてドラコもエドモンドにいじわるされたのかな!?」
「レイラの容体が心配であまり眠れていないのだろう。彼のことを思うならこれ以上心配をかけないことだ」
「心配させたくてさせてるわけじゃないのよ」

セブルスは片眉を上げるだけで何も言わなかった。ドラコが過保護過ぎるのもあるが、たしかにレイラも警戒心が足りないかもしれない。とりあえずこれからは親しい友人以外から貰ったものは食べないようにしようと心に決めた。



残りの休暇はグリフィンドールで過ごすことになったと報告すると、残っていた皆は喜んで歓迎してくれた。ジニーはあいかわらずあまり元気がないような気がしたが、それでも嬉しそうに笑って抱き着いてくれた。フレッドとジョージが点火させたフィリバスターの長々花火が飛び回る談話室内を見回して、レイラは大好きなふわふわの栗毛がないことに気が付いた。

「ねえ、ハーマイオニーはどこにいるの?」

彼女がこんな時間まで自室で寝ているとは考えにくい。図書館だろうかと首を傾げると、ハリーとロンが顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「ハーマイオニーは医務室だよ」
「なんで?」

昨日クリスマスディナーの時に見かけたハーマイオニーは元気そうだった。それなのに何故医務室?まさか……とレイラの顔が青ざめると、二人は慌てて首を振った。

「『部屋』とは関係ないよ。ただちょっと…」
「ちょっと?」
「うーん…なんていうか、しばらく人前に出られないっていうか…」

ハーマイオニーに何が起こったのか、二人の説明ではさっぱりわからない。

「医務室に行けば分かるよ」
「百聞は一見にしかずさ」

にやりと悪戯っぽく笑った二人に連れられて医務室を訪れたレイラは、半分猫へと姿を変えた友人を見て歓喜の声をあげた。全体的には人間のままだが頭の上には立派な猫耳がついているし、顔は黒い毛で覆われている。本人は落ち込んでいたが、レイラはそんなハーマイオニーを思う存分撫で回してきた。猫になったハーマイオニーもとっても可愛い。

彼女がこんな事態に陥ったのは魔法薬の調合に失敗したかららしかった。何のためにどんな薬を作ろうとしたのかは教えてもらえなかったが、とりあえず命に別状はないようなので安心だ。ひと月もすれば元通りの姿に戻れるらしいと聞いて、レイラは期間限定の猫人間状態のハーマイオニーを堪能するためにできるだけいっぱいお見舞いに来ようと決意した。



休暇を終えてホグワーツに戻ってきた生徒達はハーマイオニーの姿が見えないことに気付き、彼女が新たな犠牲者になったのだと噂した。おかげでレイラ達は何回も「ハーマイオニーは襲われてないし、石になっていない」と説明しなくてはならなかった。
三人は毎日夕方には医務室へお見舞いに行き、新学期が始まってからは毎日その日の宿題を届けた。レイラはハーマイオニーに見せるために今までより真面目に授業を受けてノートをとるようになった。授業中に先生が発言したコメントもばっちり書き込んである。

ハーマイオニーはレイラ達が顔を見せると笑顔を見せてくれるが相当落ち込んでいるらしく、時々悲しそうな顔で「もしずっとこのままの姿だったらどうしましょう…」とこぼしていた。ちなみに「ハーマイオニーは猫人間になってもとっても可愛いよ!」というレイラの慰めはまったく効果がなかった。
ハーマイオニーを元気づけるにはどうしたらいいか。精一杯考えた結果、レイラはロックハートの部屋の前に立っていた。授業以外でロックハートに話しかけるのは初めてで少し緊張する。追い返されることはないはずだと思いながらノックすると、すぐに「どうぞ」と声が返ってきた。

「失礼します──あの、ロックハート先生」
「おや、ミス・レイラ・マルフォイ。どうしました?」

ロックハートは机の上に広げられた羊皮紙の山をフォルダに仕舞いながら輝くような笑顔で迎え入れてくれた。

「ごめんなさい、お仕事中でしたか?」
「次回作のためにネタをまとめ直していたところですが、ちょうどひと息入れようと思っていたところなので気にしなくても大丈夫ですよ」

ちらりと見えた羊皮紙にはびっしりと文字が綴られている。

「また新作を出されるんですか?」
「ええ。教師という素晴らしい職に就いていても、私の活躍を読みたがっている読者の方々をいつまでもお待たせするわけにはいきませんからね! しかしまあ、教師というのは大変な仕事ですね。想像以上に仕事量が多くてなかなか執筆の方が捗りませんよ」

白い歯を見せて笑いながら羊皮紙を全て片付け、杖をひと振りして紅茶とクッキーを出すとレイラに座るように促した。
ロックハートが出す課題は彼の著書を読んで感想を書く、詩を書く等、勉強になっているのか疑問なものばかりだが、返却されたものには必ずコメントやアドバイス(こんな言葉を使えばさらに私の素晴らしさを褒め称えるのに相応しいですよ)が書かれている。全ての生徒の課題に目を通してアドバイスをしているのなら、かなり時間がかかりそうだ。さらにファンレターに返事をして、一応授業も行って。たしかにレイラが思うよりロックハートは忙しいのかもしれない。
「様々な危機から多くの人を救ってきた英雄ロックハート」として見るとどうにも胡散臭いが、普通の人間として見ればそんなに悪い人ではないのだ。少し自画自賛が過ぎるところは鬱陶しいけれど。

「私、ロックハート先生の書かれる物語大好きなんです。次のお話も楽しみにしていますね」

レイラが笑って言うと、ロックハートは頬を薔薇色に染めて嬉しそうに笑った。その笑顔はいつものキザっぽい笑顔よりずっと素敵だ。レイラは笑顔のままロックハートが出してくれた紅茶に手を伸ばした。出したばかりなのに冷めているし、風味もぼんやりしている。お世辞にも美味しいとは言えない紅茶だが、嫌いじゃないと思った。

「ロックハート先生にお願いしたいことがあるんです」
「私にできることならなんなりと」
「友人のハーマイオニー・グレンジャーが落ち込んでるんです」
「あぁ、たしかミス・グレンジャーは入院しているんでしたか? 病気ですか?」
「えっと病気ではないんですが……ちょっと色々あって。それで彼女に元気になってもらいたくて、ロックハート先生にお見舞いのカードを書いてもらいたいんです」
「お安い御用ですよ。彼女はとても優秀でいつも素晴らしいレポートを提出してくれますし、私の大切なファンに元気になってもらえるなら──このカードなんかいいでしょう」

ロックハートは引き出しから何種類ものカードを取り出し、その中からキラキラ金色に輝くカードを選んだ。少し派手すぎるんじゃないかと思ったが、ロックハートが選んでくれたカードならそれが一番嬉しいだろう。

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