11.捨てられた日記帳
ロックハートの部屋を出て医務室へ向かう途中、レイラは廊下を歩くノットの後ろ姿を見かけて駆け寄った。「お願いきいてくれないかな?」と上目使いで首を傾げると、ノットはあからさまに嫌そうな顔をしたが立ち止まってくれる。彼のこういう優しいところが好きだ。

「あのね、エドモンドとお話をしたいの。でもドラコ達から近付いちゃだめって言われてるから声をかけられなくて……だからエドモンドのこと、呼んできてくれないかな?」
「……は?」

レイラの言葉を聞き、ノットは顔を顰めた。
クリスマスに起こった一件は当事者であるレイラとエドモンド、助けてくれたドラコとセブルス、それからセブルスを呼んできてくれたノットにしか知らされていない。事情を知らない他の人には頼みにくいし、ドラコとセブルスは絶対許してくれないだろう。偶然に出会おうにも寮も学年も違うエドモンドとは校内ですれ違うことはおろか、姿を見かけることすら稀だ。

「呼んできて何を話すつもりだ」
「どうしてあんなことしたのか聞きたいの。気付かないうちに何か怒らせるようなことをしちゃってたなら謝りたいし…」

ノットの表情がますます険しくなる。めんどくさいと思われたのだと思って慌てて付け加えた。

「セオドールは関係ないのにごめんね。でも他にお願いできる人がいないの」
「あんた、自分が何をされそうになったのか本当にわからないのか?」
「何って……お熱を出して苦しめようとしたんでしょう? スネイプ先生から教えてもらったわ」

舌打ちが聞こえたと思った直後、肩を押されて背中を壁に打ち付けた。その衝撃で息が詰まる。

「ここまで能天気だといっそ笑えるな。いいか、あんたが食べさせられたのは媚薬だ」
「……媚薬?」
「もしかして媚薬が何かすらわからないか?」

馬鹿にしたように眉を上げる仕草にレイラは「それくらい知ってるわ」と頬を膨らませた。詳しい知識があるわけではないが、存在と使用目的くらいは知っている。

「でも、本当に?だってドラコ達は風邪みたいにするお薬だって言ってたし──それに、どうしてあなたがそんなこと知ってるの?」
「媚薬が効いた状態のあんたを見たからだ。マルフォイ達が本当のことを言わなかったのは、そんな状態を見られたと知ったら恥ずかしいだろうと配慮したんだろ」

媚薬を摂取した自分がどんな状態になったのか想像して、レイラは頬を赤く染めた。きっとみっともない姿だったんだろう。

「そんなものを食べさせて何をしようとしたかなんて、言わなくてもわかるだろ。そんな相手とまともに話せると思うか?」
「うっ……でも、もしかしたら何か間違えちゃっただけかもしれないし、それにもし本当にわざとだとしても、もうあんなことしちゃだめよって言えば──…きゃっ」

ダンッと壁を殴りつける音に咄嗟に目をつぶってしまう。目を開けると、思ったよりも近い距離で紫色の瞳に睨まれていた。壁とノットの両腕に閉じ込められて動けず、レイラは困惑気味に首を傾げた。

「本気でそんなこと言ってるのか」
「……セオドール?」
「あんたは警戒心がなさすぎる。今だって危機感なんかひとつもないんだろ?」

ノットがすごく怒っているのはわかるが、どうしてこんなに怒っているのかがわからない。

「危機感って言われても、だってセオドールは私に怖いことなんてしないもの」

紫色の瞳が僅かに見開かれる。それを見上げながらレイラは首を傾げた。人並みの警戒心は持っているつもりだ。悪い魔法使いや危険な魔法生物に遭遇したならちゃんと逃げるが、友人相手に危機感を抱く意味がわからない。レイラの言葉を聞いたノットは納得するどころか、余計に表情を険しくさせた。

「いい加減にしろ。自分が周りからどう思われているか、自覚しろ」
「──っ!!」

一瞬何が起こったのか理解できなかった。唇を割ってぬるりと侵入してきた舌の感触でようやく自分がキスをされていると気付いても、どうしてそんなことをされているのかはわからなくて戸惑うことしかできない。

「……ふぁっ、…んん……っ、」

荒々しく口内を蹂躙する舌に翻弄されて思考が散らばってしまう。いつの間にか両手首を押さえつけられて、抵抗すらできない。逃げるように舌を引っ込めても、強く吸われてあっという間にノットの舌に絡み取られてしまう。頭がクラクラする。体から力が抜けて崩れそうになると、ようやく唇が解放された。荒い呼吸で必死に酸素を取り込みながらノットを見上げる。

「……っ、セオ……なんで、」

視界がぼやけてノットの表情がわからない。まださっきみたいに怒って睨んでいるのだろうか。

「──あんたを見てると、苛々する」

そう言い捨てて、ノットは足早に立ち去ってしまった。残されたレイラはずるずるとしゃがみこみ、膝に顔を埋めてぎゅっと目をつぶった。頭の中がぐるぐるする。どうしてノットがこんなことをしたのかわからない。
一年生の時は嫌われているんだと思って、でも減点騒動で泣いていたら元気づけてくれて、それからは他の皆と同じように仲良くしてくれていると思っていたのに。レイラの言葉に面倒くさそうな顔をしたり嫌そうな顔をしながらもいつも優しくて、仲良しな友達だと思っていたのに。

「……レイラ?」

どれくらいそこに蹲っていたのか、すっかり体が冷えて指先がかじかんでいる。けれど動く気になれなくてずっと膝に顔を埋めたままでいると、聞き慣れた優しい声が降ってきた。セドリックだ。顔を上げたくなくてぎゅっと体を縮こまらせると、温かい大きな手が肩に触れた。

「どうしたの? 具合悪い?」

今優しくされると泣いてしまいそうだからやめてほしい。レイラは顔を上げずにぶんぶんと首を振った。

「……今は一人にしておいた方がいいかな。でもずっとこんなところにいたら体が冷えちゃうから、落ち着いたら暖かいところに移動するんだよ」

そう言いながら頭を撫でられ、体の上に何かをふわりと被せられた。少し顔を上げるとカナリアイエローの裏地の黒いローブが見える。しゃがんでいたセドリックが立ち上がる気配を感じて、レイラは咄嗟に手を伸ばしてしまった。手を掴まれたセドリックは少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しく目を細めて膝をついてレイラの顔を覗き込んだ。

「レイラ?」
「……セドリック、今忙しい?」
「ううん、暇で暇で時間を持て余してるところだったよ」

きっと優しい彼のことだ。本当は忙しくてもこう答えてくれるんだろう。それがわかっていて、その優しさに気付かないふりをして甘えた。

「あのね、じゃあ少しだけ、ぎゅってしてもいい?」
「うん──これでいい?」

セドリックは地面に座り込んだままのレイラを優しく抱きしめた。冷たくなってしまった体に触れるセドリックの体温が心地よくて安心する。レイラもセドリックの体に腕を回して、縋るようにぎゅーっと顔を埋めた。

「セドリックは私のこと、きらい?」
「まさか。嫌いな子をこんなふうに抱きしめたりしないよ」
「本当に? 鬱陶しいなぁとかめんどくさいなって思ったら、ちゃんと言ってね?」
「……どうしたの? 何かあった?」

さっきの出来事を話したくなって、レイラは首を振った。セドリックは優しいから、ノットと同じように優しいから。話せば慰めてくれるのだろう。だけどそこまで彼の優しさに甘えるのはいけない気がした。

「なんでもないの……でも、私に悪いところがあったら教えてね。私のこと嫌いなら、我慢しないで言ってくれなきゃだめよ」
「レイラ」

少し強い口調で名前を呼ばれ、両頬を手で包まれて顔を上げさせられる。すぐ近くに見えるセドリックの顔についさっきのノットとの事が頭に蘇るが、セドリックはレイラを睨んではいない。真剣な表情だが怒ってはいなさそうだ。

「僕はレイラのことが好きだよ」

まっすぐに見つめられて思わず胸が高鳴る。

「勉強会の途中で寝ちゃうし、授業のノートは落書きだらけでちゃんと真面目に授業受けてるのか心配だし、整理整頓がヘタクソで鞄の中はぐちゃぐちゃだし、前を見て歩かないからよく転ぶし……」

突然自分の欠点をずらずら上げられてレイラはむぅと唇を尖らせた。そんなレイラを見つめ、セドリックはグレーの瞳を細めて柔らかく微笑んだ。

「たしかにレイラにはダメだなぁって思うところもあるよ。でも、そんなところも全部大好きなんだ。レイラを嫌いなんてこと、絶対にない」
「…………もう。セドリックは優しすぎるわ」

なぜだか心臓がうるさくて落ち着かない。それを誤魔化すようにレイラは笑ってセドリックを見上げた。



セドリックと別れて自分の部屋に戻ると、レイラのベッドで丸くなっていた黒蛇のベネットが頭を上げた。

『おかえりなさい。──どうしたの?』

ベネットは決闘クラブでザビ二が呼び出した蛇だ。思わず連れ帰ったものの、連れて歩いてうっかりパーセルタングを使ってしまったら大変だからと森にでも逃がしてあげようと思ったのだが、今の季節に外に出されても冬眠することになるからもう少し──せめて暖かくなるまでここにいちゃだめかな? と言われてレイラの部屋から出ない約束で滞在させることにしたのだ。リドルは呼んでも出てきてくれないことも多いが、この子はずっと部屋にいるからレイラのいい話し相手になってくれている。レイラはベッドに座りながら首を傾げた。

『何が?』
『だってきみ、顔が赤いよ。風邪?』

そう言われて頬に手を当てると、たしかにそこは熱を持っている気がした。サイドテーブルに置いた手鏡を覗き、頬を赤く染めた自分の顔を見てレイラは溜息をついた。

『こんな寒い日に廊下に座ってたから風邪引いちゃったのかも。今日は早く寝なくちゃ』
『ぼくも一緒に寝てあげるよ』
『ふふ、ありがとう』

リドルは呆れたように片眉を上げ、呑気に笑い合う一人と一匹の姿を見つめていた。

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