
02.夏休み
夏休みが始まってから数週間が過ぎた。
家に戻ってきて暫くは毎晩悪夢に魘され、昼間はおんぶお化けのように四六時中家族の誰かにくっ付いていたレイラだったが、ようやくそれも落ち着いてきた。
今日はマルフォイ邸の庭でピクニックを楽しんでいる。ふかふかの芝生の上に広げたラグの上で手紙を書いていたレイラは一度羽根ペンを置き、冷たいハーブティーを飲みながら空を見上げる。そこには箒に跨って青空を飛び回るドラコの姿があった。
二年生になるとクィディッチの代表選手になる資格が得られる。昔からクィディッチが好きで箒に乗ることが得意なドラコは「絶対に代表選手に選ばれてみせる!」と、夏休みに入ってから毎日何時間も自主練に励んでいる。
「こんなに暑いのにドラコはすごいよね」
ビスケットを齧りながらレイラが話しかけた相手は愛くるしい姿のリスだ。ビスケットの欠片を頬張っていたリスはレイラの言葉にきょとりと首を傾げる仕草をして、すぐにまたビスケットを口に詰め込む作業に戻ってしまう。レイラはその反応に目を細めてくすくす笑い、別のビスケットを砕いて「これもどうぞ」と食いしん坊なピクニック相手に差し出した。
幼い頃からのレイラの遊び相手はマルフォイ邸の周囲に住む動物達だった。当然話すことはできないが、おままごとをしたりピクニックをしたり。人間の友達を作ることができなかったレイラにとっては大切な友達だ。
今日は裏の森に住むリス数匹と野ウサギとのピクニックだったのだが、気付けばウサギの姿は消えている。気まぐれな彼らのことだ、そのうちひょっこり戻ってくるだろうと思いながらレイラは手紙の続きを書くべく、再び羽根ペンを取った。
帰りのホグワーツ特急で夏休みには買い物に行ったりお泊まりしたりしようね、と友人達とした約束はまだ果たせていない。どんなに頼み込んでもルシウス達の許可が下りないのだ。
「ロンのお家にお泊まりに行くのは許してもらえなさそう……お買い物だけでも行けるように、頑張って説得してみるね。それから、私もハリーからのお手紙は届いていません」と書いた手紙を封筒に入れてピューっと拙い口笛を吹くと、屋敷の方から一羽のワシミミズクが飛んできた。
「お手紙の配達をお願いできる?」
任せろ、というようにホウと鳴いたワシミミズクの喉元を掻いてやり、三通の封筒を渡した。
ハーマイオニーとロンの二人とは夏休みに入ってから何度か手紙のやり取りをしているが、ハリーからは一通も手紙が届いていない。こちらからの手紙は届いているはずなのだが……レイラだけならともかく、ハーマイオニーとロンもハリーから返事はこないらしい。ハリーはふくろうを飼っているから、手紙を送る手段がないわけではないはずだ。
「もしかしてヘドウィグが怪我しちゃったのかしら……あのね、ハリーにお手紙を渡したら、返事をもらってきてくれる?」
「ホウ」
「ありがとう。それじゃあよろしくね」
不安な気持ちで飛び立っていくワシミミズクを見送っていると、入れ違いにドラコが空から戻ってきた。プラチナブロンドの髪は汗でしっとり濡れ、頬は上気している。レイラは氷の浮いたハーブティーを差し出しながら「お疲れ様!」と満面の笑みで迎えた。
「ああ、ありがとう」
「今日はもう練習おしまい?」
ドラコはレイラから受け取ったハーブティーを一気に飲み干し、タオルで汗を押さえながら練習用のスニッチを見せてくれた。ドラコの手の中で羽を動かしているが、片方の羽の動きがおかしい。
「こいつの調子が悪いんだ。明日新しいのが届くように手配しなくちゃいけない」
「暑さで壊れちゃったのかなぁ?ドラコも無理しちゃだめよ?」
「レイラこそ、毎日僕に付き合って庭にいなくてもいいんだぞ?」
「ここは涼しいから大丈夫!それに、私ドラコがお空飛んでるの見るの好きなのよ」
この一角はルシウスが魔法をかけてくれて、常に室内と変わらない快適な気温が保たれるようになっている。昔ドラコが箒で飛ぶ姿を夢中で見ていたレイラが熱射病で倒れたことがあるからだ。
ドラコはレイラの言葉に嬉しそうにはにかみ、箒の手入れを始めようと箒磨きセットの箱を開いた。
「あぁクリームが切れてるの忘れてた……ちょっと取ってくる」
箱から取り出した容器の中を確認してドラコは小さく呻き、屋敷の方へ走っていった。
それから数日が経ち、ワシミミズクはハリーからの手紙を咥えて戻ってきた。
信じられないことに、ハリーは窓に鉄格子を嵌めた部屋に閉じ込められていたらしい。しかもレイラやロン達からの手紙も妨害され、受け取れていなかったという。ハリーの養父達が魔法使いの事を快く思っておらず、ハリーに酷い態度を取っているとは聞いていたがここまでだとは思わなかった。
ロンが双子と共に救出作戦を決行したおかげでそんな劣悪な環境からは脱出済みで、現在はウィーズリー家に滞在中だという。レイラは早くハリー達の口から救出時の話を聞きたくてしょうがなかった。きっと彼等のことだから、わくわくするような冒険譚が聞けるはずだ。「詳しい話は会った時にね」と書いてある一文を指でなぞり、学校が始まるのが楽しみだと胸を踊らせた。
八月に入ってしばらくすると、ホグワーツからの手紙が届いた。二年生が新しく準備するように書かれたリストを見たレイラは思わず「やったぁ!」と喜びの声を上げた。
二年生用の基本呪文集とギルデロイ・ロックハートの本が7冊だ。
ロックハートの物語はお気に入りの一つで、レイラは全シリーズ揃えている。主人公は世界中を旅するロックハート。彼が旅の途中で立ち寄った地で、様々な事件を華麗に解決するというストーリーだ。わかりやすい王道の展開、そして毎回「そんな方法が!」と驚くような斬新な解決法で人々の窮地を救う主人公。物語としてはとても面白い。
しかもそれがフィクションではなく、実際に著者であるギルデロイ・ロックハートが体験した出来事を書いたノンフィクションだというから驚きだ。
「私ロックハートの物語大好きよ!読んでてすっごくワクワクするし、ユーモアに溢れているの!」
「でもこれって防衛術の教科書だろ?勉強に使えるのか?」
ドラコは大喜びのレイラと真逆の表情でリストを見ている。確かにこの本が教科書に向いている物かと聞かれると、レイラも首を振るしかない。読み物としては最高でも、勉強になるかというと……去年使用していた『闇の力──護身術入門』とは大分毛色が違う。
「うーん、授業の時はお話の中で出てきた対処法を詳しく説明したプリントとか配ってくれるんじゃないかなぁ?」
「そうだといいけど。単なるロックハートのファンじゃない事を祈るよ」
ドラコの言葉にレイラは肩を竦めるしかなかった。
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