11.捨てられた日記帳
「ヒゲが生えてきたりしたら、僕なら勉強は休むけどなぁ」
「馬鹿なこと言わないでよ、ロン。遅れないようにしなくちゃ」

日課になりつつあるハーマイオニーのお見舞いで、運んできた課題用の本の山を起きながらロンがこぼした言葉を聞いてハーマイオニーがきっぱりと答えた。最近のハーマイオニーは猫の面影もなくなり、前向きになってきている。猫人間の姿も可愛くてお気に入りだったレイラとしては少し残念だが、ハーマイオニーが元気になってくれるのが一番だ。
マダム・ポンフリーが離れた場所にいるのを確認してからハーマイオニーは口を開いた。

「ところで……なにか新しい手がかりはないの?」
「なんにも」
「絶対マルフォイだと睨んでたのになぁ」
「まだ言ってるの? ドラコがそんなことするわけないでしょ」

ロンの言葉にレイラはため息混じりに答えた。どうやらハリー達はスリザリンの継承者はドラコだと考えていたらしい。たしかにドラコはマグル生まれを「穢れた血」と呼んで蔑んだりするが、誰かを傷付けるようなことはしない。

「ちょっと怪しいかなって思っただけだよ──ハーマイオニー、それなに?」

眉を下げて笑って答えたハリーはハーマイオニーの枕の下からはみ出る金色のカードに気付いて首を傾げた。ハーマイオニーは慌ててそれを隠そうとしたが、それより早くロンが引っ張り出してカードを読み上げた。

「ミス・グレンジャーへ、早く良くなるようお祈りしています。貴女のことを心配しているギルデロイ・ロックハート教授より。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』五回連続チャーミングスマイル賞受賞……君、こんなもの枕の下に入れて寝てるのか?」

この前レイラが届けたロックハートからのお見舞いカードだ。渡した時も大喜びしてくれたが、枕の下に入れて寝るほど気に入ってくれたなんて思わなかった。レイラが嬉しくてにっこり笑った時、マダム・ポンフリーが夜の分の薬を持ってきた。

「さあさあ、もう面会の時間は終わりですよ。早く帰って下さい!」

レイラ達はマダム・ポンフリーの機嫌が悪くなる前にと慌てて医務室を出た。

「ロックハートっておべんちゃらの最低な奴!だよな?」
「お話してみると、意外と普通のいい人だったよ?」
「レイラまであいつのファンになったのか!?」

グリフィンドール塔へ向かう階段を上りながらロンが不機嫌そうに言った言葉を否定すると、ロンは信じられない!と叫んだ。ハリーも同じような顔でレイラを見ている。

「ファンじゃないわ。でも、嫌いじゃないなって思っただけよ」

ハリーとロンが理解できないと首を振ったので、レイラもそれ以上言わずに肩を竦めてみせた。

「そうだ、レイラはもう魔法薬の課題終わった?」
「あー…忘れてた…寮に戻ったらやらなきゃ」

ハリーが話題を変えようと振ってくれた言葉を聞いてレイラは顔を顰めた。尋常じゃない量の課題を出されているのだが、ほとんど手付かずだ。あんな量、二年生のうちに終わるとは思えない。

「そっか。じゃあ『髪を逆立てる薬』に入れるネズミの尻尾が何本かわからないよね」
「うん。ハーマイオニーに聞いてくればよかったね」

レイラの言葉にロンが頷いたちょうどその時、上の階から誰かが大声で何やら喚いている声が聞こえてきた。まさかまた誰かが襲われたのだろうか。慌てて階段を駆け上がり、ヒステリックに喚いている誰かに見つからないようにそっと様子を伺うと、フィルチが「もう我慢ならん!堪忍袋の緒が切れた!ダンブルドアのところに抗議に行く!」と言いながら乱暴な足取りで去っていくのが見えた。

フィルチが去った廊下に近付くと、何故彼があんなに怒り狂っていたのかひと目でわかった。嘆きのマートルのトイレのドアの隙間から漏れ出した水が廊下を水浸しにしている。トイレからはマートルの泣き叫ぶ声が響いていた。

「今日はいつも以上に荒れてるね」
「マートルに何があったんだろう」
「行ってみよう」
「えー…」

レイラは不満そうにしながらもハリーとロンの後に続いて半ば水没しつつある廊下を横切り、「故障中」の掲示がかかったトイレに足を踏み入れた。トイレの中は廊下以上に水浸しで、水がかかったのか蝋燭が消えている。激しく泣き喚く声がこだまする薄暗いトイレというのはとんでもなく不気味だ。マートルの姿が見えれば多少マシなのだろうか。怖がる様子もなくマートルがいるらしい個室に声をかけるハリーのローブに捕まりながら、レイラは薄暗いトイレの中を見回した。

「マートル、どうしたの?」
「誰なの? また何か、私に投げ付けにきたの?」
「どうして僕が君に何かを投げ付けたりすると思うの?」
「私に聞かないでよ。私、ここで誰にも迷惑をかけずに過ごしているのに、私に本を投げ付けて面白がる人がいるのよ」

ハリーとマートルの会話を聞いていた時、ふと手洗い台の下に目を吸い寄せられた。薄暗いせいでよく見えないが、何かがあるように見える。

「そこにあるわ。私、流し出してやったの」

どうやらそれはマートルが投げ付けられた本らしかった。三人が手洗い台に近付くと、そこにあったのは床や壁と同じようにびしょ濡れになったボロボロの黒い表紙の薄い本だった。どこかで見たことがあるような気がするが、どこだっただろう。ハリーが本を拾おうとするのを見て、ロンが慌てて腕を伸ばしてそれを止めた。

「何?」
「気は確かか? 危険かもしれないのに」

ロンはこんな本の何が危険なのかと不思議そうにするハリーに世の中にある呪いのかかった危険な本のことを説明した。目を焼いてしまう本や読み出すと絶対に止められなくなる本──けれどそれを聞くハリーはあまり本気で捉えていないようで、ロンの制止をかわして本を拾い上げた。

「……これ、本じゃなくて日記だ」
「日記?」

ボロボロの表紙を捲るハリーの手元を覗き込むと、最初のページに『T・M・Riddle』と書かれているのが見えた。……リドル? レイラは後ろを振り返ったが、神出鬼没なゴーストの姿はない。

「僕、この名前知ってる」

そう言ったのはロンだった。

「T・M・リドル。五十年前、学校から『特別功労賞』をもらった人だ」
「どうしてそんなことまで知ってるの?」
「ロンのお知り合い?」
「違うよ。処罰を受けた時、フィルチに五十回以上もこいつの盾を磨かされたんだ。ナメクジのゲップを引っ掛けちゃって名前のところのネトネトを一時間も磨いたんだ。嫌でも名前を覚えるさ」

ハリーは濡れたページを破いてしまわないように全て捲ったが、どのページも白紙だった。何かを書いて消したような跡すらない。二人が色々と話しているのを聞きながら、レイラは今は姿を見せてくれないゴーストのことを考えていた。




寮の自室に戻り、レイラが「リドル、聞きたいことがあるの」と言うと、いつの間にかリドルはレイラの真横に立っていた。

「さっきの日記のこと?」
「見てたの?」
「勿論。僕はいつもレイラの傍にいるからね」
「でも呼んでも出てきてくれない時もあるじゃない」
「気分じゃない時に出ていく必要はないだろう?」

悪びれもせず答えるリドルにレイラは頬を膨らませた。つまり今まで呼んでも答えてくれないから近くにいないのだと思っていたが、あれは全部無視されていただけということだ。
リドルは楽しそうにクスクス笑いながらベッドへ腰を下ろした。

「それで? 何を聞きたいの?」
「あの日記は、あなたの物?」
「僕の物だけど、僕の物じゃない」

謎かけのような言葉に首を捻る。

「どういうこと?」
「トム・マールヴォロ・リドル。これが僕の名前だ」

今まで「リドル」としか認識していなかったが、彼にもフルネームが存在していた。よく考えれば当然だ。レイラは椅子に座りながらリドルの話を聞くことにした。ちなみにベネットはベッド脇に作ったクッションの山に埋もれて眠っている。

「僕は五十年前、君と同じようにホグワーツで学ぶ一人の生徒だった。五年生の時に起こったある事をきっかけに、僕は特殊な方法を使ってあの日記に自分の記憶を残したんだ」
「記憶を残す…?」

意味がわからないと首を傾げると、リドルはうーんと唸りながら曖昧に笑った。

「肖像画のようなものだと思ってくれたらいいよ。あの日記に封じられた五十年前の僕と会話ができる」

なんのためにそんなものを残そうと思ったのかはわからないが、とりあえず頷いて続きを待つ。

「それから二年後、『僕』はホグワーツを卒業する時にその指輪に封じられた魔力の塊だ」
「え? これ?」

レイラは驚いて自分の右手の小指に嵌められた指輪に目を落とした。去年のクリスマスに贈り主不明で届いた指輪。驚くレイラとは対照的に、リドルはいつもと変わらない薄い笑みを浮かべている。

「こうやって自我を持つようになったのはそれから随分先のことだけど──まぁ、今はそのことは関係ないから置いておこう。とにかく、僕とあの日記は同じ『トム・リドル』という人間から生まれたものだけど、別の存在ってことだよ。理解出来た?」
「うーん…? わかったような、わからないような……とりあえずあの日記は危険なものではないのよね?」
「さあ、どうだろう」

知っているけどとぼけているのか、本当にわからないのか。どっちなんだろう。ハリーはあの日記帳を持ち帰ってしまった。もし危険なものなら捨てるように言わなくてはならない。でもあれが本当に危険なものなら、きっとリドルは教えてくれるだろうと思った。よくレイラを馬鹿にしてからかってくるが、レイラが本当に困っている時には助けてくれるのだ。レイラは知らないうちに力の入っていた体をリラックスさせて微笑んだ。

「リドルは五十年前にホグワーツの生徒だったのね。──あ、じゃあもしかして、探せば七十歳くらいのあなたに会えるのかな?」
「どうかな。生きてるのか死んでるのか……僕はもう本体とは別の存在だから」
「きっと生きてるわよ。リドルは殺しても死ななそうだもの」

レイラはクスクス笑って指輪を見つめた。どうやらリドルはゴーストではないらしいが、魔力の塊というのがどういう存在なのかはよくわからない。二年生のレイラにはまだ知らない知識だらけだ。ちゃんと勉強していけば、いつかリドルの存在を理解出来る日もやってくるだろうか。

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