
12.Be my Valentine!
二月に入り、ようやくハーマイオニーは猫耳もヒゲも尻尾もなくなって退院してきた。退院してきたその日の夜にハリーがマートルのトイレで拾った日記を見せると、ハーマイオニーは興味津々で日記を調べ始めた。
レイラは先日リドルから聞いたことを誰にも話していなかった。去年の学年末にあの部屋でリドルに助けられて、けれどそれをダンブルドアに言わなかった時と一緒だ。何故かリドルのことは人に言ってはいけない気がする。そういえばリドルをゴーストだと思っていた時もハリー達にリドルの存在について話したことはなかった。
「『秘密の部屋』が開けられたのは五十年前だろう?」
ハリーの言葉にレイラは顔を上げた。どうも自分は情報に疎いのかドラコから聞くまで知らなかったことだが、ハリー達も知っているということはどうやら前回部屋が開けられた時期についても知れ渡っているみたいだ。
「そして、この日記は五十年前の物なのよ」
ハリーとハーマイオニーが何を言いたいのかわかり、レイラは「わかったわ!」と手をあげた。
「リドルが特別功労賞をもらったのはスリザリンの継承者を捕まえたからかもしれないってことね?」
「そうよ。もしその通りだとしたら、部屋がどこにあるのか、どうやって開けるのか、その中にどんな生き物が住んでいるのか、この日記はすべてを語ってくれるかもしれないわ」
「そいつは素晴らしい理論だよ、ハーマイオニー。だけど、残念ながらほんのちょーっとちっちゃな穴がある。いいかい、日記にはなぁんに書かれていないんだ」
ロンが馬鹿にするような口調で言ったのが気に障ったのか、ハーマイオニーは眉間に皺を寄せて杖を取り出し、「透明インクかもしれないわ──アパレシウム!」と唱えた。しかし何も起こらない。その後もハーマイオニーは色々試したが、日記に変化が起こることはなかった。レイラはリドルが言っていた「あの日記に封じられた五十年前の僕と会話ができる」という言葉を思い出し、日記に向かって「こんにちは、私はレイラ・マルフォイよ」と話しかけてみたが反応が返ってくることはなく、三人から可哀想な人を見るような目で見られてしまった。
リドルは秘密の部屋について尋ねても何も教えてくれない。「五十年前のことを教えて」と言っても「秘密の部屋について何か知ってる?」と聞いても、黙ったまま薄い笑みを浮かべるだけだ。もしもトム・リドルが継承者を捕まえたなら、その事件より後に作られたというこのリドルはすべてを知っているはずだ。教えてくれないのには何か理由があるんだろうか。それとも継承者を捕まえたのはリドルではなくて、彼は何も知らないのだろうか。
きっと日記のリドルと話すことができれば何か知ることができる。レイラはハリーがその方法を見つけ出すのを待つことにした。
クリスマス休暇前にジャスティンとニックが石にされて以降、襲撃事件は一度も起こっていない。事件に怯えていた生徒達の間に事件は終わったのかもしれないという安堵感が広がり始めたある日の朝、レイラはいつものようにハーマイオニーと連れ立って大広間に入り、目の前の光景に目をぱちくりさせて足を止めた。隣のハーマイオニーも同じような顔をしている。
大広間の壁はけばけばしい大きなピンクの花で覆われ、淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っている。可愛らしい装飾だとは思うが、派手すぎて少しばかり目に痛い。
「今日って何かパーティーの予定でもあった?」
「さぁ…普通に授業があるだけじゃないかしら?……あっ!わかったわ、今日は二月十四日、バレンタインよ」
なるほどと頷きながら教職員用テーブルを見ると、この事態の仕掛け人が誰なのかすぐにわかった。大広間の飾り付けにはそぐわない表情を浮かべる先生達の中で、ド派手なピンク色のローブを着たロックハートだけが大広間に入ってくる生徒達に輝くような笑顔を振り撒いている。数日前に「学校中の気分を盛り上げるために良い考えがあるんですよ」とロックハートが言っていたのはこのことだったようだ。
ハーマイオニーはこれがロックハート主催のものだと分かると途端に上機嫌になり、つられてレイラも笑顔になった。こんなラブリー全開な大広間で朝食をとるなんて経験はそうそうないだろう。ちょっとしたお祭り気分を味わえると思えば結構楽しいかもしれない。
しかし可愛らしい装飾は男の子には居心地が悪いのか、レイラ達の前に座ったロンは吐きそうな顔をしている。少し遅れてやってきたハリーが「これ、何事?」と眉をひそめた時、ロックハートが「バレンタインおめでとう!」と笑顔で叫んだ。
「今までのところ、四十六人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう! そうです。皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました。──しかも、これがすべてではありませんよ!私の愛すべき配達キューピッドです!」
ロックハートが合図すると、玄関ホールへと続くドアから十二人の小人が入ってきた。十二人全員が金色の翼をつけ、ハープを持っている。キューピッドの名に相応しい格好とブスッとした無愛想な顔のミスマッチ具合がなんとも愛らしい。レイラが「かわいい!」とはしゃいだ声を上げると、周りから信じられないと言いたげな目を向けられた。
「可愛い? あれが? ──レイラって時々、えーっと……少し変わってるよね」
「ハリー、素直に趣味が悪いって言っていいんだぜ」
失礼なことを言うロンをじろりと睨みつけ、レイラはもう一度小人へ目を向けた。どうやらあの小人達がバレンタインカードの配達をしてくれるらしい。
「おー、あなたにです!レイラ・マルフォイ!」
どてどてと不格好な歩き方で駆け寄ってきた小人がレイラの足元で止まり、ピンク色のカードを取り出した。「ありがとう」と笑いながら受け取ろうとすると、小人は無表情のまま首を振ってカードを開いた。どうやらメッセージを読み上げてくれるサービス付きらしい。
「君の髪はお日様の光みたい。君の瞳はキラキラ輝く蜂蜜みたい。君の笑顔は蜂蜜みたいに甘くて魅力的。君が大好き」
「ふふ、ありがとう──あ! もう行っちゃうの?」
「次の配達があるので」
伝統的なバレンタインカードらしく差出人の名前は書かれておらず、誰がくれたものかはわからない。それでも大好きと言ってもらえるのは嬉しい。レイラがはにかみながらカードを受け取ると小人はさっさと立ち去ろうと背を向けてしまう。レイラは慌てて小人を抱き上げた。
「もう少しゆっくりしていってもいいと思うわ。ほら、クッキーもあるしアップルパイもあるのよ」
「放してください!」
「おい、冗談だろ。これと一緒に食事しろって言うのか」
「ちょっとくらいいいでしょう?」
ロンが心底うんざりした顔をしているのを無視して小人を膝に乗せようとしたが、小人は「放してください!放せ!放せ!」と手足をばたつかせて抵抗してレイラの手を振りほどき、あっという間にいなくなってしまった。レイラはもう少しあの愛らしい姿を近くで見たかったのにと残念がったが、すぐにそんな必要はなかったと分かる。
小人達はバレンタインカードを届けるために校内を歩き回り、授業中だろうとお構いないなしに乱入してくるからだ。レイラの元に届くカードの数も多く、小人が配達に来る度にニコニコしながら小人の頭を撫でたり膝に抱き抱えたりする彼女の姿をハリー達は異様なものを見るように見ていた。どうやらハリー達にはこの小人の可愛らしさは分からないらしい。
何度もカードを配達されているうちに、十二人いる小人達はそれぞれ性格が違うようだと気付いた。真面目過ぎるくらい真面目に配達を続ける子、サービス精神旺盛でメッセージを読み上げるだけではなくメロディーを付けて歌ってくれる子、無口でメッセージを読み上げずにカードを押し付けるだけの子等。それぞれ個性はあるが配達への熱意は共通しているようで、レイラの「可愛い格好をした小人を抱っこしたりお喋りしたりしたい」という願いを叶えてくれる者はいなかった。
残念に思いながらも配達で城中を駆け回る小人達を見てほっこりしていると、一人の小人がカードを手に狼狽えているところに遭遇した。相変わらず無愛想な無表情だが、弱りきった顔をしている気がする。レイラは小人の隣にしゃがみ、その顔を覗き込んだ。
「こんにちは。何か困り事かしら?」
「おー!そうです、困り事です。カードをお届けしなくてはいけないのに、カードを受け取ってもらえないのでーす!」
そう言って小人は少し先を歩く後ろ姿を指さした。ローブの青色の裏地が見える。おそらくレイブンクローの生徒だ。レイラはカードの宛名を見せてもらい、その後ろ姿に向かって呼びかけた。
「えっと……アンソニー・ゴールドスタイン君?」
「はい?」
レイラの呼びかけに応えて振り向いた男子生徒はレイラの隣にいる小人の姿を見ると途端に不機嫌そうに顔を顰めた。それを不思議に思いながら小人から受け取ったカードを差し出す。
「これ、小人さんからのお届け物よ」
「いらない」
「おー!それは困りまーす!」
「受け取るだけよ?」
「あーもう!しつこいな!いらないって言ってるだろ!」
あまりの剣幕に目を丸くすると、アンソニーは少し気まずそうに顔を背けた。
「ごめん。君に怒ったわけじゃないんだ。でも、本当にいらない」
「……これって普通のバレンタインカードじゃないの?」
もしかしてバレンタインカードに見せかけた嫌がらせのカードだったりするんだろうか。しかしアンソニーは首を振ってそれを否定した。
「多分普通のバレンタインカードだと思う。でも欲しくないんだ」
「どうして?」
相手への好意を伝えるバレンタインカード。それは恋愛的な意味のあるものだったり友情的なものだったりと様々だが、好きだと言われるのは嬉しいことじゃないんだろうか。
「……本当に欲しい相手から貰えないなら、それ以外から貰ったって嬉しくもなんともない。迷惑なだけだよ」
ぼそりと呟かれた言葉の意味はレイラには理解できなかった。複雑な乙女心というやつだろうか。いや、アンソニーは男だから複雑な男心? レイラがそんなくだらないことを考えていると、足元の小人が「だめでーす!」と困ったような声を上げた。
「カードを受け取ってもらえないと、私は仕事をこなせません!」
「うーん、そうだよね。ねえゴールドスタイン君、受け取るだけ受け取ってあげてくれないかな? このままじゃ小人さんもかわいそうだわ」
「……わかったよ」
レイラが上目遣いで小首を傾げると、アンソニーは深い溜息をついて渋々とだがカードを受け取ってくれた。小人は「ありがとうございます!」とレイラに一礼して姿を消してしまった。おそらく次の配達に向かったのだろう。
「君、意外とお節介なんだな」
「私のこと知ってるの?」
カードを鞄にしまいながら言われた言葉にレイラはきょとんとした。レイブンクローとは合同の授業がないせいもあり、ほとんど関わりがない。同じ学年の生徒の顔すらさっぱりわからないくらいだ。目の前の彼が何年生なのかわからないが、「意外と」と言われるほど自分のことを知られているとは思わなかった。
「マルフォイ家の人間なのにグリフィンドールに入ったって、入学時はそれなりに話題だったよ。それに君は見た目が良いから。可愛い子がいるって僕の友達が時々騒いでる」
「まぁ。知らなかったわ」
入学時は学校生活に慣れるのに必死で、周囲からどう見られているかなんて気にする余裕はなかった。でも確かにグリフィンドールに入ったマルフォイ家の人間というのは魔法族の家庭で育った人間からすれば衝撃的なニュースだろう。気付かないうちにちょっとした有名人だったというわけか。
新事実に驚いているレイラの目の前に突然にゅっと女の子の顔が現れた。驚いて小さく悲鳴を上げると、満月のような大きな銀灰色の目がぱちぱちと瞬きをした。
「あんた達、授業に行かなくていいの? それとも今からトールルーペの観察でもするの? ここ、いっぱいいるね」
「え? ──あ、ほんとう!もうすぐ授業始まっちゃう!」
腕時計を見ると、ひらひらとオレンジ色の花びらが舞う文字盤は授業開始寸前の時間を示していた。次の呪文学が行われる教室は一つ下の階だ。ダークブロンドの少女が言うトールルーペというのが何かは気になるが、もう行かないと遅刻してしまう。レイラはアンソニーと満月のような瞳の女の子にバイバイと手を振って大慌てで階段を駆け下りた。
「間に合ったー!!」
呪文学の教室に駆け込んでハーマイオニーの隣に着席すると同時に授業開始のチャイムが鳴った。フリットウィック先生はホッと息をつくレイラにニコリと笑いかけてから「今日はまず前回のおさらいをしましょう」と黒板に向けて杖を振った。
ハーマイオニーの向こうに座っているハリーが難しい顔をしているのに気付き、レイラは鞄から羊皮紙を取り出しながらハーマイオニーに小声で「ハリーどうしたの?」と尋ねた。
「あぁ……さっき小人の襲撃にあったのよ。公衆の面前で歌のメッセージをプレゼントされて、しかもその中にマルフォイもいたから…」
ハーマイオニーもハリーには聞こえないように小声で教えてくれた。その内容になるほどと納得する。ハリーは少し恥ずかしがり屋なところがあるから、人がいっぱいいる所でメッセージを読み上げられるのはあまり嬉しくないのだろう。それにドラコもその場に居合わせたというなら、多分間違いなくからかわれたはずだ。
バレンタインカードがどんなものだろうと渡されるのが人前だろうと関係なく嬉しいと喜んでしまう自分が単純なんだろうか。さっきのアンソニーといいハリーといい、やっぱり男心はよく分からない。
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