
12.Be my Valentine!
愛のキューピッドに扮した小人達は一日中ホグワーツを騒がせた。それは授業が終わってからも続き、レイラが図書館へ向かう途中でも廊下のあちらこちらでバレンタインカードを読み上げる小人の姿を見かけた。メッセージを受け取る生徒は嬉しそうに頬を染めていたり恥ずかしそうに顔を顰めていたり、反応は様々だ。それを微笑ましい気持ちで眺めながら歩いていると、角を曲がった先で「おー!あなたにです!」という小人の声が聞こえてきた。小人が見上げる人物を見て、レイラは思わず立ち止まった。
「セドリック・ディゴリー、あなたに歌のメッセージがあります!」
「セドはモテるなぁ。これで何回目だ?」
揶揄うように肘でついてくる友人にセドリックは困り顔で笑う。小人はそんな二人のやり取りには目もくれず、金色のハープをかき鳴らして高らかに歌い始めた。
「♪ずっとあなたが好き。今はまだ直接打ち明ける勇気はないけれど。もしも勇気が出せたなら、あなたの彼女にしてほしい。もしも勇気が出せたなら、あなたを私だけのものにしたい」
調子っぱずれな小人の歌声を聞いていると胸の奥がモヤモヤしてくる。どうしてだろう。自分の知らない誰かがセドリックの彼女になるかもしれないと思うと、すごく嫌だ。顔も知らない誰かと笑い合うセドリックの姿を想像すると堪らなく嫌な気持ちになる。レイラは頬を膨らませて勢いよく駆け出し、その勢いのままセドリックに正面から抱き着いた。突然タックルされたセドリックは驚いて自分に抱き着いてきたプラチナブロンドの頭を見下ろし、それがレイラだと分かると柔らかく微笑んで首を傾げた。
「レイラ? どうしたの?」
「……他の人のものになっちゃいやよ」
ぎゅうっと胸に顔を埋めたまま告げられた言葉に、セドリックは目を見開いた。隣でその様子を見ていた友人はにやりと笑い、「俺は先に寮に戻ってるな」と背中を叩いた。友人が去って廊下に二人きりになり、セドリックは優しい手付きでレイラの頭を撫でる。さらさらの手触りを堪能しているとレイラが口を開いた。
「セドリックは他の人のものになっちゃだめなのよ」
「どうして?」
優しく問われ、抱き着いたまま顔を上げてセドリックの優しいグレーの瞳を見つめる。自分でもよく分からない。ただ誰かと付き合うセドリックの姿を想像して、それは嫌だと思ったのだ。レイラは拗ねたように口を尖らせた。
「わからないわ。でも、いやなの」
駄々っ子のようにイヤイヤと首を振るレイラを見つめるセドリックの顔は微かな期待で紅潮していた。レイラも自分と同じ気持ちを抱いてくれているように思うのは自惚れだろうか。
「……レイラ。僕のこと、好き?」
「もちろん。大好きよ」
「その好き≠チていうのは友達として?」
「そうよ」と頷こうとして、でも何かが違う気がしてレイラは口を閉じた。セドリックのことは大好きだ。大好きな友達だと思う。でもその「大好き」はハーマイオニーやハリー達へのものとは違う。かといってドラコやルシウスのような家族としての大好きとも違う。
だって他の人達がレイラの知らない誰かと幸せそうに笑いあっているところを想像しても、こんな嫌な気持ちにはならないのだ。どうしてセドリックだけは嫌だと思うんだろう。
他の人とは違う特別な大好きの正体が分からなくて、なのに甘くとろけるグレーの瞳に見つめられていると胸がドキドキしてしまう。この気持ちはなんだろう。
友達でも家族でもない、他の人とは違う好きの気持ち。不意に頭によぎったのは、クリスマスにルースから贈られた恋愛小説だった。主人公の女の子が同じようなことを言っていた気がする。──ということは、今自分がセドリックに抱いているのは……この気持ちの正体に行き当たり、途端にレイラの顔が真っ赤に染まった。もうこれ以上セドリックの顔を見ていられなくて、慌ててセドリックの胸に顔を埋める。顔が熱いし心臓の音がうるさい。どうしよう。本当に?
「ねえレイラ、顔を上げて?」
甘い声が耳に擽ったくてレイラは首を振った。顔が熱い。
「だめ。きっと私、今すごく変なお顔になってる。だからいやよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。それにほら、僕も変な顔になってると思うから大丈夫だよ。……ね、顔見せて?」
レイラ、と名前を呼ばれると心臓がきゅーっとする。懇願するようにもう一度名前を呼ばれ、観念して顔を上げるとセドリックの整った顔が思った以上に近くにあって、また顔が熱くなった。柔らかい笑みを浮かべるセドリックの頬はほんのりと赤く染まっているが、それだけだ。
「……うそつき。セドリック、全然変なお顔じゃないわ」
「それじゃあレイラも嘘つきだ」
セドリックは楽しそうにクスクス笑ってレイラの赤く色付いた頬に手を添えた。
「変な顔なんてしてないよ。すっごく可愛い」
「〜〜〜っ」
真っ赤な顔でふるふる震えるレイラを見て、またセドリックが笑う。自分はこんなにいっぱいいっぱいなのに、セドリックだけ余裕そうなのはずるい。レイラは反撃のつもりで背伸びをしてセドリックの右頬に唇を押し当てた。ちゅっと軽い音が響く。
「セドリック、大好きよ──友達じゃなくて…私、セドリックに恋してるみたい」
自分で言っていてどんどん恥ずかしくなり、最後は照れくさくてえへへと笑ってしまった。セドリックはレイラにキスされた右頬を押さえて固まっていたが、とびきり幸せそうに目を細め、力強くレイラを抱き締めた。思いきり抱き締められているのに苦しくないのはちゃんと手加減してくれているからだろう。
「……レイラ、好きだ。大好きだよ」
耳元で囁かれた言葉に嬉しくなる。レイラもぎゅうっと抱き締め返して「私も大好き」と告げた。今まで何度も言っていた「大好き」と同じ言葉なのに、全然違う響きが含まれている気がして恥ずかしくなってしまう。レイラが幸せなむず痒い感覚に浸っていると、再びセドリックの手が頬に添えられた。いつもより熱っぽいグレーの瞳と目が合い、心臓が跳ねる。
「レイラ、キスしてもいい?」
あと少し動けば互いの唇が触れ合うような距離なのにわざわざ聞いてくるのは、優しいのか意地悪なのかわからない。セドリックの息が唇に触れて、それだけで頭の中が沸騰したみたいになってしまう。レイラは弱々しく首を振った。
「だめよ」
「だめなの?」
「……だって、今だって心臓がドキドキして大変なのよ。そんなことしたら、ドキドキし過ぎて心臓が爆発しちゃうわ」
セドリックは「それは困るね」と笑い、レイラの前髪をかき分けて滑らかなおでこに唇を寄せた。
「じゃあ今はこれで我慢かな」
「…………ほっぺも、平気よ」
おでこだけじゃ物足りなくて、レイラは恥ずかしそうにしながら上目遣いで自分の頬を指さした。セドリックは少し眉を上げた後、嬉しそうに目を細めて指さされた通りにレイラの頬に口付けた。頭が甘く痺れてふわふわする。幼い頃からドラコやナルシッサからしてもらっているキスも幸せな気持ちになるが、セドリックからのキスはもっと違う気持ちになる。ドキドキして、幸せで、──もっと欲しくなる。
レイラはうるんだ瞳でセドリックを見上げた。
「あのね、……もっと、してもいいよ?」
「………っ」
セドリックは息を呑んだ。随分慣れたつもりでいたが、本当にこの少女は人の理性を試す真似をするのが上手いと思う。無意識だから余計に厄介だ。セドリックは困ったように笑ってさっきとは反対の頬に口付けた。
セドリックの唇がちゅっと音を立てて触れると幸せな気持ちになる。でも、違う。もっと、もっと欲しい。欲張りな気持ちと恥ずかしい気持ちの間で揺れながらレイラは眉を下げて首を傾げた。
「私の心臓が爆発しちゃったら、セドリックが直してくれる?」
「勿論。大切なレイラの心臓だからね、ちゃんと直すよ」
「……じゃあ、ね……じゃあ、えっと……キスしても、いいよ?」
レイラは人差し指で自分の唇に触れながらセドリックを見つめた。恥ずかしい。ドキドキする。セドリックの瞳が一層熱を帯びて、また唇同士が触れそうなくらい近付いた。
「本当に、いいの?」
「セドリックは大好きだから、特別なのよ」
「ふふ、うん。ありがとう──光栄の至り」
王子様のような笑顔を浮かべ、セドリックの唇がレイラの唇に重なった。触れ合った唇が甘い熱を持って全身に広がっていく。
唇同士のキスは初めてではない。去年は何者かもわからないリドルにされたし、この間ノットにこれより深い口付けをされた。でもそれらは突然過ぎる不意打ちだったし、そもそも二人ともレイラを好きでしたものではないと思う。多分リドルはからかっただけだと思うし、ノットは……あの日以来、露骨なほどに避けられているせいで会話が出来ていないから本心はわからないが、きっと嫌がらせだ。
大好きだと想う人から同じように大好きという気持ちを込めておくられるキスに、幸せ過ぎて頭がクラクラする。唇が離れたと思うと、またすぐに触れる。何度も啄むように口付けられ、縋り付くようにセドリックのローブを握る手に力を込めた。そうしていないと全身がふわふわして浮かんでいってしまいそうな気がする。
しばらくそうしていると廊下の向こうから人の話し声が聞こえてきて、レイラは慌ててセドリックの胸を押して離れた。スキンシップが多めなレイラは人前でも気にせずいろんな人に抱き着いたりするが、さすがにキスをしているところを見られるのは恥ずかしい。でもなんだか離れてしまうのが寂しくてセドリックを見上げると、レイラのそんな気持ちはお見通しだというように微笑んで手を繋いでくれた。それが嬉しくて、レイラは頬を染めてはにかみ、絡めた指をぎゅっと握り返した。
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