13.五十年前
その日の夜、ベッドに横になってからもくすぐったくて幸せな気持ちが溢れてなかなか寝付くことが出来なかった。目を閉じると柔らかいセドリックの笑顔と「レイラ、大好きだよ」と甘く囁く声を思い出してしまい、その度に枕を抱き締めてベッドの上で足をバタつかせるレイラを見てリドルが呆れたようにため息をついた。

「埃が立つからやめてくれないか」
「はーい、ごめんなさーい」

レイラはうふふと笑いながらまったく反省の色が見えない返事をする。ずっとレイラの傍で見ていたリドルとしては先程のセドリックとレイラのやり取りは今更というか、キスをした以外は今までとたいして変わりがないと思うのだが、本人的には大きな変化があったらしい。
締まりのない笑みを浮かべるレイラを見下ろし、もう一度大きな溜息をついた。初めての恋心を自覚し、それに浮かれる姿。面白くないと思う気持ちがあることも否定出来ないが、それよりも──……リドルは真意の計れない表情で少女を見つめた。


しばらくゴロゴロとベッドの上で転がったりしながら寝ようと努力したのだが、どうにも眠れない。諦めて本でも読もうと起き上がり、厚手のカーディガンを羽織って部屋を出た。時計の針は零時を回っている。きっと談話室には誰もいないだろうが、暖炉の火は残っているはずだ。暖炉前の特等席でお気に入りの本を読んでいればそのうち眠気がくるかもしれない。自室にも暖炉があればいいのにと思いながら談話室へ続くドアを開けると、誰もいないだろうと思っていた談話室にはハリーの姿があった。暖炉前のソファーに座り、難しい顔で何かを考えている。

「ハリー? まだ起きてるの?」

声をかけると、ハリーは「レイラこそこんな時間にどうしたの?」と目を丸くした。一年生の頃よりは遅くまで起きていられるようになったが、それでも日付けが変わる前には眠くなってしまう。そんなレイラがこんな時間に談話室に降りてきたことに驚いているらしい。

「ちょっと眠れなくて。ハリーも?」
「いや、僕は少し考え事をしてて……そうだ、レイラも見てくれる?」

そう言ってハリーはボロボロの黒革の日記帳──リドルの日記を手に取った。レイラが頷いてハリーの隣に腰を下ろすと、ハリーは「見て」と日記帳を捲った。相変わらず古ぼけた白紙のページが並んでいる。

「呪文学の前に……えっと色々あって、鞄が破れて中に入ってたインク瓶が割れちゃったんだ」
「あぁ、それでハリーの教科書とか羽根ペンが真っ赤だったのね」

ロンの杖から溢れてきた紫色の大きな泡に意識を奪われてしまったが、ハリーの持ち物は全て真っ赤に染まっていた。呪文学の前ということは小人からメッセージを受け取る時に鞄が破けるようなことがあったのだろうか。

「鞄の中にはこの日記帳も入れてたんだ。でも、」
「これはインク塗れになってない」

レイラがハリーの言葉を引き継ぐと、ハリーは「そうなんだ」と頷いてテーブルの上に置かれたインク瓶と羽根ペンを持ち上げた。

「それで、見てて……」
「うわぁ…!!」

羽根ペンをインク瓶に浸し、日記の最初のページにぽとりと落とす。一瞬紙の上に落ちたインクが光ったかと思うと、次の瞬間にはまるでページに吸い込まれるようにして消えてしまった。その光景に驚きの声を上げるレイラを見てハリーは「どう思う?」と首を傾げた。

「この日記帳はインクを吸収するんだと思う。だからどのページにも何も書かれていなかったんだ」
「書いても吸収されちゃうなら、いくら書いても白紙のままだもんね。でも、どうしてそんな仕掛けがしてあるのかしら?」
「わからない……それでずっと考えてたんだけど、結局わからなくて」

それでこんな時間まで起きていたというわけか。ハリーの言葉になるほどと頷きながら日記帳のページを捲る。白紙のページを見つめ、もしかしてと思ってハリーから羽根ペンを借りた。

「こんにちは」

紙の上に書いた文字は一瞬光り、またもやページに吸い込まれるように消えてしまった。次の瞬間、何も書かれていない白紙のページにインクが滲み出てきて文字を綴りだした。

「こんにちは。僕はトム・リドルです」

ハリーとレイラは思わず顔を見合わせた。リドルが言っていた「日記の中の僕と会話ができる」という言葉から試しに挨拶を書いたのだが、まさか本当に返事が返ってくるとは思わなかった。

「凄いよレイラ! よくわかったね!」
「ねぇ、ハリーも何か書いてみて」

興奮した様子のハリーに羽根ペンを返すと、ハリーは頷いて再び文字が消えたページに文字を書き始めた。

「こんにちは。僕はハリー・ポッターです」
「ハリー・ポッター、君はこの日記をどんなふうにして見つけたのですか」

レイラはじっとハリーと日記帳のやり取りを見つめていた。日記はリドルが五年生の時に『秘密の部屋』が開けられたこと、その怪物が生徒を襲い、ついに死者が出たこと、そしてリドルが犯人を捕まえたこと。けれど怪物は捕まえ損ね、継承者は投獄されなかったことを語った。

やっぱり前回の事件で継承者を捕まえたのはリドルだったのだ。なら、指輪リドルはどうして何も教えてくれないのだろう。レイラは日記帳に綴られる文字を読みながら自分の小指に嵌められた指輪をそっとなぞった。

「今、また事件が起きています。三人も襲われ、事件の背後に誰がいるのか見当もつきません。前の犯人は誰だったんですか?」
「お望みならお見せしましょう。僕が犯人を捕まえた夜の思い出の中に、あなたをお連れすることができます」

ハリーの質問に返ってきた文字を読み、二人は再び顔を見合わせた。二人とも同じように怪訝な表情を浮かべている。

「思い出の中に連れていくって……魔法界だとそんなことできるの?」
「たしかペン、ペン……うーん、なんだったかな。えっとね、名前は忘れちゃったんだけど、人の記憶を保存して、後で見返すことができる道具があるって聞いた事があるの」
「じゃあこれがそうなのかな?」

レイラは「わからない」と首を振った。その魔法道具についてどこで聞いたか思い出せない。何かの本で読んだのだろうか。

「ちょっと羽根ペン貸して」

ハリーから受け取った羽根ペンで白紙のページに書き込む。

「その思い出の中にハリーと一緒に私も連れていってくれますか」
「君は最初に挨拶をしてくれた子だね」
「そうです。私はレイラ・マルフォイ。ハリーのお友達です」

二人一緒に記憶の中に入ることは可能らしい。日記帳の返事を確認してレイラはハリーの手を握った。ハリーだけを行かせるのも自分一人だけで行くのも不安だが、ハリーと一緒なら勇気が出せる。それにこの事件を終わらせる為のヒントがあるかもしれないなら、行くしかない。ハリーも同じ気持ちだったようで、レイラの手を握り返して日記帳に「OK」と書き込んだ。

途端にまるで強い風が吹いたようにページがパラパラと捲られ、六月十三日のページで止まった。体がぐらりと揺れる感覚に驚き、咄嗟にハリーと繋いだ手を強く握りしめた。どこか高い所から落下しているような浮遊感の後──突然両足が固い地面に触れた。

「レイラ、大丈夫?」
「……うん」

まだ心臓がバクバクしている。レイラはハリーと手を繋いだまま辺りを見回した。二人がいるのは円形の部屋らしい。

「ここ、校長室だ」
「校長室?」

ここが校長室なら部屋にいるのはダンブルドアのはずだ。しかし机の向こうに座っているのはしわくちゃの小柄な老人だった。手紙を読むのに集中しているのか、突然現れたレイラ達には気付いていないようだった。

「すみません。突然お邪魔するつもりはなかったんですが…」

ハリーが震える声で謝ったが、小柄な老魔法使いは眉をひそめて手紙を読み続けている。

「あの、僕達すぐに失礼した方が?」
「……お耳が遠いのかしら。それなら大きな声で話さないと聞こえないかも」
「お邪魔してすみませんでした。すぐ失礼します!」

レイラが呟いた言葉を聞き、ハリーがほとんど怒鳴っているような大声で言った。しかしそれでも老魔法使いは二人を見ない。

「このおじいちゃん、すっごくお耳が遠いのね」
「もしかしたら僕達が見えないのかも」
「まぁ。お目目も悪いの?」

レイラが驚いて言うとハリーは少しだけおかしそうに笑って「違うよ」と首を振った。

「僕、ジャスティンとニックの事件があった時に校長室に入ったんだ。その時はあそこにダンブルドアのペットの不死鳥がいたし、そこにはくるくる回るよく分からない仕掛け装置があったり……他にももっといろんな物があったんだ」

ハリーが指さす所には普通の本棚があるだけだ。

「多分、ここはリドルの記憶の中のホグワーツなんだよ。だからこの人には僕達の姿が見えない。ここの人達にとってはせいぜい幻みたいな存在なんじゃないかな」
「なるほど。じゃあこのおじいちゃんは五十年前にホグワーツで校長先生だった人なのね」

レイラがふむふむと頷いていると扉をノックする音が響いた。老魔法使いの「お入り」という言葉に続いて入ってきたのはレイラがよく知る人物──トム・リドルだった。しかし指輪のリドルより少し背が低く、顔付きも幼い気がする。

「ディペット先生、何かご用でしょうか」
「お座りなさい。ちょうど君がくれた手紙を読んだところじゃ」

リドルは休暇中にマグルの孤児院で過ごすのが嫌で、休暇中も学校に残れないかとお願いする手紙を書いたらしい。リドルとディペット校長の会話を聞き、レイラは自分がリドルのことを何も知らないのだと気付かされた。リドルの母親は彼を産んですぐに亡くなり、その後彼はマグルの孤児院で育てられたらしい。父親の行方については触れなかったが、孤児院にいるということはおそらく亡くなっているか行方知れずなのだろう。

指輪リドルがレイラの前に姿を現してから三、四ヶ月は経つ。その間リドルとは色々な話をしたが、彼は自分のことについては何も話そうとしなかった。フルネームを知ったのすらつい最近だ。両親のことや孤児院で育ったことなんて、知らなかった。

「特別の措置を取ろうと思っておったが、今のこの状況では…」
「襲撃事件のことでしょうか?」
「その通りじゃ」

ディペット校長が重々しく頷いた。一言も聞き漏らしてはならないと、レイラとハリーはリドル達に近付いた。

「先日のあの悲しい出来事を考えれば、君を城に残す許可を出すのがどんなに愚かしいことかわかるじゃろう。女子生徒が一人亡くなり、魔法省は今やこの学校を閉鎖することさえ考えておる。我々はこの一連の不愉快な事件の怪──あー、源を突き止めることができん…」

リドルは「その何者かが捕まれば…」と期待を込めた眼差しを送った。校長から何か事件について知っていることがあるのかと問われると首を振ったが、レイラ達にはそれが嘘だとわかった。

「トム、もう行ってよろしい」

校長室を出ていくリドルについてハリー達も部屋を後にした。校長室への出入りは動く螺旋階段に乗って行われるらしい。螺旋階段で降りている間、リドルはずっと深刻な顔で考え込んでいた。
螺旋階段が一番下へ着くとガーゴイル像があり、その向こうには鏡があった。──いや、違う。レイラは驚愕の表情で鏡があると思った場所を見つめた。

「おかえり。その様子だと、お願いは通らなかったみたいね」

ガーゴイル像の脇から廊下へ出たリドルを見上げ、金色の瞳を細めて笑う少女。そこにいたのはレイラに瓜二つの少女だった。

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