
14.選択
誰かが襲われることもなく、ルースから返事が届くこともなく。何の進展もないままに穏やかな日が流れ、気付けばイースター休暇がやってきた。去年と同じように大量の宿題に呻く二年生に、今年はさらに新しい課題が与えられた。三年生で選択する科目を選ばなくてはいけないのだ。今までの科目は全て継続で、新たに数占い学、占い学、ルーン文字学、マグル学、魔法生物飼育学の五つの中から最低二科目を受講することになる。
「うー…数占い学は私には合わないかも」
レイラはパーシーが見せてくれた『数占い学入門』のページを閉じて小さく唸った。
「数占い学は一見難しく思えるかもしれないが、基本の計算式さえ頭に入れてしまえば後はその応用だ。慣れてくると簡単だよ」
「その基本の計算式を覚えるのが難しそうなのよ」
レイラは頬を膨らませて提出用の紙に目を落とした。数占い学は様々なものを数字に置き換え、計算して占う学問だ。姓名や生年月日を数字に置き換えたものを基本として使い、それに惑星同士の距離や角度、占いたい日時等を加えて計算することで結果を占う。ただでさえ天文学で惑星の動きや軌道を計算することが苦手なレイラには少し難易度が高い気がする。
それに比べて占い学は随分ふんわりとした感覚的な学問に思える。紅茶の滓が形作るものから連想するモチーフで未来を占ったり、水晶玉に浮かぶモヤに未来を見たり……天気のいい日にドラコと庭で寝転がって空に浮かぶ雲が何に見えるか話して遊んだ日のことを思い出すような占い方が中心らしい。
「数占い学よりは占い学の方がいいかなぁ」
「うん、占い学もおすすめだ。将来どの進路に進むことになっても役に立つ」
「進路はまだ全然決まってないの」
「そうなのか?二年生の時点で決めていない人も多いが、何事も早く決めてしまう方がいい。例えば僕の場合──」
魔法省勤務の為に必要な科目やそこに至るまでの考え方等を説明してくれるパーシーを見上げながらレイラはふぅ、とため息を吐いた。将来のことなんてまだ何も考えていない。具体的な職種はおろか、どんなジャンルの仕事をしたいかすらわからない。うーむと考えていると右肩にぐっと重みが加わった。
「お、レイラは魔法生物飼育学は受けるんだな」
「たしかにあの授業はレイラが好きそうだ」
ソファーに座るレイラの右肩に顎を乗せ、後ろから覗き込むように科目選択の紙を見て唯一チェックが付いている科目を読み上げる赤毛はジョージだ。「くすぐったいわ」と文句を言おうと口を開いた途端、今度は体を持ち上げられて気付けばレイラはフレッドの膝の上に座らせられていた。その隣にジョージが座ると、パーシーが目を吊り上げた。
「フレッド!ジョージ!そんな気安く女性の体に触れるものじゃない!」
「優秀な監督生のパーシー様はお堅いなぁ」
「レイラが嫌がるなら俺たちだって控えるけど、」
「別に嫌じゃないもんな?」
お腹に回されたフレッドの腕に自分の手を乗せ、レイラはにっこりと頷いた。
「うん! 人とくっ付くのは大好きよ。フレッドもジョージもいっぱいぎゅーってしてくれるから大好き」
「あー、レイラは素直で可愛いなぁ」
フレッドが目尻を下げて抱き締める力を強めてくる。レイラは嬉しそうにふふと笑ってまだ険しい表情のパーシーを見上げた。
「パーシーも頭撫でたりしてくれてもいいのよ?」
「いや…」
「それはだめだ」
「パーシーはむっつりだからな」
「何をするか分かったもんじゃない」
「むっつり?」
「お前達!!」
むっつりの意味が分からず首を傾げるレイラを放ってパーシーと双子は何やら言葉の応酬を繰り広げている。結局パーシーは耳まで赤くしてカンカンに怒った様子でどこかへ行ってしまった。
「パーシーどうしたの?喧嘩したの?」
「いや、気にしなくていいさ」
「お堅い人間は揶揄うのが楽しいな」
「喧嘩じゃないの?」
「ああ、勿論。俺たちは素晴らしく仲良しな兄弟さ」
「そんなことより、どの授業を受けるかもう決めたのか?」
レイラは首を振って机に置かれた用紙を取った。まだ魔法生物飼育学以外は何を取るか決めていない。
禁じられた森でユニコーン達と戯れていた時、授業の準備の為に森に入っていた魔法生物飼育学の担当教員であるケトルバーンと遭遇した事がある。叱られるかと思って慌てたレイラだったが、先生は校則違反のレイラを注意をするどころかにこやかに授業で使う魔法生物を紹介してくれたのだ。その後も度々森で鉢合わせるが、その度に森の生き物の話をしたり授業の様子を話してくれる。そこで聞いた授業内容は面白そうで興味深いものばかりだし、彼の教え方は分かりやすくて上手い。もっとしっかり彼の授業を受けたくて魔法生物飼育学を受講することは既に決めている。
双子も魔法生物飼育学を選択しているらしく、授業の様子や面白かった出来事を聞かせてくれた。実際に受講している生徒目線の話を聞いてみても、やっぱり楽しそうな授業だ。小難しい理論を学ぶのが苦手なレイラとしては座学よりも実地中心の授業というのもポイントが高い。
マグル学は興味があったがセドリックから教科書を見せてもらったり、彼が課題に取り組んでる様子を見る限りでは難しそうだ。レイラが興味があるのは話電≠使った人々の生活の様子であって、話電≠ェ動く仕組みではない。
数占い学は今やめておこうと決めたところだし、後はルーン文字学と占い学だ。魔法生物飼育学と合わせて三科目にするか、どちらかはやめて二科目にするか。
「フレッドとジョージはどれを選んでるの?」
「俺らは魔法生物飼育学と占い学だ」
「この二科目は普段の授業も楽しいし、課題も楽だぜ」
「占い学は内職に勤しむのに最適だしな」
「魔法史みたいな授業ってこと?」
「いや、退屈で眠くなる授業ってわけじゃあない」
「難解な方程式や知識よりも直感と閃き、それからトレローニーの気に入る結果をでっち上げるかが重要な授業ってだけさ」
「つまり……真面目に授業を受けてなくても、課題や試験で苦労しない?」
双子がにやりと笑みを深めて頷いたのを見て、レイラは迷わず占い学の欄にもチェックを入れた。今の科目数だけでも手一杯だというのに、これ以上科目数が増えたら試験前は勉強のし過ぎで死んでしまうかもしれない。楽ができる科目があるなら選んでおいて損は無いはずだ。
その後もドラコ達やセブルス、ハリーやハーマイオニー等、色んな人に話を聞いた結果、レイラは魔法生物飼育学と占い学の二科目だけを受講することに決めた。
ハリーとロンはレイラと同じ二科目を選んだが、ハーマイオニーが提出した用紙は全科目チェックが付けられていた。いくら優秀なハーマイオニーでも時間的に不可能ではないだろうか。しかし当の本人が「マクゴナガル先生と相談したの。問題ないわ」と言っていたのでそれ以上追求しないことにした。
イースター休暇が終わっていつも通りの日常が戻ってくると、校内は次のクィディッチの試合、グリフィンドール対ハッフルパフの話題で持ちきりになった。この試合で勝てばグリフィンドールがクィディッチ優勝杯を手にすることができるらしい。ハッフルパフのシーカーであるセドリックも練習に費やす時間が増え、毎日クタクタになるまで練習しているようだし、ハリー達も同じように必死に練習を頑張っている。今も練習を終えたグリフィンドールチームのメンバーが談話室に戻ってきたところだが、普段輝くような笑顔のアンジェリーナ達の顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
そんな皆の姿を見ていると、どちらにも勝ってほしいなんて無理な願いを抱いてしまう。どんなに頑張っても優勝杯を掴むのは一つの寮だけ。だからあんまりクィディッチは好きになれないのだとレイラは唇を尖らせて『うっかりさんの不思議な魔法薬──甘い匂いと危険な毒──』に目を落とし、中断していた読書を再開した。
それからしばらくして今度はハリーの「レイラ!ハーマイオニー!大変なんだ!」という必死な声で読書を中断させられた。隣で『古代ルーン文字語のやさしい学び方』を読んでいたハーマイオニーも訝しげに顔を上げたが、ハリーとロンから話を聞き、レイラもハーマイオニーも読書を中断させられた不満は吹っ飛んでしまった。
男子寮でハリーの荷物が荒らされていたらしい。ベッドのカバーが剥ぎ取られたりローブのポケット全てがひっくり返されたり、トランクの中身がぶちまけられたりと散々な有様だったらしいが、その中で唯一無くなっているものがあった。リドルの日記だ。
「どうしてリドルの日記を盗ったりしたのかしら…あの日記って見かけはボロボロだし、盗んでまで欲しがるようなものには思えないんだけど」
「……多分、犯人は日記がどういうものか知っていたんだ」
レイラは「まさか」と息を呑んだ。
「そんな…だって、だって……」
「グリフィンドール生しか盗めないじゃない…他の人は誰もここの合言葉を知らないもの」
ハーマイオニーはレイラが言い淀んだ言葉を引き継いでくれた。それを受けてハリーとロンは深刻な顔で頷いた。
「そうなんだ。どういうつもりで日記を盗ったのかはわからないけど、犯人はグリフィンドール寮に出入りできる人で間違いないよ」
「ハリー、盗難届を出しましょう。そうしたら先生方が犯人を見つけてくれるわ」
「だめだ」
ハリーはきっぱりと断り、声を小さくした。
「そんなことしたら、先生達に日記のことを全部話さなくちゃいけなくなる」
「リドルの記憶がどうのっていうのは内緒にして、ハリーの日記が盗られちゃったって報告するんじゃだめなの?」
「日記の表紙には五十年前の日付けが記されてるんだよ。僕がそんなものを持ってるなんて、不自然じゃない?」
レイラは「たしかにそうね」と頷いた。
「日記のことを話したらリドルが見せてくれた五十年前のことも話さなくちゃいけなくなるかもしれない。僕はハグリッドが退校処分になった話を蒸し返すようなことはしたくない」
三人も同じ気持ちだった。変に騒ぎ立てて今回の事件もハグリッドのせいだとでも疑われたりしたら……そんなの絶対にいやだ。襲撃事件ももう四ヶ月以上止まっている。このまま何も起こらない限り、動かずにいよう。四人が出した結論は五十年前の犯人がハグリッドだと知ってしまった時と同じだった。
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