14.選択
翌日、朝食の席でウッドが「最高のクィディッチ日和だ!」とはりきって選手達の皿を大盛りにしていると、ふくろう便の時間がやってきた。いつも通りマルフォイ家のワシミミズクから小包を受け取ったレイラの元へ何とも言えない独特の顔のふくろうが降り立った。お面を付けているようなのっぺりとした真っ白な顔。ルースが手紙を出す時に好んで使うメンフクロウだ。レイラは慌ててメンフクロウから手紙を受け取り、ベーコンの切れ端を差し出しながら封を開けた。封筒の中に入っていた便箋に書かれていたのは短い文章。

『返事が遅くなってごめんなさい。朝食の後、セブルスの部屋に来てちょうだい──ルース』

驚いて教員席に目を向けるが、そこにセブルスの姿はない。ルースがホグワーツに、セブルスの部屋に来ているということなのだろうか。

「レイラ、手紙誰から?」
「このふくろうすごい不気味なんだけど…」

ハリーとロンが嬉しそうにベーコンを啄むメンフクロウを見て顔を顰めているが、そんなことに構っている場合ではないとレイラは慌てて立ち上がった。

「ごめんね、私行かなくちゃ」
「え!?今から!?」
「もう少しで試合始まるよ!」
「本当にごめんね! 応援してるわ、ハリー、頑張ってね!」

ルースがセブルスの部屋にいる。あの記憶で見た少女について聞ける。レイラは気もそぞろにハリーへ応援の言葉を告げ、頬に唇を寄せた。途端にハリーの顔が赤く染まり、レイラは後ろから強く抱き締められた。

「レイラ、俺たちもグリフィンドールチームのメンバーなんだけどなー?」
「俺たちへの応援はなしか?」
「もー!私急いでるのよ!」

レイラは頬を膨らませたが、拘束するように抱きしめられて抜け出せない。仕方なくレイラはフレッドとジョージの頬にもキスをして「頑張ってね」と笑った。

「いいなぁ。ね、レイラ。私にも応援のキスちょうだい?」
「私も!」

アンジェリーナとアリシアの言葉に「二人まで?」と驚きながら言われるままにキスをし、流れるままにケイティとウッドにも激励のキスをするはめになってしまった。「私本当に急いで行かなきゃだめなのよー!」と訴え、ようやく解放してもらったレイラは駆け足でセブルスの部屋へと向かった。



普段から人気の少ない地下牢は今日はいつも以上に静まり返っていた。ほとんどの生徒は朝食中で、気が早い生徒は既にクィディッチ競技場に行っているのだろう。静かな廊下を進み、セブルスの私室の前にたどり着いたレイラは一度大きく深呼吸をしてから扉をノックした。するとすぐに扉が開かれ、眉間に深い皺を刻んだセブルスが顔を覗かせた。その後ろには群青色のローブに身を包んだルースの姿がある。

「お久しぶり。夏休みに会って以来ね。ちょっと背が伸びたかしら?」
「そうなの!大きくなったのよ」

微笑んで言われた言葉に急いで来たことも忘れ、レイラは誇らしげに胸を張って笑った。ドラコに比べると僅かな成長だが、レイラもちゃんと背が伸びているのだ。

「そんなことより、ミス・リッジウェル。本日突然訪れた理由を説明していただけるのでしょうな?」

ルースはセブルスの声に「そうだった!」と口に手を当てるレイラを見て薄く笑い、杖を一振りしてティーセットを取り出して肘掛け椅子に腰を下ろした。

「立ち話もなんだし、とにかく座りましょう。レイラ、スコーンとクッキーどっちがいい?」
「今はお腹空いてないからどっちもいらないわ。それより、ねぇ…あの手紙で聞いたこと、知ってるの? 教えてくれるの?」
「手紙?」

怪訝な声で呟いたセブルスを見上げ、レイラはどうしようと眉を下げた。ルースへの手紙に書いたのは五十年前にホグワーツに在学していたトム・リドルという少年、それからレイラそっくりの「レイラ」という名前の少女がいたことを知っているか。知っているなら詳しく教えてほしいということだけだ。どういう状況で二人のことを知ったのかは書いていなかった。もしここでそれを聞かれたら、リドルの日記で五十年前の記憶を見たことを話さなくてはいけなくなる。ハグリッドのことも……セブルスは五十年前にハグリッドが退校処分になったことを知っているだろうか。それに、自分そっくりの祖母ではない人物のことも。セブルスに教えてもいいのだろうか。

「大丈夫、セブルスは知っているわ」
「──…何の話ですか」
「五十年前。私がホグワーツの生徒だった頃、後輩だった二人の生徒のことよ」

セブルスの口から「まさか」と小さな声が漏れた。

「何故今それを教える必要が…」
「どういうこと? なんでセブルスも知ってるの? あの女の子、誰なの?」
「あのね、レイラ──私は貴女が知りたがっていることを教えてあげることができる。だけどその前にちゃんと考えてほしいの。これはただの好奇心で知りたがっていいことじゃないわ」

いつになく真剣な眼差しで見詰められ、レイラはぐっと唇を噛んだ。

「……少し、彼女抜きで話をさせて下さい」
「そうね。レイラ、ちょっとだけ待っていてくれる?」
「…………うん」

考え込んだまま頷いたレイラを置いて、ルースとセブルスは奥の部屋へと向かった。扉を閉め、念のために防音呪文をかける。

「どういうことです。何故今レイラに教える必要が?」
「手紙が来たのよ、レイラから。もう二ヶ月も前にね。『ルースが学生だった頃、トム・リドルって生徒と私そっくりの外見のレイラって生徒がいなかった?ルースと同じスリザリンの生徒よ』ってね」

セブルスの黒い瞳が驚きに見開かれる。

「どうしてレイラがそれを……校長は写真等の類は全て人の目につかないところへ移したと言っていたはずだ」
「それは私もまだ聞いてないわ」

指輪リドルがレイラの前に姿を現すことは予定通りだから、彼の名前が出てきたことについては問題ない。だがレイラ≠フことをどこで知ったのかがわからない。指輪リドルがこのタイミングで教えるとは思えないし、日記が何かやらかしたのだろうか。あの日記はルースとしてもイレギュラーでどう動くか予測するのが難しい。符を使って指輪リドルから話を聞くことはできるが、このホグワーツ校内でそれをするのは避けたい。

(……普通に意思疎通が出来ないのはやっぱり不便だわ)

ルースは半ば八つ当たりのように共犯者である美貌の青年の姿を思い浮かべ、深いため息を吐いた。

「どういう経緯であの子が知ってしまったのかはこの際置いておきましょう。好奇心旺盛な子だし、知ったからには自分で調べようとするかもしれない。変に隠し通そうとして問題に巻き込まれたり、……知られてはいけない事実まで知られてしまったら大変よ」
「知られてはいけない事実?」

ルースは暫くの間目を伏せて思索に耽った後、真っ直ぐにセブルスの黒い瞳を見上げて口を開いた。

「『契約』についてよ」
「……っ」
「あなたも、ルシウス達も知らない、『契約』の全貌。いくらなんでもまだ知るには早すぎるわ。まずはあの子自身のこと…今の家族のこと、それを受け止められるようになってからじゃないと……」

「壊れてしまう」そう呟かれた言葉に、セブルスは何も言えずに口を噤んだまま眉間の皺を深くした。彼女と帝王が結んだという『契約』。セブルス達には明かされていないその内容は、はたしてあの幼い少女が受け止めることができるものなのだろうか。

「レイラに知る覚悟があるなら、五十年前のリドルとレイラ≠フこと。セブルス達に聞かせた程度に省略した『契約』の話は教えるつもりよ」
「……もしそれすらも受け止め切れなかったら?」
「その時はあなたがなんとかしてくれるでしょう?」

無責任な言葉に表情を険しくすると、ルースはおかしそうにくすりと笑った。

「あなただけじゃない。ドラコも。ハーマイオニーちゃん、ハリー君、ロン君……だったかしら? 他にも沢山お友達がいるんでしょう?きっと皆支えてくれるわ 」

そう言って微笑んだ後、ルースは小さな声で悲しげに呟いた。けれどそれは本当に小さな声で、セブルスの耳にも届くことはなかった。

「さて、そろそろ行きましょう。いつまでも一人で待たせていたら可哀想だわ」
「…………」

まだ納得はできない。だがレイラが知ってしまった以上、隠し通すことも難しいだろう。ルースが言うように彼女は好奇心旺盛で、去年ハリー達と共に自分から騒動に首を突っ込んでいたことは記憶に新しい。セブルスは難しい表情のままルースの後に続いて元の部屋へ戻った。レイラは二人が離れた時のままソファーに座って腕を組んでうんうん考え込んでいたが、二人が戻ってきたのに気付くとぷくっと頬を膨らませた。

「もう、二人とも遅いわ!」
「ごめんなさいね。ついつい話し込んじゃって」

ルースはくすりと笑ってレイラが座るソファーの正面に置かれた肘掛け椅子に腰を下ろす。セブルスは黙って近くの壁に凭れかかった。

「それで──決めたかしら? 」
「えっと…あのね、………知ったら、後悔するかな?」

ルースを見上げる金色の瞳が不安げに揺れている。

「ごめんなさい。それはわからないわ。でも、多分……知っても知らなくても、貴女は後悔すると思う」
「……セブルスは? 知ったら、後悔すると思う?」
「私にもわからない。だが、知ってしまえばもう知らなかった頃には二度と戻れないのだということは理解しておきたまえ」

二人の言葉を聞いてレイラは今にも泣き出しそうな顔で俯いた。知りたい。でも……怖い。知ったらどうなってしまうのだろう。何が隠されているのだろう。

ルースは罪悪感でじくじく痛む心臓に気付かないふりをして、俯くレイラを見つめた。膝の上に置かれた小さく幼い拳が僅かに震えている。こうして今レイラに選択を委ねているが、それはほとんど意味がないことだった。
もし彼女が知りたくないと結論を出しても、このまま予定通りに事が進めば今学期中に彼女は真実を知ってしまう。それでも、できることなら計画が終わるその瞬間まで。秘密の部屋事件が終息するその最後の時まで、彼女には何も知らずに無邪気なままでいてほしかった。

「私、……私、」

レイラが口を開いた瞬間、それを遮るように乱暴に扉がノックされた。

「スネイプ先生!スネイプ先生いらっしゃいますか!?大変です、また生徒が…!!レイブンクローのミス・クリアウォーターとグリフィンドールのミス・グレンジャーが襲われました…!!」

扉の向こうから響いた言葉にレイラの目の前が真っ暗になった。

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