
15.time is up
目が覚めてからもう何時間経っただろう。レイラはベッドに横たわったまま起き上がろうともせずにぼんやりと虚空を見つめていた。昨夜、別れる直前にルースから告げられた言葉が頭の中を回っている。
「本当のことを知る覚悟が出来たらリドルに聞いてごらんなさい」
思わず目を丸くして息を呑んだレイラに手を振り、ルースはルシウス達と共にホグワーツから離れていった。
どういうことなんだろう。ルースはリドルのことを知っている? それとも彼女が言うリドルは指輪のリドルのことではなく、今もどこかで生きているかもしれない本物のトム・リドルのことなのだろうか。でもレイラは本物のトム・リドルに連絡する手段なんて知らないし、……いくら一人で考えても答えは出ない。どうせすんなり教えてくれないだろうとは思いつつ、試しに指輪リドルに彼女の言葉について聞いてみると彼は綺麗な金色の瞳を細めて笑った。
「彼女が言うリドル≠ヘ僕で間違いないだろうね」
「……なんでルースがリドルのことを知ってるの?」
「ホグワーツで彼女は僕の先輩だったからさ」
「そうじゃないわ」とレイラは頬を膨らませた。
「なんで……えーっと、指輪に込められた魔力、だっけ? そのあなたの存在を知ってるのって聞いてるのよ」
「さあ、どうしてだと思う?」
「やっぱりそれも内緒なの?」
「教えてもいいけど、それは真実を知る覚悟が出来たっていうことかな?」
リドルの言葉にレイラは口を噤んだ。まだ覚悟は出来ていない。何が隠されているのかわからないのに、知ることが怖い。頭の奥で警告が鳴り響いているようで、どうしても覚悟が決まらなかった。
「そんなことより、そろそろ起きたらどうだい」
「……」
「まだ呪文学のレポートに手をつけていないし、 魔法薬学も終わっていないはずだ」
「……」
拗ねたように唇を尖らせて黙り込むレイラの頭上にリドルの呆れたような溜息が降ってくる。
「…………はぁ。君がそうやっていつまでもベッドの中にいても彼女が起こしにくることはない。それくらいわかってるんだろう?」
嫌だ、聞きたくない。レイラはリドルの言葉から逃げるように頭から布団を被った。授業がある平日は毎朝。今日みたいな休みの日はゆっくり寝かせてくれるが、昼過ぎになっても起きてこないと「いくらなんでも寝すぎだわ。ほら、起きて!」と元気な声で起こしに来てくれる。しっかり者で面倒見がいい親友は今は固く冷たい石になって医務室に横たわっている。
石になったハーマイオニーの姿を昨日しっかりとこの目で見た。それでも信じられなくて、信じたくなくて。あれは悪い夢で、こうしてベッドの中にいればハーマイオニーがいつもみたいに起こしに来てくれる。──そんなことありはしないと、本当は自分でもわかっているのに。
涙が滲んでくるのを堪えようと枕に顔を押し付けていたレイラの耳にノックの音が届いた。一瞬まさかと期待しそうになったが、すぐに頭を振る。ハーマイオニーがこの部屋を訪れるのは八割九割レイラを起こすためだ。そんな彼女のノック音はこんな控え目なものではない。案の定もう一度響いたノックの後に聞こえた声はハーマイオニーのものではなかった。
「レイラ? まだ寝てる?」
パーバティだ。何か用だろうか。気になりながらも返事をしないでいると、もう一度、今度は少し強めに扉を叩かれる。
「レイラ、開けるわよ──なんだ、やっぱりいるじゃない」
「あの双子ったらほんと人騒がせなんだから」
パーバティとラベンダーはレイラの顔を見ると眉を下げて駆け寄り、横になったままのレイラの頭を撫でた。
「こんなに目を腫らして……痛くない?」
「レイラはハーマイオニーと一番の仲良しだもの、辛いわよね」
「……ううん、大丈夫」
心配させないように笑ったつもりだったが、二人の表情を見るにどうも上手く笑えなかったようだ。
「それより、さっき言ってた双子がどうのって、フレッドとジョージのことだよね? 何かあったの?」
「あぁ、さっきからあの二人レイラがいない!≠チて大騒ぎしてるのよ」
「心配しなくても部屋で寝てるんでしょって言っても部屋にもどこにもいないんだ!≠チて」
「あんまりうるさいもんだから私達が様子を見にいくことにしたの」
今までレイラが遅くまで部屋で寝ていようとそんなふうに騒いだことなんてないのに。昨日新しい犠牲者が出てフレッドとジョージもナイーブになっているのだろうか。それにしてもどうして二人はレイラが部屋にいないと勘違いしたのだろう。
「あのうるさい二人には私達から言っておくから、レイラは寝てていいわよ」
「ううん、もうこんな時間だしいい加減起きるよ。起こしにきてくれてありがとう」
今度はちゃんと笑えた気がする。二人と談笑しながら着替えをすませ、女子寮の階段を出た途端に勢い良く抱き締められ、レイラは潰れた蛙のような声を出した。
「レイラ!」
「レイラ!どこにいたんだ!」
ぎゅうぎゅうと抱き締められて喋れずにいるレイラを見たラベンダーが「離してあげないとレイラ潰れちゃうわよ」と言ってくれたおかげでなんとか押し潰されずにすんだ。「もうちょっとでぺちゃんこになっちゃうところだったわ」と頬を膨らませて双子を見上げる。
「どこってずっとお部屋にいたわ」
「嘘だ!?」
「そうだよ、だって俺達何回も確認して……おい、ジョージ、これ」
「…………これ、どういうことだ?」
二人はレイラの頭上で古ぼけた羊皮紙を覗き込み、不可解そうな表情を浮かべた。レイラからは羊皮紙の裏側しか見えないせいで何が書いてあるのかわからない。
「それなぁに?」
「あー…これは……。今はまだ秘密だ」
「そのうちレイラにも教えてやるよ」
「えーっ、秘密にされると余計気になるわ」
「まあまあ。それより腹減ってないか?」
「朝も昼も食べてないだろ? ハニーデュークスの菓子でも食べるか?」
「それか食べたいものがあるなら厨房から取ってきてやるよ」
あからさまに誤魔化され、レイラは不満そうに頬を膨らませて「ハニーデュークスのお菓子がいい」と答えた。一年中年中無休で悪戯をして回る二人はこうして時々秘密の物を隠して教えてくれない。大体が悪戯グッズだから今回の羊皮紙もきっとその類だろう。
「厨房ってどんな所?」
「レイラはまだ行ったことないんだっけ?」
「いつ行っても、屋敷しもべ達が山ほど食べ物用意してくれるぜ」
フレッドの膝に抱き抱えられながら二人が持ってきてくれた黒猫ショートブレッドを手にそんな他愛ないお喋りをしていると、ハリーとロンが「レイラに話さなきゃいけないことがあるんだ」と深刻な表情でやってきた。双子を気にする二人の視線に内緒の話だと理解したレイラは双子と別れ、談話室の隅へ移動することにした。
「僕達、昨日の夜ハグリッドの所に行ったんだ。何か部屋について知ってることがあるなら教えてもらおうと思って」
「でも話をする前にダンブルドアとファッジが来て…」
「え、じゃああなた達あそこにいたの?」
うん、と頷く二人にレイラは目を丸くした。全然気付かなかったと驚いたが、二人は透明マントを被っていたと聞いて納得した。
レイラ達が小屋を出た後、ハグリッドは「何かを見つけたければ蜘蛛の跡を追いかければいい」と二人にメッセージを残したらしい。
「蜘蛛?──そういえばリドルの記憶の中で見た怪物、暗くてよく見えなかったけど、蜘蛛みたいな姿だったわ。蜘蛛を追いかけたら『部屋』の怪物の所に行けるってことかな?」
「バカ言うなよ!いくらハグリッドでも、僕達を怪物の所に送り込むようなことは……しないよな?」
どんどん勢いをなくして最後は自信なさげに首を捻るロンに「……多分」とレイラも同じように弱々しく頷いた。ハグリッドが友人を危険な目に遭わせることはしないとは思うが、問題はハグリッドの怪物≠フ基準が一般のものとは大きくズレていることだ。
「でも事件解決の糸口になるなら、危険かもしれないけどハグリッドのアドバイスに従うしかないよね。蜘蛛ってどこを探したら見つかるかしら」
「はー…やっぱり探すしかないよね……なんで蜘蛛なんだよ…」
蜘蛛嫌いなロンが泣きそうな顔で呻くのを宥めながら蜘蛛がいそうな所を考える。普段掃除されたり使用されたりしないような空き教室、温室周辺や禁じられた森。魔法薬学の教室にあるのは蜘蛛の死骸だし、他に蜘蛛の姿を見かけた所は──
「うーん、考えてるより探しに行った方が早いかも」
「でも生徒だけで勝手に出歩くのは禁止になったろ?」
「そうだった……んー、皆で透明マント被って探し回る?」
三人で透明マントに入ることはできるが、その状態で誰にも気付かれずに校内を歩き回る、しかもどこにいるかもわからない蜘蛛を探すのは難しい気がする。事件を受けて先生や監督生、ゴースト達が見回りをしているのだから尚更だ。結局、普段の生活の中で見つけるしかなさそうだという結論に落ち着いた。
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