
16.記憶の欠片
五十年前、歴代の新入生達と同じように組分けの儀式を受けるため、トム・リドルは大勢の生徒達と共に大広間に並んでいた。アルファベット順に呼ばれた生徒が緊張した面持ちでスツールに座り、組分け帽子を被らされていくのを眺める。くだらない。どいつもこいつも似たような平々凡々な人間ばかり。これから卒業までの七年間、こんな奴らと机を並べなくてはいけないのかと思うとうんざりする。
だがリドルはそんな内心を悟らせないような穏やかな仮面を被って周りの組分けを見つめていた。人当たりのいい優等生。恐らく目的を遂げるには最適だろう人物を演じるつもりでいる。
「ダンブルドア、レイラ!」
次の生徒の名前が呼ばれた途端、大広間にいる上級生達がざわついた。立ち上がって姿を見ようとする生徒までいる中、名前を呼ばれた少女は何の感情も読み取れない無表情のままスツールに腰を下ろした。
蝋燭の光を浴びてキラキラ輝くプラチナブロンドの髪、長い睫毛に縁取られた大きな金色の瞳。その愛らしい顔立ちと氷のように冷たい表情が合わさって、まるで精巧に作られた人形が動いているように見える。
そんな少女を眺めながらリドルは僅かに眉間に皺を寄せた。聞き間違いでなければこの少女は「ダンブルドア」と呼ばれた。リドルにホグワーツの入学許可証を届けにきたあのいけ好かない教師もダンブルドアと名乗っていなかったか。
大広間中の注目を集める中、帽子は大きな声で少女の行先を告げた。
「──スリザリン!」
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入学して三ヶ月が経ち、クリスマス休暇が始まった。ほとんどの生徒は自宅へ帰っているが、当然のようにリドルは学校に残ることを選んだ。誰が好き好んであんなマグルの孤児院に戻るものか。
ザク、ザク、ザク、降り積もった真白な雪を踏みしめながら目的もなく歩く。休暇中も勉強や読書に耽っていたが、気まぐれに外を歩きたくなった。普段は騒音で溢れかえり、不快でしかない賑やかな城内は嘘みたいに静かで、それは城外に出ても同じだった。馬鹿みたいな笑い声や話し声が聞こえない校庭はリドルの目にいつもより好ましく映る。
しばらくの間目的もなく湖の周りを歩いていたが、森へ向かって足跡が伸びているのに気付いた。森番や管理人のものかと思ったが、それにしては随分と小さい足跡だ。暇潰しには丁度いい。その足跡を辿って森へ向かったリドルは森の入口にしゃがみこむ後ろ姿に気付くと足を止めた。
真白な雪に囲まれていつも以上に眩しく見えるプラチナブロンドの髪。見間違えるはずもない。リドルと同じスリザリンの一年生、レイラ・ダンブルドアだ。彼女についての噂はスリザリン生や一年生の間だけでなく、全校生徒の間で交わされている。わざわざ知ろうとしなくても耳に入ってくるほどに。
彼女は変身術を教えるアルバス・ダンブルドアの養子らしい。どういった経緯で養親、養子の関係になったのかはわからないが、血縁関係があるわけではないらしい。
ダンブルドアは朗らかで気のいい性格から学生達からの人気が高く、教員やゴースト達からも慕われている。そんなダンブルドアの養子なのだから彼女もそうかと思えばそうではない。
彼女は徹底的に他人を拒絶し、関わろうとしていなかった。誰に話しかけられても返事をしない。授業中に当てられれば問題なく答えているから、言葉を話せないというわけではない。
話すことができるのに話しかけても無視をする。そんな彼女の態度に周囲が反感を持つようになるのは当然なのかもしれない。特に女生徒からは嫌がらせに近い事をされているようだった。だがレイラはそれを気にする素振りすら見せず、そのせいで余計に周囲の反感を買っている。
愚かだと思う。リドル程ではないがあの美貌、それなりに優秀な頭脳と魔力。少し愛想を振りまけば周囲は勝手に慕い、ついてくるだろう。そうすればもっと生きやすくなるだろうし、欲しい物を手に入れることも容易いだろうに、あれでは宝の持ち腐れだ。
……少し会話をしてみてもいいかもしれない。彼女を手駒に出来ればもっといろんなことが動きやすくなるだろう。そんなことを考えていた時だった。
『もう壊れちゃったの? ごめんね、作りが甘かったみたい』
『別にいいよ。ちょっとくらい不格好でも寒さは凌げるし』
『だーめ。……うーん、寮に戻るのは面倒。ここで直しちゃうね』
風の音に紛れて聞こえてくる、シューシューという細い音。まさか。リドルは小さく目を見開いた。
『もしかしてまだ友達作ってないの? だめだよ、人間とも関わらないと』
『だって人間の言葉、疲れるんだもん。慣れない言葉で話すの、すごく大変なのよ』
『そう言って話さないでいたら、いつまで経っても慣れないままだよ』
『うー……じゃああなたが人間の言葉を喋れるようになって私の練習相手になってよ』
ザク、ザク。わざと大きな音を立てて近付くと、少女はビクリと肩を跳ねさせて振り向いた。その足元には魔法で作り出した炎。それからカラフルな布や木の板で出来た歪な箱のような物が置かれ、中から薄緑色の蛇が顔を覗かせている。それを見て確信する。彼女はパーセルマウスだ。
『こんにちは、ミス・ダンブルドア』
リドルがパーセルタングで話しかけるとレイラは驚いたように目を丸くする。甘い金色の瞳が光に当たって眩しく感じる。そういえば彼女の無表情以外の顔を見たのは初めてだ。
『え……っと、……』
『君もパーセルタングが話せるんだね』
少女はこくりと頷く。もう一歩、もう一歩と足を進め、少女の隣に立ったリドルは光でキラキラ輝く少女に笑いかけた。
『僕はトム・リドル。君と同じスリザリンの一年生だ』
少女はまたいつもの無表情に戻ってリドルを見上げた。──いや、違う。僅かに眉が下がっている。戸惑い、困惑。注意深く観察しないとわからないくらい小さな表情の動き。まるで表情を動かすことに慣れていないような。先程の蛇との会話も気になる。
スリザリンの血を継ぐ者だけが操れるというパーセルタングを話す少女。
使い捨ての駒に使えるかもしれない。その程度にしか考えていなかったが、どうやらそれ以上に利用価値があるかもしれない。不思議な高揚感に心が沸き立つのを感じてリドルは笑顔のままレイラに手を差し出した。
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