16.記憶の欠片
「これが僕と君──レイラ・ダンブルドアとの出会い」
「僕と君…? なにを、言ってるの? 」

心臓がドクドクと大きく脈打ってうるさい。
リドルは何を言っているんだろう。

「……っ、あ、そっか。わかった。わ、私…私が混乱するの見て、からかってるんでしょ?」

体が震えて、上手く喋れない。こんなのただのリドルの冗談なのに。なのになんでこんなに焦っているの。落ち着けと自分に言い聞かせる。

「冗談かどうか、君が一番分かっているはずだ」
「なに言ってるの……だって、だって私は……、私……私はレイラ・マルフォイよ。そんな、そんな人、知らない」

そんな人もそんな話も、知らない。そう、これはいつものリドルの作り話。混乱する私をからかってるだけ──そんな言い訳を並べても意味が無いことはわかっていた。

だって、知ってる。覚えている。その時レイラ・ダンブルドア≠ェどんな気持ちだったのか、知っている。
知らないはずなのに覚えている。ホグワーツ特急のコンパートメントに一人きりで座り、ずっと窓から見える景色を見ていたこと。今より若い、リドルの日記に入って見たよりもさらに若いダンブルドアが自分に向かって手を差し伸べる姿。スリザリンの制服を身につけた自分の姿。
ふわりふわりと浮かんでは消える記憶たち。

「知らない……覚えてない…」

何度も首を振りながら繰り返すレイラを見てリドルは目を細めた。彼女のこの反応は当然だろう。もとよりすぐに受け入れるとは思っていない。五十年も前に生きていた人物と自分が同じ人間だと言われてすぐに納得する方がおかしいだろう。

「話を続けるよ」

だがもう記憶の蓋は開き始めたのだ。例え拒もうと今さら止めることはできない。

「僕等は何かと共通点が多くてね。二人共パーセルタングを話せるし、自分の血筋について知らなかった」
「……リドルはお母様が亡くなっているから孤児院で育ったって、日記帳の中で見たわ」
「そう。僕が知っている事といえばトム・マールヴォロ・リドル≠ニいう名前は父親と祖父から取ったものだという事くらい。レイラも似たようなものだった」

予想もしていなかった話にレイラは言葉を失った。

「自分達の出自を突き止める為にあらゆる書物や記録を漁ったりするうちに、一緒に過ごす時間が増えた。互いの出自が判明した後もそれは変わらなくて、周囲からは親友や恋人、そんな関係に見えていたんじゃないかな」

聞きたいことはいっぱいあるのに、何から聞いていいのかわからない。全部もっとちゃんと説明してほしい。

「そして五年生のある日、この場所に辿り着いた」

そう言ってリドルが立ち止まったのは巨大な彫刻が施された壁の前だった。二匹の蛇が絡み合い、その蛇の目には大粒のエメラルドが嵌め込まれている。

「……私、ここ知ってる…」

無意識のうちにレイラの口から小さな呟きが零れた。
何度もこの場所へ来る夢を見た。今ならわかる。それは過去の記憶。リドルと一緒に何度もここへ来た、あの頃の記憶。
頭がガンガンと痛む。思い出したくない。思い出したい。

『……開け』

自然と口が動いていた。レイラの言葉を受け、絡み合っていた蛇がするりと分かれて壁が二つに裂ける。そうして現れた道を進んだ先にあったのは薄暗い部屋。奥行きのある細長い部屋は先程まで歩いていたトンネルとは比べ物にならない程大きく、天井は暗闇に吸い込まれて見ることができない。蛇が絡み合う彫刻が施された石柱が何本も連なり、その先には巨大な石像の彫られた壁があるようだった。
レイラは導かれるように石像の彫られた壁に向かって足を進めた。この部屋も、知ってる。ここに来て、話をした。

天井に届くほど大きなその石像は年老いた魔法使いを彫ったものだった。細長い顎髭を蓄えた猿のような顔。ホグワーツ創設者の一人、サラザール・スリザリンだ。

「ここは……秘密の部屋…」

レイラは震えながら隣に立つリドルを見上げた。

「リドルと私が入口を見付けて、部屋を開けた…」

こくり。リドルが肯定したのを見て、レイラは信じられないと頭を振った。そんなの、信じたくない。だって『部屋』が開かれたせいでマートルは死に、ハグリッドは無実の罪で退学へ追い込まれたのだ。

「じゃあ、じゃあ、全部私のせいで…!!……っ、ちが、ちがう…違う、私じゃない…部屋を開けたのはレイラ・ダンブルドアで、私じゃ…」

悲痛な声は次第に弱々しくなり、最後は絞り出したような掠れた声に変わった。まさか何も知らずにただの偶然で『部屋』を開けたわけじゃないだろう。ここがどういう場所か、何が眠っているか。開けたらどうなるか。全て知った上で『部屋』を開けたのだ。そんな恐ろしいことを自分がしたなんて、信じたくなかった。

いや、違う。そんなことあるわけない。だってよく考えればおかしい。
何度か深呼吸を繰り返し、少しだけ落ち着きを取り戻したレイラはまだ微かに震えながらもリドルを見上げた。

「リドルの話が本当なら六十…七十歳くらいってことになるでしょう? でも私まだ十二歳だもん。ありえないわ」

レイラは数日後の誕生日でやっと十三歳になる。五十年も前なんて生まれていないどころか両親すら生まれていない。

「君が今子供に戻っているのは契約のせいだよ」
「……契約?」
「そう、契約。ホグワーツを卒業する時に僕達はある契約を結んだんだ。覚えているかな?」

そんなの覚えているわけない。いや、そもそもそれはレイラ・ダンブルドア≠ナ私じゃないんだから知らないんだ。混乱する頭を軽く振り、「知らないわ」と答える。

「その契約っていうのはどういうものなの?」
「ざっくり説明するなら、二人が絶対的な協力関係であると誓い、それを示す類のものかな」
「ざっくりじゃなくてちゃんと教えてほしいんだけど」
「それは僕の口から説明するんじゃなく、君が自分で思い出すべきだ」
「全部教えてくれるって言わなかった?」
「僕が言ったのは『今伝えられることは全て教えてあげる』だよ。とにかく、今はこの契約が決して破ることができないものだということだけ把握していればいいよ」

結局まだ秘密があるのねと不満そうに頬を膨らませてじとりと睨んでも、リドルは気にした様子もない。仕方なく頷いて続きを促す。

「学校を卒業する時にトム・リドルとレイラ・ダンブルドアは決して破れない誓いを結び、その証──というより補助具のようなものかな。指輪に魔力を込めて『僕』が作られた」

そういえば日記帳について教えてもらった時に、指輪リドルが作られたのは卒業時だというような話を聞いた気がする。契約が関わっているとは知らなかったが。

「じゃああなたは五十年前もこうやって私……じゃなくて、レイラ・ダンブルドアとお喋りしてたの?」
「いや、この時の僕はあくまで魔力の塊であって、動いたり思考できるような自我は持っていない。その為に必要な核とも言えるエネルギーが存在していないからね。指輪の中で眠りについたまま、ぼんやり周囲の声を聞いている状態だった」

レイラはうーん、と首を傾げた。そもそも目の前にいるリドルという存在がどういうものなのかよくわかっていないせいで、説明されてもいまいち理解できない。けれどリドルは話を飲み込めずにいるレイラを置いてどんどん話を進めてしまう。

「『僕』が形作られた時点で僕とトム・リドルは切り離されて独立した存在になっている。だから在学中の記憶や思考は引き継いでいても、その後のトム・リドルが何を考えていたか、何を見てどう行動したかは一切感知できない」

レイラは頭の中で粘土の塊で作ったうさぎを少しだけ千切り、それを使って新しく小さなうさぎを作る様を想像した。レイラなりにリドルの言葉を理解してみたが、はたしてこのイメージで合っているのだろうか。

「つまり卒業後の出来事については指輪の中から感じていた事、周囲から聞いた話を合わせたものになるんだ。だからはっきりしないことも多いということは頭に入れておいてくれ」

そう前置きをしてからリドルはホグワーツを卒業した後の二人、トム・リドルとレイラ・ダンブルドアについて話し始めた。

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