16.記憶の欠片
「卒業後も二人の関係は変わらず、いや、契約を交わしたことでより一層強固で深いものになった。各地に足を運び、あらゆる魔術に手を染め、志を同じくする仲間を集めていった」

リドルが話す内容は知らないことのはずなのに、レイラはそれを確かに知っていた。でもそれはふわりふわりと煙のように朧気で、どうしても捉えられない。目が覚めた直後、ついさっきまで見ていた夢を思い出そうとしても思い出せない時のようでもどかしくてたまらない。

「でもある頃からレイラの心に迷いが生じ始めた。自分達が目指す世界を作り上げることでどうなるか、ようやくそのことを考えるようになったんだ」
「その目指す世界ってなぁに?」

学生時代に『部屋』を開けた二人が作ろうとしている世界。嫌な予感に表情を険しくするレイラの問いには答えず、ただ薄らと微笑む。

「君は悩み抜いた末にトム・リドルと袂を分かつことを決めた。でもそれは簡単なことじゃない。二人が結んだのは決して破ることができない契約だ。契約がある以上、離れることはできても協力関係を断つことはできない」
「あのね、その契約って無理矢理破ることはできないの?」
「できない。似たようなものに『破れぬ誓い』というものがあって、これは破れば両者が死ぬという重い罰則が存在する。でも僕達が結んだものはそもそも破れないようにできているんだ」

罰則がないなら破れそうなものだが、破れないようにできている≠ニいうのがどういうことかよくわからない。けれどリドルは詳しいことは教えてくれそうにないし、自分で思い出すしかないのだろうか。

「うーん……いまいちよくわからないんだけど、絶対破れないんでしょ? じゃあ袂を分かつなんて無理なんじゃないかしら」
「その通り。かといって正面から『貴方の目指すものに賛同できなくなった。考えを改めてくれ』と訴えたところで、聞き入れられる可能性はゼロだということもはっきりしていた」

もうトム・リドルの考えに賛同できない。でもトム・リドルの考えを変えることはできない。契約も破棄できない。──どうにもならないような気がする。

「一番厄介なのは、この契約がある限りレイラの意思とは関係なく強制的にトム・リドルに力を貸さなくてはいけないという事だ。これがトム・リドルにとってはかなり重要なものでね。もしレイラが自分と違う道を行くと知れば、自分の元から離れないようにどんな手段に出るかわからない」
「仲間を集めてたって言ったでしょう? じゃあ一人くらい力を貸す人が減っても問題ないんじゃないの?」
「いや、他に何十人いようと代わりにはならない。レイラじゃないと意味がないんだ」
「私じゃないと意味がない? んー、学生時代からずっと一緒だったから、唯一無二の特別な仲間なんだ!!……とか、ではないよね」

鼻で笑われてしまった。レイラだって本気で言ったわけじゃなく、ちょっと空気を明るくしようかなと思っただけだ。三割くらい本気だったけれど。

「どうして他の人じゃだめなの?」
「ひみつ」
「もー!また秘密なのー!?」

唇に人差し指を当てながら小首を傾げる。それだけで絵画のような美しさを醸し出すのだからずるい。

「とにかく、契約を解消する方法を見つけられればどうにかなるかもしれない。そう考えたレイラは信頼できる友人と、トム・リドルの対抗勢力の中で最も力のある人物に助力を求めた。それがルース・リッジウェルとアブラクサス・マルフォイ、それからアルバス・ダンブルドアの三人だ」

ルースとアブラクサスはホグワーツ時代からの先輩で、卒業後もレイラが連絡を取っていた数少ない友人だったらしい。ルースの母方の家系は古くから続く日本の術士の血筋で、彼女はそこで学んだ陰陽道と西洋魔術を組み合わせた独自の術を開発していたんだと話すリドルの言葉に、レイラは今まで以上に頭にクエスチョンマークを飛ばす。

「おんみょー…?」
「そこは理解しなくていいよ。説明が面倒だ」
「さっきから教えてもらえない話が多過ぎると思うんだけど!」

もしかして教えてくれない内容のうちいくつかは、単純にリドルが説明するのを面倒くさがっているだけなんじゃないだろうか。

「君は自分の知らない知識や技術を持つ彼らならどうにか出来るのではと頼ったけど、結局解決策は見つからなかった。でもレイラの話を聞いた彼らは絶対に契約破棄の方法を見つけると誓い、それが見つかるまでの間レイラが身を隠す為に尽力してくれることになった」
「身を隠すって?」
「彼らが協力して作り上げた特殊な結界。それに守られた家で過ごすことになったんだ。契約を破棄する事は出来なくても、その結界の中にいれば強制的に力を貸すことは避けられる……はずだったんだ」

リドルの顔が陰る。

「レイラと連絡が取れなくなった事に苛立ちながらも、トム・リドルは変わらずに活動を続けていた。その日、ある一家殺害に向かったトム・リドルはいつものようにあっさり目的を果たすはずだった。父親を殺し、母親を殺し、残った赤ん坊に手をかけたはずが、何故か赤ん坊は生き残り、トム・リドルが倒された」

聞き覚えのある話。魔法界の人間なら誰でも知っている、生き残った男の子の物語にそっくりなそれ。

「結界は……半分程度は上手く機能したのかな。強制的に力を貸すことにはならなかった。ただ、予想外の事が起こった。どういうわけか君の肉体は若返り、赤ん坊の姿へと変貌を遂げていた。決して破ることができない契約を無理矢理反故にしたんだ、捻れが生じるのは仕方ないことなのかもしれない。──ともかく、これが十二年前の十月三十一日の出来事だ」
「十二年前…」
「どうして君が子供の姿をしているか、その原因は契約にある。さて、説明はこれで十分かな?」

リドルの口調はひどくあっさりとしていて、まるで普段レイラがわからないと嘆く問題集の解説をしてくれる時と変わらないように見える。対するレイラは平常心とは程遠い。心臓が早鐘を打ち、冷や汗がじわりと滲む。口の中がカラカラに乾いて声を出しにくいが、聞かずにはいられない。

「………トム・リドルは、何者なの…?」
「『トム・リドル』マグルの父親と同じその名前を嫌った僕は、自分で新たな名前を付けることにしたんだ」

ぞっとする程冷たい笑顔を浮かべたリドルがレイラの手に自身の手を重ねる。

「少し魔力を貰うよ」

直後ずるりと体から何かが抜けるような感覚を覚え、僅かに目眩がする。今のはなんだろうと考えているうちに、重ねられた手に操られるように杖がすらすらと空中に文字を綴っていく。

Tom Marvolo Riddle

綴られたのはリドルの名前。
杖を一振りすると淡く光ったその文字達が並び替えられ、新たな言葉に変わっていく。

I am Lord Voldemort

「ヴォルデモート卿。学生時代から近しい友人達に明かしていたこの名前はやがて魔法界中に知れ渡り、知らぬ者はいない恐れの象徴になった」
「リドルが………例のあの人…?」

血の気の引いた顔色のレイラを見て、リドルは嘲るように微笑む。

「僕が怖い?」
「……」

押し黙るレイラの頬に実体を持たないはずのリドルの手が添えられる。レイラは冷たいその感触にぐっと眉根を寄せ、仄暗い金色の瞳を見つめた。

「……怖くないわ」
「そんなに震えてるくせに? 強がらなくていいんだよ」
「本当だもん、怖くないわ!」

レイラは力強く言い切った。全身が小さく震えているのは自分でも分かっている。でもそれは目の前にいるリドルが怖いからかと言われると、違う気がする。

「確かに例のあの人は怖いわ。去年会った時、何かされたわけじゃないのにすごく怖かったし……でも、だからこそあなたがあの人と同じ人だって、信じられないの」

リドルは目を細めてレイラを見下ろす。

「それに、リドルはいじわるなこと言ったりもするけど、いつも私の事助けてくれるもん。今更そんなあなたのこと怖がるなんて、無理よ」
「もしそれが僕の計画だとしたら? 君を騙す為に優しくしたり、助けているとは考えない?」

レイラは不満そうに頬を膨らませた。嘲るような笑みも言葉も、わざと偽悪的に振舞っているように思えて仕方ない。それすらも彼の計算だと言われたらそれまでだが。

「私は例のあの人は怖いし嫌い。でもリドルのことは怖くないし、好きよ。あなたがどう思ってるかは知らないけど、私はリドルのこと大切なお友達だと思ってるの。だからもし騙されていたとしても……そりゃ、悲しいけど。それならそれで、信じた私が馬鹿なだけだもん。後悔しないわ」
「……」

珍しく気の抜けた表情を浮かべるリドルを見上げ、レイラは満足げに胸を張った。言いたい事は言った。リドルがヴォルデモートの過去だとしても、レイラにとって目の前にいるリドルはリドル≠ナあってヴォルデモート≠ナはない。

「君は………少しは他人を疑うことを覚えるべきだと思うけど」
「私だって怪しいと思えばちゃんと疑うよ?」

去年セブルスが石を狙う犯人じゃないかと疑って悩んだことを思い出しながら首を傾げると、リドルは呆れたように肩を竦めた。

「……まあいい。君が、」

リドルの言葉を遮るように、何か重たいものを引き摺るような音が響いた。この部屋に入る為の石扉を開けた時より大きな……途端にレイラは顔を青ざめさせ、縋るようにリドルを見上げた。
すっかり話に夢中になっていたが、ここは『秘密の部屋』だ。部屋には封印された恐怖──怪物がいると言われていなかっただろうか。どうしよう。怪物を倒せる方法なんて知らないし、この部屋の中に隠れられるような場所なんてあるのだろうか。いや、そもそも怪物ってなんなんだろう。

「なにやら騒がしいと思えば、客人か」

恐怖で混乱に陥ったレイラの耳に届いたのは怪物の唸り声や鳴き声ではなく、鈴を転がしたように澄んだ女性の声だった。

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