01:突然の2人暮らし


  

…それは、不思議な色をしていた。

一見、真珠のような色合いなのに、光の当て具合によって中心部が桃色にも、空色にも、見えるんだ。
内緒だよ、って見せてくれたの…覚えてる。
アンタ…俺より年上、だよな…多分。
綺麗でしょ、って隠すようにソレを見せたアンタの笑った顔、悪戯好きの子供みたいで、いやに頭から離れないんだ。

なぁ…アンタ、誰なんだ…?



普段なら軽快な音を鳴らせる仕事用のヒールも…
扉に抜き差しする鍵の音も…
極力小さく、小さく…
そうして静かに室内に入ったのに、その碧色はすぐにあたしの姿を捉えてきて、思わずガクリと肩を落とした。

「…ただいま」
「…あぁ」

前にどんな小さな物音でもすぐに目が覚める、そういう習性なんだ、と話していたのが忘れられず、毎日忍び足で帰宅するが結果はいつもこう。
まだ夜遅いわけでもないのだから、寝ていなかった可能性だってある。
いくら…やることがない、とはいえ。
けど、よくよく見ればいつもより多い瞬きに、普段にもまして少ない口数。
あぁ、これはやっぱり寝ていたな…と思いつつ、この男の豪語した通りになっているのが何だか悔しかった。

「寝るんなら、ベッド使ってよかったのに…」
「は?」
「いや、だから…私がいない時くらい、ベッド使えば?って」

深い意味なんて何もなく…あたしとしては、親切心からそう言っただけ。
だけど、ソファに座り直す目の前の金髪の男は一瞬驚いた顔を見せたかと思えば、すぐに呆れた表情に変わり、さらにはため息まで付いている。

「…そこまで世話になるつもりはない」
「こっちはもう十分お世話しているつもりなんですけど」
「…だいたい、アンタはもう少し自分が女だって自覚を持った方がいい」
「…じゃあ、クラウドは私のこと、襲うつもりがあるってこと?」

首を傾げながらの言葉に、絶句しているらしい。
そんなつもりなど毛頭ない。あってたまるか。
それなのに、すぐには言葉が出てこない。
そんなクラウドの心情が見て取れるようで、思わず笑ってしまう。

「ふふっ、私の勝ち」
「っく…」
「でも、冗談はさておき、変な遠慮しなくていいんだからね?今更」
「……………」

無言のまま、ふい、と顔を背ける彼の横顔が、んなこと出来るか…と言っている気がして、人知れずまたそっと笑ってしまう。
仕事用にハーフアップにしていた髪を1度ほどいて、今度は家事用に高く結い上げながら、ふとテーブルの上を見ると、そこには何部のも新聞が折り重なるように乱雑に置かれていた。
その量から見るに、おそらく古新聞としてリサイクルに出そうと思っていた少し前の日付のものまで奥の部屋から出して来たのだろう。
まぁ、家にいても何もやることがないわけだし…
色々と情報を集めようと、きっと彼も必死なのだろう。
キッチンに入り、有り合わせの食材で簡単な夕食を作り始める。
クラウドには申し訳ないとは思うが、仕事から帰って来てから、手間のかかる食事を作る気力もなければ、時間もない。
ささっと作り上げた炒飯と中華スープとサラダを、いつの間にか片付けられていたテーブルに並べる。
元々1人暮らしだったのだ。
ソファだって、テーブルだって、ベッドだって、はたまた言えば部屋だって…1人暮らしに不自由しない大きさのものばかり。
そんなあたしの部屋に、目の前の男が突然転がり込んでから、もう数日…
…いや、言い方に語弊があったかもしれない。
正しくは、いきなり天井にひび割れが出来たと思ったら、そこから降ってきた…だ。

「口に合わなかったら、ごめんね」
「…いや」

いただきます、と言うあたしに続くようにクラウドからも小さく、いただきますが聞こえた。
料理の感想を求めているわけではないけど…何も言わないで黙々とスプーンを口に運んでいるクラウドにそっと胸を撫で下ろす。

「で、どうだったの?」
「何がだ?」
「新聞、見てたんでしょ?何かめぼしい情報とか、あった?」
「……………」

あぁ〜…これは、何も情報がなかったって顔だ、きっと。
そう思いながら正面に座るクラウドのことをじっと見ていると、また小さくため息をつくのが聞こえた。

「アンタの言っていることが強ちデタラメでもないってことは、わかった」
「…と、言うと?」
「どこを見ても、神羅の文字が1つもない。新聞にも、テレビにもだ…そんなのは有り得ない」
「うん」

頷いてはみるが、あたしだってその“神羅”と言うものが何なのか、さっぱりわからない。
以前そう伝えた時は、それこそ「アンタ、何言ってるんだ?」と一蹴されたけど、どうやらクラウドもそのあたしの言葉の意味をやっと飲み込み始めたらしい。
そう、何かがおかしいことだけは、はっきりとわかる。
でも、何が起こっているのかは…さっぱりわからない。
あたしにも…目の前の当事者、クラウドにも…
聞きたいことは山のようにあるのに、何を聞いたらいいのかすら、わからない。
目の前に座る彼はそれ以上何も言わなかったから、あたしもただ黙々と炒飯を口に運んだ。
…あ、もう少し卵多めに入れればよかったなぁ…
そんな、どうでもいいことをぼんやり考えながら。

  

ラピスラズリ