09:ティファ


  

「名前〜、これお願いできる?」
「うん、任せて!」

名前を呼ばれて振り返ると、すでにカウンターには美味しそうな料理たちが並んでいた。
ティファ…手際が良いなんてもんじゃない…
この店を1人で切り盛りしていると聞いた時は驚いたけど、さすが…としか言いようがない。

「あっちのテーブル、ドリンクの注文は?」
「あぁ、まだなの」
「じゃあ、一緒に取ってきちゃうね」
「うん、助かるわ」

カウンターに並んだ料理を運びつつ、新しくテーブルについたお客様のオーダーをとる。
このお店に残されて、手伝えるような仕事内容を伝授されて、仕込みだったり、掃除だったりとあれこれ動いているうちに、外はあっという間に夜になった。
日が落ちてからと言うものの、仕事帰りに夕食を食べて帰ろうとする人たちや、お酒を飲みに来た人たちが次から次へと店に訪れて来て、それだけで繁盛していることが見て伺える。
そういえば、ここ以外の食べ物屋さんも見かけなかったような気がするし…

「ごめんね名前、すっかり忙しくさせちゃって」
「ううん、全然。少しは役に立ってるといいんだけど…」
「何言ってるの、大助かりよ!」

ティファの言葉に嬉しくなって、よかった、と伝えながら思わず笑顔が浮かぶ。
こうして忙しくしていた方が色々考えなくていいから、あたしにとっても楽…そんな気がする。
クラウドは…まだ戻ってこない。
もう随分時間が経っているけど、一体どこに行ってしまったのか…

それからしばらくして、一瞬お客様の波が引いた。
まだちらほら賑わっているテーブルはあるものの、バタバタと動いていたあたしにもほんの少し余裕ができて…
カウンターに背中を預けるような格好で、そんな店内をぼんやり眺めていると、また後ろから声がかかる。

「お疲れ様、ありがとう名前」
「ううん」
「名前も、これどうぞ」
「え?」

見ると、そこには今作られたばかりの食事がある。
ものすごく美味しそう…だけど、少し驚いてしまって目の前の料理とティファを交互に見つめてしまう。
そんなあたしを見て、ティファは綺麗な笑顔を見せた。

「もう少ししたら、今度はお酒を飲みに来るお客様がもっともっと増えてくるの。また忙しくなるから、今の内よ?」
「でも、何だか悪い…」
「こんなに手伝ってもらったんだもの、当然」

交代で休みましょ、とティファが続ける。

「それに、マリンの相手もお願いしたいし」

ふと見ると、カウンターに静かに座っていた小さなその子の前にも、あたしのものと同じ料理が並んでいて…

「お姉ちゃん、一緒に食べようよ」

そんな風に笑顔で手招きされてしまったら…断れない…
申し訳なさと、天使の笑顔との狭間で揺れるしかないあたしをティファがまた笑って「どうぞ」と後押ししてくれた。
お礼を言って、マリンの隣に座る。
この可愛い女の子、マリンとはこんな風に忙しくなる前に打ち解けることができた。
最初は人見知りなのかな、と思ったけど、ティファの仲介もありすぐに仲良くなれた。
いただきます、とお行儀よく食べ始めるマリンに続いて、あたしもティファの料理をいただく。
ものすごく、美味しい…

「ティファ…すごく美味しい」
「本当に?よかった」

お客様に出すドリンクを作りながら、ティファが微笑む。

「今度、名前も作ってみてよ」
「え〜…それは、ちょっと…」
「だってクラウドが言ってたじゃない。名前のご飯、美味しかった、って」

あのクラウドが言うんだもの、絶対すっごく美味しいのよ…と続けるティファ。
こんなに美味しい料理を作るティファに言われては、恐縮してしまう。
サラリ、とハードルを爆上げしていったクラウドをほんの少し恨んだ。

「ねぇねぇ、お姉ちゃんの住んでたところって、どんなところだったの?」
「え?」
「すっごく遠いところから来たんでしょ?」
「…うん、そうだね…」

無邪気にそう聞かれて、一瞬答えに困った。
…なんて言ったらいいんだろう…本当のことを話したところで信じてもらえるとは思えないし…
だいたい、あたしだって自分の身に起きていることを正確に理解している訳じゃない。
う〜ん、と言い淀んでいると、マリンが笑顔で顔を覗き込んで来る。

「お花とか、いっぱい咲いてた?」
「え、お花?うん、お花がたくさん咲いているところは、あったかな」
「そうなんだぁ…本物のお花?」
「うん、そうだよ」
「いいなぁ…あたしも行ってみたい!」

無邪気に話すマリンに言われて、ようやく気が付いた。
そういえば、ここに来てからまだ花が咲いているのを見たことがない…気がする。
ふと顔を上げれば、カウンターの奥には一輪挿しが飾られているから、花がない訳ではないんだろうけど…

「……………」

だけど正直、マリンが質問の内容を変えてくれて助かった。
どこから来たのか…と聞かれたら、あたしは心の底から困ってしまう。
そんな風に思っていると、不意にティファと視線があった。

「…この場所にたどり着く人って、何かしら訳ありなことが多いの。だから、名前もあまり気にせず、ね」
「…うん」

そんな風に話すってことは、ティファも訳あり…なのかな…
ここにいたって話していたクラウドも…?
実は、クラウドに連れられてふらりと現れたあたしをティファがあっさりと受け入れたことも、何も詮索してこないことも、どこか不思議に思っていたけど…
もしかしたら、そういう事情があるのかもしれない。
隣のマリンはもう別の話題に移っていて…
無邪気なマリンに、訳ありすぎるあたしを受け入れてくれたティファに…今のあたしは間違いなく癒されている。
そのことに感謝しながら、笑顔で相槌を打った。

  

ラピスラズリ