11:そういう意味じゃないんです


  

ティファの部屋は…言っていた通り、物は少なかったけど、ちゃんと生活感があって、女の子らしい…なんていうか、すごく居心地の良い空間だった。
女性らしいショルダーバッグのすぐ側にサンドバッグが吊るされている光景は、何とも言えなかったけど…
暖かいココアが入った2つのマグカップを挟んで、他愛のない会話に花を咲かせる。
お店のお客さんのことや、新しいメニューのこと…
あたしの好きな食べ物のこと…
ティファは、不思議なくらい“あたしのこと”を、何も聞いてこなかった。
多分、気を使ってくれているんだろうな…とは思うけど、今だけはその優しさに甘えさせてもらおう。
いつか、何も気にせず、色んな話ができるようになったらいいな…




「いる?」

隣の部屋からの物音にいち早く気付いたのは、ティファだった。
行ってみよう、と促されて隣の部屋に向かう。
ティファがノックと共に声をかけると、中から「ああ」と声が返ってきた。
扉を開けたティファの向こうに、ベッドに腰掛けるクラウドの姿…
あぁ、帰ってきたんだ、と思うと同時に、クラウドの顔を見ると何故か安心している自分に気がついた。
こんな仏頂面な彼の顔を見て、安心…?と、内心首を傾げてしまいそうになる。

「ずっといなかったね」
「散歩だ」

クラウドってものすごく純粋なところがあるなぁ、って驚いてしまうことがある。
今だってそう。
きっと、嘘がつけない性分なんだろう。
その時、前にいるティファに手首をクイッと引かれて、驚く間も無く体が前に出る。

「名前も一緒よ」
「そうか、よかった。店に行ったら、もう明かりが付いていなかったから」

どこか安堵しているように息を吐きながら、そんなことを言うから…びっくりして「…え?」と返してしまった。
その途端、クラウドはハッとしたようにわずかに目を大きくすると、そのまま視線を外してしまう。
そんなクラウドの様子から目を離せずにいると、ティファが隣で小さく笑った。

「そうだ、ジョニーに会ったよ。ミッドガルを出るって」
「ああ、あいつか」
「クラウドは、しばらくミッドガル、だよね」

ティファの言葉に、クラウドがわずかに俯く。

「古い友達が、ピンチらしくてな…そんな時は、助けるって約束したんだ」

それは、ほんのわずかな変化だった。
もしかしたら、気のせいだった可能性もある。
だけど、何故かそう確信してしまった。
隣にいるティファの雰囲気がわずかに変わった…から。

「あたし、ちょっと外に出てるね」

ここにいちゃいけない、って咄嗟に思った。
誰にも聞かせたくない2人だけの会話だ…きっと。
ティファには「そんな、いいのに」と言われたけど、あたしがそうしないと嫌だった。
クラウドの部屋を出て、手摺りにもたれ掛かりながら天を仰ぐ。
そこに、眺めたかった空はなくて…代わりに無機質な明かりがチラホラ、付いたり消えたりを繰り返しているのが見える。
あぁ、やっぱりここはあたしの知らない世界なんだなって、また実感させられた。
あの鉄の塊の向こうには、あたしがいたところと同じような星空が広がっているんだろうか…
ずっとずっと遠くまで進めば、あたしの世界に繋がっていたり…するのかな。

「…そんな訳、ないか」

小さく呟いて、ふるふると頭を振った。
自分に何が起きているのかもわからない今の状況だけど、そんな簡単な問題ではないだろう、と思う。
ここで待っているのも何だし、少し散歩でもしてこようか。
ふとそう思うけど、ティファと2人で歩いてきた道なりを思い出して、それは無理だな、と諦めた。
あたしは、今まで何て安全な場所に住んでいたんだろう…
1人で歩くこともできないなんて…情けないな…
はぁ、と小さくため息をついたその時、唐突に後ろの扉が開いて、ティファが出てきた。

「帰ってきたってわかったら、ホッとしちゃった…すっごい睡魔…いろいろ話したいけど、今夜はもう、眠った方がいいみたい」
「ああ」

未だベッドに腰掛けたままのクラウドと目が合う。

「名前は、どうする?」
「えっ…」
「寝る場所、ないでしょ?私の部屋で一緒に寝てもいいし、それとも」

ティファが言い掛けた時、その言葉をまるで遮るかのようにクラウドが口を挟んできた。
その内容に、思わず絶句。

「アンタはこっちだ」
「えっ…!!!」

自分でもびっくりしてしまうくらい、大きな「えっ…!!!」だった。
もう時間も遅いことを思い出して、慌てて両手で口を押さえる。
ティファはそんなあたしの様子にふふッと笑うと、「じゃあ、おやすみなさい」と、そそくさとこの場を去ろうとする。
ちょっと待って…絶対、何か誤解されている気がする…!!

「ティファ、待っ…」
「あ」

慌てて呼び止めようとするあたしだけど、ティファの方が何かを思い出した様子で、足早にこちらへ戻ってきた。
そして…

「クラウドに嫌なことされたら、壁叩いてね」

と、とんでもないことを耳打ちされる。
「すぐに助けに行くから」…と。
ほら…絶対、何か勘違いされてるっ…
そうじゃない、と否定したいのに、小さくウィンクするティファが美人すぎて、何も口から出てこない。
耳打ちだったのに完全に聞こえていたらしいクラウドが「そんなんじゃない」と代わりに否定してくれているのだけは、はっきりと聞こえた。

「疑問のすり合わせがしたい」

うん、うん…そうだよね、それはあたしも、ものすごくしたい。
まずは今の状況をクリアにしないといけない。
こんな話、ティファのいる前でする訳にもいかないし…別に変な意味がある訳じゃない。
ティファの方を見て「そういう訳なんです」と何度も頷いて見せるけど、今度はグッと親指を立てているティファに伝わっているのかどうかは…大いに不安が残るところだった。

  

ラピスラズリ