12:2つの世界の狭間で揺れる


  

「座るか?」
「…え?」

扉を閉めて、クラウドと2人きり。
ティファの部屋と同じ間取りなのに、まるで生活感のない空間に何だか落ち着かなくて…
所在無さげにその場に佇んでいたら、突然クラウドに声をかけられた。
座るか、と聞かれたところで椅子は見当たらず…座れるところと言えば、今クラウドが腰掛けているベッドくらいしかない。
いや…さすがに…それは、ちょっと…
遠慮しようとしたけど、そんなあたしの様子などクラウドには筒抜けなようで。

「今更だろ」

と、至極納得させられる一言。
…それも、そうか。
向こうの世界にクラウドが突然現れた時から始まった、奇妙な2人暮らし。
あたしが女扱いされていないことなんて、今に始まったことじゃない。

「…じゃあ、お言葉に甘えて」

そう言って、ベッドの端の方にちょこんと腰掛ける。
自分で思っていた以上に体は疲れていたようで…こうして少し座っただけでも体じゅうが安堵しているようだ。

「あ、お店の手伝い、何とか出来たよ…ありがとう、紹介してくれて」
「あぁ」
「何だか、体を動かしていた方が色々考え込まずに済んで…よかったみたい」
「そうか」

ふと隣を見ると、クラウドはベッドに腰掛けたまま膝の上で両手を組むようにして、こちらにじっと視線を向けている。
思いの外近いその距離、クラウドの瞳が綺麗で、一瞬ドキリとした。

「どこまで話した?」
「何も話してない。ティファも、あえて聞かないようにしてくれていたみたいだったし」
「…その方がいい」

俺たちに起こっていることは、理解を超えている…とクラウドが呟く。
あたしも小さく頷くけど、その後が続かない。
わからないことが多すぎる。

「アンタ、気が付いたらここにいた…と言ってたよな」
「うん」
「俺は、夢でも見ていた気分だ」

どういうこと?と首を傾げると、クラウドはふと視線を逸らしながら口を開く。
その内容は、あたしにとってなかなか衝撃的なものだった。

「アンタのところに行く前、俺は確かにこの部屋に戻って、このベッドで休んだんだ」
「…うん」
「だが、ここに戻って来た瞬間も、このベッドで寝ていて突然目が覚めた感覚だった。それで、アンタのことも、向こうの世界のことも、夢だったんだと思った」

輩に絡まれてるアンタを見つけるまでは、な…と言いながら、再びクラウドが目を合わせてくる。
想像すらしなかった内容に、心臓が早鐘を打つのがわかる。
それって、つまり…

「こっちの時間が、ほとんど進んでない…ってこと?あたしの家で、何日も過ごしてたのに?」
「多分な」
「……………」

何ということだろう。
遠くに来てしまった、なんてレベルじゃない。
もし、そんなことが起こっているんだとしたら、本当にここは…どこなんだろう。
見当すら付かなくて、思わず頭を抱えたくなる。

「とりあえず、俺が戻ってこられたんだ。アンタが元の世界に帰れる可能性だって十分にある」
「うん…そう、だよね、うん」

不安は大きくなるばかりだけど、帰れると思っていないと精神的にどうにかなってしまいそうだ。
楽天的だと言われるかもしれないけど、今はその可能性に賭けたい…と思った。
必死に自分にそう言い聞かせていると、隣からクラウドの「そういえば…」という声が聞こえて来て…

「え…なに?」
「アンタ、戦えるのか?」
「……………」
「…だよな」

あたしの無言から全てを悟ってくれたらしいクラウド。
大きなため息付きではあったけど、彼が実際にあたしの世界を経験していてくれて、よかったな、と思う。
それくらい、2つの世界の生活はかけ離れているのだ。

「明日は?店に出るのか?」
「今はまだ、何も決まっていないけど」
「なら、明日は俺とスラムの外に出る」

クラウドの提案に小さく頷く。
あたしがそうしたように、クラウドも街の外に出て情報を収集しよう、ということなのだろうか。
ふとそんな風に思ったけど、すぐにそんな考えは甘かったと思い知らされた。

「アンタはまず、実際にモンスターを見てみた方がいい」
「…はい?」
「危機感が無さすぎる」
「それは、否定できないけど…怖いのは、ちょっと…」
「俺がいるから大丈夫だ。ただ、あっちの平和な世界しか知らないアンタが、ここで何日も生きていけるとは思えない」

クラウドの言葉が正論すぎて、ぐうの音も出なかった。
ここはクラウドの世界。
彼の言う通りにするのが、一番いいのだろう…きっと。
わかった、と小さく頷くとクラウドが静かに息を吐いた。

「マテリアが使えるのかも試してみたい。使えれば、護身くらいにはなるからな」
「…マテ、リア?」
「こっちにいる間は、それなりに面倒をみてやる。これで、貸し借りは無し、だ」

面倒事に首を突っ込むのは嫌いそうなクラウドにそんなことを言われて、驚かなかったと言ったら嘘になる。
何も返答できずに何度か瞬きを繰り返していると、「なんだ」と言いながら彼の綺麗な眉が寄せられた。
初めて会った時から、あまり表情の変わらない人だった。
声色も、あまり変わらない。
感情を露わにしたところなんて、見たことがない。
それでも、何となくわかった。

「…クラウド、なんか変わったね」
「そうか?」
「うん、変わった」

うまくは言えないけど…少し柔らかくなったんだと思う。
雰囲気も、話し方も、表情も…
そう伝えるとクラウドは興味なさそうに顔を背けたけど。

「そういえば、さっきティファにも同じことを言われた…俺には、よくわからないな」
「ほら、やっぱり」

ティファまでそう言っていたとなると、やっぱりあたしが感じたことは間違いではなかったのだろう。
優しく微笑むティファの表情が思い出されて、ふと気になっていたことが頭の中に蘇った。
聞くなら、今しかない。

「ねぇ、ティファ…大丈夫だったの?」
「何が?」
「だって、恋人…とかじゃないの?」

こんな風にあたしと2人でいたら、誤解されちゃうんじゃ…と続けると、クラウドの蒼の瞳が見開かれたのがはっきりとわかった。

「ティファは、そんなんじゃない」
「でも、ただの友達には見えなかったから」
「同郷で、昔馴染みなんだ。最近再会して…でも、これ以上はうまく説明できない」

そう言うなり、クラウドは立ち上がる。
もうこの話は終わりだと、無言の中で言われた気がした。
ふと時計を見れば、すでに結構な時間が経っている。
そろそろ眠らないと、明日に差し支えるだろう。

「ベッド使え」
「えっ…」

その一言に驚くあたしをよそに、クラウドはさっさと床に腰掛けると片膝だけを立てて、こちらに視線を投げてくる。
任務中は横になって眠れるほうが珍しい…と言われたものの、あたしが気になっているところはもう1つある。
言い淀むあたしだけど、ふと「すっごい睡魔」と言いながら、クラウドの部屋から出てきたティファの姿が思い出された。
もう眠ってしまっている可能性だって十分にある。
寝ているところにお邪魔するなんて…そんなご迷惑なことは出来ない。

「…ありがとう」

諦めてベッドを拝借することにした。
背中を向けている彼からは小さな声で「ああ」とだけ聞こえた。
こんな状況で…眠れるだろうか…眠らないと、明日困るんだけど。
なるべく背後を気にしないように、無理矢理目を閉じる。

「……………」

しばらく頑張ってもやっぱり眠れなくて、そっと開けた目には無機質な壁が映るのみ。
思わず心の中でため息をついた。
クラウドはもう眠ってしまったのか、物音1つ聞こえない。
こうしていると、さっきのやり取りが思い出されてくる。
あたしをセブンスヘブンに預けてから、ずっと不在だったクラウド…結局、どこに行っていたのか、わからないままだ。
別にそんなこと、あたしがどうこう言える立場ではないし、聞く権利だってない。そんなことわかってる。
でも、気付いてしまったから…だろうか。
クラウドからわずかに漂う女性物の香水の香りが、胸のずっとずっと奥の方を鷲掴みにしているようで…何故か、ものすごく、苦しかった。

  

ラピスラズリ