13:襲撃


  

暗い暗い、闇の中。
そのずっと奥から、湧き出てくるような…感覚だった。
正体はわからないのに、嫌なものだってことだけはわかる。
頭の中では警鐘が鳴り響いている…だけど、体が動かない。
まるでその場に、縫い付けられているみたい…


“眠れ 何も気にすることはない”


いやだ…
耳元に直接注ぎ込まれるかのような感覚が、とてつもなく、いやだ…

「…いやぁっ…!!」

叫ぶような声を共に勢いよく体を起こした。
さっきまでビクともしなかった体が、今度はすんなり動いたことに驚きながら肩で息を繰り返す。
なに…今の…
恐る恐る辺りを見回すけれど、そこにはクラウドの部屋が広がるのみ…変わったことは何もない。
ただ、彼と目が合った。
息を整えながら横を見ると、クラウドの瞳も何故か動揺に揺れていて、背中の大剣に手を伸ばしている。

「…まさか…」
「アンタも、か?」

クラウドの言葉に確信した。
あれは、夢でもなければ、幻でもなかったんだ。

「なに…今の…」
「…俺が知るか」

2人同時に同じものを見ていたなんて…
考えがまとまらないまま、寝起きの頭だけがグルグルと回っているようだ。
額に浮かんだ汗を拭いながらベッドから足を下ろした…その瞬間だった。

「クラウド!!名前!!」

ティファが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
昨日の彼女とはまるで違う様子に、ただ事ではないことを瞬時に理解する。

「どうした」
「来て、早く!!」

急いで部屋を飛び出していくクラウドに続いて部屋を出て…唖然とした。
アパート前の広場、そこかしこに“何か”が飛んでいる。
渦巻くように…速度を上げて…
その姿を例えるなら、まるで黒い幽霊のような…思わず息を飲む。
さっきの、アレだ…

「作戦に出ようとしたら、あれがたくさん押し寄せて来て」
「状況は?」
「バレットとジェシーが戦ってる。でも、いつまで持つか」
「合流しよう」
「うん」

アパートの階段を駆け下りようとするクラウドがこちらに向き直った。

「アンタはここにいろ」
「う、うん!」

慌てて頷いて、その場から動けないまま2人の様子を伺う。
階段を駆け下りたティファとクラウドは、アパート前の広場で幽霊のようなものに取り囲まれて、そのまま戦いになっている。
数が多い…2人の表情に焦りが見られて、苦戦している様子が2階からは一目瞭然だった。
助けに行きたい…だけど、行ったところで戦えないあたしは、足手まといにしかならない。
思わず、目の前の手摺りを握り締めた時だった。

「…っ…!」

広場に渦巻いていた幽霊の一部が突然方向転換したかのように、あたしの周りをグルグルと回り始める。
その幅がどんどん狭くなっていって、身動きが取れない。
目も開けられないし、息苦しい。

「…な、に…」

自分に起こっていることが、理解できない。
何とか薄く目を開けると、あたしの周りに渦巻いているものとは別の幽霊がユラリと正面に現れて…
次の瞬間には腹部に重い衝撃と共に、体が宙に投げ出されていた。
手摺りを超えて、さっき自分がいたはずのアパートの2階部分がどんどん離れていく。
…落ちるっ…
とっさに体を丸くするあたしだけど、訪れた衝撃は想像していたものとは違っていた。

「…クラッ…ウ、ド…」

あまりの出来事に、頭がついていかない。
落ちた体を彼が受け止めてくれたんだ、という事実にすら気が付くまでに少し時間がかかったような気がした。

「大丈夫かっ!」
「ごめっ…重…」
「そんなことはどうでもいい」

そう言い捨てるクラウドに、そんなこととはなんだ、とは思ったものの、今そんなことを言っている場合ではない。
地に足がついたことを確認して、あたしは慌ててクラウドの側を離れようとした。
ここにいたら、邪魔になってしまう。
だけど…

「離れるな!」

珍しいクラウドの大きな声に「え?」と振り返れば、また幽霊があたしのすぐ側にまで迫っていた。
クラウドが大きな剣でその幽霊をなぎ倒してくれたけど、次から次へとやってくる。
戦いの場に身を置いたことのないあたしにだって、嫌というほど状況がわかってしまった。

「…え…なんで…」
「何でアンタが狙われるんだ!」
「そんなこと、あたしが知りたいし!」

目の前の有り得ない状況と、やっぱりあたしが狙われているらしい…という事実に、もう泣いてしまいそうだ。
近付いてくる幽霊をなぎ倒すクラウドに腕を引かれて、無理矢理その場を離れた。
ティファの元へと着くと、彼女にも「大丈夫!?」と心配されてしまって…必死に戦うクラウドとティファに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
その直後、一瞬この場の幽霊たちが一斉にいなくなった。
移動するなら今しかないだろう。

「店まで急ぐぞ」
「これ、なに?」
「接触すると見えるようになる。それ以上のことはわからない」
「ソルジャーでも、知らないんだ」
「倒せることはわかった」

行くぞ、とクラウドに目配せされ、静かに頷く。
心臓はこれ以上ないくらいにうるさく鼓動しているけど、足にはしっかりと力が入っている。大丈夫、走れる。
店の方向へと急ぐクラウドの後へとあたしも続いた。

「クラウド、さっきはありがとう」
「ああ」
「これが、モンスター…っていうもの?」
「…そうとも言い難いな」

…そう、なんだ。
この世界で警戒すべきものはモンスターだけかと思いきや、他にもいるのか…その事実に絶句していると、横にティファが並んできた。

「名前、無事でよかった…アパートから落ちたのが見えたから、もうダメかと」
「ティファ…」

心配かけてごめんね…そう口にした時、またしても現れた幽霊の大群が道の前に立ち塞がった。
まるで、そっちに行かせたくないみたいに…通せんぼをしているようにも見える。
隣のティファが焦ったように顔を歪めた。

「また?急いでるのに」
「他の道は?」
「うん、こっち」

ティファの先導で先を急ぐ。
道を変えたと言っても、幽霊たちの追撃が止んだわけじゃない。
今度は正面から突っ込んでくる大量の幽霊に、真っ直ぐ前を見据えるのも難しい状況だった。

「まるで、洪水だね」
「流されるなよ」
「うん、ついてく」

クラウドとティファの体には、直接幽霊は当たっていないようだった。
だけど、何故かあたしは違う。
時折、お腹や腕、足にドンッと幽霊がぶつかってきて、顔をしかめながら必死に前に進んだ。
そんなあたしに気が付いてか否か、前を進むクラウドが腕を引いてくれた。

「……………」

怖いけど…ちゃんと戦いたい
足手まといになりたくない…
前を進むクラウドの後ろ姿を見ながら、今まで以上に、より強く強く、そう思った。
遠くには、セブンスヘブンの看板が見えてきていた。

  


ラピスラズリ